稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる   作:酉柄レイム

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第149話 結婚の挨拶

「先輩、大丈夫っスか?」

「だ、だだだだだだ、だい、だいだいだいだいじょうぶだ」

「透華、どっかで休んでこ。大丈夫じゃなさそう」

 

 3月下旬。透華へのプロポーズから約二週間が経ち、直近に一周年記念が控えている今日。

 俺は、透華の両親への挨拶に向かっていた。俺も自分で何を言っているのかがわからない。まさか俺が結婚するとなって、相手の両親に挨拶をする日がくるとは思わなかった。あとなぜか帝斗に日程を組まれていた。エミから言われていた「いつの間にか準備が終わっている」というのはこういうことだったのか。

 

 透華の両親とは、何度か会ったことがある。一度目は「なんか、うちの両親がお礼したいらしくて」と透華に誘われて、最近だと満が実体化できるようになった時。あと何度かは時々お誘いいただいて……。面識があるから初対面よりは緊張しないが、それでも緊張する。だって、透華のような素晴らしい娘をくださいと言うんだぞ? 透華ならもっといい男と結婚ができ、いや、それは当然の話だが、それでも俺が一番だったと人生を賭けて証明すると誓ったじゃないか。胸を張れ、佐藤たけし。俺に娘がいるとすれば、娘を幸せにすることだけは世界一自信を持っていなければ到底やることはできん。

 

「よし、落ち着いた。情けない姿を見せたな」

「それでいうと大体は情けないっスけど」

「ふん、その情けない男と結婚しようとしているのは誰だ?」

「私」

「助けてくれ、満!」

「やり返そうとして反撃されて年下に助け求めるそういうところが情けないって言われてるんだよ?」

 

 挨拶に行く前にボコボコだ。なぜ俺は何もしていないのにこんな徹底的に痛めつけられているんだ。

 

 このままうだうだしているわけにはいかない。「本当にもう大丈夫だ」と言って、透華の案内で実家に連れて行ってもらう。俺の前で並んで歩いて楽し気に話している透華と満のいつもと変わらない様子を見ると、本当に大丈夫な気がしてきた。本当に大丈夫とは言ったが本当に大丈夫なわけがなく、男ならわかってくれるとは思うが相手の両親に挨拶へ向かうというのに本当に大丈夫になるわけがない。むしろ本当に大丈夫になるのは元々相手の両親とかなり仲がいいか、大事に想っていないかのどちらかだ。

 

《おいエミ。結婚の挨拶の時、本当に大丈夫だったか?》

《今邪神から逃げているところだ! 後にしてくれ!》

 

 どうやら向こうの世界はやはり邪神が普通に現れるらしい。それと比べれば本当に大丈夫な気がしてきた。

 

 しばらく歩いて、深い青色をした屋根の一軒家に到着する。表札には『羽崎』と刻まれている。大丈夫だ俺。手土産はある、服装もおかしなところはない。髪型も帝斗にセットしてもらった。満も「佐藤さん、ちゃんとしたらカッコいいよね」って褒めてくれたんだ。そのセリフには言外に「いつもはカッコよくない」という意味が含まれているということは気にするな。

 

「それじゃ、行きましょっか」

「ま、待て! 挨拶にきたのであれば俺がインターホンを鳴らすべきだ!」

「どうせ数十分鳴らせずに無駄な時間過ごすことになるから嫌っス」

「俺が情けないことは受け入れるが、せめて俺の決意する時間を無駄と一蹴するのはやめてくれないか?」

「今まで結構あったよね。決意する時間」

 

 敗北した俺は、透華の鍵を回してドアを開ける背中を眺めるしかなかった。おい満やめろ。「透華、本当に佐藤さんでいいのかな……」みたいな目で俺を見てくるな。お前も喜んでくれていただろうが。

 

「ただいまー」

「おじゃましまーす!」

「おっ、おじゃまします」

 

