稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる 作:酉柄レイム
「さて、オシャレに他事務所配信者のお勉強を始めるわよ!!」
「おう、頼むぜ」
「はーい!」
フレイルさんと一緒に会議室に呼び出されたと思ったら、いきなりホワイトボードを引っ張り出したイベリスが『オシャレ』とホワイトボードに書き、何かが始まった。一体何が始まるんだ?
『project:conflict』でなんかバーのマスター的な感じのことをやると決めてから数日後。ヴァールハイトの協力を取り付け、盛り上げ役としてアルと星菜さん、アル経由で茉莉さんを確保し、どこから聞きつけたのか聖麗と愛人が協力すると連絡してくれたが、普通に断った。お前らのような変態が盛り上げ役とは何の冗談だ。
ということから考えると、他事務所配信者のお勉強というのは、橋渡しをするなら知っておけよみたいなニュアンスか。イベリスもどこから聞きつけたかわからんが、素直にありがたい。
「イベリス、一応確認しておくが、『project:conflict』の件で間違いないか?」
「えぇ。あなたたちがやろうとしているオシャレなことを知って、オシャレにお手伝いしたくてね。元からそういう感じのことをお願いするつもりだったけど、せっかくなら楽しんでほしいって思ってたから、素直に嬉しいわ。ありがとね」
「イベリスさんってちゃんといい人だよね」
「いやん! 照れるかもしれないわ!」
そこは素直に照れておけよ。
イベリスはくねくねした後、咳払いをして切り替える。そして、ホワイトボードを下げて何かしらのスイッチを押すと、天井からモニターが下りてきた。なぜホワイトボードを出した?
「お勉強とは言うけど、別に他の配信者みんなを知るってわけじゃないわ。ただ、取扱注意みたいなオシャレな子が何人かいるから、事前に知っておいた方がオシャレかと思って」
「うち以外にそんなやついんのか?」
「にわかには信じがたいな……懲役を受けてるとしか思えん」
「そんな人ならニコさんとフレイルさんだけじゃなくて、みんなに気を付けてって言うと思うよ」
しかし、うちにはシゲキがいるんだぞ? 聖麗や愛人もいる。あれらがいる時点で、どんな人が相手でも取扱注意とはならない気がする。だが、イベリスがわざわざ取扱注意ということは、そういう人がいるということなんだろう。もしかしたら、事務所同士の架け橋ということで慎重になっているだけなのかもしれんが。
イベリスが手元にある端末をいじると、モニターにオシャレと表示される。パワーポイントの一枚目みたいな扱いだろう。イベリスのアイデンティティと言うべきものだ。明らかに説明は不要だが、飲み込んでおくことにしよう。
「さ、見ての通り一人目は『ゆーとぴあ』の
違った。こいつ、ホワイトボードでもモニターでもまったく変わらない。
「おい、モニターにオシャレとしか映ってねーぞ」
「えぇ、もちろん」
「フレイルさん、言うだけ無駄です。どういう人かは自分で調べましょう」
「イベリスさんに名前だけ教えてもらって、あとで調べた方が早いんじゃない?」
「わかってないわねぇ」
イベリスは額に手を当て、やれやれと肩を竦めた。まぁ、イベリスだからこその視点もあるだろうからな。これに関してはイベリスに同意する。
「その通りよ」
じゃあ帰してくれないか?
「でも、こうして力になれてるっていう実感がほしくて。面倒でしょうけど、私の自己満足に付き合ってくれない?」
「こういう機会がなければ、進んで学ぼうとは思わなかっただろうからな。自己満足ではなく、ちゃんと力になっている。ありがたい」
「そんなことはわかっているわ」
「貴様!! めずらしくしおらしい姿を見せたから気遣ってやったのになんだその態度は!!」
「ニコさん、つっかかると時間なくなっちゃうから、抑えよ?」
フー、フー!! 俺は深呼吸して落ち着くことにした。いかんな、俺はすぐに乗せられてしまう悪癖がある。じゃあバーのマスターって向いてないんじゃないか?
