初めに感じたのは、言いようのない悪寒だった。
青い瞳なんてあんまり見ない色だけれど、そいつの青は海とか青空とかにある透明感がまるで無かった。濁り切った、感情のうかがい知れない瞳。〝黒服〟は私の瞳も神秘云々の影響とか言ってたけど、こいつの眼の方がよっぽどじゃないかと、そう思ってしまうほどに。
その眼の中に沈んでいるものは尋常の量でないのに、明らかに未成熟な体がその印象をかき乱す。もちろん私みたいに個人差、とも言えないけれど。無理やり子どもの体に押さえつけられた、みたいに思えるのは、私の気のせいだろうか。
それにあの全身に刻まれた火傷の痕。右目周辺を除けば顔はすべて焼けているし、あの包帯に包まれているのもそれなんだろう。全身を酷く火傷してなお、生き残っている。
……キヴォトスでは絶対にないはずの、本当の死線を潜り抜けたんだろう。隣にいるこの先生みたいに。
明らかに異常なイレギュラーの出現に、先生も驚いてはいた。けれど、それは初対面の驚き……ではないようだ。瞬きの間にいつもの顔に戻った先生は、そいつに口を開いた。
「……いつ以来だ、G13。貴様のはしゃぎっぷりには俺ともども全く手を焼かされた。随分大人びたようだが、まずは言うことがあるんじゃないか?」
「先生……その人、知ってるの?」
シロコちゃんが先生に問いかけると、答えたのは火傷した青目だった。
「自己紹介を、忘れていたな。
俺は傭兵斡旋所〝レイヴンズ・ネスト〟を運営している。名前は……レイヴン、だ。
レッドガンの、ミシガン先生が総長を務めて
「……やっぱり先生、軍人だったんだね~?道理でおじさんよりキビキビ動けるわけだ~」
口を挟んだ私に、光の通らない青が二つ向けられる。
観察されるのは嫌いだ。でも黒服とはどこか違う。打算抜きで私を見定める、これはきっとそんな感覚だ。
「小鳥遊ホシノ、だな」
「……ありゃ、私の事知ってるんだ」
「よく聞いている。アビドスのリーダーであり、そして最も警戒すべき対象だと、な」
先ほどよりどこか舌足らずな彼はまた、後輩たちに目を向け、そして先生の方に向き直る。
「総長。今は、あなたがシャーレの先生、でいいんですね」
「ふん、任命式にすら顔を出さんここの元トップに押し付けられた形だがな。キヴォトスはしごきがいのある奴らがよりどりみどりだ、おかげで古巣に手紙を出す暇もない!貴様も独り立ちが出来るようになったなら、手紙の一つくらいは送れるようになるんだな!」
「……あれから、20年経ちました。あなたの隠居先が、こんな辺境の学園都市だとは、誰も想像できませんよ」
旧友、といって良いのだろうか。互いを深く知っているような、それでいて線引きがはっきりとされている。
大人の関係、ってやつか?昔は分かりたくもなかったが、どこか見ていて気になるというか。
「今のあなたが、連邦生徒会に属しているなら、アビドスは絶対に渡すつもりはない」
「俺のやり方をよく知っているようだな、木星の時のドキュメンタリーでも見たか?」
「あなたの古巣からも、よく聞かされました。
傭兵部隊、引き上げるぞ。アビドスからは一旦手を引く」
背を翻したレイヴンに、便利屋68から声がかけられる。
「ちょ、ちょっと待って!?協働するって話だったじゃない!今更ここで帰るつもり!?」
「協働を持ちかけたのはそっちでしょ?こっちは前金も渡してるんだし、ここで帰るのは少し違うんじゃな~い?ね、傭兵ちゃんたちもそう思わない?」
「え?あ、あたしらは、その、依頼主の意向には従わなきゃだし……」
便利屋の抗議に巻き込まれる形で、傭兵たちの中にもざわめきが生じる。
今が追い出す好機か、そう思って引き金に手をかけようとするが、いきなり振り返ってきた先生に視線で射抜かれ、引き金からは手を引いた。構えはそのまま、で。
「……そうだったな。確かに、ここで俺が撤退の判断を下すのは、道義としては間違っている」
