学校、教室、席について、今日の時間割を確認していると、がらりと扉が開いて、一人の女子が席に向かう。
「束田さんおはよう~」
「おはようございます」
「束田っちおは~。今日は髪まとめてるん?」
「えぇ坂口さん。少しばかりイメチェンを…」
「おはよ束田さん!今日の英語の小テストヤバいんだけど助けて~!」
「はい、確か前置詞のところでしたね。ノートを持ってきてください」
「綺麗だよなぁ…束田さん」
「あぁ、誰にでも優しいし…丁寧っつーか」
「彼女にしてぇ…でも彼氏居そうなんだよなぁ…話聞かないけど」
「それな」
チラリと視線を向ければ女子男子問わず噂の的の束田さん。束田 蒼。誰に対しても人当たりがよく悪い話を聞かない人。勉強も出来てそれを自慢することもなく、陽キャにも陰キャにも話せるネタを持ってる人。このクラスの人気者。
私はそれを横目に机に教科書やらノートやらを突っ込んで…ふと束田さんを見やる。
目があって会釈された。何か返さないのもだめだと思ったのでとりあえず会釈をする。ただのクラスメイト、ただの同級生、はたから見たらそうとしか見えないだろう。つながりも薄く、性格やクラスの評価だって真逆と言っていい私と彼女に何の接点があろうか。
私はいつも通り、学校生活を送る。誰にも関わらず、誰にも興味を向けることなく、一日を終える。ただそれだけ。それが約束なのだから。
一人のまま、学校を終わらせて家に向かう。周りをそれとなくクラスメイトが居ないことを確認して、家に入る。
「ただいま」
「おかえり、碧ちゃん」
束田 蒼が笑顔で私を出迎えた。
~~~~~
「今日のご飯はマーボー春雨~♪」
「そっか」
「碧ちゃんはご飯どうする?普通?ちょっと盛る?」
「普通でいいよ」
「はいはい、碧ちゃんは相変わらずだなぁ…」
「いつだって変わらないよ」
「ふふっ、そっか」
ソファに座ってスマホをいじる。今日は来ていなかった。キッチンで蒼が鼻歌を歌いながら料理をしていて、次第にリビングにいい匂いが漂ってくる。
私、久世 碧は束田 蒼と同棲している。私たちの関係?ただの幼馴染だ。私が親の都合で引っ越さないといけなくなったとき、一人暮らしをするから一緒にと蒼が私を家に引っ張り込んだのだ。私はそれに流されるまま、引っ越しをせず親元を離れてこうして生活をしている。確か中学2年生の時だった。
「碧ちゃん、宿題はどう~」
「どうって?別に…1時間もあれば終わるし」
「そう言って~テストは平均点ちょい上じゃなかった~?大学いけないよ~」
「大丈夫だよ。蒼がいるし」
「えっ、えへへへ…碧ちゃん大好き。もし大学失敗したら碧ちゃんは私が養ったげよう♪」
「どうも。私金だけはせびるから。捨てないd「捨てないよ」
かぶせられた声。ふとキッチンを見れば蒼がガラス玉みたいな目でこちらを見ている。蒼はたまにこうなる。私が引っ越す話の時から、時たまこういう表情をする。不気味に見えるかもしれないが私は気にしなかった。
「捨てない、捨てないよ。碧ちゃんのこと。ずっと、ずっとずっと一緒でしょ。私達。じゃないとおかしいよ」
冷たい声色、まるでそうなるのが当然みたいに言う。でも、それは事実で、私は否定の言葉を投げるわけでもなく、ただ一言
「そうだね。私は蒼に従うしかないわけだし」
そう言えば、蒼はいつものように戻ってにっこりとほほ笑んだ。子供の我儘みたいに宣言する。
「えへへ、そうでしょそうでしょ?碧ちゃんは私に逆らえないの!」
「はいはい…フライパン、焦がしてるけどいいの?」
「えっ、あっ!やば…!碧ちゃん碧ちゃん!早く言ってよ~!!!」
「火元見てなかった蒼が悪いよ」
私達の関係はこれからもずっと続くのだろう。そう、焦がしたフライパンに四苦八苦する
~~~~~
今日も学校に行く。廊下の前に人だかりができていた。そうか。今日は中間テストの成績発表だ。
「見てみて!束田さん今回も学年一位だって!」
「すご~…ずっとだよね」
