ブラックマーケットでの波乱万丈な遠足の後、アビドスへ帰ってきた廃校対策委員会は、書類を確認。結果カイザーとヘルメット団に繋がりがあることが判明、アビドスからの利子返済金をヘルメット団に横流しする意地汚いことをやっていた。あくどさだけならベイラム、この場合はアーキバスと同等くらいか。周りを見下したがる自尊心が匂い立ちやがる。
それはそれとして、ここまでずっとついてきたヒフミを送ることになった。むしろ今までついてきたことに驚いたのだが、それほどヒフミがお人よしだからだろうか。
「みなさん、色々とありがとうございました」
「変な事に巻き込んでごめんなさい、ヒフミさん」
「あ、あはは……」
「今度遊びに行くから、その時はよろしくー」
「はいっ、もちろんです」
ヒフミは目じりを上げ、真剣な面持ちで話しかける。
「まだ詳しいことは明らかになっていませんが……これはカイザーコーポレーションが、犯罪者や反社会勢力と何かしら関連があるという事実上の証拠になり得ます。戻ったら、この事実をティーパーティーに報告します。それと、アビドスさんの現在の状況についても……」
「ヒフミ、お前まさかティーパーティーの関係者だったのか?」
「い、いえ!そんな大層なものじゃないです。ただ、少し懇意にさせてもらっているだけで……」
キヴォトス最大のマンモス校の一つの生徒会と関係を持っている……?まさかこいつ相当な大物か?いやだとしたらわざわざペロロとやらの為にわざわざブラックマーケットまで来るか……?
そんな裏を探る想像をぶった切ったのはホシノだった。諦観混じりの吐息を吐きながら、ヒフミに。
「まー、ティーパーティーはもう知ってると思うけどねー」
「は、はいっ!?」
「……書類についてはともかく、アビドスの現状位は知っているだろうな」
ハスミのことを思い出しながら、そんな予想を答える。あれだけ鍛えられた生徒がいるのだ、その上が無能なわけはあるまい。
「そ、そんな……知っているのに、みなさんのことを……」
「うん、ヒフミちゃんは純真で良い子だねー。でも世の中、そんなに甘くないからさ。
ヒフミちゃんの気持ちはありがたいけど、そっちに知らせたところで、これといった打開策が出るわけじゃないし、かえって私たちがパニくることになりそうな気がするんだよねー」
「そ、そうですか……?」
「ほら、今のアビドスって廃校寸前じゃん?トリニティとかゲヘナみたいなマンモス校からのアクションをコントロールできる力がないんだよー。言ってる意味、わかるよね?」
随分と大人びた理論を、子どもにでも聞かせるように優しく話すホシノ。
「……サポートするという名目で悪さをされても、それを阻止できない……ってことですよね。……そうですね、その可能性もなくはありません。あうう……政治って難しいです」
「ついでに言うとお前のとこの生徒会も他校の問題に干渉できるほど暇ではないだろう。言っただけでは目も向けられんだろうな」
「うう……政治って本当に難しいですぅ」
項垂れるヒフミに変わるように、今度はノノミが口を開いた。
「でも……ホシノ先輩、悲観的に考え過ぎなのではないでしょうか?本当に助けてくれるかもしれませんし……」
「うへ~私は他人の好意を素直に受け取れない、汚れたおじさんになっちゃってねー。「万が一」ってことをスルーしたから、アビドスはこの有様になっちゃったんだよー」
自虐としては余りにも重い発言。だがしかし、さっきヒフミに向けていた視線を考えれば、そういう考え方に行きつくのも当然か。組織のリーダーとしてはまぁ悪くないがガキの考えることとしては……
「ったく……阿慈谷ヒフミ!ともあれ遠足の引率、ご苦労だったな」
「た、大したことでは……でも、本当に……一日で色んな出来事がありましたね」
「そうだね、すっごく楽しかった」
「……楽しかったのはシロコ先輩だけじゃないの?」
「あ、あははは……私も楽しかったです」
「無理に合わせる必要はないぞヒフミ。シロコがおかしいだけだ」「んー……」
「いやぁー、ファウストちゃん、お世話になったね」
「そ、その呼び方はやめてください!というか覆面水着団のリーダーは先生では?」
「そのふざけた集団のリーダーは五花海だぞ」「いや五花海って誰なのよ……」
