稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる 作:酉柄レイム
俺の目の前には宍道が足を組んで座っている。透華と帝斗が仕事でいないこの時間、満がいなければ不倫を疑われかねない状況だなとこっそり冷や汗をかきながら、宍道が話し始めるのを待つ。
宍道がやってきたのは、事前に連絡もなく突然のことだった。何かあったのか……いや、何があったかは知ってはいるが、俺のところに来るのが意外だったからめちゃくちゃびっくりした。びっくりしすぎて「どどど、どうしたんだ?」とどもってしまって恥ずかしかったのは記憶に新しい。「滝の擬音かよ」と言って断りもなくソファに座った宍道がいつも通りで安心したのも記憶に新しい。
宍道に何があったか。それは、ざっくり言えばゆーとぴあの風土と宍道が合っていなさそうだということ。詳しく言えば、炎上し続けていること。俺も配信をすべて追えているわけではないが、俺周辺のライバーを見るクセのある視聴者が噂しているのを把握している。
恐らくそのことだろうとは思うのだが、宍道は満からもらったコーヒーを飲んでスマホをいじっていて話し始める様子はない。別に今日は俺も予定がないからいいが、いきなりきておいて用件を話さないとはどういうことだ?
ここは、先輩として注意するべきだろう。親しき中にも礼儀ありだ。
「宍道」
「ん?」
「突然きて居座り、用件もなしとはどういうことだ」
「ん、ワリィ。居心地よくてだらけちまってた」
「それならいい」
「佐藤さんって叱るの向いてないよね」
「し、しかし、宍道がいい子でだな……」
失礼を働いたわけではなく、居心地がよくてだらけていたのであればよくないか? いいことだし。うちの事務所を褒めてくれていると言っても過言ではない。それに、満が淹れてくれたコーヒーがあれば無理もないからな。それに対して失礼だと目くじらを立てるのは大人げない。ここは先輩として俺が飲み込もう。
飲み込んだ俺に対し、宍道は「じゃあ本題だけどさ」と宍道が切り出した。く、くるか。俺も炎上を恐れてはいるが炎上らしい炎上をしたことがない。うまくアドバイスができるかどうか……。
「透華さんと遊びに行ったりしてもいいか?」
「佐藤さんが漫画みたいにずっこけた……」
「佐藤。お前軟弱なんだから怪我するようなことするなよ」
ここがギャグマンガの世界なら「いや、炎上のことちゃうんかーい!」と言いながらずっこけていたことだろう。現実だからずっこけるだけで済んだものの……。
立ち上がって座り直し、なんか宍道が俺の悪口言ったような気がするな、と思いながらコーヒーを飲んで心を落ち着ける。
「そんなことか。別に構わんし、俺に聞くようなことでもないだろう」
「んなわけにもいかねーだろ。そんなやつじゃねぇとは思ってるけど、束縛強いタイプなら私が誘ったせいで不仲になるかもしんねぇし、そもそも私みたいなやつと付き合い持ってほしくねぇってお前が思ってるかもしんねぇし」
「誰が思うか。確かに見た目は怖い上に目上の人間に対する口の利き方がなっていないが、お前はいいやつだからな。むしろこちらから頼む」
「おう」
「宍道さん照れてる」
「照れてねぇよ。佐藤が人褒めるのは珍しいことじゃねぇだろ」
宍道の性格は、かなりさっぱりしていてかつ芯が通っている。更に思ったことを言うし、芯が通っているというのは『悪くないと思ったことは悪くない』と曲げない頑固さもあるということだ。それが原因で炎上しているのを相談しにきてくれたと思っていたのに……。
いや、でも一応聞いておくか? よその事務所だが知らない仲じゃない。首を突っ込みすぎなければさして問題にもならないだろう。
「ところで宍道。随分炎上しているようだが、大丈夫か?」
「ん? 炎上……あー、なんかコメントで喧嘩売ってくるやつらのことか。別に、顔が知らねぇ誰かに何言われても気にしねぇよ。姐さんについてきたとはいえ、入る事務所間違えたな―とは思ったけどな」
「ならいいが……何かあったら言えよ?」
「おう。言わなくてもどうせ首つっこんでお節介焼いてくるだろうし、先に言っておいた方が楽だからな」
満が「透華に言った方がいいかな……」と首を傾げている。やめてくれ。俺のことを理解している姿を見て不倫の疑いを持つな。満がそれを伝えた後に宍道が透華を遊びに誘ったら煽りだと思われるだろうが!
