稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる 作:酉柄レイム
落ち着け、一旦深呼吸をしろ。目の前にはとうかさん。そして俺はさっきまで赤羽と口論していた。そしてそれは周りから見れば何もない空間に叫んでいるおかしいやつであり、とうかさんはそれを目撃した形になる。
つまり、状況は最悪。人間関係において第一印象とは重要であり、そこで躓いてしまったというわけだ。更に俺はコミュ障であり、ましてや初対面の女性が相手など普通に話すのも困難だというのに、最悪な印象を持たれてからのスタート。最悪に最悪を重ねている。
……が、落ち着け。本当に落ち着け、俺。赤羽の言葉を伝えられるのは、もしかしたら俺以外にもいるかもしれないが、今この場において俺しかいない。いるとしてもこの先赤羽の下に現れるかはわからない。この機を逃せば、赤羽はずっとここに居続けることになるかもしれない。コミュ障だから仕方ないなんて赤羽に納得させられるか?
俺は男だ。頭の出来は悪くない。ここから挽回する方法を瞬時に弾き出せ!
「……俺は、幽霊が見えるんです」
「……」
普通なら、ドン引きされて終わりだろう。だが、とうかさんは赤羽が亡くなったここに何度もきている。であれば、この場所で幽霊が見える男と出会ったら、警戒しつつも興味は沸くはず。証拠に、立ち去らず俺を見て立ち止まってくれている。
慎重になれ。とうかさんは親友を亡くし、未だその悲しみから抜け出せていないんだ。下手なことを言って悲しませたり傷つけたり怒らせたりしないようにしろ。俺にとって、帝斗が亡くなったと仮定すれば、ある程度気持ちはわかるはずだ。
「少し、お話しませんか。今、俺の隣にいる少女が……赤羽満という少女が、あなたと話したいことがあると、言っているんです」
「え……」
初めて、声を聞いた。なるほど、赤羽が綺麗と言っていたのも頷ける。透き通るような、耳心地のいい声。できれば、もっとプラスの感情を持っている時に聞きたかったな。
赤羽に視線を向ける。緊張しているのか、手を握ったり開いたり繰り返し、しかし視線はずっととうかさんに向いている。本当に強い子だ。生者に対して「もう大丈夫」と告げるということは、別れを告げることと同義だというのに。
すぐに話したいだろうが、待ってもらうよう赤羽を手で制す。いきなり赤羽の言葉を伝えるのは、煽りと捉えられかねない。まずは、俺が最低限でもいいから信用してもらわねば。
「あなたが、よければですが」
「……すみません、信じきれません。その、いきなり、そんなこと言われても」
「……そうですよね。あなたの名前を俺は赤羽から聞いて知っていますが、それは証明には不十分でしょう。女性であるあなたからすれば、ストーカーの線を疑わざるを得ませんから」
「……」
「なので、赤羽に聞いたんです。二人だけの思い出はないか、と。ただ、話したくないと言われました。二人だけの思い出だから、俺のような部外者に共有したくなかったのだと思います。……俺には、論理的にあなたに信用してもらえるような手札がない」
だから、信用する。赤羽のような子が、優しいと言い切ったとうかさんの善性を。
「俺は、俺が幽霊が見えるということを、赤羽が今隣にいるということを、信じてくださいとしか言えません。赤羽は、この地に、亡くなったその日からずっと縛られ続けています。ずっと一人だったと言っていました。だから、俺は赤羽を自由にしてやりたい。そのためには、あなたの、とうかさんの力が必要なんです。あなたがここにきてくれるのを、気に病んでいたようでしたから」
「……」
とうかさんが、俺に近づいてくる。街灯が、車のライトがあるとはいえ、暗闇の中ではっきりとは見えなかったとうかさんの姿がはっきり見えた。
綺麗だと、純粋にそう思った。
「……そこに、いるんですか」
「え」
「満」
「あ、はっ、はい」