気を取り直して、イベリスの話を聞くことにする。満の言う通り、つっかかると時間がなくなるからな。一期生全員に当てはまる話だ。なんなら最近だとシゲキが一番話しやすいまである。恋で人はこうも変わるのかと思い知らされた。
「白峰百合は、一言でいうと女の子に対して手が早いわ」
「どういうことだ?」
初心なフレイルさんが首を傾げている。フレイルさん、そういう話が苦手だというだけでなく、そういう知識も薄いのか……。手が早いというのは一般的な言葉だと思うが、よほど避けて通ってきたのだろう。
イベリスがフレイルさんに気を遣ってか、フレイルさんに耳打ちすると、「なるほどな……」と言って顔を赤くする。俺は満と目を合わせて頷いた。
「というと、『ゆーとぴあ』内で何か問題があったのか?」
「起きそうになったから、白峰百合とは会わないように細心の注意を払っているそうよ。箱イベントがあるときは、必ず隔離されているらしいわ」
「言ってはなんだが、そういうのはファンも喜びそうなものだが……」
「めちゃくちゃガチらしいわ。どうしても遊びが止まらないから、口の堅い女の子たちを募って合意の元そういう関係になったらしいけど、みんなドロドロになったそうよ」
いきなりイベリスが満の耳を塞いだから何事かと思ったが、結構な話が飛び出してきた。満は不思議そうに目をきょろきょろさせている。どうでもいいが、そうやって耳を塞ぐだけで聞こえなくするってどうやってるんだ? イベリスがオシャレだからか? あとできればフレイルさんの耳も塞いでやってくれ。顔が真っ赤で正直可哀そうで見てられん。
しかし、なるほど。調べてみると、登録者はもうすぐ200万人でかなり有名らしい。問題を抱えていようと、それを黙らせる実力を持っている。『ゆーとぴあ』という箱が持つ力もあると思うが、そうでなくてもこの数字は本人の実力の高さからくるものだろう。
「とはいえ、コラボは普通にしているぞ。別に実際会うわけではないなら、取扱注意とまではいかないんじゃないか?」
「あなたらしくないわね。白峰百合が女の子をターゲットにしているということはつまり、視聴者にも女の子がいるということ」
「それがなんかダメなのか? 私もふつーに男も女もどっちも見てくれてるぞ」
「とりあえずフレイルさんは白峰さんの接客は避けた方が良さそうですね」
「なんでだよ!!」
だってあまりにもおいしそうすぎるだろう。あくまでパブリックイメージでの話だが、そういう人たちにとってフレイルさんのような何も知らない純粋な人は、何かこう、染めたくなるというかなんというか……。パブリックイメージ通りでなくてもそもそも気に入られそうだ。かわいらしい上に性格がいい。好意的な感情を持たない理由がない。
というのをフレイルさんに言うのは恥ずかしいから「えと、その、へへ」となんとか誤魔化し、「誤魔化せてないよ」と満に無慈悲なツッコみを受けながら考える。
『ゆーとぴあ』は女性VTuberのみが所属するアイドル事務所。故に男性視聴者が多く、所属ライバーが男性とコラボするのを毛嫌いする。だからこそ、俺たちも最初は女性が接客するというクッションを挟むわけだ。
ただ、白峯さんは女性視聴者も多く抱えている。それも、『ゆーとぴあ』の男性視聴者と同じ熱量を持った女性視聴者だ。よく見れば、コラボはしているもののサシのコラボはまったくと言っていいほどない。
「なるほど。熱量の高い男性視聴者、女性視聴者を抱えているから、男性が対応しても女性が対応しても燃える可能性があるということか」
「えぇ。でも、彼女も良識はある方よ。問題を起こさないような心構えはあるから、攻撃してくる視聴者の種類が多いっていうだけね」
「それなら私が接客すればいいんじゃない? 子どもだし!」
「いや、そもそもユースさんがいるからな。ユースさんに接客を任せれば、同じ事務所だから問題ないだろう」
「もしいなかったらどうすんだ?」
「私は? 子どもだし、関係ないんじゃない?」
「あまり危ないことはしてほしくないが……うぅん、誰か適任はいないものか」
