稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる   作:酉柄レイム

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第202話 男、佐藤たけし

「……?」

「……?」

 

 透華と見つめ合い、お互いに首を傾げる。

 

 それはなぜか。イベリスのプライベートビーチ付きホテル、名を『イベリスオシャレホテル』に到着した俺たちは、恐らくホテルスタッフであろう屈強なオカマたちに部屋へ案内され、当たり前のように俺と透華、帝斗と満で部屋を分けられ、気づけば同じ部屋に透華と二人きり。

 ホテルに、二人きり!? いや、そういう行為をするホテルではないことは重々承知しているが、婚約している女性とホテルで二人きりで俺が何もしないとなるとそれはそれで女性の尊厳を踏みにじる行為であり、だからといってすさまじいという形容詞をつけられるほど童貞である俺が何かをできるかと言われればそうではなく。

 

 待て、一旦思考を落ち着かせよう。こういう時は男である俺がしっかりするべきだ。

 

「透華」

「はっ、はい」

 

 俺と同じく動揺していたのか、名前を呼んだ瞬間びくっとした透華が愛しすぎてその場に跪く。俺と一緒の部屋という状況に緊張してくれているのが嬉しいし、何より可愛らしい。できれば他の男どもに透華を会わせたくない。よく考えたら透華のような素晴らしい女性と出会って好きにならない男などいない。いやしかし、透華の自由を奪うのもよくないことだ。クソッ、俺がムキムキの大男だったら牽制できるのに……!!

 

「だ、大丈夫? 移動で疲れちゃった?」

「いや、大丈夫だ。とりあえず荷物を置いて帝斗と満と合流しよう」

「ん……そうだね。二人きりになれる時間は、その、夜、もあるし」

「……?」

 

 透華はそれだけ言って、逃げるように部屋の中に荷物を置き、逃げるように部屋から出て行った。というか逃げた。

 ……えっと、今のはどういうことだ? 二人きりになれる時間? 夜?

 

「クソッ、どうすればいい!? 配信で視聴者に相談するか……!?」

 

 そういう意味、そういう意味なのか!? 確かに婚約している男女が同じ部屋に二人きりなら、そういう意味であってもおかしくない。だが俺は自他ともに認める童貞であり、そういうことになってしまったら手も足も出ない自信がある!! こんなことならもっと勉強しておくんだった……!!

 いや、まだ間に合う。確かグレイヴィーさんもくるはずだ。グレイヴィーさんなら経験豊富で俺の悩みに最適解を出してくれるに違いない。

 

 そうと決まれば、まずグレイヴィーさんだ。三人に用事ができたと言って離れ、グレイヴィーさんに会いに行こう。

 

そう思って部屋を出た俺の視界に、天井に頭が突き刺さってぶらさがっているグレイヴィーさんと、それを心配そうに見ている透華、グレイヴィーさんに敬礼しているイオス、拳を振り抜いた体勢のイレイナさんがいた。なっ、何があった!?

 

「ん? おうニコ。ダメだろ透華を一人にしちゃあ。おかげでウチのグレイヴィーが盛っちまった」

「でも安心してください。イレ姉がグレイヴィーさんの顎撃ち抜いて天井に突き刺したので」

「加害者と被害者の判断に迷うところだが……。透華、怪我はないか?」

「う、うん。なんか夢みたい」

「できればそのセリフは俺が引き出したかったところだな……」

 

 俺が幸せを透華に与えて「夢みたい」ではなく、本当に夢みたいなことが起きて「夢みたい」と言われるとは。大丈夫かグレイヴィーさん。イレイナさんに顎を撃ち抜かれて天井に突き刺さったら死ぬだろ。あんな状態でも酒瓶を手放さないのは流石というべきか。

 ……相談、できるか? 突き刺さってるのに。上の階に行けばできるかもしれんが、喋れることと相談できることはイコールじゃない。まず引き抜くところから始めなければ。

 

「すみませんイレイナさん。グレイヴィーさんに相談したいことがあるので、引き抜いてもらえませんか?」

「ん? あぁいいよ。ちょっと待ってな」

 

 イレイナさんはジャンプしてグレイヴィーさんの足を掴みそのまま引き抜いて床に叩きつけた。救助活動がバイオレンスすぎる。ヴァールハイトだから大丈夫だろうが、本来なら頸椎が大変なことになっているだろう。なぜこんなことをされているのにグレイヴィーさんは無事なんだ?