「そ、その通りよ!」
「ただな、割に合わない依頼を、意固地になってまで遂行しようとするのは、効率が悪い」
陸八魔アルの言い分は認めたが撤退を崩さない姿勢に、便利屋の課長らしい黒パーカーの子が問いかける。
「アビドスがってこと?それともその先生が?確かに作戦は失敗したけど……」
「20倍近い戦力差のヘルメット団、それらから学校を守り続ける実力、砂に埋もれたこの学区を見捨てない心胆。こういう連中がいかに強いか、
レイヴンの瞳が先生の方へ向く。
「何より、ここには200倍以上の物量による制圧を跳ねのけた、木星戦争の英雄が、指揮を取っている。加えて、そんな人物の情報を寄こしてこない、依頼主の力不足もある。退いたところで、俺たちに文句は言われまい」
「え?ちょ、ちょっと待って木星戦争!?な、何の話!?」
「聞きたければ、本人に聞くといい。どんな代価を払うかは、知らないが」
社長の子が先生を見る。……なんだか敵意が無くなるくらいにビビりまくった表情をしているが、まぁだろうね。私だってこんな筋骨隆々とした偉丈夫とやり合いたくない。
「このまま戦っても、構わない。それは、お前たちの、選択だ。だが、俺としては、
傭兵たちには、とんだ依頼を受けさせてしまったな。後で補填を出しておこう」
「……まぁ、金がもらえるなら、それで……」
そう言うと、レイヴンは先生を見て、その場を立ち去っていった。
「ちょ、本気で逃げるの!?
~~~っ!う~~!こ、これで終わったと思わないことね!」「あはは、アルちゃんそれ、三流悪党のセリフじゃーん」
彼我の兵力差の小ささに不安がったのか、便利屋68もまた撤退していき、アビドスは日常の静けさを取り戻していった。
「えぇぇぇ!!?じゃ、じゃあ、先生って宇宙から来たってこと!?」
「宇宙人って感じがしないけど……もしかして擬態?」
「抜かせシロコ!俺がそんなコスプレに造詣があると思うか?そもそも俺からすれば貴様らの方がよっぽど宇宙人めいとるわ!」
散らかった教室と校舎を片付け、対策委員会の教室で先生からの衝撃すぎるカミングアウトを受けた。
キヴォトスの外……というには離れすぎているか。遠い宇宙では人類社会が宇宙開発に勤しんでおり、先生はそんな時代の中でテラフォーミングされた木星で生まれたという。まるで映画の世界観だが、当時の木星は開発権利やら資源を巡ってベイラムグループとアーキバスグループという、カイザーが米粒に思えるほどの超大企業が戦争を繰り返しており、先生はそんな戦禍に揉まれながら育ったという。木星戦争云々は、長いから省略とのこと。これ以上不要な情報を整理するのはちょっとあれだし、助かった。
当然、そんな荒唐無稽な話をされても信じられないし、私は何かのカモフラージュだと疑っている。ただ、セリカちゃんは先生への好感度が高いのかなぜか信じちゃってるし、シロコちゃんもそれに乗っかって色々聞き出そうとしている。それはそれとして元気なことだ、おじさんとしては嬉しい限り。
「セリカちゃんもシロコ先輩もその辺で……」
「二人の気持ちは分かりますけどね☆
それより、あのレイヴンっていう人は先生の知り合い、何ですよね?詳しく聞いてもいいですか」
ノノミちゃんが軌道修正すると、荒ぶっていた二人が席に着き、先生もお茶を飲み干しながら、口を開いた。
「あいつは……俺の知り合いの飼っていた、猟犬だった」
「りょ、猟犬?」
「言葉通りだ。主人の命令は絶対、何を通してもそれをやろうとする。あいつの前にも何匹か飼っていたが、まぁ、どいつもこいつも厄介な奴ばかりだった。G13はその中でも特級だったがな」
先生の発言は誤魔化し、というよりも、先生なりにオブラートに包んだ表現、というのが正しいか。嘘をついているようには見えないが……
みんなその意味を理解しようと頭を捻らせて、そこに先生の大声が通る。
