稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる   作:酉柄レイム

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第198話 魂の分離

 部屋の空気がふっと張り詰める。いつもの邪悪な気配は鳴りを潜め、薄く開いた聖麗の目には真剣な色が宿っていた。

 

「ついでですし、ニコさんへのレクチャーも兼ねますか」

「あぁ、頼む」

「とはいっても、ニコさんには無用かもしれませんが」

 

 どういうことかと首を傾げると、聖麗は微笑みながら満を指す。突然指で指された満は恐怖のあまり帝斗の背後に逃げ込んだ。透華の背後じゃないあたり、本気でどうにかしてくれそうな人を求めたということだろう。本能が危機を感じ取ったか……。

 聖麗は満に逃げられて笑みを深めてから、「満さんの実体化についてですが」と話し始める。

 

「通常、我々のような力を持っていたとしても、幽霊に実体を持たせる、いうなれば『生と死の境界を曖昧にさせる』というのには手順……儀式のようなものですかね。それが必要なんです。ですが、ニコさんはただやってみたらできて、手順も理屈も何もない。数学の問題を出されて、公式も何も知らないのにただ感覚だけで答えを引っ張ってくるようなものですね。だからニコさんはオカルトに関しては天才的なんです」

「もしかして、俺は本当にすごいのか……?」

 

 そういえば満が成長するようになった時もあの場所でなければだめだったようだし、何かしらの能力には代償や制約などがあるのが一般的だ。公式も何も知らないのに答えを引っ張ってくるというのはカッコイイにはカッコいいが、できればその、儀式とかができると箔もつくしカッコよくていいような気もする。『project:conflit』でやったアレが理想形だな。

 が、実体化に儀式が必要だとするとそう気軽にできなくなるということだから、俺の好みはともかく俺に才能があってよかった。満にはのびのび過ごしてもらいたいし、長年寂しい思いをさせてしまったからな。流石俺だ。オカルトの才能が留まるところを知らない。

 

「明さん、少し触れますね?」

「どうぞ」

「ま、待て明さん! そう易々と男に触れていいと言うべきではない! そういうのはもっと親密な関係になり、相手を完全に信頼できると判断できてから許可するべきで」

「じゃあニコさんにやってもらおうかな」

「透華、今度の休みデートにでも行くか!」

「俺とのキャッチボールはいつしてくれるんだ?」

 

 キャッチボールに固執しすぎだろうお前。さっきはバリエーションを見せてきたことで流石帝斗だと思ったが、よく考えればキャッチボールの中で手札を増やすのではなく、そもそもの気まずい状況の回避策を増やしてくれ。何? そもそも気まずい状況にするなだと? それはすまん。ただ、大体が俺発信ではないという言い訳はさせてくれ。

 

 俺の注意は「ニコさんのクソ童貞で乳臭い発言は無視させていただきますね」という聖麗の血も涙ない言葉で一蹴され、聖麗が明さんの背中に人差し指でそっと触れた。

 

「ん……ちょっとあったかい」

「今私が触れているのが、魂をより強く感じられる場所です。感覚で捉えることは可能ですが、触れているのとそうでないのとでは精度が違う」

「魂の……輪郭を捉える、とでも言えばいいのか? そのためのものか」

「ご察しの通りです。まずは明さんの中にあるもう一つの魂を正確に捉える必要がありますので」

「……見てても全然わからない」

 

 いつの間にか隣にきていた透華がかわいらしく首を傾げた。ドキッとする香りがするなと思ったがいつの間にきていたんだ? 明さんが俺をからかってくるから、牽制のために隣に……ではないな。純粋に気になって見に来た、という顔をしている。透華はこういう場面でそういう欲を前に出すような人ではないしな。

 透華は見ててもわからないと言ったが、俺には見えている。聖麗の指先から青白いぼんやりとした光が灯っていて、それが触れている明さんの背中を中心に、波のように広がっている。それによって、魂の形がはっきりとわかった。物理的に見えているわけではないが、感覚としてはっきり理解できる。満が言ったように、確かに混ざりかけのような印象を受けた。

 

