稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる   作:酉柄レイム

143 / 228
第141話 炎上チャンス

 状況を整理しよう。目の前には他事務所の女性。『project:eden』はそうではないが、他事務所はまだ女性Vと男性Vのコラボに忌避感を持つ視聴者も少なくないと聞く。目の前の女性が緊張した様子なのも、恐らくそういう要因があってのものだろう。俺としては、相手が真摯にコラボを依頼してくれたのだから、もちろん応えたい。色々リスクはあるとは思うが、相手の気持ちに対してリスクがあるからと断り、無下にするようなことはしたくない。

 しかし、問題は自己紹介を済ませたのが別世界の俺であること。こんなにも真摯に依頼してくれているのに、俺は相手の名前を知らない。「あの、お名前をもう一度聞かせていただいてもいいですか?」とこのタイミングで聞くのは失礼極まりない。どうする。クソッ、俺に社会経験があれば……!! いや、社会経験があったとしても、別世界の自分と入れ替わるような経験はしなかっただろうから、タイミングが悪かったというだけの話。

 

 それに、今回ばかりは帝斗も頼れない。帝斗は俺が元に戻ったということは知らないだろうし、いつものように目を見て色々伝えてもらってフォローをしてもらうことはできない。マズい、四面楚歌だ。どうにかしてこの場を切り抜ける方法を考えろ……!!

 

「前失礼しますね」

「あ、はい」

 

 店員に扮した帝斗が、俺の前に箸を置く。帝斗、気づいてくれ……!! ……?

 俺が元に戻ったことが伝わってくれと祈っていると、ふと箸袋に何かが書かれていることに気づく。そこには、『名前:(みやこ)優里奈(ゆりな)、事務所:ゆーとぴあ、活動名:ユース・セレーリア』と小さな文字で書かれていた。てっ、帝斗!? なぜ今俺が欲しい最低限の情報を!? 向こうの俺のフォローをするつもりで書いたのか? それにしては、向こうの俺は相手が他事務所であることと、今の状況に至るまでの簡単な流れをちゃんと把握できていた。ということは、向こうの俺に対するフォローではない……そうか、『このタイミングで俺が元に戻る』ことを想定してこれを渡してくれたのか。帝斗ほどの男であれば、それくらいは当然してくれる。ありがとう、帝斗。これでちゃんと話すことができる!

 

「あっ、あう」

「え?」

 

 クソッ!!!! 俺が童貞で人見知りなばかりに、緊張のあまり変な音を漏らしてしまった!! 都さんがきょとんとしているじゃないか!! そりゃきょとんともするな。緊張しながら、色々なリスクを踏まえて他事務所の男性Vに対しコラボを依頼したのに、相手から返ってきたのは変な音。むしろ怒らなかっただけ大分ありがたい。すまない帝斗、俺が童貞で人見知りだから、お前のスーパー介護を無駄にしてしまった。

 いや、まだだ。まだ挽回できる。俺が今ままでどれだけやらかしてきたと思っている? やらかした数が多いということは、そこからの復帰方法も心得ているということ。まずは女性相手であれば相手の目を見ず、周辺を見ることで相手の姿をぼやけさせる。これで緊張を軽減し、話しやすくなるというわけだ。

 

「いえ、すみません。少し、気が動転してしまいまして」

「あぁ、そういうことですか。こちらこそすみません、急なお願いをしてしまって……」

「そんなそんな! 謝っていただくことではありませんよ! その、コラボについてですが……内の話になって申し訳ございません。イベリス。事務所としては問題ないか?」

「あら、戻ったのね。えぇ、事務所としては問題ないわ。だからこうしてこの場を用意したんだし」

「……なぜわかったというのは今は聞かないでおく」

「戻った?」

「いえ、気にしないでください」

「エミさんからニコさんに戻ったということですか?」

「待ってください、エミ? エミとは?」

「向こうのあなたの活動名よ! オシャレよね!」

「向こうの俺の活動名???」

 

 おかしい、確か向こうの俺は配信しないように帝斗が止めてくれていたんじゃなかったか? なんか都さんも向こうの俺、エミ、だったか? を把握しているし、もしかしてもう随分人気になったのか? ということは、都さんはエミに対してコラボ依頼を!? だとしたら気まずすぎる。「なんかものすごい童貞ですし、やっぱりさっきの話はなしで」と言われたら立ち直れる自信がない。動揺から復活し、暇を潰すためか俺の手をにぎにぎして遊んでいる満にも申し訳ない。すまない、こんな童貞に憑りつかせてしまって……。

 

「向こうの……? えっと、ニコさんはエミさんっていうもう一人のニコさんになった演技をしていたんですよね?」

「その辺りを話すと長くなるといいますか、エミは別世界の俺であるといいますか……」

「へぇ、本当にもう一人の自分だったんですね!」

「自分で言っておいてなんですが、そんなにすぐ信じられるものではなくないですか?」

「嘘なんですか?」

「い、いえ、嘘ではないです」

「じゃあ信じます」

 

 満が目をキラキラさせている。「いい人だ!」と言いたげだ。わかる。いい人だ。人を疑うことを知らない、星菜さんやアルのような光を感じる。直前まで聖麗のドブのような性格をぶつけられていたから、心が浄化されるようだ。こんな人に対して俺の情けない童貞を披露している場合ではない。ちゃんと対応せねば。

 

「失礼ですが、理由を聞いても?」

「理由、ですか」

 

 気持ち姿勢を正すと、満も真似して姿勢を正す。それを見た都さんがくすりと笑って、「失礼しました」と言ってから、続けた。

 

