稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる 作:酉柄レイム
バイクに跨り、透華が後ろに乗る。さっき乗った時は透華のことを意識しすぎてしまっていたが、今回はもう慣れた。せいぜいふわりと香るいい匂いと、女性らしい柔らかさにドギマギするくらいだ。それに、さっきは最初の方は意識しすぎてしまっていたが、レースが始まれば途端に熱くなって意識から外れる。だから、俺が童貞だからと、透華と一緒にいることを言い訳にして負けるなどということはあり得ない。
「ニコ、そして羽崎透華! このレースで、貴様らをエンターテイナーだと認めた俺の目に狂いはなかったと証明してみせろ!」
「リニス、案ずるな。お前はいつかの配信で言っていたな。俺とお前が交われば、エンターテイメントすぎてしまうと。あれが真実であることも証明してやる」
「吐いた唾は飲めんぞ」
「当たり前だ。汚いからな」
「先輩。そういうことじゃないっス」
どうやら俺は緊張しているらしい。深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。大丈夫だ、俺は普通なら全然緊張しない場面でも、何かと理由をつけて緊張するから、人より緊張に慣れている。この前そのことを満に言えば「人より緊張する回数が多いのにまだ緊張するなら、それ慣れてないよ」と論破されたが、あれは満の戯言だということで俺の中で結論を出した。
「よし、行くぞ。透華」
「はい。絶対勝ちましょう」
「ふっ、クールだな。これはコーヒーを飲む暇もなさそうだ」
「そもそもバイクに乗りながらコーヒーは飲まない方がいいぞ」
「それはなぜだ? クールに理由を教えてくれ」
「数十分前の自分の姿を思い出せ」
「……相変わらずクールだな、俺は」
ダメだ。一期生に対してまともに話そうとしたのが悪かった。確かにコース上には一滴もこぼしていなかったし、すべて自分で浴びていたからそこはクールだとは思ったが、なぜコーヒーを浴びるからやめた方がいいというのがわからないんだ? いや、待て。もしかしてそれをわかっていながらあえてわかっていない風を装うことで俺に思考させ、スタートを遅らせようという作戦か? なんという策士……! その手には乗らんぞ!
ルイスの策を振り切り、耳を澄ませる。少しして、スタートまでのカウントダウンが始まった。透華が俺の腰に腕を回す。あっ、ちょ、意識するからやめてくれ!
「では行くぞ! レディ、ゴー!」
「なにっ!? クソッ、待て!!」
「なんで出遅れてるんスか!」
「聞くな!!」
まさか、俺に思考させることで透華からの接触から意識を外させるという作戦だったのか!? ルイスのクールについて考えていなければ、最初のレースの経験から透華が腰に腕を回してくることに対し心構えができていたのに! 一体何手先を読んでいるんだ、あいつは!
遅れを取り戻すためにスピードをハイにするが、当然リニスたちもハイにしている。最初に出遅れた時点で、ターゲットまでは追いつけないことが確定してしまった。であれば、透華を信じるしかない!
「透華! すまないが、ハイレベルのターゲットを撃ち抜いてくれ!」
「外しても文句言わないでくださいね!」
『悪いが、それは防がせてもらう』
先にターゲットポイントへ到達したルイスが銃を構え、引き金を引くと特徴的な電子音が二回鳴り響き、ハイレベルのターゲットが二つ破壊された。なっ、なにっ!? ハイレベルのターゲットを二つもだと!?
『それでこそ俺が認めたエンターテイナーだ! 『エンターテイメント・アクション:オーバードライブ』! その効果は、既に知っているだろう! 更に『エンターテイメント・アクション:ミラージュ・カーテン』!』
リニスたちが加速し、俺たちの目の前に無駄にキラキラした装飾が施された赤いカーテンが現れる。確か効果は10秒間だったか。ちょうど一つ目のターゲットポイントを通り過ぎてしまう。ここはスピードをローにして、確実にターゲットを取りに行くべきか!
