稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる 作:酉柄レイム
「ただいま」
「ただいまー」
「おう、おかえり」
「結構遅かったっスね」
佐藤が事務所を出て行ってしばらく。どうせ一周年記念に何やるか思いついてねぇだろうなと思って色々透華と考えていたところ、佐藤と満ちゃんが帰ってきた。やっぱり何も思いつかなかったのか、どことなく浮かない顔をしている。そもそも、何か思いついていれば事務所に入ってきた時点で「思いついたぞ!」と嬉しそうに報告するはずだしな。それがないってことはつまりそういうことだ。
佐藤は体をほぐすように肩をぐるぐる回しながら所長机に向かい、腰を下ろす。そのまま配信機材を見て「これが……」とぼそっと呟いた。
「……?」
佐藤の挙動がおかしい。あと満ちゃんもおかしい。いつもは佐藤の近くか透華の隣に行くのに、俺たちと佐藤の間に浮いて、俺たちと佐藤を交互に見ている。満ちゃんは佐藤がどうしようもないときは基本的にしっかりできるけど、どうしようもないのをどうしようもできないときは佐藤と一緒になって大慌てする。今が多分それだ。
それに、配信機材を見て「これが……」と呟くっていうのは、配信機材を『初めて見た』か、『新しく届いた配信機材を見た』か、『記憶を失ったか』のどれかじゃないとおかしな反応だ。配信機材は変わってないから二択目は除外で、『初めて見た』か『記憶を失った』か。『初めて見た』は『記憶を失った』と近いが、佐藤に至っては『初めて見た』というのは『記憶を失った』とイコールにならない。
並行世界。色んなルート使って邪神どうこうを探ってたけど、結局何も見つからなくてお手上げになっていたもの。多分佐藤は俺に任せきりで完全に忘れてるやつ。
佐藤は、並行世界の自分の力を使えるようになって、満ちゃんを実体化できるようになった。佐藤自身の力が普通に成長したっていう可能性もあるけど、それだけじゃなくて並行世界の自分の記憶もある。
つまり。
「なぁ佐藤。お前、違う世界の佐藤か?」
「エッ!? イヤッ、違うが!?」
「佐藤さん! 違うって言うとややこしい!」
「アッ、そうか! お前たちの世界の佐藤だぞ!?」
「俺たちの世界の佐藤なら、満ちゃんの反応としては『何言ってるの?』が自然だよな」
佐藤と満ちゃんが「やっちゃったぁ……」という表情で同時にのけぞった。仲いい、な……?
待て、佐藤だけなのか? 満ちゃんは佐藤と一心同体らしいし、佐藤が並行世界の佐藤と入れ替わったと仮定するなら満ちゃんはどうなる? 並行世界がどう存在してるかは知らねぇけど、佐藤が並行世界に行ったんだとしたら、満ちゃんも一緒についていくのか?