「見てみ!私の順位!束田さんに教えてもらったとこ偶然テストで出て上がったんよね~束田さん様様だわ~!」
「えぇ~!?ずっる~束田さん!私にも今度勉強教えてよ!」
「はい、では今度勉強会を開きましょうか」
「なぁ~俺も勉強会参加していいか?ちょっと今回ヤバくてよ~」
「えぇ~?男子入ってくるのはなぁ~…」
「頼む…!」
「すまん。俺も頼みたい。次のテストでもダメだったらバイト禁止になるかもなんだよ!」
「うぇ~?束田さんに負担掛かるしなぁ…」
「良いですよ。私は大丈夫です」
「束田さんが良いならまぁ…」
「ふふ、心配してくださってありがとうございます。よければどこかで服を買いに行きましょうか」
「え、マジ?束田さんと服選びいけんの熱。全然いいよ。男子も来い来い」
「うぇ~い!ありがとう束田さん!」
「助かる~」
「いえ、私の出来ることでお役に立てるなら頼ってください」
今日も束田さんは人に囲まれている。誰に対しても愛想よく、人当たり良く、良い顔で対応している。私はそれを、遠くから眺めるみたいにボーっと見つめて、不意に視線が交差した。
私にも同じような顔をする。私はそれが嫌でならなかった。家での姿を知っているから学校での姿は作り物…実際作り上げた偽物なのだから、私にとってはいびつに映る。なんとなく目線を外して、スマホを開く。
「あれ?束田さんどうしたの?」
「具合悪い?顔色がちょっと白いけど…」
「いえ何でも…」
メッセージアプリを立ち上げて、手早く文字を打ち込んで送信する。
『今日の晩御飯はハンバーグがいい』
束田さんは不意に鳴ったスマホを取ってちらりと画面通知に映ったメッセージを見たのだろう。にこやかに笑って…スマホをしまった。
「え、なになになに?」
「彼氏?彼氏さんのメッセージ?」
「男がいる顔してなかった…?」
「え、マジ?彼氏居るの…?俺たちの束田さんに…?」
「マジかよ…そんな世界救ったレベルで徳を積んだ奴が…」
「死んでくれ…心の底から死んでくれ…」
「違いますよ…家族からの連絡です。御夕飯のリクエストがあったので」
「家族かぁ…安心」
「束田さんに彼氏なんてできた日には荒れるよ…」
「束田さんに近づくヤツは私たちがブロックだブロック!」
「よかった~まだチャンスはあるな」
「お前にはねぇよ。あるとしたら俺だ」
「バーカ。俺がこの中で一番成績良いんだから俺だろ。どうです束田さん。俺学年11位ですよ…!」
「ふふっ、ごめんなさい。あんまり恋愛というのはわからなくて…」
「グハッ」
「振られてやんの」
「雑魚…ライバル減ったな」
にわかに盛り上がりを見せる集団を尻目に足早に立ち去る。これでいい。私と束田さんに関係があるなんて思われるのも嫌だから。私の不快さよりも束田さんの機嫌のほうがずっと優先だ。
私はその後、何事もなく学校を終えた。
~~~~~
「おかえり!碧ちゃん!」
「ただいま」
いつも私より早く帰っている蒼の出迎えをおざなりに返してリビングに向かう。
いつもだ。私はいつも、帰ってきたら鞄を放り出してリビングソファに沈み込む。理由は明快、疲れたからだ。毎日毎日、幼馴染が知らない顔をしているものだから、不気味でしょうがない。自分らしく居ればいいのに、誰に対しても八方美人。蒼なりの処世術なのだろうが…昔から知ってるからね。気味が悪いよ。それに、学校では極力話さないようにしている。それは私が不気味だからとかじゃなくて、蒼が言い出したことだ。学校では私に関わらないでほしい、なんて言われてもそんな姿を見て関わりたいとは思えない私には福音で特に悲しくもなかった。
とにかく、私にとって学校というのは休まらない場所で、ようやく気が抜ける場所が家なのだ。
「今日はリクエスト通りのハンバーグだよ~♪」
「そ」
「特別に~チーズinハンバーグwithおろしポン酢ソース~♪」
「合うの?」
「だいじょーぶい!」
「ならいいや」
