稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる 作:酉柄レイム
「さて、ニコが婚約したのはオシャレなことだけど、費用はあるの?」
「なぜ知られている?」
透華にプロポーズした翌日。イベリスに呼び出されて事務所にきた瞬間言われたのがこれだ。なぜ知られているんだ? 今のところ俺が透華と婚約したというのは帝斗と満、そして他でもない透華しか知らないはずだ。どのみちお世話になった人たちには直接伝える予定だったから別に知られているのは構わないが、どうやって知ったかが気になりすぎる。もしかして、俺がわかりやすすぎて遠隔でも知られてしまうのか?
「そんなオシャレなこと、私が知らないはずないでしょう?」
「わからないということがわかった」
「ニコさん。盗聴器とか仕掛けられてない?」
「そんなオシャレじゃないもの仕掛けるはずないじゃない。ま、オシャレベルが満たないあなたにわかりやすく伝えると、帝斗から聞いたのよ。影響がないだろうけど一応ってね」
そうか。イベリスは普段の言動行動がオシャレばかりだが、『project:eden』の中核を担っている。事務所に関わる何かがあれば必ず顔を出すから、所属ライバーである俺が婚約するとなったら、今後の展開を色々考える必要があるから、帝斗が先に伝えたということだろう。昨日の今日だぞ? なぜそこまで根回しができるんだ。
まぁ、帝斗の有能は今に始まったことじゃないからいいとして、イベリスはなんて言っていた? 費用があるか、だったか?
「……」
「ニコさん、もしかして費用もないのにプロポーズしたの?」
「した、と言ったら?」
「考え無し。ダメ男。ニコさんみたいな人に透華はあげられません!」
「待ってくれ! 確かに費用もなしにプロポーズしたのは考え無しであることは認めるが、それでも気持ちが収まらなかったんだ!!」
「オシャレすぎる!!」
満を説得しようとしたのに、イベリスにクリティカルヒットした。膝をついて号泣し、胸ポケットから豪華絢爛な装飾が施されたハンカチを取り出して噛みしめている。そんな装飾があったらハンカチとして機能しないだろうし、ハンカチ出したんだったら噛まずに涙を拭け。
費用、費用か……。VTuberになってそこそこのお給料はもらっているが、流石に結婚式、新婚旅行、新生活分の費用はない。婚約したからといって今すぐ結婚するというわけでもないが、半年、長くても一年後までにはそれらの費用が必要になる。
「イベリス、ありがとう。そうだな、流石に意識して貯金をするべきか」
「あまりにもオシャレすぎるから、もしもの時は言って。力になるわ」
「ありがたいが、男の見せ所だ。馬車馬のように働くから、それに見合う対価をもらえれば十分だ」
「わかったわ。用はそれだけよ」
「別の用事があるんじゃなかったのか!?」
「こんなオシャレなこと、直接おめでとうを言わないとダメじゃない。一刻も早く言いたかったのよ」
普段がアグレッシブすぎて忘れそうになるが、そういえばイベリスは人格者でめちゃくちゃいいやつだったことを思い出した。改めて「ありがとう」と伝えれば、「えぇ。結婚式は現実とバーチャルのどっちもやりましょう」と怖いことを言って豪華絢爛な椅子に座ると、そのまま天井が開いて穴の向こうへと上がっていった。悪の組織のボスみたいだな。
「ふぅ……。しかし視聴者にはどのタイミングで報告するか」
「確かに。一周年のタイミングとか?」
「タイミングとしてはちょうどいいか。帝斗と透華とも相談して決めよう」
「だね!」
部屋を出て、さてどうしようかと一旦立ち止まる。事務所にこいとイベリスに呼ばれた時に、せっかくなら月宮さんとアザミにも直接伝えようと思って連絡したら二人ともきてくれると言っていたから、その時間まで空いてしまった。思ったよりもイベリスとの用事がすぐに終わってしまったな……。
「誰かいないか探してみるか。せっかく事務所にいるなら報告しよう」
「ふふ、うん!」
「嬉しそうだな」
「そりゃあ嬉しいよ。大好きな二人が結婚するんだから! しばらくずっと嬉しくてにこにこしちゃうかも」
愛しすぎる満に目頭が熱くなり、咄嗟に上を向いて涙を抑える。ここが事務所じゃなかったら抱きしめていた。透華にもあとで伝えておこう。満が愛しすぎることを言ってくれたぞ、と。
俺の思考を読める満が「ん? 感動しちゃった?」と煽ってきたが、その通りだったため「あぁ」と頷けば、少しひるんでまた嬉しそうに微笑んだ。
今こうして思ったが、俺と透華が結婚するとなれば、満は俺と一心同体だから変わらず側にいるとして、帝斗は気を遣ってあまり事務所にこなくなりそうだな。とはいっても俺のマネージャーをしてくれているから仕事があればきてくれるだろうが、必要なときにしかこなくなるだろう。あいつはそういう男だ。
「婚約しておいてなんだが、結婚してからどうなるかが想像できんな……」
「エミさんに聞いてみたら?」
「参考にはなるか……いや、透華よりも先に結婚生活のことを知るのは不平等ではないか?」
「めんどくさ……」
「なんだと!? 結婚生活とは夫婦二人三脚であり、同じ速度で並んで進むべきであって、俺だけ先にいるというのはおかしな話であり」
「ニコちー?」
呆れた様子の満に憤慨し、認識を改めさせようとまくし立てている時に聞こえた声に、反射的に動きが止まる。声は背後から聞こえてきた。そこにいるのが誰かがわかっていて、だからこそ振り向きづらく、しかし振り向かないわけにもいかないと気まずさを飲み込んで、ゆっくりと振り向いた。
そこには、いつも通りの巫女装束を身にまとった、マリーがいた。目が合うと、しばらく固まってから「そっか」と小さく息を吐く。
「やっぱノーチャンじゃん」
「いや……」
「変に責任感じなくていいよ。一方的にアプローチしてただけだし」
マリーはずっと俺にアプローチ……という言葉で片づけていい重さかどうかは別として、アプローチし続けてくれていた。どちらかというとエンタメ方面に振ってはいたが、その気持ち自体は本物だったように思える。確信に至らなかったのは、マリーが俺に向けている激重感情が、どこか演技のように思えてしまっていたからだ。
だが、今。確信とはいかないまでも、なんとなく本当に好きでいてくれていたんだろうと、そう思ってしまった。
「……」
「……」
「……あーあ。クリスマスの時とかいい感じだったのになぁ」
「マリー?」
「ニコさん……?」
はぁ、とわざとらしくため息を吐いたマリーの口から、とんでもない言葉が放たれ、満に疑いの眼差しを向けられた。いっ、いやっ、違う!! いい感じ……確かにあの時のマリーはいつものような激重フルスロットルではなく、落ち着いていて素敵な女性だったが、決して男女のそういうあれこれに繋がるようないい感じであったわけではない!