満ちゃんを見る。「まだ私はバレてないよね?」と佐藤に確認を取っていた。佐藤も「あぁ、俺はともかく、お前の擬態は完璧だ」と頷いている。バカだこいつら。
「声に出てるぞ。満ちゃんもなんだな……」
「し、しまった!!」
「クソッ、流石ていとくんと言ったところか……!!」
「ちょっと待て、並行世界だと俺はそんなバカみたいな呼ばれ方してんのか?」
「なにっ、バカみたい……? 別の世界線であろうと、同じていとくんが言うのならもしかしてていとくんもバカみたいだと思っているのか……?」
「別に西園寺さんは呼ばれ方どうこう気にしないでしょ」
「いやしかし、さっきも言ったが別の世界線であろうとていとくんが『バカみたい』と言ったということは、同じ感覚を持っているという可能性がある。俺もていとくんは呼ばれ方程度でどうこう言うことはないかと思うが、万が一思うところがあるとするならば改めるべきは俺だろう?」
なるほど、並行世界でも佐藤はちゃんと佐藤らしい。満ちゃんはめんどくさそうに「めんどくさ」と言っている。めんどくさそうな表情するやつは大体適当に流すのに、ちゃんとめんどくさいと言ってあげる満ちゃんは優しい。
と、ここで透華が静かなのが気になってちら、と見てみる。透華は、どうすればいいのかわからないと言いたげに視線で助けを求めていた。別に、並行世界の佐藤と満ちゃんっていうだけで、今話した感じそんなに変わんねぇから狼狽えることも……。
あ、そういえば並行世界の佐藤って透華と結婚してたんだっけ。
さりげなく佐藤に近づいて、「なっ、なんだっ、やるのか!?」とへなちょこファイティングポーズを取る佐藤の左手薬指を見る。どうやら、並行世界の佐藤は指輪を買う甲斐性ぐらいはあったらしい。
「佐藤。先に言っとくが、この世界の透華はお前と結婚してないぞ」
「なっ、なにっ!? 透華、俺が何かしたのか!? おのれ、同じ俺であろうと許せんぞ!!」
「あ、いや、その、何もされてないっスよ! その、勇気が出ないと言うか勇気を出してほしいと言うか」
「佐藤さんもなんか流れでそうなっただけじゃん。何偉そうにしてんの?」
「しーっ、満! 俺がどのような流れで結婚したのかはこの世界の二人は知らない……待て、なぜ俺と透華が結婚しているということを知って、あっ、マリーか!? この世界にもマリーがいるんだな! マリーがいるのなら話は早い。専門家の意見を聞きに行くぞ!」
「待て待て待て待て。一人で喋って勝手にどっか行こうとすんな。まずそうなった理由を教えろ」
妙なスマホみたいな端末を取り出して何かをやろうとした佐藤の腕を掴むと、「それもそうだな、すまん」とおとなしくなった。同じ佐藤だが、この世界の佐藤とはやっぱりちょっと違う。なんつーか、決断力というか考える力がある? よく考えたら、この佐藤が『奇紀怪解』で描かれていた佐藤なら、相当な数の修羅場を潜り抜けてきたはずだからそれもそうか。
「とはいっても、俺はフレイルさんという人から聞いた話だから、実体験としてこの世界の俺がどういう経緯かというのはわからないが」
「そういう言い方するってことは、直接的な原因はお前じゃないってことか?」
「あぁ、話が早くて助かる。俺と満は普通の生活を送っていたら気づけばこの世界にいた。どうやら、この世界の俺がこけて『鍵』に触れて作動したらしい」
「補足するね。フレイルさんに各地で集めたオーパーツ? みたいなのを見せてもらってたみたいなんだけど、そのうちの一つの銀色の鍵を見せてもらってる時にこの世界の佐藤さんがこけちゃって、鍵に触れたらこうなったんだって」
「うちの佐藤が迷惑かけて申し訳ねぇ」
「こちらこそ、この世界の俺がすまん」
どっちかっていうと並行世界の佐藤の方がオカルト的な感じが強かったから、そっちが原因だと思ってた。まさか、この世界の佐藤がフレイルさんと会っていて、なおかつへまをしてこの事態を引き起こしてたとは……。どうでもいいけど、佐藤に対して佐藤が迷惑かけて申し訳ねぇって謝るの面白いな。そんな場合じゃねぇってことはわかってるけど。