かわいくピースサインを出す蒼を流して、私はスマホに目線を向ける。今日も来ていなかった。私はイヤホンを取り出して音楽をつけては目を瞑る。
「碧ちゃーん!碧ちゃーん!…ダメだ。閉じこもっちゃった」
「碧ちゃ~ん。ふふっみーどり!みどりん~みどみど~グリーン~!」
「聞こえてる。変なあだ名付けないで」
「あら聞こえてた…はーい。ごはんもうすぐだよ~」
「わかった」
私達は無事に今日を終えた。
~~~~~
学校、珍しく束田さんからメッセージが来ていた。
『ラブレター渡されちゃった。放課後屋上で~だって』
…ついに来たか。今日がそうか。そう思った。束田さんはモテる。人当たりもよくて顔も綺麗でモテない要素がないだろう。だから、こうしてラブレターや告白をされることがある。そういうことが起きた時、私は必ず身構えて過ごす。何が起きてもいいように。今日を無事に終わらせるために。
今日の学校はあまりよく覚えていなかった
~~~~~
「束田さん…いえ、蒼さん!好きです!付き合ってください!」
「いえ…私には…」
「貴女の
「私にはまだ恋愛というのが分からなくて…」
「わからなくてもいいんです!俺は貴女の傍にいればそれでいいんです!」
「いえ…」
「お願いします!蒼さん!」
「っっっ……ごめんなさい!」
~~~~~
がちゃり、扉が開いた音がする。十中八九蒼だ。帰ってきた。幼馴染が帰ってきてしまった。ならこれから起こることはただ一つ。
「ただいま、ただいま碧ちゃん。ねぇ、私告白されたの。知らない男の子。ねぇ、嫉妬するでしょ?羨ましいでしょ?私が誰かに取られちゃうよ。ねぇ」
無表情、ハイライトのない目、一切の高低をなくした平坦な声。やっぱりだ。
「碧ちゃん、聞いてる?私さ。また告白されたの。誠実なところに惹かれたんだって。おかしいよね」
「私に誠実さだって。誰に対しても良い顔をする人に誠実さだって。気持ち悪い。上辺だけしか見ていないんだよ。でも、いいかなって思ったんだ。ちょっと。ちょっとだけね」
「だって、最近の碧ちゃんそっけないし、私のこと捨てそうだなって思ったから。でも、でもね」
「ダメ、ダメだった。やっぱり嫌いなものは治せないよ。嫌い。嫌い嫌い嫌い嫌い」
ブツブツと言葉を並べ続ける蒼を見て吐きそうになったため息をぐっとこらえる。いつもの、いつものことだ。毎回呆れてばかりじゃ私も潰れてしまう。ひとまず、吐き終わるまで待つ。
「私はただ言うとおりにしてただけなのにね。ホントの姿なんて碧ちゃんにしか見せてないのに誠実さだって」
「みんなにいい顔する私が好きなんだって。あんな私が好きなんだって気持ち悪い。私がどんな気持ちでやってるかも知らないで…上辺だけを見て…」
「貴女の傍にいればいいって、そんなの私から願い下げだよ。プライベートも演じ続けなくちゃいけないなんて嫌。プライベートくらい私の好きにさせてよ。私がいたい私でいさせてよ。私が私でいれるのは碧ちゃんだけ。私の、私だけの碧」
「みんなみんな、全員嫌い。死んでほしい。親も友達も誰も彼もみーんな私の上っ面しか見てない。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い。みんなが思う私を演じたのに私から碧ちゃんを離そうとする親が嫌い。私良い子にしてたのに。私の願いを何一つかなえてくれない。親失格。私の好きな碧ちゃんを遠ざける学校が嫌い。ずっと一緒がいいのに、みんな私から碧ちゃんを離そうとする。私が碧ちゃんに近づけば、みんな碧ちゃんに不信の目を向ける。陰口を叩く。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い」
「私に冷たい碧ちゃんが嫌い。私のことずっと考えてくれなきゃヤダ。私以外に意識を向ける碧ちゃんが嫌い。私だけを見てほしいのに。私にそっけなくて興味がない碧ちゃんが嫌い。私がこんなにも想ってるのに…私に」