「あの時もうちょっと押してたらいけてたかなぁ」
「待てマリー! どういうつもりだ!? まさか俺を浮気野郎に仕立て上げようと言うのか!?」
「仕立て上げられてもいいなら、体で仕立て上げてあげるけど」
「よくない! おい満! いつもマリーが俺に何かしようとしたら庇ってくれるだろう! なぜ今はそうしてくれないんだ!」
「ちょっと待ってて。透華に連絡してるから」
「待て待て待て待て。違うだろそれは本当に待ってくれ。マリー! お前からもなんとか言ってやれ!」
「直接対決ってこと?」
「透華になんとか言うんじゃなくて満にだ!!」
婚約した翌日に破局なんて聞いたことがあるか!? 透華なら「先輩に浮気できる甲斐性ないっスよね」とかで信じてくれるとは思うがそれはいつもの透華ならというだけであって、婚約直後だと精神状態が不安定である可能性もあることを考えるとそれは非常にまずい! というか満もマリーが冗談を言っているとわかっているだろう!
「というか冗談でもそういうことを言うな! マリーも自分のせいで一つの家庭が壊れるなど本意ではないだろう!?」
「……」
「ニコさん。ちょっと本意そうだけど」
「私をここまで夢中にさせるんだから、ニコちーは悪い男だね」
「確かに、俺がいい男であることは認めるが」
「いい加減にして」
ちょっと乗ってみたら満から睨まれた。いい加減にしてとかいうセリフは俺がやりすぎた時に言ってくれ。何? 十分やりすぎだと? 俺は少しの思い上がりも許されないのか?
まぁ、満からすると面白くないということはわかる。身近にいる人間、ともすれば兄のような存在が思い上がっているわけだからな。みっともない以外の感情は抱かないだろう。……でも、月宮さんも俺のことをいい男だと言ってくれたし、いい男の片鱗くらいはあるんじゃないか? 月宮さんは正しいことしか言わないし。何? ない? ひとかけらも? お前は婚約した男の自己肯定感を下げて何を企んでいるんだ?
「……ま、色々冗談。ニコちーが大好きで仕方がなかったのは本当だけど、ちゃんとおめでとうって思ってるよ。色んな世界でニコちーのこと見てきたけど、本当にお似合いだし」
「ありがとう。冗談にしてはかなり肝を冷やされたが……」
「だって好きだったのはほんとだから。これくらいの冗談は許して」
……こ、こういう場合俺はどうしたらいいんだ!? 満、どうすればいいと思う!? なぜ一睨みして目を逸らすんだ!! いや、俺自身で考えるべきということだろう。そうでなければ満は助けてくれるはず……度々思うが、成人男性が度々女子中学生に助けてもらうってかなり情けないな。これを機に省みよう。
クソッ、人生経験がなさすぎてこういう時の引き出しがない。あと廊下の奥で聖麗がこっちをにやにやしながら見ている! 貴様絶対今の状況がどういうものかわかって観察しているだろう! 覚えておけよ悪魔め!
「ニコちー。別に応えようとしなくていいよ。自己満足の憂さ晴らし? みたいなもんだし。私は私で勝手に飲み込むから」
「……マリー」
「だからいいって。ごちゃごちゃ言うとキスして黙らせるけど?」
どの世界でもそうしてきたのか、というのは流石にデリカシーがなさすぎるだろうと思って飲み込んだ。決して脅されたからではない。
今思うと、マリーは俺と透華が結婚している世界をいくつか見たことがあったのなら、この世界でもそうだと踏んで敢えて真剣さを感じさせない激重な演技をしてくれていたんじゃないか? その相手である俺がそんなことを考えるべきではないということはわかっているが、こうして目の前で寂しそうな顔をされるとどうしてもそういうことを考えてしまう。
マリーが俺の視線に気づいたのか、「んー」と何かを考え込んだ後、俺に向かって両腕を広げた。
「じゃ、最後にぎゅってして」
「すまん、できん」
「ふふ。だから好き。ごめんね? ほんとに気にしないで。ぶっちゃけニコちーとの子どもの名前考えてたり住む家の場所とか探してたりお互いの呼び名とか一日に何回キスするとか、ぎゅってしたときの体温想像したりとか一緒に寝た時の幸せ想像したりとかしてたけど、ほんとに気にしないで」
「すまん、怖い」
「ウケる」
マリーが気にしないでというのなら、気にしないことにした。