辺りに満ちる嗅ぎなれた火薬の匂いが俺の頭をこれでもかと揺さぶる中、耳に入る少女たちの声が非現実感をかき混ぜてくる。
「なんで私たちが不良たちと戦わなきゃいけないの!!」
「サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すためには、あの部室の奪還が必要ですから……」
「それは聞いたけど……!私これでも、うちの学校では生徒会に所属してて、それなりの扱いなんだけど!なんで私が……!」
窘めるチナツの言葉でもなお冷めないユウカ。お前はイグアスか何かか。
そんな年頃全開で叫ぶユウカに、チンピラどもの銃口が合わされた。
「頭を下げろ早瀬!!」
「うわっ!?」
肩を押して遮蔽物に押し込むと、頭上を弾丸が通過していった。
「遠足に文句でもあるならここで帰るか早瀬?ミレニアムとやらの生徒会は腑抜け混じりだと俺とあそこのならず者どもが言いふらすぞ!」
「先生まで!?というか、いきなりこんな状況に放り出されて冷静でいられるわけないじゃないですか!」
「ならその他三名の様子をよーく見ておけ!貴様の口数より多く弾丸をぶっ放してるぞ、そのSMGは飾りか!?」
この世界では、そこら辺のコンビニでさえ銃が売ってあった。木星戦争でもそこまで治安は終わってなかったはずだというのに、ここのガキどもと来たらちっぽけな口喧嘩に銃を出すらしい。人の命があまりに軽すぎる、そう渋面を作った俺にリン曰く、
『キヴォトスの住民は基本的にただの銃撃戦では死にません。ライフルの全弾命中でも普通は気絶する程度です。例外は一部ありますが……先生の見る範囲で銃殺が起きる場面はありえないでしょう』
という全軍人の訓練に唾をつけるような理屈を俺にぶちかまして来た。ちなみに彼女らの頭上に浮いている天使の輪のような物体はヘイローといい、キヴォトスの学生ならば全てにあるものらしい。……まずい塞ぎこんだ疑問の波が決壊してきたぞ。
「ユウカさん。今は先生を守ることが最優先です。あの建物の奪還はその次です」
「ハスミさんの言うとおりです。先生はキヴォトスではないところから来た方ですので……私たちとは違って、弾丸一つでも生命の危機にさらされる可能性があります。その点ご注意を!」
まるで自分たちは俺とは違う―本人たちにその意識はないのだろうが―その言いぶりに思わず文句を言いたくなるが、
「分かってるわ。先生、先生は戦場に出ないでください!私たちが戦ってる間は、この安全な場所にいてくださいね!」
ユウカたちの本気でこちらを心配する目に、俺は随分と昔のことを思い出す。
かつて俺がMTに乗って前線へ出向く際、スラム街で飴を配ったガキどもがMTの上に乗る俺を見る目がそうだった。
死ぬな。という目を。馬鹿もんが、俺の命よりお前らの未来だろうに。半端な情を出さなければ命を捨てることもなかったのにな。
「……ふん。いっちょ前の口を利きやがって。なら俺は後方で見物させてもらおうか。ついでにお前らの即席部隊もしごいてやろう!」
「え、ええっ!?それって戦術指揮をされるということですか?」
「分かりました。これより先生の指揮に従います」
「生徒が先生の言葉に従うのは自然なこと、ですね。よろしくお願いします」
「あまり時間を取るなよ。そうなったら俺は軍人として前線に出張ってやるからな!」
「こんな脅し文句初めて聞きました……」
「よし、じゃあ行ってみましょうか!」
戦闘開始から二分経過
地面に転がるチンピラどもの殲滅を確認し、即席部隊は一時停戦した。
「なんだか、戦闘がいつもよりやりやすかった気がします……」
「……やっぱりそうよね?」
スズミの呟きにユウカが同意し、ハスミもまた同調する。
「先生の指揮のおかげで、普段よりずっと戦いやすかったです」
「なるほど……これが先生の力……まぁ、連邦生徒会長が選んだ人だから当たり前か……」
「随分と連邦生徒会長にべたぼれだな。会ったことでもあるのか」
「え?いや……直接は会った事ない
妙だ。会いもしていない連邦生徒会長への、あまりに大きな信頼と期待。企業の社長でもそんなことはないはずだが、生徒会長とやらは何故俺を呼び出したんだ…?