 

「いってぇ……。おいおいイレイナ、なんだって俺を天井にぶっ刺したんだ?」

「アンタが透華にナンパするからだろ? 命奪わなかっただけありがたく思いな」

「じゃあ聞くが、お前が男だったとしてこんな可憐な女性がいて声かけねぇなんて選択肢があるのか?」

「お生憎、透華はニコの婚約者だよ。節操なしもほどほどにしな」

 

 床に倒れこんだグレイヴィーさんは何事もなかったかのように起き上がり、首の調子を確かめるようにぐるりと回してから透華と俺を見た。それで合点がいったのか、頷いて酒を飲む。なんであんな衝撃を与えられたのに酒が無事なんだ。

 

「なるほど、そういうことか。それなら俺がグルーヴィーじゃなかった。悪いな、透華っていったか。俺のようなグルーヴィーな男に声をかけられて心を揺らしちまったこと、謝らせてくれ」

「いや、別に揺れてないです」

「おっと、柄にもなく酔っちまってるみたいだ。ホテルだから舞い上がっちまってんのかもな」

「いい加減にしなよ。殺されてぇのか?」

「やめとけよ。暴力はモテないぜ?」

「アッハッハ! グレイヴィーさん、イレ姉が暴力的だからってだけでモテてねぇわけないじゃないですか!」

 

 天井にイオスが突き刺さった。毎度思うが、その失言癖は直した方がいいと思う。あとむやみやたらにホテルを壊すのもやめた方がいいと思う。『project:eden』が集まっている時点でその注意は無駄だろうがな。

 

「……あなたと一緒にいると、こういうのにも慣れないといけないんだよね」

「それに関しては本当にすまん」

「確かに。うちの男どものデリカシーがなくて悪いね」

「”こういうの”の筆頭はお前だろイレイナ。言ってもわからねぇだろうが……で、ニコは俺に相談したいことがあるんだったか?」

「あ、はい。だからすまん透華、ちょっと話してきていいか?」

「うん、いいよ。いってらっしゃい」

「じゃあ透華のボディガードは私がやっとくよ。どうせ帝斗も近くにいるんだろ?」

「おぉそうだ。ニコ、あとで帝斗ってやつに会わせてくれよ。イレイナの生贄の顔を拝んでおきたいんだ」

 

 イレイナさんが拳を握ったのを見て、俺とグレイヴィーさんは逃げ出した。

 

 

 

 

 

「で、なんでお前もいるんだ。ミハイル」

「プライベートビーチ、フレイルちゃんもいる。まだ見ぬレディもいる。これで行動しなきゃ男じゃねぇだろ」

「相変わらずグルーヴィーだな、お前は」

 

 逃げた先は、ホテルの中にあるバー。バーテンダーはやはり屈強なオカマ。つくづく思うが、『project:eden』が抱えている戦力はどうなっているんだ? なんでどこもかしこも屈強なオカマがいるんだ。

 

 チャラついた理由でここにきたと言っていたミハイルだが、それだけならイベリスも許可しないはず。イベリスの本質を見抜く力はずば抜けているから、きっとその他にも理由があるんだろう。最近の事務所の動き的にも、他事務所との交流は重要だろうしな。もっとも、ミハイルはヴァールハイトだから他事務所という感覚もそこまでないが。