答えながら、驚愕する。とうかさんと赤羽の目が合っている。とうかさんは赤羽が見えないはずなのに、なぜか。親友だったからだろうか、それとも俺が近くにいることによって赤羽の存在が生に近づいているのか。
《……久しぶりに、目、あった》
赤羽の嬉しそうな、震えた声が聞こえる。思わずといった様子で赤羽が手を伸ばすが、とうかさんをすり抜けて空を切った。一瞬悲しそうな顔をして、仕方ないといった様子で笑う赤羽を見て、頬の内側を噛む。
今は、感情に流される時じゃない。しっかりしろ。しっかりしろ、俺。
「満、ずっと一人だったんですか」
「一人だったと、言っていました。誰にも気づかれず、ここから離れることもできない。今日俺がここにくるその時まで、ずっと」
「私の声って、満には聞こえるんですか?」
赤羽が頷いたのを見て、とうかさんに「聞こえているようです」と返す。
よく見ている人だな、と思った。とうかさんはまた、赤羽と目を合わせた。恐らく、俺が今赤羽を見たのを確認して、大体の位置を把握したのだろう。とはいえ、見えない相手と目を合わせられることなど、並大抵のことではない。本当にやめてほしい、その、友情を見せつけるの。我慢しているのに、溢れてしまいそうになる。
「満、聞こえてる?」
《うん、聞こえてるよ》
赤羽の言葉をそのまま伝えることはできるが、なんとなく今はそうするべきではないと思った。口を閉じて、二人を見守る。
「今まで、ずっと一人にしちゃってごめんね」
《と、透華が謝ることないよ! 喋れないし、誰からも見えないけど、きてくれるのすごく嬉しかったし……》
「私ね、なんか、ずっと実感なくて。満がいないって、全然。明日になったらまた名前を呼んでくれるんじゃないか、とか、手を引っ張って、外に連れて行ってくれるんじゃないか、とか。自分でも重いと思うけど、今までずっと。だから、時々ここにきて、満の姿を探してた」
《……》
「それで……ごめん、満。本当は、私は大丈夫だって言いたいんだけど、言おうとしてたんだけど」
《……》
「私、まだ満と一緒に、ずっと一緒にいたい」
《……私も、ずっと一緒にいたかった……!!》
まだ言いたいことがあったのに、言葉が出てきてしまった。そんな印象を受けた。
もしかしたら、この地に赤羽を縛り付けていたのは、とうかさんだったのかもしれない。時々そういうことがある。生者のまだ会いたいという念を死者が受け、現世に縛り付けられる、ということが。
だとしたら、俺が見つけるのが遅すぎた。俺がもっと早くここにきて、赤羽を見つけることができていたら、楽しくとはいかずとも、もっと明るく笑えていたかもしれない。こんな、別れが辛くなるようなことも……。
いや、それはない。大切な人との別れに明るい暗いの差はあれど、辛くないことなどありはしない。
「……ごめん。こんなこと言ったら、満が成仏しにくいってわかってるのに」
《謝んないで! ずっと一緒にいたいって言ってくれる方が、何倍も嬉しい!!!!》
「ごめんね、満。私、満におはようって言いたい。おやすみって言いたい。名前を呼んでほしい。一緒にご飯食べたり、遊びに行ったり、笑ったり、泣いたり……色んな事を、まだ、一緒にやりたかったこと、全部、満と一緒にやりたい。まだ、全然足りないの。満が一緒にいないと、満と、一緒じゃないと」
《……っ》
「満……大好き。私の親友でいてくれて、ありがとう」
《私もっ、大好き!! 透華、ごめんね! 私が、私がっ、死んじゃったから、私も、まだ足りない! もっと生きてたかった! 私が透華の隣にいないのが嫌だ!! だって、だって、ずっと一緒だと思ってたもん! 一緒に大人になって、一緒におばあちゃんになって、ずっと、一緒だって!! 私の声が、誰にも聞こえないのが嫌だ、誰にも気づかれないのが嫌だ、死にたくなかった!! 透華、私、ずっと一緒にいたいよ……!!》
「俺に!!! 時間をくれないか!!!!!」
気づけば、声が出ていた。ちゃんと言葉になっていたかどうかは怪しい。我ながら、涙声で震えていてひどい声だった。
