稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる 作:酉柄レイム
「流石に冗談だよ。ニコちーにめんどいって思われたくないもん」
「正直死を覚悟したぞ」
「私も、せっかく仲良くなったのに戦わなきゃいけないのかと思ってたわ」
『オシャレディランキング』を終えて、マリーに何をされるのかと震えながらスタジオを出ると、月宮さんとマリーが出迎えてくれた。謝罪のために口を開こうとすれば、「や、マジじゃないよ。ごめんね? 怖がらせちゃって」と言って指で口を塞がれて一安心。その後、マリーが俺の口を塞いだ指を恍惚とした表情で眺めていたのは敢えてスルーし、恐怖で目が覚めた俺は二人と一緒にオシャレバイキングへときていた。
オシャレバイキングは、ビルの9Fと10Fの間にある。『project:eden』で働く人のために用意されたその名の通りのバイキングで、綺麗すぎてもはや絵なのではないかと思ってしまうほどに美しい見た目をした料理がずらりと並んでいる。イベリスの像、その天高く突き上げた指からチョコが溢れ出しているチョコフォンデュのような目を逸らしたくなるようなものもあるが、そういうところに目を瞑れば普通のオシャレなバイキングだ。
「二人は何をしていたんだ?」
「普通に休憩よ」
「聞いてよニコちー。優姫がさ、せっかく仲良くなったんだから、もうちょっと話したいってかわいいこと言ってくれて」
「アザミといいあんたといい、なんでそうやってすぐ暴露すんのよ!」
月宮さんがマリーの額を指でとん、と突き、俺を一睨みして「何も聞いてないわよね?」と微笑んだ。別に、そこまで恥ずかしいことではないし、むしろ好感が持てていいとは思うが、月宮さんが聞かなかったことにしてほしいというのならそうしよう。一つ断っておくが、月宮さんが怖かったからではない。
『project:festival』でライバーが事務所に集まっているからか、結構人がいる。座れないということはないが、料理を運ぶ時は気を付けた方がいいだろう。人とぶつかって料理をこぼした瞬間、「オシャレじゃないわ!!」と言ってイベリスがどこからともなく現れ、強制的にオシャレにされるかもしれない。やはり化け物か?
「ニコちー、何食べたい?」
「子ども扱いするな! 自分で取りに行ける!」
「そうやってムキになる方がよっぽど子どもっぽいけど……真理は睡眠時間が少なくて、さっきまで配信やってたあんたを労わろうとしてるのよ。おとなしく受け取ってあげなさい」
「きゅん。優姫大好き」
「ありがと。ニコ、適当に取ってくるから座ってゆっくり休んでて」
肩を掴まれ、優しく椅子に座らされた。今のは俺がよくなかった。普段バカにされ続けているから、またバカにされたのだとムキになってしまった。そうだよな、みんないい人なんだ。普段俺がバカにされているのは俺がバカなことをしているからであり、俺がバカなことをしなければバカにされるようなことはない。
それにしても、随分仲が良くなったようだ。下の名前で呼び合っているし、遠目で見ても距離が近く、二人の表情には笑顔がある。アザミが見たら嫉妬しそうだ。あいつはあれでよく嫉妬するし、俺と同じく人との距離の測り方がへたくそだからな。
「今、私に対して失礼なことを考えていただろう」
「ぶるんぶるんぶるん!? あ、アザミか! おはよう! 驚かせるな!」
「おはよう。どちらかと言うと、驚愕をバイクの音のように表現したことに私が驚いているが……」
背後から突然アザミに声をかけられ、肩が跳ねる。危ないところだった。ここがサーキットだったら俺は今頃走り出していた。
アザミは俺の隣に座り、トレーをテーブルに置く。トレーの上にはパンが一つとコーヒーが一つ。もっと食べた方がいいぞと言おうとしたが、「なら聞くが、お前は自分で食事を作っているのか? いないだろう。頼りになる友人に生活のことを任せきりのやつに食事の心配をされたくないな。それに、私は必要な栄養素は別で摂取している。意味のない口を出すくらいなら今すぐその童貞臭い口を閉じて呼吸をやめて、少しでも二酸化炭素の排出を減らして地球温暖化の抑制に貢献したらどうだ?」と言われそうだからやめておこう。なぜ俺は想像でけちょんけちょんにされなければならないんだ?