 昼から酒を飲むのは、と俺は酒を遠慮し、グレイヴィーさんとミハイルが酒を飲み始める。日本人の血と海外の血では酒に対する強度が異なると聞くが、こうして昼から酒を飲み始めるところを見ると妙に納得させられるな。

 

「で、相談ってのはなんだ?」

「なんだなんだ、グレイヴィーに相談事だァ? 殺しの依頼ならサラかリックのが確実だぜ。俺でもいいけど」

「そんな物騒な話じゃない! 実は、透華……婚約者と同じ部屋になってな」

「はーん。なるほどな、夜に自信がねぇのか」

「なっ、なぜわかった!」

「なぜもなにも、男と女が同じ部屋っつったらヤることは一つだろ」

 

 くっ、やはり生きている世界が違う……!! 俺が女性と同じ部屋に入ったら、まず考えることは犯罪の回避だというのに。流石に相手が透華だったらその心配はしないが、ドギマギすることは確かだ。

 余裕のある男というのはやはり違う。グレイヴィーさんとミハイルが今はカッコよく見えてきた。別に普段からカッコいいが、なんというか、雰囲気が。

 

 グレイヴィーさんは名前もわからないカクテルを一口飲んで、「グルーヴィー」と一言呟くと、自身で携帯している酒を飲んだ。ピッチャーってこと?

 

「女を抱くってのは、大きく分けて二種類ある。愛がないか、愛があるか。性欲を満たすためかそうじゃないかって言い換えてもいい。ニコの場合は後者だろう。確かに、気持ちいいってのは重要だが、性欲を満たすためじゃないなら、気持ちよくさせることに集中するんじゃなく、愛を確かめ合うことに集中するべきだ。そうすりゃ勝手に気持ちよくなる。酒とセックスは一緒だ。雰囲気で酔える」

「……勉強になりますが。その、やはりそういう行為はするべきでしょうか……?」

「アァ!? テメェ女に恥かかせる気かよ!」

「まぁ待てミハイル。それぞれのペースがあるんだ、そう言ってやるな」

「ニコは見てくれがいい。性格もいいし面白れぇし、んで相手は婚約者だろ? ホテルで同じ部屋なら、覚悟しねぇわけねぇだろ。……ってのはこっち側の意見だな。実際相手がどう思ってるかは相手にしかわかんねぇけど、恥かかせるかもってのは理解しとけよ」

「ぐっ……そうだよな、やはりそうか」

 

 俺ももうすぐ30歳だ。いくら童貞だとはいえそういう知識もあるし、透華のことは満ほどではないが理解している。きっとそういうことも考えてくれているし、そういうことにならなくても受け入れてくれる器の大きい女性だ。だからこそ甘え続けるのも……それに、『project:eden』のみんなもいるし……。

 などと、言い訳を並べようとしている時点でダメなのだろう。覚悟を決めろ、今日が男になる日だ。

 

「よし、決めた! 俺は今日透華を抱く!」

 

 立ち上がってそう宣言した瞬間、バーのドアが開いた。そちらに視線を向けると、透華が俺を見て固まっている。

 

「……し、しつれい、しました」

 

 敬語で頭を下げてバーのドアを閉めた。ぱたん、という控えめな音を最後に、静寂が訪れる。

 

「……ギャハハ!!! 最っ高だなニコテメェ!! 逃げ道なくなってよかったじゃねぇか!!」

「タイミングがいいのか悪いのか……。ニコ、くれぐれも、自分で決めたんだと理解してもらうことだけは忘れるなよ。俺たちは背中を押してもらいたかっただけっていうのは理解しているが、向こうは唆されてって思ってるかもしれないからな」

「はい……ありがとうございます……」

 

 クソ!! 俺は何を考えているんだ!! 『project:eden』のみんなが泊まるホテルで透華を抱くなど、なぜ口にしてしまった!! そのこと自体に後悔はしていないが、もっと節度というかなんというか……!!

 ……次透華と会った時、どういう顔をすればいいんだ?

 




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