私は耐えきれなかった。だから抱きしめて…あるセーフワードを口にした。
「蒼…や、
「…!えへ、えへへへへっへっへへへへ……!」
長くなりそうで、気がおかしくなりそうだった。私の声に気づいた蒼は、今までのことがまるで嘘みたいに、にへらっと壊れた笑みを浮かべた。今までのが嘘みたいに言葉がどもって、つっかえる。
「碧ちゃんが
「わ、わた、私
「うん、そう。私が蒼。それでいいでしょ。私なら許すはずだよ」
「えへえへへへっっ、うん、うん!わ、わた、私が
そう言って、私の体に顔をうずめる壊れてしまった幼馴染の背中を撫でながら、どうしてこうなったか、始まりを思い出すのだった。先の、中学2年生の時だった。
~~~~~
「私、引っ越すことになったの」
親の都合だった。親が転勤することになって、私も特に理由がなかったからついていくことにしたのだ。ちょうど高校受験も考えなくちゃいけない時期だったからタイミングも良いかなと思った。ただそれを幼馴染に伝えないのは不義理だと思って、伝えた。それだけだった。
「えっ?」
学校帰りの道で、足を止めて鞄を落とした蒼がぽかんと口を開けてこちらを見ていた。
「ん。親がね。転勤するんだって。それに着いてく感じ」
あの時はまだ私達は学校でも話すことができた。あの時から蒼の八方美人はあったけれど、それでも蒼は私に話しかけて、私はそれに返すことができていた。中学特有の距離感というのだろうか。そんなに周りの目線を気にしなくてよかった時期だった。
「な、なんで?わ、私達ずっと一緒だって…」
「親の都合だからしょうがないじゃん」
「だ、だって…」
蒼はそれから、いくつかの言葉を並べて、それがどうにもならない空手形であることに気づいて、次第に口数が減って、動揺と焦燥と悲しみと困惑が混ざった顔で、とうとう黙った。
「蒼。ばいばいなんだよ。私達」
私は特段悲しくなかった。私にとって、いや私の性分として、私は私以外の人間に興味がなかった。親も友達も、それこそ幼馴染の蒼だって。ただ相手が一緒にいるから居るのであって、それが親の都合や別の要因で変わってしまっても特に気にすることでもないと、割り切ってしまうことができた。私は私のことしか頭になくて、例えば私の悪口を誰かが言っていても気にしなかったし、私のことを誰かが褒めようとも私は淡白に返してそれで終わりだった。物心ついた時からそうで、蒼は私のことを冷たい人間だとよく言っていた。羨ましいとも言っていた。私はただ自分本位の人間なだけなのに何が羨ましいのか。私にはわからなかった。
「い、いやだよ碧ちゃん!わ、私!碧ちゃんがいないと…!どこで私になればいいの!?私が私で居られるのは碧ちゃんと一緒にいる時だけなのに…!私はこれからずっと束田 蒼にならなきゃいけないの!?」
正直な話、私は蒼が嫌いだった。蒼は私を心の拠り所にしていて、学校以外じゃいつも私にくっついていた。ずっと一緒にいるものだから仲がいいなんて言われるけれど、ただの一方的な感情を私がおざなりに返しているだけだった。私にとって、どこまで行っても、蒼は幼馴染で、それ以上でもそれ以下でもなかった。私にとって大事なのは私のことだけで、だから私の邪魔をする蒼が嫌いだった。私は蒼がいなくても生きていけるのに、蒼は私がいないと生きていけないというのが、酷く傲慢に感じた。ただの我儘じゃないかと。
「蒼。そうなったのは蒼だよ」
私は冷たく突き放した。でも事実で正論だ。蒼はみんなの言葉を聞いて、八方美人になった。それはみんなが望んだからだ。主体性がない。きっと、私がこうなってほしいといえばそうなっただろう。誰もが求める姿になろうとして、本当の自己を内に押さえつけて苦しんでいるのだ。ただの自業自得だというのに、そうしなくちゃいけないと、それ以外に道はないと言わんばかりに声を荒げる。
「だって!私がそうすればみんな喜ぶから…!お父さんもお母さんも学校の友達も先生も!近所のおじさんもおばさんも皆皆皆皆皆、みーんな喜ぶから…!そうするしかないじゃん!わ、私が束田 蒼をすれば、それで…!」
