稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる 作:酉柄レイム
店の構造は、まず入り口は男女それぞれで分かれており、店内もそれぞれで分かれている。店に入るとバーカウンターがあり、立って話せる背が高いテーブルがいくつかと、カウンターの横に扉がある。その扉の向こうからは男女共通の空間となっており、広い廊下に、互い違いになるよういくつもの個室が用意されている。スタッフルームは廊下の最奥にある扉の向こう側だ。
現在時刻は19時50分。盛り上げ役である満、星菜さん、アル、茉莉さん、そしてヌ゜さんは、満と茉莉さんが街で宣伝に出ており、それ以外の三人は待機している。初日で始まったばかりとなれば、まず優先するべきは宣伝だ。知ってもらわなければ、ヌ゜さんのような例を除き、ここへ辿り着けるかわからないからな。
というわけで、俺はミハイルと並んで、カウンターで駄弁っているというわけだ。もちろん、少しずつメニューの飲食を作ってはいるが、ちゃんと期限というものが存在する。どれだけお客さんがくるかわからない今、多めのストックは作ってはおけない。つまり、あまりやることがない。
「今更な話だが、ミハイルはよかったのか? 街に行けば、多くの人と交流できただろうに」
「ん-、おう。銃持っちまったら、『project:eden』の連中を相手にするならともかく、それ以外なら無双しちまうし。武力持ってねぇ方が楽に楽しめるしな」
手伝ってくれてありがとうね
ミハイルはイケメンすぎる
プロエジェにこないか?
シゲキが誘って無理だったら無理だろ
この店は、性質上受付をやっている人間はそこまで他箱の人と交流できない。マッチングできると分かれば奥の部屋に通し、注文は個室からになっている。交わす言葉と言えば業務的なものくらいだろう。
だから、相手の視聴者を自分に取り込むというコラボのうまみはほとんどない。盛り上げ役が足りず、緊急で盛り上げ役に回る、というのもなくはないが……。
と、心配していたが杞憂だったようだ。何も気にしていないようにさらっと言って、ミハイルは「それに、こういうポジションにいたって事実が後々大事になるだろうしな」と本音のようなものを漏らす。確かに、この店がVTuber、配信者の歴史の分岐点になるのであれば、ここに所属していたというのは名前に付加価値を与えるかもしれない。そういう打算がある方が信頼できるな。
「つーかそっちこそよかったのかよ。仲いいの、女の子が多いだろ?」
「別に、ゲーム内でなくとも話せるからな。それに、材料の買い出しもある。話すタイミングはいくらでもあるだろう」
「まぁな。後は、盛り上げ役を増やしてぇよなぁ。シフト制かなんかにして、自由時間を与えてやんねぇと」
「そうだな。ずっと会話のサポート役をやらせるのは申し訳ない。誰とでも仲良くなれるような人たち……ヌ゜さんはそうなのかはわからんが、だからこそ外での交流を楽しんでもらいたい」
ヌ゜はよく相手が対応間違えて火傷してるぞ
プロエジェの人間なら普通に話せるはず
そういう意味でいうと、プロエジェが盛り上げ役って適任なのかもな
あまりにも対応力が違う
「確かに、そう考えるとそうか」
「何が?」
「いや、コメントで『project:eden』の人間が盛り上げ役をやるのは適任だろう、とあってな。元々所属しているライバーがおかしいから、対応力は高い」
「あー。だろうな」
ヌ゜さんを相手にするときも、初めてだと「ぷ、プリティ!?」となるだろうが、『project:eden』のライバーなら普通に受け止められる。ヌ゜さんのような人は「あ、あはは」と愛想笑いされることがあるだろうが……だとするとヌ゜さんが盛り上げ役なのはマズいんじゃないか? いや、でもヌ゜さんが星菜さんと一緒がいいと言っていたし、本人の意思は尊重したい……!
「そろそろ20時だな。誰かくんのかね」
「警察やギャングを職にしている人は、恐らく。現状唯一の飲食店だからな。人を誘うにはちょうどいい」
「そっちの職業も男だ女だうるせぇやつらいると思うか?」
「いるだろうな。その最初のやりにくさを取っ払うためにも、ここで流れを作ってもらわなければ」
もうマインドが運営じゃん
組織に所属するの、やりにくそうだよなぁ
プロエジェはどんどん所属してるぞ!
職安としての役割もあるのか、ここ
「実際、職業探しとかそういう事務的、と言えばいいのか。そういう話題から入るのが自然だろうからな。自ずとそうなると思う」
いきなり趣味だとか普段何をやってるのかだとか、プライベートな話題から入るのはいらぬ炎上を生みかねない。であれば、このゲーム内のことを最初の話題にするのが一番自然だ。盛り上げ役の人たちにもそうするよう伝えてある。
時計を見る。もう20時になっており、女性の方は誰かが入店したようだ。誰が入ってきたかは、アイテムのタブレットを開けば確認できる。
「……ふふ」
「何笑って……あぁ、なるほどな。昔の知り合いだっけか」
「あぁ。あいつらのことだ。俺が店をやっていると聞いて、きてくれたのだろうな。顔を合わせられないのが残念だ」
タブレットを見れば、入店者の欄に白蓮ふみ、鐵エリという名前があった。可愛い奴らめ。
ふみさんとエリちゃんじゃん
会いてー
顔を合わせられないのが残念ということは、不倫ということですか?