まぁ、一応聞いてはみたが大丈夫なようだ。宍道が言ったようにゆーとぴあの風土と合っていないことは自覚しているようだが、そのあたりは事務所内での話で、俺が関与するところではない。関与するところではない……が……。
「配信、楽しいか?」
「親が『学校楽しいか?』って心配するみてぇなテンションで聞いてくんな。心配しなくても、多分佐藤んとこの視聴者が見に来てくれて、そいつらが面白れぇから今んとこ面白れぇよ」
「どこにでもいるよね、佐藤さんの視聴者さん」
「俺と関わったことがある人の配信すべてに顔を出しているだろうからな。生態が独特すぎる」
コラボしてしばらくはコラボ相手の配信も見る、というのはあるかもしれないが、継続して見るというのは珍しいと思う。細かく統計を取ったわけではないものの、一部では俺とコラボすると視聴者数が増えると噂されているようだし……。
「あぁ、そうだ。佐藤、ちょっと話したいことがあんだけどよ」
「なんだ?」
「依頼とかいつくるんだ?」
「……まぁ、こない、が」
「ふーん……」
……? なんだ? 俺に依頼がこないことはわかっているはずだろう。わざわざ足を運んで煽りに来たのか!? いや、そんなやつじゃないはずだ。今の言葉には煽り以外の意味が含まれていると見ていい。
前に宍道がこの事務所にきたときは、依頼を受けた時は一緒に仕事をしてもいいと言っていた。だから、もし依頼が入っているなら予定の確認……ただ、事務所にくる意味がない。それならdicecodeでもいいだろう。事務所に直接来なければいけない理由があるはずだ。
《ねぇ、佐藤さん》
《満、どうした?》
脳細胞を活性化させて思考を巡らせていると、満から念話が届いた。最近はリンクを切っていたから久しぶりの感覚だな……。
リンクをつなげたということは、満が先に真相に辿り着いたということか? ふっ、俺と一緒にいるからか、推理力が高まっているらしい。我が相棒ながら誇らしいな。
《もしかしてだけどさ》
《あぁ》
《宍道さん、一緒に仕事するのが楽しみで、思わずここにきちゃったんじゃない?》
え? と口から出かけた声を飲み込んで、宍道を見る。宍道が? 楽しみ? 俺が「依頼だー!」と小学生の時にやる気満々にしていたら、「どうせお前、途中まで役に立たねぇんだから序盤は大人しくしとけよ」と憎まれ口を叩いていた宍道が?
……聞いてみる、か? それで違った場合大恥をかくが、それが合っていた場合、依頼を取りに行く動きを考えねばならん。そもそも事務所を発足してからまだ考えていないのかという話ではある。
ただ、満は俺より感情の機微を察するのに長けている。満がそう感じたのであれば、恐らくそうなのだろう。
「宍道」
「んー?」
「もしかして、一緒に仕事をしたいのか?」
「……んん」
《かわいいね、宍道さん》
《あぁ》
以前声に出してかわいいと言った時に反発されたことを覚えているのか、念話でかわいいと伝えてくる満に同意する。
しかし、意外というかなんというか……思ったことを言う性格ではあるが、素直かと言えば完全に素直とは言い難い。小学生の頃であれば、「は? 思い上がんじゃねぇぞ。お前と一緒にいたら私まで頭おかしいと思われんだろうが」と突き放されていた。
……本人が自覚していないストレスがある、のかもしれんな。その逃げ道として俺を選んでくれた、ということか。自惚れかもしれんが、どちらにせよ一緒に仕事をしたいと思ってくれているのに動かないというのは、男でも先輩でもない。
「や、その、なんかさー。実際、居心地よかったんだよ。一番自由だったっつーか、ボスは私がどんな口叩いても鬱陶しがったりしなかったし、姐さんはめっちゃ甘やかしてくれるし、だから……うん」
「宍道、どうした? あまりにもかわいいぞ」
「うっせ!!!!!」
こんなに可愛い後輩のためなら、何肌でも脱ごう。……でも、依頼ってどうやってとればいいんだ? そんなことがわかっているなら、俺は依頼のないオカルト探偵事務所の所長なんてやっていないぞ。
……!! そうか、依頼を取る方法は、依頼のあるオカルト探偵事務所所長に聞けばいいんだ!
《エミ、少しいいか》
《どうした? 俺は今海の上で逆さづりにされていて忙しいんだが》
《ちなみになぜそうなったか聞いてもいいか?》
《アザミが俺の等身大サンドバッグの改良のために、絶望で歪む表情が欲しかったらしい。数分後に沈められる予定だ》
《なぜ冷静なんだ……》
《お前と会話しつつ、必死に助けを求めている》
やはり依頼があるからなのか、相当修羅場を潜り抜けているようだ。本当に殺されかけている時は俺に対しても焦ったような感じがしているから、今回は問題ないということなのかもしれないが、それにしても落ち着きすぎだろう。逆さづりにされているのに頭が回っている時点で相当な経験を積んでいることが窺える。
《相談したいんだが》
《後にしてくれと言ったつもりだったが、聞こえなかったのか?》
《いや、厳密に言えば別人ではあろうと俺は俺。そのような状況でも相談できるだろうと思っていたんだが……》
《それで、相談とはなんだ?》
いつも俺が受けているような扱いで接してみればすぐに態度を変えた。なるほど、俺が扱いやすいとよく言われるのはこういうところか……。自分でやっていてなんだが複雑だな。
《依頼を受けられるようにしたい。どうすればいい?》
《なるほどな……俺がお前だと言うのなら、街に出てみろ。そうすれば、勝手に向こうから寄ってくる》
《本当か?》
《いや、厳密に言えば別人ではあろうと俺は俺。であれば、同じような能力を持っているのだと思っていたんだが……》
《ありがとう。参考になった》
「宍道。都城を呼べるか? 出かけるぞ!」
「え? あぁ、おう」
ふっ、俺が依頼のあるオカルト探偵事務所所長になる日も近い!!!!!!