あいつのことだから俺が死んだ後も詐欺を働いていることだろう。二つ名が一つくらい増えても問題はない。アヤネが口を押えていることに関しては今は置いておくとしよう。パイルドライバーの仲間外れにされたのがそんなに嫌だったか、そうかそうか。
「と、とにかく……これからも大変だとは思いますが、頑張ってくださいね。応援してます。それでは……みなさん、またお会いしましょう」
ヒフミが帰ったところを皮切りに、その場は解散という形になった。
「また会ったな、ホシノ」
「あ、先生。おはよ……じゃなくて、こんにちは、でいいっけ?」
屋上に上がると、今日は既に先客としてホシノがいた。柵にもたれかかりあの時と同じように夕日を眺めている。
「なんかこんなこと前にもあったねー」
「あの時とは逆だがな。お前も肌を焼きに来たのか」
「うへ?先生まさかそんな理由でここに来てたの?」
さあな、そう言いながらホシノの隣に立ち、また夕日を眺める。今日は風が強いのか太陽にノイズがかかっているように見える。
「……」
「……」
そのまま無言の時間が続き、耐えきれなくなったのかホシノが口を開いた。
「あの時の話の続きなんだけどさ、私って昔は結構ブイブイ言わせてたんだよね」
「お前がか?」
少し大げさにリアクションしてみれば、ホシノは文句を抱えたように顔を尖らせる。
「ちょっと~、おじさんのことどう思ってるのさ」
「少し背伸びがしたい子どもだろう。本物のおじさんの目の前でおじさん連呼は、肝が座っているほうだとは思うが」
「いやー、まぁ、そうだけどさ」
ホシノはまた、酷く懐かしむような顔で夕日を見る。
「一人で突っ走って、なんでもできるように粋がっちゃってさ。今思い出すとちょっと恥ずかしいなー。
あの時は私含めて二人しか生徒がいなかったからさ、色々大変だったよ。いやー、頼れる後輩ちゃんたちが来てくれて、おじさん大助かりだよ~」
夕日に笑いかけるホシノに、傾いた陽がホシノの横顔を暗く照らす。ただでさえチビだというのに、そのまま影に見えなくなりかねないようだ。
「……恩ってのは面倒なもんだ。返さなけりゃ縁を切られ、返そうにも相手の好みに合わせる必要がある」
「……?」
「そして一番面倒なのは、それが人か組織かによって勝手が変わっちまうことだ。人から組織にか、組織が人にでな。特に人から人へは面倒極まりない。昔の職場でも小包一つで随分奔走させられたもんだ」
砂の匂いがする風が流れ、不相応に長いホシノの髪をさらっていく。鼻孔を突く香りごと肺に吸い込めば、懐かしい思い出とそこで得た教訓が明確に思い出される。
「目には目を、歯には歯を。安い包の一つや二つで一々頭を使う必要はない。感情に従うのがベストだ」
「……貰うときはどうするのさ?」
「きっちり貰っとけばいい。利子含めてな。簡単な話だろう?」
「それは、『五花海』って人の言葉?」
「俺の右腕に叩きのめされた後に叩き込んでやった教訓だ」
ホシノはどうしたらいいのか分からないように口をポカンと開け、またふにゃりと溶けた。
「大人の世界って、中々大変だね」
「慣れちまえば大したことでもない。俺は残りの仕事を片付けに行く。今日は早めに寝ておけ、ホシノ」
「うん、分かった。先生もお疲れ~」
去っていくホシノの小さな背中を見送り、俺はいつも寝泊りに使っている空き教室に戻った。
翌日、柴関ラーメン店内。
午前中で少ない客足が更に少ない中、4人の客の姿が見えた。
「まだかなー、まだかなー!」
「さっき頼んだばっかでしょムツキ。もうちょっと待とう」
「い、いいんでしょうか。わ、私なんかが、ラーメンを1杯丸ごとなんて頂いて」
腹ごしらえに来ていた便利屋68だ。未だ依頼を蹴ることなく、アビドスへの襲撃を諦めていないため、留まっていたようだ。この店のアルバイトであるセリカは午後からのシフトであるため、店内に一触即発の空気は流れていない。
その代わりに便利屋の社長である陸八魔アルの雰囲気が、明らかに落ち込んでいるのは見間違いではない。ここにいるのは朝から沈んでいたアルの元気づけ、というムツキの発案でもあるのだ。
「もー、アルちゃんってば。大丈夫だって。今度はきっと上手くいくからさ」
「そ、それはそうよ。ただ……」
「レイヴンとの取引?」
カヨコの問いかけにアルはうーん、と難しい声をあげる。
覆面水着団との出会いの後、便利屋68の元にレイヴンが訪れた際のことだ。