 ここから「やっぱやめた」はできない。始まってしまった。挨拶が始まってしまった! 落ち着け、まずは深呼吸だ。まさか透華の両親を前にして深呼吸などできるはずもない。両親の前ではしっかりしなければ。そういえば深呼吸ってなんだったっけ? 吸って吐くんだったか? いや、ただ吸って吐くだけではただの呼吸だ。呼吸の頭に『深』とついているということは『深い呼吸』ということ。つまり深く息を吸って吐くことが深呼吸ということだ。

 

「透華、おかえり。佐藤さんと満ちゃんはいらっしゃい」

「久しぶりだなぁ。いつも配信見てるよ」

 

 深呼吸を理解した俺が深呼吸をしようとすると、透華の両親が出迎えてくれた。マズい! 深呼吸ができなかった! あと配信していることがバレている! なぜだ!? 前に来た時はそんなこと言っていなかったのに!!

 そんなことはどうでもいい。心証を悪くしてはダメだ。えっと、こういう時はなんて言うんだったか。ここで長々と喋ってしまっては俺が校長先生だと勘違いされ、「透華、校長先生と結婚するのか?」と言われてしまう! 俺が校長先生だと勘違いされないためには、短い挨拶を交わすべきだ。ところで短い挨拶とはなんだ? こんにちは! というのも変だろう。こういう時は畏まった挨拶をするべきな気がする。畏まった挨拶として適切なのは……。

 

「大丈夫」

 

 透華の両親を前にパニックを起こしていると、透華が背中を優しく叩いてくれた。

 

「大丈夫だから。焦りすぎっスよ」

「すまん、ありがとう」

 

 ふぅ、と小さく息を吐き、透華の両親をまっすぐ見る。優しく笑って俺を見てくれているお二人を相手に、緊張するのは無礼というものだ。怖がるな。俺は透華を妻とする許しを得るためにここにいる。であれば、その器を見せなければならない。

 

「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。こちら、つまらないもの……というのはその、定型句のようなものでして。本当につまらないものではないです。つまらないものというのは生産者ならびにお二人に失礼な表現でした。撤回させてください。どんなものを渡せば喜んでくれるか、透華と一緒に考えに考え抜いて選んだ品です」

「話が長い。校長先生みたい」

「ばっ、満! 俺がご両親に校長先生だと間違われたらどうする!」

「間違えないわよ」

「間違えないよ」

 

 よかった。間違えないみたいだ。

 

 そういえば手土産って玄関で渡すものだったか……? と考えながらリビングに通してもらう。そんなことで目くじらを立てる方々ではないと思うが、こういう細かな礼儀作法は重要だ。これからは俺がやらかせば俺個人だけではなく、家族諸共影響を受ける。あとで調べ直そう。

 

「佐藤さん、いつまで立ってるの?」

「まだ座っていいと仰っていないからな。当然の作法だ」

「面接じゃないんスから……」

「ハハ、まぁわかるよ。緊張するよね」

 

 俺を挟むようにして満と透華が隣に座り、対面にお父様。少しして、お母様が人数分のお茶と、茶菓子を配膳してくださってから、お父様の隣に腰を下ろした。そうしてから、「座っていいよ」とお父様が優しく仰ってくださって初めて、俺は腰を下ろした。やはり、お父様は素晴らしいお方だ。すぐに「座っていいよ」と言っても、「いえ、お母様が……」と俺が断るとわかっていたのだろう。おい満! すぐにお茶を飲むな!

 

「っっっっ!!!」

「口カラカラじゃん。飲んだら?」

 

 満を注意しようとしたらカラカラすぎて声が出なかった。完全に俺を理解しているお父様が「飲んでいいよ」と許可いただき、声が出ないからと頭を下げてからお茶をいただく。

 

「いい緑茶ですね」

「桜湯だよ」

 

 笑うな透華、満!! さっきある程度覚悟が決まったとはいえ緊張はしているんだ!! 味がわからなくてもいいだろう!! 何!? 味関係なく桜湯だったら見ればわかるだと!? 見ればわかるからなんだと言うんだ!!