「幽霊が成仏しなければいけない決まりなどない!! 一緒にいたいなら、一緒にいるべきだ!! だから、俺に時間をくれ!! お前たち二人が、必ず、笑いあって!! 隣にいられる未来を作ってみせる!! 俺の人生をかけて、赤羽満が、この世にまだ存在していることを証明してみせる!!」
二人の言葉を聞いてわかった。赤羽は、まだ死んでいない。とうかさんが赤羽と生きたいと望む限り、想い続けている限り、赤羽は死んでいない。
ならば、赤羽は生者としての人生を全うする義務がある。その責任を俺が負う。幽霊が見えるという稀有な才能以外は何もない俺に何ができるか、そもそもこの地に縛られ続けている赤羽を、まだこのままにさせ続けるのか。色々な不安要素、不確定要素が頭にないわけではなかった。
でも、そうするべきだと思った。二人は一緒にいるべきだと思った。だから、気づいたら声が出た。
「我が名はミッドナイト・サイコナイト、深夜の狂騎士だ!! オカルト関連なら俺の右に出る者はいない!! 俺が必ず、赤羽の声をとうかさんに届けてみせる!! なんなら実体化もしてみせる!! 二人にとっての当たり前を取り戻してみせる!! だから……だから、生きてくれ、赤羽。他でもない、とうかさんと、お前のために」
目の前が見えない。涙で滲んでぐちゃぐちゃだ。カッコ悪い。そんなことはどうでもいい。俺に、二人がともに歩む未来を作れる可能性があるのなら、それを提示しない選択肢などない。吐いた唾は飲み込めない。覚悟を決めろ。
俺は、今この瞬間から。二人のために人生を捧げる。だって、あんな二人の姿を見たら、無理だ。それ以外の選択肢が見つからない。
《……なに、それ。ミッドナイトなんちゃらって。ださ》
「ださっ、ダサいだと!? どこがダサいんだ!!」
《ふふ、あははっ!》
「何を笑っているんだ!! 人をバカにして笑うなどよくないぞ!」
「満、笑ってるんですか?」
「エッ! あ、あぁ、はいっ」
《佐藤さん、透華のこと意識してる……。透華は渡さないから。変だし。佐藤さん》
「ヘン!? 俺のどこが変……変ではあるが!! そもそもとうかさんを渡すだとか渡さないだとかは見当違いのことで」
「何の話ですか?」
「エッ!? なにも!」
赤羽の体が、ふわりと宙に浮く。笑いながらくるくる回って、楽しそうに。幽霊でしかありえないその行動は、俺には生きているように見えた。
《ふふ。わかった、私、生きてみる。期待してるね? 佐藤さん!》
「……あぁ、俺に任せろ!」
「……佐藤さん、でいいんです、よね?」
「あっ、あっ、はい」
「私、羽崎透華っていいます。満の親友です。期待、しちゃいますからね」
「……親友だな」
あと、やっぱり下の名前だったのか……。
「という感じだったな。その後は、どうにかして満をその地から離れさせようと意気込んだものの、いつの間にか俺に取り憑いていてあっさり離れられた。飛び回って大はしゃぎだったな」
「惚れ直した。今すぐ私を抱いてほしい」
「今の話を聞いてそれが出てくるあんたの倫理観、どうなってんの?」
「号泣してるのが見えない?」
「涙拭いてるから見えないのよ」
ちなみに俺も思い出して泣いている。しまった。気軽に三人集まって泣いている光景を作り上げてしまった!!
今思えば、本当に運がよかったというか、透華がいい人だったというか。よく話を聞いて、信じてくれたなと思う。あまつさえ、俺に好意を寄せてくれるなんて……。
……ん?
「そういえば、透華はいつ俺のことを好きになってくれたんだ……?」
「そんな出会いだったら、あんたと一緒にいたら好きになるに決まってるでしょ」
「え……優姫、もしかして……」
「うっさいわね。私は好きにならないけど、ニコはいい男だから」
「わかる。ところで、透華が私たちのことめちゃ見てるけど、どうする?」
「マズいわね……」
……二人きりになったときに、聞いてみるか? いや、キモいか? キモいな。やめておこう。