「不運なことだが、あの飼い主は猟犬に情が深い奴だった。感情の起伏に乏しいあいつを、外からの刺激が必要だと言ってうちで面倒を見させてくれとぬけぬけと言ってきやがった。G13のコールサインはそれでつけてやったんだ」
「そ、そうだったんですか」
「まさか最初の遠足でうちの役立たずどもの背中に鉛弾を浴びせてやるほどやんちゃだとは思わなかったがな!おかげで随分な授業料を払ったもんだ!」
「え、えぇ?それホントなの、先生?」「こればっかりはマジだ」
そんなのがあったのに見逃したのか、それとも何か理由があったのか。情報量が多くなってきて、みんなはもう頭も体も疲れ切っているようだ。
先生もそれは分かったようで、椅子から立ち上がり声を張り上げる。
「そういうことだから、奴は依頼主にケチをつけたらまた襲撃してくるだろう。それまでに奴らの背後にいる奴を引きずり出す!疲れ切ったお嬢様方の脳みそでも理解できるシンプルな結論だ!分かったら今日は解散!」
ちょうどよく校舎のチャイムが鳴り響き、その日はお流れという形になった。
皆が家に帰る時間、私は屋上に佇む先生を見た。
「……どうしたホシノ。昼寝のし過ぎでまだ元気が余ってるのか?」
「うへ~、流石にもうおじさんも動きたくないよー。特に今日は色々あったしね~」
柵の向こう、砂漠の水平線に沈みかけた夕日を眺める。何を言い出すわけでもないように。
「……」
黄昏色に焼けた空が、荒涼とした砂漠を照らしていく。うんざりするほど何もないはずなのに、それがどこか宝の山にも見えて来る。思い出補正って奴なのかな、うん、きっとそうだ。
「いい場所だな」
だから、外から来たはずの先生がそう言ったことに、完全に意表を突かれた。
「……えぇ~?こんななんにもないところが?」
「何にもないはないだろう。広い校舎を五人占め、砂っぽい空気に旨いラーメン。D.Uに引きこもってたんじゃあこれは味わえんだろう」
何より、と先生は前置きして、
「ここは静かでいい
都会の喧騒も、金食い虫どもの羽音も、腹をすかせたガキが泣きじゃくる声も、ここにはない」
昔を思い出すような、遠い目。この大人がそんな顔を出来るとは思わなかったけど、同時に私は好奇心に駆られてしまった。
「先生の故郷はさ。どんなところだったの?」
踏み込んではいけないと思う領域。自分の立場だったら絶対に嫌がるのに、先生は訥々と語りだした。
「掘っ立て小屋の集合住宅だったな」
「……」
「使えそうなものを探して、二束三文で売って今日の飯を買う。時々爆撃で家が吹っ飛んで、遊びに行く約束がパーになる。そんな場所さ」
「……キヴォトスよりずっと技術とかが進んでるのに?」
「その技術の実験場さ、俺のとこの生家はな。夜になりゃ爆音だの怒声だの赤ん坊の泣き声だので、おかげで随分鼓膜を鍛えたもんだ」
「……そっか」
いつもの調子で言ってはいるけど、郷愁に紛れた僅かな悲壮感を見てしまって、逃げ出したくなってしまった。
「先生も変なこと聞いてごめんね?おじさんはもう眠いから帰るよ~」
屋上から出ようとする私に「ホシノ」と先生はいつもの声量で引き留めた。
「なぁに?」
「年を取ると物忘れが激しくなる。頭が回る今のうちに日記をつけておけ、忘れちゃまずいものの思い出しにはピッタリだぞ」
「……分かったよー」
閉まっていく扉の向こう、先生がどんな表情を浮かべていたのは、分からなかった。
(何がしたかったんだろうな、私)
その夜、独り帰路を辿ったその日は、いつにも増して寝つきが悪かった。
便利屋業務日誌買いました。やはり公式コミックってのはいいですね……
あとは621君が受け入れられてそうでよかったです。ミシガン主軸に専心しようとも思ってたんですが、やっぱルビコンを知っている人がいると過去との絡みもしやすいよなぁと思いまして。
とはいえ木星戦争時代のミシガンとかは完全に独自設定になってしまうわけですが。今後ともお付き合いいただけたら嬉しいです。