「その……もっと業界を発展させたい、と言いますか。私たちの事務所『ゆーとぴあ』は女の子しか所属していないので、自然とターゲット層は男性で、私たちに少しでも男性の影が見えようものなら、その、過激に……。なので、あまり自由な活動ができない、というのが現状なんです。このままでも十分続けられるとは思いますが、進歩がない。今のままだと予想できる未来にしかならない。選択肢がないんです。それなら、迷惑を承知で私が壁を壊したい。その第一歩を、一緒に踏み出してもらいたいと思って、声をかけさせていただきました」

 

 『ゆーとぴあ』。視聴者に時々「お前、ジジイか?」「貞操を守り続けた代わりに若さを失った男」「バーチャル情弱」とバカにされる俺でも流石に知っている。女性Vのみが所属する大手の事務所で、『project:eden』と違ってアイドル路線まっしぐら。『project:eden』のターゲット層が幅広いのに対し、『ゆーとぴあ』は男性のみにターゲットを絞っている。そして、都さんが言ったように所属Vに少しでも男性の影が見えたら、瞬く間に燃え上がる。

 正直、いいですよと即答したい。それができないのは、もし被害が出るとしたら俺だけに留まらないからだ。別に、戦略として男性のみにターゲットを絞るのは間違いではない。都さんが言うように選択肢がないというのもわからなくはない。どちらも納得できるだけに、俺の選択のせいで都さんのVTuber生命が終わってしまうようなことがあれば、後悔してもしきれない。

 

 それに、『project:eden』内で今までは完結していたから俺からすればあまり印象はないが、『project:eden』は頭のおかしい集団だというのが界隈の共通認識だ。よりにもよって『project:eden』の男性Vと、という声も少なからずあるだろう。実際は一部が飛びぬけて頭がおかしいだけなのに……。だからこそ、俺の振る舞いが重要になる。俺の振る舞い次第では、『project:eden』の外との関わりが断絶される可能性すらある。

 

「うちの事務所のことを考えているのなら、心配はいらないわ」

 

 そんな俺の心配を察したのか、イベリスが俺の思考に割り込んできた。あといつまで彫像みたいなポーズとってるんだ。

 

「私たちは私たちが一番オシャレだと思ってる。オシャレじゃないノーオシャレに何を言われようと何をされようと、オシャレに何とかできる自信と実力があるわ。だから、安心してあなたの感じたやりたいことをオシャレにやればいいの。『project:eden』のライバーは、オシャレに自由じゃなきゃいけないわ!」

「ありがとう、イベリス」

 

 覚悟は決まった。ここまで言われて日和るようじゃ男の風上にも、ミッドナイト・サイコナイトの風上にも置けない。

 

《おい! こっちはなんとかなったぞ! そっちは?》

《なにっ、そうか。やはり俺はすごいな。こっちは佳境だ。落ち着いたら話し合おう》

《わかった。気張れよ》

 

 流石というべきか、向こうの俺……エミは俺同士の会話を使いこなしているらしい。向こうの状況報告と激励に、自分からのものであるとわかっていても頼もしさを覚えながら、都さんの目を見る。

 

「わかりました。俺でよければ、都さんとの未来を歩かせてください」

「わ……へへ、プロポーズみたいで照れちゃいますね」

「マズい満!! これ悪意もなく炎上ワードを連発して俺が燃やし殺されるやつだ!!」

「ま、まさかそれが目的!? 潰そうといったってそうはいきませんからね!」

 

 炎上する未来を感じ取り、満が俺の前に浮いて都さんとの間に入る。満越しに見える都さんは何を言われているのかわかっていない様子で首を傾げた後、「あ! ニコさんが取られそうでやきもち焼いてるの?」と無意識に煽り始めた。こ、この人、もしかしてマズい人なのか……?

 

「違います! 意識低いですよ! 配信中じゃなかったからよかったものの、男の人にプロポーズみたいだとか言わないでください! 言うとしても『プロポーズみたいでキモいですね』でしょ!」

「そ、そんなひどいこと言えないよ! 初対面だし、ていうか初対面じゃなくても……気持ち悪いなんて思えないし、照れちゃったのはほんとだし」

「うーん、かわいい」

「おい満。何負けてるんだ」

 

 確かに本当に恥ずかしそうにもじもじしているのは可愛らしいが、にしても負けるのが早すぎないか? いや、ここは都さんの実力を褒めるべきか。愛嬌と人の好さの暴力で相手の毒気を抜く実力がずば抜けている。あざとさをまったく感じない。本心はどうかわからないが、本当にそう思っているのだろうなと思わせる魔力がある。

 

「佐藤さん。今までキモいとか言ってごめんね」

 

 満も毒気を抜かれすぎて俺に謝ってきた。あまりにもやられすぎじゃないか?

 ……ちょっと不安になってきたな。なぜか俺はあらゆる炎上チャンス、いや、ピンチを潜り抜けてきたが、今回ばかりは本当に危ないかもしれない。あとで帝斗と作戦会議をしよう。なぜかあいつならワクワクしていそうだが。基本俺がひどい目に遭ってるのが大好きだからな、あいつ。サポートするくせに。

 

「では、日程を決めましょうか。色々調整しなければならないこともあるでしょうし」

「はい! あの、改めてありがとうございます。えっと、ニコさんと満ちゃん。私と一緒に、未来を歩いてください!」

「もしかしてからかわれているのか……?」

「へへ、だめでした?」

「いえ、存分にからかい倒していただいて構いません。お願いします」

「佐藤さん、キモい」

 

 お前さっき謝ってただろうが!!!

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。