『……ふぅ。もう、大丈夫、だ』
『ごめんねー、アルちゃんはしゃぎすぎちゃってレイヴンの足が悪いの忘れてたみたい』『ちょ、ムツキ!?』
『す、すみません!私がもっと早く走れたら!』
事務所の中でごたごたもありつつ、息を整えたレイヴンは、斡旋人としての顔として椅子に座り直した。
『迷惑をかけて、すまない。お前たちと、話がしたくてな』
『?依頼のことかしら?』
『いや。便利屋68に、レイヴンズ・ネストと業務提携を、頼みたい』
レイヴンの口から語られた突然のことに、社長は白目を剥いた。
『な、なんですってーーー!??』
『……その理由は?』
突然の発言にキャパシティをオーバーしたアルに代わり、課長のカヨコが警戒しながらレイヴンに問いかける。
『そもそも、ネストを立ち上げたのは、俺の昔の、傭兵としてノウハウを活かせる、職業としてが一つだ。会社経営は、これが初めてでな。
だが、そろそろ事業を、拡大しようと思う。お前たちには、その旗頭になってもらいたい』
レイヴンからの説明に、二人(アルはキャパオーバー中と、ハルカはおろおろとしているため戦力外)は頭を捻らせ、取引の穴をついていく。
『具体的には、どうやって提携するつもり?』
『こちらからは、いつも通り、仕事の斡旋や弾薬費の補填、依頼主との交渉を担当し、お前たちに依頼料を渡す。仲介料として依頼料の12%を貰うが、これは依頼を受けた後でも、前でも構わない。不都合で依頼がキャンセルする場合や失敗した場合は、仲介料は戻す』
『私たちのメリットはあるの?』
『こちらからの、指名依頼を受けて貰った、場合には、高い報酬を、支払おう。俺から、提案できるのはそれくらい、だ。何か要求があれば、言ってくれ』
ここでようやく復活したアルが、話に割り込むように疑問を呈する。
『ちょっとまって!ネストは傭兵としてのノウハウを活かせる”一つ”だって言ったわよね?別の目的があるの?』
本当はビックリしすぎて冒頭部分しか聞いていなかったのだが、気になるところではあったため問いかけた。
『ああ。それについては、見てもらった方が、早いな』
レイヴンは使い込まれたタブレット端末を出すと、
『もう一つ、だが……これが、うちの販路拡大の目玉の、一つだ』
『これって……』『なにこれ!面白そうー!』『うわわ……』
『これが、うちとの業務提携に何か関係するの?』
タブレット端末に表示されたそれらの図面が立体化し、事務所全体に星図のように浮かび上がっていく。
『そうだ。これを使って、お前たちに、提案したい……当然、拒んでもらっても、構わない。
ただ、少し話だけでも、聞いてくれれば、ベストだ』
「まぁまぁ、カヨコちゃん。取引したおかげで浮いたお金があるから、ラーメン食べられるし、いいんじゃない?」
「それはそうだけどさ、こっちの依頼に渋い顔してたから、何かあるんじゃないの」
「そうじゃないのよ……いやレイヴンとの提携に問題は無いのよ。でも……うーん」
レイヴンはアビドス襲撃任務を不快に思っていたようだが、それ以上のことは言わなかった。仕事に
アルの胸中で渦巻いている感情の発端はそこではないことは確かだ。ただどこにあるのかと聞かれると口には出せず……
「へいよ、ラーメンお待ち!」
「来たあ!!いただきまーす!」
「ひ、ひとりにつき1杯……こんなに贅沢してもいいんですか?」
「アビドスさんとこのお友だちだろう。替え玉が欲しけりゃ言いな」
柴大将がかけた気遣いの一言に、アルは何かに気付いたかのように顔をあげた。
「こんなに美味しいのにお客さんがいないなんて」
「場所が悪いんじゃない?廃校寸前の学校の近くだし」
「まあ、美味しいからいいけど。それじゃ、いただ……」
「……じゃない」
カヨコがアルの様子に気付くが、何か反応する前にアルが声をあげた。
「友だちなんかじゃないわよぉーーーー!!」
机を勢いよく叩き、アルは溜まり切った感情を爆発させるように舌を動かす。
「わかった!!何が引っかかってたのかわかったわ!問題はこの店、この店よっ!!」
「!?」「どゆこと!?」
社長のあまりの変わりように驚いていたムツキたちが訳を聞こうとすると、アルの舌は更に回転する。
「私たちは仕事しにこの辺りに来てるの!ハードボイルドに!!アウトローっぽく!!