んで……原因はその『銀色の鍵』っていうのは明らかだ。だからどうしようっていうのがすぐに思いつかない。もう一回『銀色の鍵』を使えばいいんじゃねぇかと思ったけど、それでいいなら今この場に並行世界の佐藤がいる理由がない。恐らく、一度使ったらなくなったとかそういうことだろう。
「一応聞くけど、『銀色の鍵』はなくなったのか?」
「あぁ。フレイルさんが慌てて『もう一回取ってくる!』と言ってどこかへ行ってしまった」
それでフレイルさんがここにいないのか。あの人のことをよく知ってるわけじゃないけど、なんとなく性格的に「責任取る」みたいな感じで佐藤についてくるかな、と思ってたから納得いった。
『銀色の鍵』は、あんまり期待しない方がいいか。期待したいけど期待したくない。並行世界の自分と入れ替わるような代物がそう何個もある方が嫌だ。つっても、じゃあどうするかって言われるとどうしようもないっていうのが現状だ。
「一旦、真理さんに相談します?」
「さっき連絡しておいた。こっちにきてくれるって言ってたから、その間に色々考えとこう」
「こっちのていとくんも行動が早いな……」
「悪い佐藤。慣れねぇかもだけど帝斗って呼んでくれ。文脈によってはどっちの世界の俺のこと言ってんのかわかんなくなる」
「わかった。それで、色々考えるとは? まずはマリーに聞いてみなければ、考える材料も少ないと思うが……」
それはそうだ。事実としてあるのが『佐藤と満ちゃんが並行世界の自分たちと入れ替わったこと』、『フレイルさんがどこかで見つけた銀色の鍵が原因であること』、『今目の前にいる佐藤は、こっちの佐藤と違ってこの世界の自分の記憶はないこと』。透華と結婚してないってことを知らなかったってことはそういうことだろう。
で、配信機材を見て「これが……」って言ったってことは、フレイルさんから最低限VTuber活動について聞かされていると思っていい。俺が考えたいのはそこだ。
「この世界の佐藤がVTuber活動してるってことは知ってるか?」
「フレイルさんから聞いた。自分のことながら信じられんが……」
「一応企業所属だ。同じ佐藤だとはいえ不安定な状態で活動続けるわけにはいかねぇから、活動休止の連絡と、周りの人にどこまで話すかを決めたい」
「周りの人、というのがどの範囲になるかわからんが、そうだな……並行世界とはいえ俺は俺。マリーとも関りがあるなら、当然聖麗とアザミ、ルイスとイベリスとシゲキは関りがある、と思っていいか?」
「話しながらこの世界の佐藤と関わりのある人の名前をメモしたから、これ見て誰に言うべきか判断してくれ」
『project:eden』で関わりのある人の名前を書いて佐藤に渡す。俺の視点でどれだけ佐藤と仲がいいかも渡したから、多分並行世界の佐藤……いい加減いちいち『並行世界の』って言うのめんどくせぇな。たけしとでも呼ぶか。たけしなら、取捨選択ができると思う。なんかこう、佐藤も時々そうだけど、やっぱり事件慣れしてるからかできるオーラがあるんだよな。透華もたけしを見て「カッコいいけど、知ってる先輩じゃないし……」とうんうん悩んでいる。その隣で満ちゃんも「こっちの透華もかわいいねぇ」とにこにこしていた。どうやら、考えるのはたけしに任せるらしい。
たけしは数秒メモとにらめっこして、「これは、二人に最初入れ替わったことを隠していたことにも繋がるんだが」と切り出した。
「この世界のシゲキがどうかはわからんが、この現状を伝えれば嬉々として俺を研究対象とするだろう。だから、できるだけ知られたくない。あとはアザミも……と思ったが、この世界のアザミは俺とかなり親しいんだな」
「あれ、そっちではオフィス失楽園に所属してるんじゃなかったっけ」
「しているが……味方であろうとも、自分の興味が優先されればそちらを取る。そういう意味では向こうの俺が心配だな」
「なるほどな……そういうことなら、こっちのアザミさんは大丈夫だ。可愛い人だぜ」
「アザミを可愛い、と言うのか……。その印象を抱くなら問題なさそうだな。あとは芥川一族くらいか。目をつけられたら終わりだと思った方がいい」