普段人と関わることがないやつ特有のコメントやめろ
「もちろん不倫ではない。……しかし、せっかくきてくれたがマッチングは難しそうか。誰かが来店すれば別だが、今は奥に通してゆっくりしてもらおう」
「そうでもねぇみたいだぜ」
チリン、と来店を報せるベルの音が鳴る。見れば、見覚えのある男と、その男に縛り付けられて連れてこられている見知らぬ人がいた。
見覚えのある男は、シゲキ。そして見知らぬ人は、確か『Arcadia』の
いや、そんなことより!
「シゲキ! なぜここにきた!」
「なぜってシゲキ的におかしなことを言うなァ? 客としてきたに決まってんだろ。あと人体実験。俺はこの店が何をやるか知ってるからな。人間の機微をシゲキ的に理解するには、間近で見た方がいいってシゲキ的に考えた」
「それで、うちの春樹を拉致して連れてきた、と」
「ミハイルさん! 助けてぇ!! 殺される!!」
「テメェみてぇなカス殺したところでシゲキ的に意味ねぇだろうが。価値見誤ってんじゃねぇぞ」
炎上の権化
プロエジェが外部交流をしていなかった理由
正確にはできなかった理由
一番きてほしくない男
なる、ほどな……! 最近のシゲキは、人間を理解しようとしている。だからこそ、人間同士の交流を見られる上、炎上を回避するために牽制しながら交流するここをターゲットとし、手始めにその辺りにいた人を捕まえて、それを観察しようというわけか……!
幸い、今マッチングできるのは俺が知らない人ではない上、物怖じしない二人だ。これが知らない人としかマッチングさせられないとなったら、ぐちゃぐちゃにされて終わっていただろう。
「なんで俺がこんな目に……!! ミハイルさんもそこの、ニコさんですよね!? なんで見てるだけで助けてくんないんですか!!」
「シゲキ的に黙れ。今からこの店の説明をシゲキ的にあいつらがするからちゃんと聞いとけよテメェ」
「は、はいぃいい!!!」
アザミん、早く来てくれー!!
残念ながらアザミんも燃やす方だから……
シゲキが女の子と相席するってなったら、怒ってきてくれるんじゃね?
最悪の場合街が無くなる
「まずはこの店のシステムだけ。注文はここではなく、あちらのドアの向こうへ入ってください。従業員が個室へご案内いたしますので、そこでご注文をお願いいたします。ここでいただく料金は、飲食の料金と、ここでの時間に満足いただけたら、その分のチップをお支払いいただきます」
「んじゃあ行くぞ」
「ほんとに助けてくれない感じ!? 一生恨みますよ!! ミハイルさん!! 最近キャラ変して調子乗りやがって!! 人でなし!!」
「後で殺すか、あいつ」
「やめてやれ。現在進行形でその恐怖を味わっているんだ」
あまり恐怖を長引かせるのも可哀そうかと思ってさっさと説明してしまったが、どちらにせよ可哀そうだったか。南雲さんの身に起きることを考えると胸が痛む。シゲキに拉致されて店に連れてこられ、ゆーとぴあの二人と相席させられ……まぁ、中にいる盛り上げ役の手腕に期待するしか、ない……。
ま、マズい!!! 俺の予測が正しければ……!!
「ミハイル、少し様子を見てくる! ここを頼んだ!」
「ん? 了解」
ミハイルに受付を任せ、扉を抜ける。するとそこに、俺が危惧していた光景が広がっていた。
「きゃー!! シゲキちゃんちょープリティ!! お話したいと思ってたの!! プリティにこっちきて!」
「俺に指図すんじゃねぇ!! 俺はシゲキ的に行く!!」
「なんなんだこの人たち!! 俺がこれまで生きてきた人生で学んだ日本語は嘘だったのかよ!!」
恐れていた事態が起きた
シゲキちゃん!?
まぁ、ヌ゜も一期生みたいなもんだし……
南雲さん面白くね?
シゲキがヌ゜さんに捕まり、個室へ引きずり込まれている。やはり、そうか……! ヌ゜さんが俺を知っているということは、当然シゲキのことも知っている。アレでも『project:eden』の一期生だ。その言動行動も相まって、知名度はかなり高い。
そして、一期生と関わってきた俺にはわかる。ヌ゜さんはシゲキをプリティだと感じる、と!! 実際、最近のシゲキはアザミと関わっていて、恋愛初心者のような感じがしてかわいい、という声もある。あれ以来女性視聴者も増えたようだ。
あぁなってしまえば、止めようがない。アルは楽しそうに「シゲキさんちーっす!!」と挨拶している。茉莉さんは俺を見て「どうします?」と視線で聞いてきてくれているが、俺は首を横に振るエモートでそれに応えた。こうなってしまえば誰も止められん。
「あれ、ニコじゃん」
「ほんまや。会われへんと思うてたけど、嬉しいわぁ。時間有り余っとるみたいやね」
「鐵に白蓮か。いらっしゃい」
ふみさんとエリちゃん!
今こっちのフロアにきたのか
退店したくなってないか?
二人がシゲキ的にされるところ見たくないぞ
フレイルさんとユースさんに通されたのか、ちょうど二人がやってきて俺の隣に並ぶ。二人もさっきの光景を見ていたのか、何か聞きたそうに俺を見てきた。
「まぁ、そういうことだ。白蓮なら察しがつくだろう」
「相席みたいなことやんね?」
「そうなる」
「へー。いいこと考えんじゃん。きっかけねぇと喋り辛いってやつもいるしな」
「そうやねぇ」
「なぜ俺を見ながら言うんだ?」
何か含みのある視線に異議を唱えると、二人はさっさと俺を置いて行ってしまう。途中で白蓮が振り返って、「ま、大丈夫や。安心し」と言って、個室へ入っていった。
……白蓮が鐵から「姐さん」と呼ばれている理由が分かった気がした。