稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる   作:酉柄レイム

148 / 227
第146話 ホワイトデー (2)

 いつだったか、確かクリスマスだった。マリーに夜景をイルミネーションだと言ってからかわれたが、あながち間違いでもないと、今この景色を見て素直にそう思った。

 『FAKE LAND』は園内がカラフルで、屋根はほぼ光を通すパラソルになっている。観覧車から見下ろす園内は、ファンタジーな光に溢れていた。

 

 ちら、と透華を見ると、透華はライトアップされた園内を見ていた。今まではそういう風に見ないようにしようと思っていたが、やはり透華は綺麗で可愛らしく、俺みたいなやつの隣でも全力で楽しんでくれる素晴らしい人だ。満のように、俺に憑りつくという強制力もないのにずっと側にいてくれて、あろうことか好意まで寄せてくれている。何度ダメなところを見せても、本来なら失望されて離れられてもおかしくない失態を犯しても、変わらず側にいて、俺の人生を支えてくれている。

 いつしかそれが当たり前になっていて、失うことが怖くなっていた。だが、失うことが怖いからといって俺が何をするわけでもなく、透華は無償で側に居続けてくれていた。俺という人間に使った人生を他の何かに費やせば、もっといい人生になっていたかもしれない。俺のような人間ではなく、もっと素晴らしい男と出会えていたかもしれない。そんな可能性が頭の中でぐるぐる回っていながらも、我が身可愛さに甘えに甘え、ずっと手放せなかった。

 

 俺はまだ、何も成していない。与えられた環境が恵まれていて、周りの人間に恵まれていて、ただ生きているだけでなんとかなってしまっている、それだけの人間だ。こんなことを言うと満は怒るし、透華も怒ってくれるだろうから誰にも言ったことは……帝斗には言ったな。「主人公気取りか? まだ卒業できてなかったんだな」と笑われてから、「少なくとも、俺はそんなこと思ってねぇよ。いい土と肥料と適度な水やりと日光があっても、その花が綺麗かどうかは結局素材次第だろ?」と慰めてくれたな。ちょっと泣いた。

 

 いかん、緊張と焦りで思考が定まらん。つまるところ、そうだ。俺は、誰がなんと言おうと透華の人生の数年を貰い、無駄にしてしまったと思っている。透華がそんなことを思っていなくても、透華が歩む可能性のあった複数の人生において、俺が一番だなどという自信はない。

 

「透華」

「はっ、はい」

 

 思ったよりもはっきりと名前を呼べた。こういう時の俺はぐちゃぐちゃになるのがいつものことなのに。そういえば、満がいつも言ってくれていたな。俺はやるときはやる男だと。

 

「バレンタイン、ありがとう」

「や、ま、毎年の恒例っスから、べつに……」

 

 俺の雰囲気を感じ取ったのか、透華に落ち着きがない。その姿が愛しく、思わず笑ってしまった。

 

「な、なんスか」

「いや……すまん。透華からは、もらってばかりだな。俺から何かを返したことなどほとんどない」

「そんなことない。先輩と一緒にいられるだけで毎日楽しいっスし、満とも会わせてくれましたし」

「それではダメなんだ。今のままでは、俺が納得できない。透華はそうは思っていないだろうが、透華の歩む可能性のあった人生で、今の人生が一番だと納得できないんだ」

「そんなこ、」

「だから」

 

 透華の言葉を遮って、懐から掌サイズのケースを取り出し、手渡した。目を丸くして、「えっ、あ、これ……」と困惑している透華を待ってやりたいが、そんな余裕もなく、口が勝手に動く。

 

「俺とともに歩む人生が一番だったと、俺の人生すべてをかけて証明させてほしい。だから、俺を信じて、透華の人生を俺にくれ」

「……それ、って」

「開けてみてくれ」

 

 透華が震える手でケースを開ける。俺に何かがあったとき、すぐに責任を取れるように準備をしていたそれを透華が視認したのを見て、また口を開く。

 

「結婚してくれ。俺は、透華を愛して、」

「お疲れ様でしたー……アー」

 

