稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる   作:酉柄レイム

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第217話 香水

「なぁ、夏祭りに行かなくて本当によかったのか?」

「いいの。どうせあんなに人が多いところ行ったら事件とか起きて、デートどころじゃなくなるから」

 

 遊園地ではそんなことなかったじゃないか……。と思いながらも否定できない。夏祭りなんて幽霊がうじゃうじゃいるからな。幽霊を退散するために開かれている祭りも勉強のために行ったことがあるが、「おい、なんか俺たちをお祓いする祭りらしいぞ!」「そんなことよりあそこにいるやつ俺たちのこと見えてね?」と若い幽霊に囲まれたし。しかもお祓いできていなかった。

 

 日曜日。満が星菜さんたちと祭りに行き、珍しく事務所には満がいない。というわけで数日前に祭りに行かないかと透華に誘ったものの、「事務所で二人きりがいい」と返された。

 そんなこんなで、今日は透華と二人きり。いつもは満が隣にいるし、帝斗もいるから新鮮だ。婚約しているというのに二人きりが新鮮という体たらく。俺に甲斐性や男らしさというのはいつ身に付くんだ? 今も「今日は隣がいい」とかわいい我がままを言った透華に従って、所長机ではなくソファに透華と隣り合って座り、それだけでドギマギしているというのに。

 

「俺の体質も困ったものだな。最近は聖麗やシゲキといったイカレたやつらの空気が漂っているからか、幽霊が集まってくることはないが……」

「私も見えたらよかったのに」

「そこまでいいものじゃないぞ?」

 

 見えなくてもいいものも見えるし、それこそそのせいで別世界の俺は邪神と激闘を繰り広げたり命の危機に陥ったりしているしな。という意味を込めて答えると、透華がむっとした。

 

「あなたが満を見つけてくれたから今があるのに……」

「す、すまん!! そういう意味で言ったわけではなかった!!」

「ふふ、わかってる」

 

 あ、焦った。確かにそうだ。俺が満を見つけたから透華と出会えたわけであって、それなのに見えることをいいものじゃないと言うのは機嫌が悪くなって当然。透華は俺のことをわかってくれているからよかったものの、失言だった。

 ……そういえば、幽霊が見えない俺というのも存在するのだろうか。並行世界がいくつもあるなら存在していてよさそうな気もする。そして見えない俺は見える俺よりも順風満帆な人生を送っている気がする。俺が厨二病を発症したのって、幽霊が見えることも関わっているしな。だってめちゃくちゃ特別な感じがするだろう?

 

「……えっと、幽霊が集まってくるとか、そういう体質は気にしなくていいよ?」

「ん? さっきデートどころじゃなくなると言っていたじゃないか」

「それは、その……本当は別の理由があるっていうか」

 

 もじもじ。空中にそんな文字が見えるほど透華がもじもじしている。正直かわいすぎてどうにかなるかと思ったが、聖麗がI字バランスをして「揺らせ大東京!」と訳の分からないものを披露してきたことを思い出して平静を保つ。気が動転しそうになったときに聖麗のことを思い出すのは便利だな。困惑に怒りという感情をぶつけて相殺することができる。

 もじもじしていた透華は、ぽそりと聞こえるか聞こえないかくらいの声量で音を漏らす。耳を近づけると、次はさっきよりも少しだけ声量を上げて呟いた。

 

「その、二人きり、慣れた方がいいかな、って」

 

 衝撃すぎて俺の中の聖麗が消え失せた。消え失せてもいいような気もするが、今この状況においてそれはまずい。困惑が打ち消せない!!

 二人きりに慣れた方がいい、そして恥ずかしそうにそれを言ったという状況から推測するに、あのホテルでの一件に対して言っているんだろう。そう、俺の童貞がすさまじすぎてキャパオーバーし、気絶したあの日のことだ。それで二人きりに慣れた方がいいというのは、つまりそういうことか? いや、そうだとしても何らおかしなことではないが、その、面と向かってそういうことを言われると俺も気が動転するわけであって、童貞である俺をもってしてもそれを『期待』だと捉えてしまい、それによるプレッシャーも同時に発生するわけで。

 

 一旦気持ちを落ち着かせるために、コーヒーを手に取った。透華も同時にコーヒーに手を伸ばしており、思わず透華を見ると照れて微笑んだ。かわいいのもいい加減にしてくれないか? 俺と一緒の行動をとったから嬉しいだと? そんな些細なことで喜んでくれてしまうようになるほど、俺は透華に我慢をさせていたのか。

 であれば、俺も男として覚悟を表明する必要がある。

 

「次は、ちゃんとする」

「……次」

 

 表明したら、透華が俺をじーっと見てきた。な、なんだ? 俺を疑っているのか? 俺はミッドナイト・サイコナイト、深夜の狂騎士だぞ!! やるときはやる男としても有名……いや、あの時はやらなかったわけだが、あの時はグレイヴィーさんとミハイルと話していて気持ちも高まって、心の整理ができないままだということもあって……言い訳は男らしくないな。

 だが、同じ轍は踏まない。二度あることは三度ある、ならば二度目を起こさなければいい。何なら最近ちょっと運動してるしな。ちがっ、やらしいことが目的というわけではなくあくまで健康のためにな!?

 

 俺が心の中で誰に向けるわけでもない弁明をしていると、肩に何かが乗った。それが何かは見なくてもわかる。透華が頭を俺の肩に預けた。落ち着くやさしい香りがする。

 そういえば、あの時から香水を変えていないな。って言ったら俺が女性の香りをむやみやたらに嗅ぐ変態だと思われるか!?