「うん。でもそれは蒼が選んだんじゃん。誰かに言われても進められても、蒼が選んだなら蒼の責任じゃないの?」
私は誰も幸せにならない正論を振りかざした。そんなこと自覚していた。選択を奪われた選択肢を突き付けられて、お前が選んだんだからお前の責任、なんて都合がよすぎだと理解していた。でも、私にとって都合がよかった。だって、私は私のことしか頭になかったから。私の邪魔をしないでほしい。ただそれだけだった。
「なんで…!嫌!嫌だ!私離れたくない…!ずっと碧ちゃんと一緒で…!」
「蒼」
「嫌!聞きたくない!言わないでよ!そんなこと!聞きたくない聞きたくない聞きたくない!私達は永遠に…!」
私はため息を吐くしかなかった。こうなることは何となく予想できていたけど予想以上に拗れたからだ。なら私ができることはただ一つ。
「じゃあね。蒼。伝えたから」
「あ、ま、待って…!ま、待ってよ…!ねぇ…お願い!止まって!止まってよ…!こっち向いて!謝るから!私が悪かったから!わ、わた、私が我儘言ったから!ねぇ!待って、待ってよ。待ってってば。ごめん!ごめんなさい!ごめんって!許してよ!ゆ、許して…!何でも言うこと聞くから!逆らわないから!ねぇ、碧!碧ちゃん!貴女がいないとわ、私…!」
「ひぐっ、あ…あぁ…うぅ…えぅ…ねぇ、ごめんって。謝るから…今までのこと…謝るから…傍に…傍にいてよ…碧ちゃん」
泣きながら懇願する幼馴染を無視して私は帰った。
~~~~~
「蒼ちゃんお休みだってー」
「えぇ~…風邪かなぁ…」
「心配だねぇ~…」
学校、あれから数日経つが、蒼は学校に来なかった。風邪かあるいは塞ぎ込んでるのか。まぁ私には関係のないこと、そう思っていた時だった。
「久世さん。ちょっといいかしら」
「…はい?なんですか」
「ちょっと…束田さんに大事な書類があって…家が近いって聞いて届けてほしいのだけれど…」
なんてことはない休んでるときに渡された手紙の配達だった。少し居心地が悪いものの断るわけにはいかなかったので、私は了承した。
ピンポーン
チャイムを鳴らす。インターホン越しに声をかける。
「蒼…のお母さんかお父さんいらっしゃいますか。久世 碧です。学校からの大事な紙を届けに来ました」
声をかけて数分後、扉が開いた。
蒼だった。
「へ、えへへっへへへえへへっっへへへへ…碧ちゃん、碧ちゃんだぁ…。碧ちゃんが…えへっえへへへ…」
扉からを顔をのぞかせた蒼は壊れた笑みを浮かべていて、目には何の光もなくて、ただ昏い闇だけがあった。
私はその目をただ、じっと見つめていて、いつの間にかつかまれた袖に引っ張られるがまま、家に引きずり込まれた。
私は羨ましかった。碧ちゃんはいつも、自分を持っていた。私とは違って自分で何でもかんでも決めることができて、誰かに嫌いって言われても、なんてことはないように…実際になにも気にしてなかったと思う…過ごしていた。強くて一人でも生きていけるカッコいい女の子だった。
いっつもクールで。人の意見に流されなくて。ただ冷静に人を見定めている姿が綺麗で、私にとって、碧は憧れだった。
私は碧ちゃんみたいになりたくて。一生懸命に頑張ったし碧ちゃんの言うことも聞いてあげた。嫌いなピーマンだって私が食べたし、碧ちゃんが嫌がることはやらなくなった。
私は碧ちゃんの真似をしたかったけど、私は誰かに嫌われるのがひどく怖くて、碧ちゃんみたいに悪口を言われても気にしないなんて全然無理で。だから、嫌われないようにみんなにいい顔をするしかなかった。だって、嫌われるのは、悪意を向けられるのは、とても、恐ろしいことで、誰かが陰で自分のことを悪く言うと考えただけで、私は、私には…。でも、それは碧ちゃんは嫌だったみたいだけど。
それ以外は全部、全部全部全部合わせて、合わせて、その分碧ちゃんにわがまま言った。許されると思ったから。碧ちゃんの言うこと聞く代わりに、私は碧ちゃんにわがままを言う。そうじゃなきゃ釣り合わないでしょ。