「先輩! スピード緩めないでください!」
バイクに取り付けられているモニターを操作し、スピードをローにしようとしたその時、透華が俺の胸を優しく叩いた。ゆ、緩めるなだと? それではターゲットを撃ち抜けないんじゃないか!?
「しかし透華!」
「覚えてるっス!」
透華は銃口をターゲットがあるであろう方向に向け、引き金を引く。その回数は二回。そして、特徴的な電子音も二回鳴り響き、モニターに『エンターテイメント・アクション』が二つ表示される。少し経って、視界を塞いでいたカーテンが消えた。ターゲットレベルは……ミドルが二つか!
「でかした透華! すごいぞ!」
「それをうまく使うのは先輩の仕事っスから、頼んだっスよ!」
『フハハハ!! 面白い!! さぁ、俺の退屈を壊してみせろ!!』
「あぁ、壊してやるさ!! 『エンターテイメント・アクション:ターゲット・ムーヴ』!! これより10秒間、ターゲットがランダムに動く!!」
『エンターテイメント・アクション:ターゲット・ムーヴ』を使用した瞬間、二つ目のターゲットがゆっくりと動き始める。ターゲットレベルがミドルだったからか、思ったよりも動きが遅い!
『フッ、この程度の速さなら、クールに撃ち抜ける』
『どうやら、退屈を壊すには足らんようだな! 撃ち抜け、ルイス!』
ルイスがターゲットに銃口を向け、引き金を引いた。その瞬間、ターゲットが横一列に整列し、一つもターゲットが撃ち抜かれることなくリニスたちはターゲットポイントを通り過ぎる。
『なにっ!?』
「かかったな! 『エンターテイメント・アクション:ターゲット・アラインメント』を、ルイスが銃を撃った瞬間に使用した!!」
『それは、『エンターテイメント・アクション:ターゲット・ムーヴ』のカウンターの『エンターテイメント・アクション』……!! まさか『アクション・コンボ』を決められるとは』
「『アクション・コンボ』って言うんスね……」
そう。『エンターテイメント・アクション:ターゲット・ムーヴ』でターゲットを動かし、それを狙って撃った瞬間に『エンターテイメント・アクション:ターゲット・アラインメント』でターゲットを整列させ、狙いを外させたのだ! これで、リニスたちの手元にある『エンターテイメント・アクション』はゼロ! これはかなりのアドバンテージだ!
「一気に差をつけるぞ! 透華、ハイレベルのターゲットだ!」
「さっきは邪魔されたっスからね!」
通常はバラバラに配置されているターゲットだが、『エンターテイメント・アクション:ターゲット・アラインメント』によりお行儀よくレベル順で一列に整列している。カーテンで視界を塞がれていようとターゲットを撃ち抜けた透華なら、整列しているターゲットを撃ち抜くことなど造作もない!
透華が引き金を引き、二回特徴的な電子音が鳴り響く。撃ち抜かれたのは、ハイレベルのターゲットとミドルレベルのターゲット。よし!
「行くぞ透華! しっかり掴まっておけ!」
「はいっ!」
透華が俺の腰に両腕を回し、ぎゅっと密着してくる。それを確認し、指を震わせながらモニターに表示されている『エンターテイメント・アクション』をタップした。ど、動揺するな俺!
「『エンターテイメント・アクション:オーバードライブ』!! 悪いが、追い抜かせてもらうぞ!」
使用とともに、バイクが加速する。前を走っていたリニスたちを一瞬で追い抜き、俺たちが前に出た。はっ、速い!! 自動操縦とわかっていても怖い!! 透華に大丈夫かと確認したいが、後ろを振り向けない! これが次のターゲットポイントまで続くのか……! もう一つ『エンターテイメント・アクション』を使いたかったが……というかなんだこの『エンターテイメント・アクション』は! 今せっかく勝っているのに、負けてしまう可能性が出る……いや、負けている時に使うのもありか? 逆転の可能性を秘めているこの『エンターテイメント・アクション』は温存しておくべきだな。
『はじめにルイスがハイレベルのターゲットを撃ち抜いていなければ、今頃かなりの差が出ていただろうな』
『またクールに撃ち抜いてやるさ。もっとも、俺がやったようにハイレベルをクールに二つ撃ち抜かれなければの話だが』
『エンターテイメント・アクション:オーバードライブ』の効果で、目の前に三つ目のターゲットポイントが見える。あそこでハイレベルのものを手に入れられれば、勝負は決まったようなものだ!