今協力を取り付けている人で女性なのは、星菜さん、ヴァールハイトでサラさん、エルロイさん、シェリーさん、イレイナさん。ヴァールハイトに関しては基本的に接客ではないが、もしものときは依頼するかも、と伝えてはいる。ただ、適任な人がいるかと言われると、シェリーさんはむしろ相手をドロドロにしそうだし、エルロイさんは子どもだし、サラさんは相手が惚れそうだし……。
「待て、イレイナさんなら大丈夫なんじゃないか?」
「いいのか? あいつカッケーぞ」
「カッコいいことには同意しますが、ある意味一番性を感じません。いや、性的なことは言うには言いますが、ワイルドすぎて逆にそう聞こえない。何ですかね、こう、酒場で大樽担いでいる屈強な戦士を彷彿とさせると言いますか……」
「確かにね。万が一攻撃されたとしても埃が触れたくらいに思うでしょうし、オシャレに適任かもしれないわ」
「申し訳ないが、そうやって伝えておくか。念のため、同じ事務所のユースさんにも意見を伺うことにしよう」
「頼りになるぜ。ありがとな、ニコ」
「え、あ、いや、えへへ」
「うわ……」
「満。俺が見るに堪えないほどキモいならはっきり言ったらどうだ」
「別にそこまでは思ってなかったけど、キモかったよ」
キモいのはキモいらしい。ただそこまでキモくはなかったようだ。安心した。キモいと思われていて安心するのは俺くらいだろう。興奮するのは聖麗くらいだ。あと愛人。
方針が決定し、イベリスが端末を操作して次のスライドが映し出されていた。モニターには『オシャレ』と表示されている。多分もう見なくてもいい。
「次は『Arcadia』の
「なるほど。愛人やシゲキやアザミには絶対に会わせないようにということか」
「その通りよ。あんまりこういうことは言いたくないけど、うちの天才とノアはレベルが違うわ」
想像してみる。愛人は興味さえ持てば世界一になれるほどの才能を持っているため、「僕の下位互換ってことか! よろしく!」と笑顔で言ってしまうだろう。あいつは人の努力や才能を踏みにじることに関しては天才的だ。
シゲキやアザミは、「へぇ」で終わりだろう。天導さんのことは詳しく知らないが、どうしてもあいつらより天才であるというイメージが沸かない。もしかしたらあいつらよりもすごいかもしれんが、それはそれで会わせない方がいいだろうしな。
「今のところうちに誘う予定はないから、問題ないとは思うが……」
「まぁ、ノアに関しては街全体で気を付けるべきことだからね。プライド高いコみたいだから、粉々にしちゃわないよう気を付けないと」
「そん中だと相席する可能性あんのはアザミだけだから、うちはそこだけ気を付けりゃいいのか」
「天才ってどのレベルなの?」
「なんでも平均点以上はすぐに出せて、続ければすごくなる、みたいな感じね」
それはすごい才能だが、それが霞んでしまうのはうちの事務所がおかしいだけだろう。とはいえ、プライドが高いなら自分の才能を証明しようと、自分から絡みにくる可能性もある。その点は気を付けておくことにしよう。
イベリスは端末を操作して、「最後よ」と言ってモニターに注目させた。見ていないが、どうせ『オシャレ』と表示されているだけだろう。
「彼は個人勢のヌ゜よ」
「まて、どうやって発音した?」
「彼女は言動が支離滅裂で話が通じないわ。気を付けて」
「じゃあいつも通りだね」
「うちもそんな感じだしな」
俺と満とフレイルさんは、なーんだ。と拍子抜けした。イベリスは、「うちにもそんなオシャレな子がいるの?」と真剣に腕を組む。お前たち一期生がその筆頭なんだが、その自覚がないということか?
しかし、念のためちゃんと聞いておいた方がいいだろう。「支離滅裂とは、例えばどういう風に?」と聞くと、イベリスは脚を十二回組み直した。帰っていいか?
「彼女は事あるごとに『プリティ』という言葉を使うの。オシャレでたまらないわ」
「なるほど。一期生と接するように接すればいいということか」
「確かに、私はオシャレすぎるわね」
一番疲れそうな人だな……。俺はため息を吐いた。