「それで、一人か?」
「いや、月宮さんとマリーと一緒にきている。今、俺に気を遣って二人が俺の分も取りに行ってくれているんだ」
「なるほど、本命はどっちだ?」
「どっちも本命ではない。朝っぱらからやめてくれ」
「ふふ。すまないな、つい困らせたくなってしまうんだ」
かわいい。
はっ、危ない。あまりにも自然に笑うものだから、つい「何か欲しいものはないか?」と聞いてしまうところだった。アザミめ、なんという魔性。相手が俺でなければ、今頃アザミの虜となっていたことだろう。アザミの同期であり、あざとさを何度もこの身に受けている俺だからこそ正気を保てた。
「アザミは何をしていたんだ?」
「今回はどちらかというと運営側だからな。色々裏方作業をやって、ちょうど休憩に入ったところだ」
「何? ちゃんと寝れているのか?」
「問題ない。必要最低限の睡眠はとれている。それを言うならニコもそうだろう。……私、ニコには元気でいてほしいから、ちゃんと寝て。ね?」
「ドキューン! わかった!」
「アザミーん。人の彼氏、あ、間違えた。人の旦那を誘惑すんのやめてね」
「より間違えてどうすんのよ。アザミ、おはよ」
「あぁ、おはよう」
マズいところで二人が戻ってきた! だ、大丈夫だよな、見られていないよな? 今の。アザミのあざとさをくらって撃ち抜かれた姿を見られたとあれば、俺の尊厳が打ち砕かれてしまう。
《別に元々ないでしょ、尊厳》
《遠距離攻撃をするな! おはよう、満》
《おはよ! 今星菜ちゃんと事務所向かってるとこ!》
《わかった。気を付けてな》
《はーい》
満曰く、俺の尊厳はないらしい。むしろ打ち砕かれるよりもマズい状態な気もするが、もう今更気にしても仕方がない。「どうせそんな食べられないでしょ」とパン一つとコーヒーが乗ったトレーを目の前に置かれ、「ありがとう」とお礼を言えば、マリーが自分の唇をちょんちょんと指した。さっさと食べろということか……?
「ちなみに勘違いしていそうだから補足するが、朝凪真理はキスでお返ししてくれと言いたかったのだろう」
「なっ、あっ、きっ、きっ、キスだと!? そんなこと、結婚してからでなければやってはいけないことだろう!」
「時々、あんたの貞操観念心配になるのよね」
「いいじゃんかわいくて。いただきまーす」
「!!?」
「ちなみに勘違いしていそうだから補足するが、朝凪真理は食事に対していただきますと言っただけで、お前をいただくわけではない」
「な、なんだそうか。ややこしいことを言わないでくれ」
「あれ、今の私が悪い感じ?」
「ニコが悪い」
月宮さんによって有罪判決が下された俺はマリーに頭を下げて謝罪すると、「いいよ、気にしないで」と言って下げた頭をわしゃわしゃ撫でられた。俺は犬か!
《犬の方が賢いよ》
《うるさい!》
流石に犬よりは賢い……いや、決して犬をバカにしたというわけではなく、あくまで生物学上人間がもっとも知能で優れた生物であるということは証明されているという事実に基づくものであり、もちろん犬も犬で賢い。俺もペットを飼うなら犬がいい。ただ、高貴な猫がいる事務所というのも箔がついていいな……が、ペットは箔をつけるために飼うものではない。運命的な出会いがあるまで待つことにしよう。
「そういえばニコちーはもう出演する番組ないんだよね」
「え!? そうなのか!?」
「ん? 私はお前に予定があると聞いているが……」
「え!? そうなのか!?」
「あんた、どんだけ主体性ないのよ」
それは俺もそう思う。えっ、まだまだ出る気満々だったのに、なんかショックだな……。
というか、俺に予定? おかしいな、帝斗だったら詳細は教えないまでも、予定があること自体は伝えてくれるはず。スマホを見ても帝斗から連絡は入っていないし、『俺って今日予定あるのか?』とRINEを送ってみても、『朝凪さんから貸してくれって言われたから、いいですよって言っといた』と返ってきた。普通に予定があることも伝えてくれていなかった。
「帝斗がマリーから貸してくれと言われたときたが……」
「うん。ちょっとニコちーに手伝ってほしいことがあって」
「手伝ってほしいこと?」
「うん。詳しいことは後で説明するから」
「わかった。ちなみに、危ないことか?」
「んー、危なくはない、かもしれないと思う寄り」
「不安しか煽らない言い回しはやめてくれ」
「なんかニコちーなら大体なんでも大丈夫だと思って」
マリーの言葉に、月宮さんとアザミが同時に頷いた。俺だって人間だぞ!! チクショウ!!
「それで、手伝ってほしいこととはなんだ?」
「私の同期いるっしょ? あやちー」
「双海さんがどうかしたのか?」
月宮さんとアザミと別れ、どこか場所を移そうということで、マリーと一緒に喫煙所へ。約一か月前もマリーとここにいたなと思い出すと同時、オシャレなことを言おうとして失敗したことも思い出して恥ずかしくなり、マリーからもらったタバコを思いきり吸い込んで思考から消し去る。
「あやちーね、二重人格なんだけど」
「らしいな。直接見たことはないが、情報としては知っている」
一度ご一緒したことがあるから、配信も見た。感想を一言で表すなら、『project:eden』らしい。何かマズいことが起きればもう一つの人格のせいにして清廉潔白なフリをするというのがお決まりのパターンになっている、自分に対して傍若無人な人だ。そういえば、マリーと同期なんだったな。
「双海さんがどうかしたのか?」
「実は、あやちーは二重人格っていうか、本当はもっと人格があって、その人格はパラレルワールドの自分が中にいる、みたいな感じなんだけどね」
「……? と、とりあえず続けてくれ」
「わかった。んで、最近人格がどっか行っちゃったらしくて」
「あ、あぁ」
「どうにかできないかなーって。頑張ろう。おー」
……???