「軽い挑発だな、ルイス! 透華、お前の腕を見せてやれ!」
「すみません! ミドル一つだったっス!」
「えっ!? いや、構わん!」
「今露骨にびっくりしたっスよね」
俺の中ではハイレベルを撃ち抜いて、一気に差をつける算段をつけていたから……しかし、やはりターゲットを撃ち抜くのは難しいのだろう。簡単にやってみせるルイスとシゲキと満がすごいんだ。俺も全部外す自信あるしな。
ただ、ルイスは当然のようにハイレベルのターゲットを二つ撃ち抜くだろう。その時の回避手段として、今手元にある『エンターテイメント・アクション』は残しておいた方がいいな。よかった。もし観客がいたら、俺の作戦が完璧で圧倒的に勝ちすぎて盛り上がりに欠けただろうからな。
『『エンターテイメント・アクション:デリート』! 相手が持つ『エンターテイメント・アクション』をすべて消去する!』
「なっ、なにっ!? いつの間にターゲットを!?」
「先輩が妄想してにやけ面してた時っスよ!」
「にっ、にやけてなどいない! そもそも透華の位置から俺の顔は見えんだろう!」
「どんだけ一緒にいると思ってんスか! 見えなくても大体わかるっスよ!」
『まだ喋る余裕があるか。だが、その余裕もすぐに消え失せる! 貴様の持っていた『エンターテイメント・アクション』のようにな! 『エンターテイメント・アクション:オーバーディレイ』!』
なっ、スピードがローに……! 帝斗が使っていたやつか! ということは、次のターゲットポイントまでこの速度ということか!
『先に行くぞ、ニコ、羽崎透華!』
「クソッ、待て!」
ローに切り替わってすぐに追い抜かれる。クソッ、ルイスめ。本当にハイレベルのターゲットを二つ撃ち抜くとは……! 待て、四つ目のターゲットポイントもあいつらが先に到達するから、ハイレベルを二つ撃ち抜かれるのではないか!? だとすると、もう勝負は決まったようなもの……! 何が温存だ! 温存したばかりにすべて失っているじゃないか! ということはつまり、俺がのほほんとしていたら帝斗と透華も俺から離れていくという暗示……!?
「帝斗! 透華! 俺を捨てないでくれ!」
「何の話してんスか! 無駄な心配するより先に、どうやって勝つか考えてください!」
「しかし、このままでは……! ルイスが外すことを祈るしかないか!?」
『すまないな。クールにハイレベルを二つ撃ち抜いた』
『こいつでとどめだ! 『エンターテイメント・アクション:ターゲット・インビジブル』! 貴様らは次のターゲットが見えなくなる! 続いて『エンターテイメント・アクション:オーバードライブ』! 勝負あったようだな!』
「フハハ! 馬鹿め、まだ勝利を確信するには早いぞ! 透華はカーテンで見えなくなっていようとターゲットを撃ち抜いてみせた! ターゲット自体が見えなくなろうと同じこと! 頼んだぞ、透華!」
「はい!」
ターゲットポイントに到着し、透華が引き金を引くと、特徴的な電子音! しかもミドルレベルが二つ! やはり流石だ透華!