 クソッ、ご両親も笑っている……! 意図していないのに和やかなムードだ。そうでないよりは断然いいが、やらかした結果こうなっているというのがよくない。「君は面白いけど、それはそれとしてよくはないから結婚は許さない」と言われる可能性がある。今からやらかしを取り返す方法を考えねば!

 

 ……ダメだ、思いつかん!! そもそもこうやってぐちゃぐちゃ考えているからダメなんだ! 今日の目的はなんだ。結婚の挨拶だろう? であれば、それ以外の言葉を並べてご機嫌取りをするなど男らしくない。

 

 背筋を伸ばし、お父様の目を見る。お父様も俺の意思をくみ取ってくださったのか、緩んでいた頬を引き締めて、俺と目を合わせてくれた。

 

「透華さんのお父様、お母様。本日は、透華さんとの結婚をお許しいただきたく、伺いました」

 

 満が「早っ……」みたいな目で俺を見ている。すまん。「結婚の挨拶というものは、雑談が途切れたときにするものらしい。情けない話だが、俺が何も話せなかったら満から雑談を切り出してくれるか」と頼んだのに一発目で挨拶をしてしまった。

 

 だが、切り出したのであれば止められん。

 

「これから、お二人が不安になるようなことを申し上げます。先に、そのことを謝罪させてください」

 

 俺は、決して褒められた経歴ではない。いい大学を出たとしても依頼のないオカルト探偵事務所の所長をしていて、更には安定するとはいえないVTuberで、社会性もなくコミュ障な上、付き合ってもいなくて資金も十分にないのにプロポーズをするという無計画。だが、それを隠して結婚の許しを得るのは、これまで透華を育ててきたご両親に対してあまりにも不誠実だ。佐藤たけしという男がどんな人間かというのをちゃんと話して、その上で許してもらわねばならん。

 

「私は、安定した収入がございません。所長を務める探偵事務所には依頼がなく、『project:eden』という事務所に所属してVTuberとして配信活動をしていますが、それもいつまで続けられるかわかりません。初対面の相手には必ずといっていいほど緊張いたします。社会的な常識も完璧に持ち合わせていません。透華さんは数年間私の生活を支え続けてくれていますが、交際期間もなくプロポーズし、結婚式やその後の費用はこれから稼ぐ必要があります」

 

「正直なところ、私よりも優秀な男性は星の数ほどいます。私は、誰かの支えを前提として生きています。真に自立しているとは到底言えません。人生において、武勇を探すことは困難ですが、恥を探すことは何より容易いでしょう」

 

「ですが、透華さんを愛する心だけは、胸を張って私が一番だと誇れます。これからの人生すべてを透華さんに捧げます。大切な娘さんを、このような男と結婚させるというのは不安かと存じますが、どうか、結婚をお許しいただけませんか」

 

 お願いします、と言って頭を下げる。隣で透華と満も頭を下げてくれたのが見えた。本当に何を言っているんだ俺は。心証どうこう考えておいて、一番最悪な心証を与えてしまっている。だが、これ以外やり方がわからない。俺はこういう人間なんだ。これで許してもらえないのであれば、許してもらえるような人間になって、もう一度挨拶をするしかない。

 

「頭を上げていいよ。顔を見て話そう」

 

 しばらく待って、ゆっくりと頭を上げる。

 

「色々、正直に話してくれたね。俺たちが不安になるようなこと、とも言ってくれた。正直、ふざけるなって突き返すのが一般的なんだろう」

 

「君は自己評価が低いんだね。客観視できていると言い換えてもいいか。職は安定しない、社会性が乏しい、計画性がない。ただ、それでも」

 

「透華は、君を選んだ。だから、君は素晴らしい人間なんだろう。どんなお金持ちと結婚するよりも、君と結婚した方が透華は幸せなんだ」

 

「親としては、子どもが幸せになることが一番だから。……透華を、よろしくお願いします」

 

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