蒼と碧。色が近いんだって。私と碧ちゃんは正反対の性格だったけど、私が合わせて、近づいて、一緒になれるように、色を近づけて…。その分碧ちゃんも私のお願いにこたえて、私に近づいて、色が近く、近く…ずっと、ずっと一緒になれるように祈って、願って、違う。そうじゃない。私は、私は…
私は碧色になりたかった。
あーあ、壊れてしまった。そんなことを漠然と思った。蒼が私に縋り付いて、言葉をつらつらと並べ立てる。
「へへへへえへへええへえへへへっ碧ちゃん…碧ちゃん…碧…碧…碧碧碧碧…」
「ダメ、離れないで。ずっと離れない。私達はずっと一緒」
「私ね。私、碧ちゃんの隠し事いっぱい知ってるの。碧ちゃんが私にピーマンを押し付けたこととか、碧ちゃんが私に宿題押し付けたこととか、碧ちゃんがわ、わた、私…嫌い。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い!」
「碧ちゃんが嫌いな私が嫌い。ねぇどうすればいいの。私、碧ちゃんになりたい。碧ちゃんになって、誰にも邪魔されない私に…誰の顔も気にしなくていい私に…」
「成れないよ」
「ふぇ?」
「成れないんだ。蒼。私は私で、蒼は蒼だよ。私は碧で、貴女は蒼」
「あ…え…ね。ねぇ。なんで?な、なんで?そんなこと言うの?碧ちゃんばっかりずるい。ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい。私だって我儘言いたい。私いっぱい碧ちゃんの言うこと聞いたのに、私のことは何にも聞いてくれないの?ねぇ…碧…」
「わ、私に碧を頂戴。碧色。碧色になりたい。蒼は嫌。ねぇ、碧、
「蒼」
「違う。貴女が蒼。私が碧。離さない。ずっと一緒にいる。蒼がここにいるっていうまで、引っ越さないっていうまで、私は貴女を離さない。だって、私、私は碧だから…!我儘で、自分勝手で、自分のことしか興味がなくて、他人に全く興味がない碧だから。碧になったから…!知らない。知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない。蒼の言うことなんて知らない。親の言うことも、友達の言うことも、先生の言うことも知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない」
私はそれから、都合1週間も閉じ込められて、延々と繰り返される言葉に嫌気がさして、ようやく頭を縦に振った。
ひたすらに縋り付かれながら、私に蒼であることを強制する姿は、親としてとても不気味に映ったのだろう。ただ、蒼の親は醜聞が流れるのをひどく怖がっていたから、私達から距離を置くように、私達に生活していくにあたって必要なお金を入れた口座を預けて遠くに行った。
私自身、気味が悪くてしょうがなかった。逃げたかった。でも、原因は私にあることは気づいていた。私は自分のことしか考えられなかったから。少なくとも、私がどんなことを言って、どんな影響を与えたのかは考えられた。まぁ、考えるだけで知ったこっちゃないと切り捨てるのだけれど。
でも、逃げられなかった。
気持ち悪いほどに、蒼は私に、碧になっていた。
まるで、私が二人いるみたいに、同じことを言うようになった。おんなじ思考となったのだ。それだけならまだいい。私の真似で切り捨てる。それだけじゃなかった。
都合がいい私を、碧を演じ始めた。
私じゃない私が蒼の都合がいい私を演じている。気持ち悪くて、気味が悪くて、それ以上に、
ゲシュタルト崩壊を人力でされたみたいだ。お前は誰だと、自分じゃない自分にひたすら言い続けられたみたいに。
そして、私じゃない私は、私に蒼であることを強制して…
蒼にもなれるようになった。…都合がいい蒼に。
そうして、私達は同棲することになって、私は時たま、蒼になる。