「よし、あとは俺に任せろ!」
『フン、ミドルレベルを二つ撃ち抜いたか! だが、ミドルレベル程度では俺たちを越えることはできんぞ!』
「フッ、油断は禁物だぞリニス! こいつを見ろ! 『エンターテイメント・アクション:イコール・スピード』! 俺たちはお前と同じ、『エンターテイメント・アクション:オーバードライブ』と同じ速度となる!」
『同じ速度になったとて、俺たちを越えられんことに変わりはない!』
「その通りだ!」
「その通りでどうするんスか!」
あわ、あわあわあわあわあわ慌てるな透華。まだ最後のターゲットポイントが残されている。あいつらの方が先に到達するが、ルイスがハイレベルを二つ撃ち抜けなければまだ勝機はあるはずだ! 相手頼りというのは情けないが、俺の実力だけで勝利するには相手が大きすぎる。その大きすぎる相手がハイレベルのターゲットを外すわけがないだと? うるさい!
『リニス、ハイレベルのターゲット二つだ。受け取れ』
『でかしたルイス! これで貴様らは終わりだ! 『エンターテイメント・アクション:オーバーディレイ』!』
「また遅く……! 先輩、どうにかできないっスか!?」
「安心しろ、透華。既に手は打ってある」
『ではそれを見せてもらうとしよう! 見せられるものならな! 『エンターテイメント・アクション:オーバードライブ』! ……なに? なぜ加速しない!』
「上を見てみろ、リニス!」
『上……? っ、なんだアレは!!』
サーキット上空に投影されているのは、巨大なガチャガチャ。天井部分には色とりどりのバルーンがついており、外装は虹色で塗装されている賑やかな筐体。そのガチャガチャのハンドルがゆっくり回り、ガチャっという音を立ててカプセルが一つ排出される。
「『エンターテイメント・アクション:エンターテイメント・ガチャ』! 相手が使用した『エンターテイメント・アクション』の効果を、これまでお互いが手に入れた『エンターテイメント・アクション』のうちの一つに入れ替える!」
『起死回生の一手というわけか! だが、豪運を持ってこそのエンターテイナー! 『エンターテイメント・アクション:オーバードライブ』を引き当て、俺たちが勝利する!』
排出されたカプセルがパカっという間抜けな音を立てて開くと、そこから天の川のような光が溢れ出てきた。それと同時に、俺のバイクのモニターにじんわりと文字が浮かび上がってくる。フッ、どうやらまだ勝負はわからないようだぞ!
「『エンターテイメント・アクション:エンターテイメント・ガチャ』によって引き当てられたのは、『エンターテイメント・アクション:ストップ・ルーレット』!」
『『ストップ・ルーレット』だと!? そんなもの今まで……まさか!』
「そのまさかだ! お前の『エンターテイメント・アクション:デリート』によって消去された『エンターテイメント・アクション』! その効果は、どちらか片方の機体がランダムに選ばれ、10秒間停止する! さぁ、くらえ! リニス!」
これであいつらの機体が停止すれば、追い抜くことは難しいかもしれないが、最後のターゲットポイントで手に入れる『エンターテイメント・アクション』によっては追い抜ける! やはり俺は運がいい。だからこそ帝斗と透華が一緒にいてくれるし、VTuberになってありがたくも見てもらえるんだからな!
『エンターテイメント・アクション:オーバーディレイ』の効果か、速度が落ちていくバイクにも微塵も焦りを抱かない。今の俺には勝利しか見えていないからだ。……しかし効果の反映が遅いな。あいつらはものすごい速さで走っているし、俺たちはどんどん遅くなるし、むしろ止まっているようにも感じる。まさか、『エンターテイメント・アクション:オーバーディレイ』は何度も使われるとその効果が増すのか!? クソッ、それは計算外だった!
「……先輩」
「どうした透華! フフ、俺のすばらしい『エンターテイメント・アクション』さばきに惚れ惚れしたか?」
「あの、止まってるっス」
「ん?」
「だから、私たちのバイク、停止してるっス」
「……?」
周りの景色を見る。動いていない。観客席を見る。腹を抱えて爆笑している帝斗と、呆れ顔の満が見えた。
……ほんとだ。俺たち、止まってる。