「生者と死者の魂には違いがあります。どちらも揺らぎを持っていますが、死者の方が揺らぎが大きい。現世とあの世の境をさまよう曖昧な存在ですから」

「その揺らぎを抑え生者に近づけると、一つの確固たる魂として独立する、ということか」

「はい。ではそれをどのように行うかですが、魂に揺らぎを与えます」

「そして二つの魂の揺らぎによって、一歩を表層に押し上げるのか。遠心分離……とはちょっと違うような気もするが、似たようなものか?」

「本当に優秀すぎますね。アナタがほしいです」

「それは陰陽師としてということだよな?」

「もちろん」

 

 聖麗の笑顔がめちゃくちゃ怖い。俺と同じことを思ったのか、透華が俺の腕を抱いて満が俺の前に立って腕を広げ、帝斗が懐に手を忍ばせる。おい待て帝斗、お前まさか銃を持っているわけじゃないよな? あぁ、常日頃から警察の知り合いに連絡できるようにしているだけか。お前なら独自のルートで銃を手に入れていても不思議じゃないから少し怖いんだよ。俺と違って顔が広すぎるからな。

 俺と違って、と自分で思ったのにも関わらず落ち込んでいると、「では、やりますねー」と聖麗の軽い声と共に魂が揺らいだ。

 

「っ!!」

 

 明さんの体がびくん、と跳ねる。「なんか、え、えっちだね……」と言っている満はもう手遅れだった。やはりこの前おじさん臭いと表現したのは間違いではなかったのかもしれない。まぁ、中学生だから仕方がないか……。どちらかというと中学生女子というよりは中学生男子の思考のような気もするが、思想に男も女も関係ないからな。あとそういうことを言われるとどうしても意識してしまうから、男がいる場でそういうことを言うな。

 

「こ、これ、大丈夫なやつ、ですか……?」

「少し奇妙な感覚が続くかと思いますが、ご心配なさらず」

「そういうのは、できればやる前に言ってほしかった、です……」

「失礼いたしました。これから奇妙な感覚になります、と私が言ったら怪しい上に気持ちが悪いかと思いまして」

「英断だな」

 

 この場でオカルト的な知識が一番あるのは聖麗だから疑いようもないが、普段がアレだからどうしても怪しいとか気持ちが悪いとかという印象が先行してしまう。なんか大きくカテゴライズしたら俺も聖麗側のような気がするのが大分癪だな……。

 

 どんな感覚になっているのかわからないが、明さんが耐えるように自分の服の裾をぎゅっと握る。体を縮めて小さく震えている姿を見ると大丈夫かと心配になるが、俺が感じ取れている範囲では大丈夫そうだ。

 二つの魂が揺らぎ、ゆっくりと離れていく。それと比例するように、青白い光が強くなっていく。やがてそれは淡い靄のように曖昧になっていき、やがて、聖麗が明さんの背中から指をそっと離した。

 

「では、ここから輪郭を与えます。その辺りにいる幽霊と同じく、体を与える、ということですね」

「生者に近づけると、魂の中にある記憶が呼び起されて、勝手に体を作っていくのか?」

「はい。見ていてくださいね」

 

 明さんの背中と聖麗の指先が、青白い光の糸で繋がっている。いや、背中と、というよりも明さんを覆っている青白い光と、か。その靄のように淡い光は段々と聖麗の指先に向かって集まり始め、最初は細い糸だったそれが、段々形を成していく。

 光だったそれは、はっきりと人だと認識できる形を成した。そしてその姿は明さんと瓜二つ。違いと言えば、実体があるかないかくらいだろう。あとは、帝斗と透華から見えているか見えていないか。靄のような青白い光が、(あきら)さんとして形を成した……つまり、分離に成功した、ということだろう。

 

《……?》

「はい、分離成功です。ではニコさんお願いします」

「ん? あぁ、実体化か。ハァッ!!」

 

 俺が気合いを入れると、(あきら)さんが実体化した。あんなのを見せてもらった後で気合いだけでどうにかするの、めちゃくちゃ恥ずかしいな。

 明さんが振り向いて、明《あきら》さんと目が合う。そして同時に「めっちゃ私/あたしじゃん……」と呟いた。混ざり合っていたから記憶はある程度共有しているものだと思っていたが、そうでもない……? いや、実際に目で見たのは初めてだから、おかしな反応ではないのか。

 

「えっと……明《あきら》、でいい?」

「そっちは明《あかり》?」

「同じ漢字で読み方違うのややこしすぎるでしょ。ウケるね」

「確かに。フツーに生まれてたら学校とか困ってたかもね」

 

 なんか軽いな……。まぁ、それが明さんの良さか。いや、この場合(あきら)さんの良さでもあるのか? ややこしいな!