「……あれ?先生は連邦生徒会長のことは知らないんですか?てっきり知っているものだと」
「顔も名前も知らん奴に呼び出されたんだぞ。知るわけあるまい。
それはともかくそいつが戻ってきた暁には拳骨をくれてやるがな!」
「ええと、先生は一応連邦生徒会の人間では……」
「知るか!俺への説明不足とキヴォトスをこんな事態にした責任を考えれば、拳骨ですむだけましだろう!」
さりげなくこの状況への怒りも吐き出しつつ、目的地のシャーレ部室へと歩きはじめる。
「……面白い方ですね、先生は」
「正直、キヴォトスの大人と違いすぎて、なにか困惑してきました……」
「医療キットに頭痛薬は入っているかチナツ。今のは準備運動だ、ここから気を引き締めてかかれよ」
「ええ。それでは次の戦闘もよろしくお願いします、先生」
それから幾たびか戦闘を挟み、進軍を続ける俺たちの前に聳えるビルが見えた。あれがシャーレの部室の入るビル。目的地まではあと少しだ。
「シャーレの部室は目の前だ!最後まで気を抜くなよ」
そう叱咤すると同時に、通信端末がリンの姿を投影した。
『ミシガン先生。今、この騒ぎを起こした生徒の正体が判明しました。
ワカモ。百鬼夜行連合学院で停学になった後、矯正局を脱獄した生徒です。似たような前科がいくつもある危険な人物なので、気を付けてください』
「了解。それらしき生徒の姿を確認したぞ、リン」
歩道橋からこちらを見下ろしているのは、和服に身を包み狐の面をつけた少女だ。それだけならユウカたちと変わらないが、どうにも身に纏っている雰囲気が違う。よく感じたことのある、己以外を顧みない奴のそれだ。
『確認しました。はい、あれがワカモで間違いありません』
「テロリストかと思えば妖怪とはな。全くここは、ちぐはぐで蕁麻疹が出そうだ」
ワカモの後ろからぞろぞろと出て来るチンピラどもは、乱雑な動きで急ごしらえの陣地をシャーレの部室前に敷いた。ワカモは恐らくリーダーではなく扇動者、か。チンピラはこれまで通りの動きで突破できそうだが……
「!前方に巡航戦車を確認しました、クルセイダーⅠ型!」
スケバンどもの統領か何かのように鎮座するのは、戦車か。あまり上等なもののようには見えないが、それでも脅威であることには変わりない。
「まずは群がるチンピラどもを片付けろ、戦車の射線には体を出すなよ!」
「このくらいなんてことないわ!」
急ごしらえの部隊が、次々とチンピラどもを片付けていく。連携はともかくとして、個々の能力には目を見張るものがある。うちのむさくるしい役立たずどもと生身でやらせたら彼女たちが勝つだろうとも。ワカモが今のところ動く様子を見せていないのも大きいか。
(なら問題は戦車だな。ハスミの徹甲弾があるとはいえ、あまり時間をかけてはいられん)
既に周辺地区は穴ぼこだらけで凄まじい被害を出している。どうせあそこで先生として働くならば、後顧の憂いは絶っておくべきか。
「……女子供に任せて俺は後方に居座っていたなどと、伝記に書けるものか」
腐っても俺は軍人だ。ヴェスパーの第一隊長のようではない。ルビコンではまともに前線に出れん時が多かったから、ここらで生身の具合を確認するのも悪くないだろう。
「スズミ!閃光弾で戦車の視界を塞げるか!」
「はい。ただもう少し近づけないと、有効打にはならなさそうです」
「聞いたかユウカ!お前はシールドを展開して戦線を押し上げろ!チナツはユウカの援護に回れ、ハスミは遠距離から場所移動で戦車の狙いを攪乱しろ!」
「「「「了解!」」」」
威勢のいい返事と共にそれぞれが行動を開始する。
シールドを張ったユウカが前線に穴を空け、スズミとチナツの援護射撃で戦線が瓦解していく。それを止めようとする戦車だが、ハスミの徹甲弾の脅威からか狙いがちぐはぐで思うように動けていない。
「閃光弾行けます!」
「投擲!」
スズミの放った閃光手りゅう弾が、放物線を描いて戦車のど真ん前に落ち、炸裂した。
視界が白で埋め尽くされ、戦車の中にいたスケバンがハッチから顔を出す。
「クッソ!閃光弾なんてせこいもん使いやがって、覚悟しろや!」
マシンガンを構えるスケバンだが、ふと辺りが妙に暗いことに気付く。まるで何かが自分の背後にあるような……
「免許証は持っているか?」
低い男の声が聞こえたと同時、そのスケバンは意識を狩られた―――背後に立っていたミシガンの拳骨によって。
「先生!?」
「危険です!そこから離れて!」
生徒たちが叫ぶ中、ミシガンはそれを聞く素振りも見せず、気絶したスケバンと共に車内へ入っていった。
そして
バキィ! ドゴォ! ゴシャァ!