「そんな関わりねぇから知らねぇけど、そんなにマズいのか?」
「死ぬほど能力が高い人格破綻者の集まりだ」
だから『project:eden』にいるんだろうな……。
まとめると、シゲキさんにバレるのが一番マズくて、芥川一族もダメ。シゲキさんがダメとなると、ルイスさんとイベリスさんもダメな気がする。二人は隠そうとしてはくれるものの、なんか面白おかしいことが起きてシゲキさんに伝わる未来が見える。なんかシゲキさんならなんとかしてくれそうな気はするものの、研究対象となるであろうたけしの安全は保障できない。
で、ここで活動休止の連絡をするかどうかを考える。『ミッドナイト・サイコナイト』はほぼ毎日配信をしていて、活動休止とは縁がない。けど、もうすぐ一周年となったらそれの準備でちょっと休む、みたいな理由付けはありだとは思う。問題は、佐藤がこっちに帰ってくることができたとして、休止期間に見合う一周年記念配信を行えるかどうかだ。
……でも佐藤ならいけるだろ。あいつ面白いし。同じ『佐藤たけし』でも、視聴者を騙してたけしに配信やらせるわけにもいかねぇしな。やらせたらやらせたで面白くなる確信はあるものの、ボロが出て変な炎上されても困る。
「よし、活動休止についてはこっちで進めておく。あとはこれから先どうするかだな」
「すまん、しばらく厄介になる」
「まぁどうせなんとかなるだろ。気楽に行こう」
「ふっ、そうだな。ただ、俺の世界に行った俺が心配なところだが……」
「そんな心配しなくてもいいだろ。お前ならなんとかなるって」
「いや、どうもアザミが『佐藤たけし等身大サンドバッグを作る依頼』を受けたらしく、完璧に作り上げたいからと全裸にさせろと追いかけられていたところだったんだ」
なんだそれ、クソ面白そうじゃん。
「なにがどういう状況!? なにがどういう状況!?」
「アザミさん! 佐藤さんを離して!」
「全裸にして、細部まで測り終えたら解放してやる」
状況を整理する。フレイルさんに各地で集めたオーパーツ? を見せてもらっていて、銀色の鍵を見せてもらっていた時にこけてしまい、それに触れた瞬間今の状況に陥った!! なぜ俺は街中でアザミに捕らえられ、全裸にされようとしているんだ!?
「一度私から逃げ切ったのは褒めてやる。その努力に免じてどうせしょうもなくくだらない、あるのかないのかわからないほどの生殖器に関しては内に秘めておいてやろう」
「いっ、いやっ、その前に女性が男を全裸に引ん剝くなど、なっ、なにを考えているんだ!!」
「お前、佐藤たけしじゃないな? 私に対する反応が違う。先ほど私が最も忌み嫌う力を感じ取ったが、やはりお前が原因か。よく見れば指輪がないな、ということは別世界の佐藤たけしということか。魂の繋がり的に赤羽満も別世界の赤羽満と考えた方がいいか。となると、別世界の佐藤たけしを全裸にしたところで依頼は達成できないな。それなら、別世界からやってきた珍しいサンプルで暇つぶしでもしてみるか」
「満、今何が起きた? 恐らくアザミが急速に何かを理解して俺が別の窮地に立たされたであろうことはわかったんだが」
「ごめん、私も本当についていけてない」
今俺のことをサンプルと言ったか? ていうか別世界? 一体何が起きている? 推測するに、俺は別世界の俺と入れ替わったのか? よく見たらアザミの背中に機械的な六本の腕が生えている……いや、そういう装置を背負っているのか? どちらにせよ物騒であることに変わりはない。もしかして、並行世界の俺と入れ替わった瞬間に俺の人生が終わったということか?
「あっ、アザミ!! なにかよくわからんが、俺を研究しても面白いことはないぞ!!」
「私の研究に対するお前の主観はどうでもいい。私の興味以外は意味がない。さぁ行くぞ。おとなしくしておけば研究に『非人道的な』という枕詞はつけないでおいてやろう」
「助けてー!!」
「アザミさん。もし私がここで佐藤さんを助け出そうとしたらどうするの?」
「もう一度同じことを言わせるな。無駄は好まん」
「佐藤さん。生きてるだけで丸儲け」
「やかましい!!!!!」