 一世一代のプロポーズは、ゴンドラの扉を開けた係員さんに遮られ、俺たちの様子を見て察した係員さんがそっと扉を閉じた。ゴンドラ内に気まずい沈黙が訪れる。

 ふっ、ふざけ……!! い、いや、係員さんは職務を全うしているだけで、何も悪くない。悪いのはぐるぐると変なことを考えて時間をかけすぎた俺だ。クソッ、なんで俺はこうも間が悪い!!? 最悪だ!! 透華の手にある指輪も「えっ、僕の見せ場が台無しにされた!?」とびっくりしていることだろう。穴があったら入りたい!!

 

「っ、ふ」

「と、透華?」

 

 沈黙を破ったのは、透華の堪えたような笑い声だった。透華を見れば、顔を赤くして俯き、肩を震わせている。

 

「す、すみません、ふふっ、てっぺんじゃなくて、降り際に……っ!」

「しっ、仕方がないだろう!! 余裕がなかったんだ!!」

 

 ダサすぎる!! プロポーズ直後に笑いを堪えられるのは世界中で俺だけじゃないか!? 思ってたのと違う!! やり直させてほしい!

 

「……先輩」

「ふん、なんだ」

「さっきの、もう一回お願いします」

「ふん、なんだ」

「や、それじゃなくて。……愛して、のあと聞きたいなーって」

「……!!」

 

 か、からかわれているのか!? 楽しそうに笑いおって! やり直させてほしいとは思ったが、実際にやり直すとなると恥ずかしすぎる!! いや、だがやり直さないという選択肢はない。もう一度覚悟を決めろ、佐藤たけし。すぐに覚悟を決めなければ、また一周して係員さんを気まずい気持ちにさせてしまうことになる。

 透華の前を見る。体が熱い。きっと不健康で青白いとも言える俺の肌は、赤くなっていることだろう。知ったことか! こうなればヤケ……ではダメだな。こういう言葉は大事にせねばならん。

 

「透華」

「はい」

「愛している。結婚、してくれ」

「……」

 

 透華が俯いた。えっ、もしかしてダメなんてことがあるのか!? さっきの観覧車降り際プロポーズでついに愛想を尽かされたか!? だとしたらなぜもう一回言わされたんだ!? これでダメだとしたら今世紀最大の煽りだろう! だっ、ダメなんてことはないはずだ、落ち着け俺。深呼吸だ。クソッ、時間が流れるのが遅く感じる。時が止まっているんじゃないか? 心臓の音がうるさい。

 

「……ぐすっ」

「!!!????」

 

 透華が泣いている!? まさか、すべて俺の自意識過剰で、俺が透華に好意を持ってもらっていると勘違いし、一人で暴走して密室でプロポーズをしたから恐怖のあまり泣いているのか!? い、いや、まだうれし泣きの可能性がある。希望を捨てるな、俺!

 

 透華が俺に指輪の入ったケースを渡してきた。断られた!!!???

 

「とっ、透華!! 俺の何がダメ……いや、俺はダメだが、理由を教えてくれ!」

「ちっ、ちがう!」

「何が違うんだ! すまん、泣くほど追い詰めているとは思わず……!」

「だからちがう! ん!」

 

 顔を背けて、透華が俺に左手を差し出した。

 

「……あ」

「……」

「……すまん、取り乱した」

「べつに、いつものことっスから」

 

 指輪を取り出し、そっと透華の左手を持って、薬指に指輪をはめた。こ、こういうこと、だよな? 間違ってないよな? 俺。

 

「……ふつー、付き合ってからじゃないんスか、プロポーズ」

「……あ!!!!!!! すまん!!!!!」

「ふふ。いいっスよ別に。めっちゃ嬉しいから。……先輩」

 

 背けていた顔を、俺に向ける。涙が流れ、きっとぐちゃぐちゃで見せたくなかったから背けていたであろう顔を。でも、全然ぐちゃぐちゃではなく、いつも通り、いや、いつも以上に綺麗だった。

 

「私も、愛してます。私の人生、もらってください」

「あぁ、よろしく頼む」

 

 透華が、俺の目をじっと見ている。時折視線を少し下に下げているのは、なんだ? ……まっ、まさか!? いや、そんなはずはない。結婚前の男女でそんなことをしていいはずもない。耐えろ俺。俺は誇り高き日本男児だ。心頭滅却すれば火もまた涼し!!