 

「まだ終わりではありませんよ。元々混ざり合っていた魂を分離しただけで、取り憑いてはいませんから」

「取り憑くのってどうやればいいんですか?」

「あ、取り憑くってことでいいんだ」

「だって星菜かわいいしまだこの世にいたいし」

「やっぱそっか。悩む必要なかったじゃん」

「”あたし”も”私”で、”私”も”あたし”なんだから、そりゃそうでしょ」

 

 ……待てよ、よく考えたら二人になることで包容力も二倍になるのか? マズい、このままだと日本全国の健全な男子中高生がまとめて赤ちゃんになってしまう! 俺でさえバブりかけたことがあるんだ。マズいな、明さんの不安を払うことも重要だが、それと同じく全国男子中高生赤ちゃん化問題にも取り組まなければ。この場に立ちあった俺にはその責任がある。ん、なんだ満。赤ちゃんになるのはニコさんくらいだよ、だって? いや、俺にはわかる。明さんの前では誰だって赤ちゃんになる可能性がある。

 

 満が俺から距離を取った。まぁ、まだ子どものお前にはわからんか……。

 

「参考までに聞きたいんだけど、満ちゃんがニコさんに取り憑いた時ってどんな感じだったの?」

「事故」

 

 本当に事故のような感じで取り憑いたのだが、さっきの今だとなんか含みがあるな……。

 

「偶然満と出会って、透華の親友だったと聞いて……もう一度会う手伝いをする、となったから、もしかしたら目的の一致と、単純に相性がよかったからそうなったのかもしれんな」

「なるほど……」

「なるほど……と仰ってますが、もう取り憑けていますよ?」

「え、うそ」

「そんな感覚全然ないんですけど……」

「元々混ざり合っていましたからね。ワタシもびっくりしてます。こんなにぬるっと取り憑いているところを見たのは初めてですね」

 

 言われてみれば確かに。二人の魂の結びつき……俺と満のような繋がりを感じる。俺と満への質問に対する答えを聞いて、思考が統一されたからか? わからん。オカルトを理屈で完全に証明するなど不可能だからな。俺は感覚でしかないし。

 ……となると、次は(あきら)さんを常時実体化させてあげたいが、毎日通うわけにもいかんしな……。一番は(あかり)さんがその術を身につけることだが、努力でどうにかできるものなのかもわからん。それに、満以外の幽霊を実体化させるときはなんとなく俺の生命力が削られているような気もするし、頻繁にやれるようなものでもない。

 

「聖麗。(あきら)さんを常に実体化させることは可能なのか?」

「うーん、才能的な意味では、(あかり)さんは難しいかと。普通の人ですからねぇ」

「えー……星菜と触れ合いたいのに。ニコさんなんとかできない?」

「考えていたんだが、毎日実体化させるわけにもいかないからな。どうにかしたいが……」

「そういえばちょうど、『project:versus』の予選が近々ありましたよね」

「あぁ。それがどうかしたか?」

 

 『楽園都市』で開催される『project:versus』、その本選に向けて、何度か予選が開催される。その勝利数によって本選に上がれるかどうかが決まるわけだが、その予選が近々開催される。

 そして、俺は明さんのチームと対戦する予定になっている。だからといって、今回のこれが解決するようには思えないが……。

 

「ほら、ニコさんのチームには愛人さんがいらっしゃるじゃないですか」

「あぁ」

「勝ったら常時(あきら)さんを実体化してくださいと頼めば、多分やってくれますよ」

「なに? いや、愛人ができるにしても、愛人の生命力が……」

「大丈夫です。あの人、興味を持てば『生命力の譲渡なしに幽霊を永遠に実体化させる』くらいのことはできますから」

「くらいで片づけていいのか……?」

 

 もしかしたら俺はとんでもないやつとチームを組んだのかもしれん。

 

 ……相談、しておくか。何かとんでもない対価を要求されないような気がしないでもないが。

 




あとがきで書籍のことを長々と宣伝していましたが、自分で読んだ時に「もうわかったわ」と思ったので、僕のアカウントと公式アカウントだけ載せておきます。情報はそちらでまとめていますのでぜひ。

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