……銃声の代わりに鈍い殴打音が、戦車の装甲を貫いて周囲に響く。
「……先生?」
ユウカが呼びかけると同時、ハッチから顔面血だらけのスケバンたちが飛び出し、地面に倒れ伏した。
「お、おい!どうしたんだお前ら!?」
動けるスケバンたちが気絶した仲間たちに駆け寄ろうとする。
しかしユウカたちが迎撃することは無く、突如戦車の砲塔が180度回転した。
「「「え」」」
スケバンたちはその言葉を最期に、クルセイダーの2ポンド砲の爆風で吹っ飛んでいった。
「銃も構えずに負傷者の救護などするなバカ者ぉ!貴様らはあとでみっちりしごいてやる、せいぜい今のうちにしっかり寝ていろ!」
戦車のハッチから叱咤するミシガンの背中が、なぜだかとても大きく、即席部隊の眼に映った。
「うーん……これが一体何なのか、まったく分かりませんね。これでは壊そうにも……」
ならず者どもをぶちのめし、やっとシャーレの地下室に入った俺を迎えたのは、さきほどの狐面をつけたテロリスト、ワカモだった。こちらに背を向け、何かを物色しているらしいが。
「ほう、張りぼての虎どもで時間稼ぎ中に空き巣とはな。随分と余裕じゃないか、女狐」
「!?」
即座に後ろに振り返り、銃をこちらに突き付けるワカモの額に、俺はリボルバーの銃口を合わせた。
「……連邦生徒会の子犬にはあれくらいでちょうどいいと思っていましたが、存外早かったですね」
「その子犬どもを引き連れているのが獅子でなければな。よくもあんなまずい奴らを用意してくれたもんだ。思わず吐きそうになったぞ」
「あら、獅子とは。フフッ、随分と腕に自信があるようですが、ヘイローも持たない大人が何、を……」
ワカモはこちらの顔を見ると、何かに気付いたように銃身を震わせた。
「あら、あららら……」
もう銃を向けることすらしなくなったワカモは、だが視線だけは俺の顔面を外さない。……むず痒いといったらありゃしない。
「おい、俺の顔に何か用でもあるのか」
「あ、ああ……」
「?言いたいことがあるなら大声で――!」
「し、し……失礼いたしましたー!!」
狐はこちらに踵を返すと、猛ダッシュで逃げていった。何だったんだあいつ、俺の人相にビビッたのか。そんな肝の小さい奴には見えなかったが……
まぁ逃げたのなら後でいいか、と頭を切り替えたところで、リンがやってきた。ワカモを見つけたことを報告すべきなのだろうが……ひとまず目的を果たすことが優先だろう。
「ここに、連邦生徒会長が残したものが保管されています」
そういうとリンは、先ほどワカモが持っていたそれを俺に差し出した。
「……これは、タブレット端末か?」
「はい。これが連邦生徒会長が先生に残した物。「シッテムの箱」です」
大層な名前のついたタブレット端末を手に取り、すぐにおかしなことに気付く。
「気づかれましたか。それは普通のタブレットに見えますが、実は正体の分からない物です。製造会社も、OSも、システム構造も、動く仕組みの全てが不明。連邦生徒会長は、この「シッテムの箱」は先生の物で、先生がこれでタワーの制御権を回復させられるはずだと言っていました。私たちでは起動すらできなかった物ですが、先生ならこれを起動させられるのでしょうか、それとも……」
「もし壊れてたら殴って直せる奴か」
「無理です。あとくれぐれも殴らないでください」
俺はジッとそのタブレット、シッテムの箱を見る。
好事家たちが飾っていた古いタブレットに似てはいるが、重量が無いのかと錯覚するほど軽く、カメラはついていない。ただ黒く塗り潰された画面だけが、何も写すことなくそこにあるだけだ。どことない不気味さと共に、それを違和感なく受け入れられる己の感覚に疑いを抱く。
ここから先はリンの道案内は無いらしい。遠くでただこちらを待っているだけだ。
これを使えば、俺は恐らく本当の意味でここの住民になる。そんな漠然とした予感がする。
問題など何もない。死んだかと思えばこんな僻地に飛ばされて、20に満たない子どもの世話になっている。
道なき道を地獄に変える、それがミシガンという人間だ。
これから俺は、俺の選択で、ここを変える。変える先は決まっている。地獄だ。それもとびっきりの。
息を吐き、先の見通せない深淵に、俺は手を伸ばした。
さっきノドカの絆ストーリー見てたんですけど、シャーレの部室って雲より高い位置にあるらしいっすね。いやなんでそこまで高く造ったんだ連邦生徒会長ぉぅ・・・・・