 

「……ふーん」

「な、なんだ」

「べつに。いいっスよ。慣れてるんで」

「や、その……」

「……」

「……す、すまない。勇気が出ない」

「……ふふ、んーん。今日は勘弁してあげます」

 

 すまない、すまない、俺が童貞で……!! 俺が童貞なばかりに、待たせすぎてしまっている……!! 本当は結婚前であろうとキスをしてもいいなんてことはわかっているんだ! ただ俺に勇気がないだけなんだ! このままでは「キスせず結婚とか草」「日本最優秀童貞賞受賞」「童貞の星」「星どころか宇宙」「宇宙童貞!?」と視聴者にいじられまくってしまう! いや、そもそも視聴者に赤裸々に話さなくてもいいわけだが!

 

「今日はこのまま帰るんスよね?」

「……はい」

「だから、いいっスよ別に。気にしてないっスから、もう」

 

 仕方ないっスね、先輩は。と言いながら頭を撫でられる。情けなさ過ぎる。結局甘えているじゃないか。俺は変わるんだ。俺はミッドナイト・サイコナイト、深夜の狂騎士だ!!

 頭を撫でてくれている透華の手を取り、首を傾げる透華に「すまん」と断ってから、そっと唇で指先に触れた。

 

「……これくらいが、限界だ」

「……先輩、ずるいっスよ、それ」

「知らん! もう着く! 行くぞ!」

 

 扉が開けられ、「先ほどはすみませんでした」と係員さんに頭を下げると、「こちらこそ……」と頭を下げてくれた。いい人だ。

 後ろから歩いてくる透華を待って、隣に並んでから歩き出す。めちゃくちゃ意識してしまう。俺はさっき何をした? 落ち着け俺。忘れろ。唇に残った感触も、透華の香りも。でなければ正常に思考できなくなる。ちらちらと透華が俺の手を見ているのも気にするな。気にするなだと!? 透華の『手を繋いで歩きたい』という可愛らしい思いを気にするななど、男の風上にもおけん!!

 

「透華、手を」

「佐藤!!!!!」

 

 勇気を振り絞って透華に手を差し伸べた俺は、前方からやってきた親友に抱き着かれて空を切った。

 

「帝斗!?」

「よくやったなぁお前!! 男じゃねぇかコラ!!」

「もう、西園寺さん! 行っちゃダメだって言ったのに!」

「満!?」

「な、なんでここに……」

 

 帝斗は俺の肩に腕を回して肩を組んで、嬉しそうに笑っていて、満は帝斗に怒って、少しすれば「もういいや! 透華おめでとー!」と言って透華に飛びついた。

 

「せっ、説明しろ! なぜここにいる! 満を止めておくという話ではなかったのか!?」

「そうだ、聞いてよ佐藤さん! 西園寺さん、やっぱ無理だって言ってここまできて、私が佐藤さんの考えてることわかるからって今どうなってるかってずっと聞いてきて、さっきだって止めたのにすぐ走り出しちゃって!」

「仕方ねぇだろ。嬉しいんだよ! よかったなぁ佐藤! 本当に、お前、よかっ、たなぁ」

「……あぁ、ありがとう。帝斗」

 

 他でもないお前がここにきてどうするなんて文句は、俺を本当に心配して、いい結果になったことを本当に心から喜んでくれている帝斗を見たら、すぐに吹き飛んだ。

 

「……なんか、複雑」

「ゆ、指輪見て指輪ホラ、透華!」

 

 でも親友すぎるのは控えて……控えなくてもいいが、透華の前では抑えてほしい。透華が嫉妬してるから。お前が満の立場だったらキャッチボールしようとしてるぞ、お前。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。