 

「今、二人きりだけど」

 

 一瞬、何を言われたか理解ができなかった。耳から入ってきた言葉が脳を踊り、俺の鼓動を打ったその時、やっと理解が追い付く。

 

 もしや、お誘い、というやつか?

 

 ……。

 

 いや、冷静になれ。もしお誘いであった場合、俺がさっき表明した覚悟は飾りということになる。つまり同じ轍は踏まないのではなく二度あることは三度あるということであり、この次も失敗すると確約されるということだ。

 次に、お誘いではなかった場合。……ありえなくないか? この話の流れでお誘いじゃない? 悪いが、俺はすさまじい童貞だがそういう知識がないわけではなく、鈍くもない。透華とも付き合いが長いから、言葉に込められる温度はしっかり伝わる。

 

 故に、ここで頷く以外の選択肢はない。

 

「っ」

 

 腰に手を伸ばすと、透華が体をぴくりと震わせた。抵抗はない。代わりに、今まで見たことがないぽーっとした目で俺を見ている。

 

「……腰、好きなの?」

 

 そういえば、あの時も腰つきを褒めたな。香水の香りとともにそんなことを思い出しながら、「ベッド、行くか」と言うと、透華は俺から少し顔を逸らして頷いた。

 

 

 

 

 

「お待たせ! 西園寺さん!」

「おう」

 

 祭りの会場、そこから離れたところで満ちゃんを待っていると、ものすごい速さで走ってきてあっという間に車に乗り込んできた。これが佐藤なら誰かに追われてきたんだろうなと思うけど、ただ単純に人込みで満足に体を動かせなかったから発散してるってだけだろうな。

 

「シートベルトした!」

「オッケー」

 

 一応目視でも確認して、ちゃんとシートベルトをしているのを見てから車を出す。

 今日は、満ちゃんは俺の家に泊まる予定だ。星菜ちゃんにも誘ってもらったそうだけど、俺がかわいそうだからって断ったらしい。俺のこと何歳だと思ってんだ。

 満ちゃんが泊まる理由は、まぁ、佐藤と透華に二人きりの時間を作ってやらないとっていう理由らしい。最初、「西園寺さん。日曜泊めてくれない?」って満ちゃんから言われた時はマジでビビった。すぐにそういうことかって思ったけど、今度佐藤と透華と相談して、男に対する言葉選びを勉強させた方がいいかもしれねぇな。俺相手だからってのもあるだろうけど。

 

「祭り、楽しかったか?」

「めっちゃくちゃ! いっぱい食べちゃった」

「何が一番うまかった?」

「塩まみれのポテト!」

「わかる。祭りで食う体にワリィポテト、最高にうまいんだよな」

 

 あの塩で味覚を破壊してくる感じ、祭りのポテトでしか味わったことがない。なんなんだろうな、あの致死量の塩気。多分家の中で食ったら「からっ」って思って遠慮するだろうけど、祭りだと気にならなくなる。ロケーションってのは最高のスパイスだな。

 

「あとねー、なんかSASUKEみたいなのもあったよ」

「全クリしたんだろ」

「もちろん! 浴衣だったから動きにくかったけど」

「そういやそうだよな。浴衣の人もいるだろうに、そこでSASUKEって珍しいどころの騒ぎじゃねぇ」

「名前が『エンターテイメント・アスレチック』っていう名前だった」

「なるほどな」

 

 多分リニスさんか? 物部さんは『athletic of entertainment』って施設を経営してたはずだし。つーかどこにでもいるな。そのうち日本全国どこでも見かけるようになるんじゃねぇか? それくらいの能力はあるだろうし、それくらいの展望はあってもおかしくない。

 

「西園寺さんは今日何してたの?」

「ミハイルさんに誘われて、射撃場に行ってた」

「西園寺さんめちゃくちゃうまそう」

「流石に全弾命中とはいかなかったけどな。ミハイルさんに褒めてはもらえた」

 

 流石イレイナの生贄だな、ってめちゃくちゃ複雑な褒められ方だったけどな。多分、イレイナさんが俺のこと好きだって聞いて、どんなやつか気になって誘ってくれたんだろう。普通に飯とかでいいのに射撃場ってのがちょっと怖い。そっちの仕事も手伝わされんじゃねぇのか、俺。

 それから他愛もない話をしながら、家に向かって走り続ける。幽霊の迷子を助けたとか、宍道さんに会ったとか、ルイスさんと月宮さんと会ったとか。ってことは普通に何か事件があって調査中だったんだろうな。マジで佐藤と透華は祭りに行かなくて正解だったかもしれねぇ。

 

「……あのね、西園寺さん」

「ん? どうした」

 

 赤信号。停止線で止まって、少しだけ沈黙が流れたその時、満ちゃんが言いづらそうに口を開いた。

 

「触れないようにしてたけど、佐藤さんと透華、どうなってると思う?」

「……」

 

 さっき佐藤から、『今日は事務所にこないよな? いや、わかっているが一応確認だ。というのもご飯をどうしようかと透華と話していて帝斗がくるのとこないのとではどうするかも変わってくるという話であって、別にそれ以外の意味などまったくない。あとこれはお願いなんだが、もし満の気が変わって事務所に帰ると言い出してもなんとか説得してくれないか? というのもご飯をどうしようかと透華と話していて、それが決まりかけているものの満が帰ってくるとどうするかという話であって』って長々とRINEきたのは言わねぇ方がいいよな……。確実に、だし。

 

 とりあえず、適当に誤魔化しとくか。

 

「さぁな。わかんねぇ」

「西園寺さんが佐藤さんのことでわからないって言うはずないから、何か隠してるよね? 隠してるってことは、そっかー」

 

 めちゃくちゃ看破された。

 

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