~~~~~
蒼はそれから、学校や社会生活の上では八方美人を続けながら、家にいる時はこうして人間嫌いを拗らせて、こうなるときがある。今日は、告白されて限界が来たのだろう。
私は蒼…いや
ずっと、この生活が続くのだろう。これからも、いや、一生か。
私は自分のことしか頭になかった。人のことなんてどうでもよかった。そんな風に思っていたから、こうして墓穴を掘ったのだ。次からそうしないようにしようと戒めにした。もう遅いというのに。
「えへ、えへへっへえへへっへへへ、知ってる。知ってるの。弱み。だから逆らえないでしょ?ねぇ…」
「うん、そうだね。逆らえないよ」
「ふふっ、えへへへっ、はははははっははっはははっははっは。そうだよね!そうだもん!自分本位で他人のことなんか気にしない冷たい人間だもん!損得勘定でしか動かない!私が弱みを握ってる限り、ずっと、ずっとずっと、ずーっと…一緒」
「そうだね。弱みを握られてるから」
碧がいう弱みとは、私の幼少期の頃の、ピーマンを押し付けたとか、宿題をやらせたとかそういうのだ。彼女はそれを私が晒しがたい汚点でそれさえ握ってしまえば言うことを聞くと思っている。たった、子供の頃の少しばかりの恥ずかしい出来事を、まるで人を殺したところを見た人間が、それをネタに脅すように、鬼の首を取ったように。声高らかに。
別に私はばらされても特に問題はないのだけれど、それでまた監禁されては困るから。そういうことにしている。
「蒼、蒼、蒼蒼蒼蒼蒼蒼…!好き。好きだよ。ずっと一緒。ずっと好き。私だけの蒼」
私に成り代わった
もう、私が蒼なのか碧なのかわからなくなってきている。他人を強制されてそれを演じさせられて、まるでそれが自分みたいに思えてきてしまった。
私も壊れてしまったから。
「そうだね。碧。私もずっと一緒だよ」
「うん、大大大大大好き。蒼」
「そう、私も大好きだよ。碧」
互いが互いを演じる壊れた人形劇は今日も終わらない。掠れる思考で、ただ、漫然と、漠然と
無事に今日が終わるのを祈っていた。
性別:女
年齢:16歳
職業:高校生
好きなもの:束田 蒼。音楽
趣味:なし
今話の被害者であり加害者。自分のことしか頭にない自己中心的な性格で、人に無関心で、たとえ相手が幼馴染であろうと、離れることになったら躊躇なく離れることができる。(義理立て等はする)
冷たい人間で、悪口等を言われても特に気にしない。自分さえよければそれでよく、自分の邪魔をする人間は誰であろうと非情に接する。
人に興味がないというよりは、自分という存在をなによりも優先するがために他者を蔑ろにするといった感じ。興味があるときはある。が、それも自分本位。
束田 蒼によって束田 蒼を好きにされたあげく思考や感情を壊された。ただ残った冷静な思考で次はこういうミスはしないようにしようと考えるも、こんな生活が一生続くだろうと薄々気づいている。
性別:女
年齢:16歳
職業:高校生
好きなもの:久世 碧
趣味:観察
誰に対しても人当たりがいい…というのは表の顔で裏では人間嫌いを拗らせている。上辺だけしか見ていない(見せていない)学校の人や周りの人間を毛嫌いしており、唯一、久世 碧だけに心を開いている。幼少期の頃から、久世 碧に憧れを抱いており、同一化を図ろうとしていた。が、久世 碧から引っ越しの話をきっかけに突き放されたことで、自分が望む久世 碧を演じて、久世 碧に束田 蒼を押し付けることで、八方美人という人の顔色を常に窺う生活から開放と、自分から離れることがない久世 碧を作ろうとした。
結果。現状に至る。
壊れた蒼から出でた碧は、歪でおかしな形をしていたとしても、本物の碧より碧だった。少なくとも、碧色はそう思ってしまったのだろう。そう思わなくては狂ってしまうから。
2024/05/20
2024/05/20の活動報告にて、ちょっとした投稿に関する報告がございます。よろしくお願いします。