なのに何なのよ、この店は!お腹いっぱい食べられるし!!あったかくて親切で!話しかけてくれて、和気あいあいで、ほんわかしたこの雰囲気!ここにいると、みんな仲良しになっちゃう気がするのよ!!」
「それに何か問題ある?」
「ダメでしょ!!メチャクチャでグダグダよ!私が一人前の悪党になるためには、こんな店は要らないのよっ!!私に必要なのは冷酷さと無慈悲さと非情さなの!こんなほっこり感じゃない!!」
褒めているのか貶しているのか、あるいは場の雰囲気に飲まれている己を叱咤しているのか。自分の思う丈を遠慮なくぶちかましたアルは肩で息を吸う。
「いや、それは考え過ぎなんじゃ……」
流石にこれはと思ったムツキが落ち着かせるようにアルに言うが、ここでハルカが口を開いた。
「……それって……こんなお店はぶっ壊してしまおうってことですよね、アル様?」
ハルカはそう言うとどこからか何かのスイッチを持ち出してくる。それもどこかぎこちない、満面の笑みで。
「良かった、ついにアル様のお力になれます」
「起爆装置?なんでそれを……」
「ハルカ、ちょ、ちょっと待っ……」
察したカヨコが止めようと手を伸ばすが、時すでに遅く――――――
「へ!?」
アルの断末魔を最後に、柴関ラーメンは爆発に包まれた。
「なに……これ……」
目の前に広がる、ただただ圧倒的な破壊の痕跡。元の施設が何なのかさえ分からないほどグチャグチャにされた瓦礫の山が、うず高く積みあがっていた。
「これはこれは」
「!?」
背後から聞こえた声に素早く振り向く。
「お待ちしていましたよ、暁のホル……いや、ホシノさんでしたね。これは失礼。いやいや、キヴォトスにはまだ馴染めていなくて」
「……こんなところに呼び出して。今度は何の用なのさ、黒服の人」
黒服、と呼ばれた
「それに関しては申し訳ありません。状況が変わりましてね。今回は再度、アビドス最高の神秘をお持ちのホシノさんにご提案をしようと思いまして」
「提案?ふざけるな!!!それはもう……!!」
感情のままに言葉をぶつけようとした瞬間、影が辺りを覆う。
「!?」
「クックックッ、随分早いことで」
空から巨人が、
両手に持ったライフルとバズーカらしき銃器、両肩には連装した砲とミサイルらしきものが積まれた、人であって、人でない機械。
巨人がこちらに眼を……赤いレンズを向けると、私は反射的にショットガンを取り出して。
「まあまあ、落ち着いてください」
黒服が制止すると、人型の機械から光が失われる。胴体から熱気を含んだ煙が排気され、その中から出てきたのは――――
「お、お前……!!!??」
「お気に入りの映画のセリフがありましてね。今回はそれを引用してみましょう」
黒服はおもむろに一枚の契約書を取り出し、私に突き付けて来る。
「あなたに、決して拒めないであろう提案をひとつ。興味深い提案だと思いますので、どうかご清聴ください」
喉から絞り出すような、不気味な笑い声が耳朶を揺らし。
濁り切った二つの瞳が、ただ私を見ていた。