稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる   作:酉柄レイム

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第30話 収録 (1)

「ハッハッハッハッハッ」

《落ち着いて佐藤さん! 深呼吸! 死んじゃう!》

 

 収録当日。あまりにも緊張しすぎた俺は、楽屋の椅子に座り、背もたれに背を預け、上半身を逸らせ天井を見つめながら過呼吸になっていた。

 

 『EDEN’s School』は、俺が企画したということもあり、その責任は重い。俺の企画のために何人もの大人が動き、もちろん人件費や機材費、その他諸々で少なくないお金も動いている。だからこそ、ふわっとした感覚で臨むべきものじゃない。

 

 そんなことを考えていたら、緊張が止まらなくなった。そのせいでめちゃくちゃ早めに事務所へきてしまい、「えっ、もうきたんですか……?」と戸惑いがちな社員さんに楽屋へ通され、今というわけだ。かれこれ数十分緊張し続けている。

 

《プレゼン配信の時は堂々としてたじゃん! なんで今そんなことなっちゃうの!?》

「プレゼン配信はまだ番組をやることが決定していなかったからだ! ただ自分が考えてきた企画を発表するだけで、責任はそこまで重くない! 今回はしっかり人と金が動いている! その責任が重圧になっているんだ!」

《そう考えられるのは素敵なことだけど、ほら! 星菜ちゃんは佐藤さんより年下なんだよ? 佐藤さんがそんな緊張してたら不安になっちゃうよ!》

「……!! すまない、満。俺が間違っていた」

 

 そうだ、そうじゃないか。俺が自らレギュラーとして選んだ一ノ瀬さんを不安がらせてどうする? 俺が緊張で動揺しまくっていたら、一ノ瀬さんがどうしていいかわからないじゃないか。

 緊張するのはいい。だが、それを表に出して不安がらせるような真似はだめだ。俺は俺の役割を全うすることに集中しろ。

 

「そうだな。俺も26歳だ。そして彼女はまだ学生。大人として、導く立場であるべきだ」

《そうだよ。星菜ちゃんに引っ張られても佐藤さんらしいってみんな納得してくれるだろうけど、それじゃダメ。甘えは停滞なんでしょ?》

 

 俺の顔を掴んでおでこを当てて満が叱ってくれる。なんて頼りになる相棒なんだ。あと今思ったけど満も年下なんだよな……。年下の満にこうやって叱られてる時点で情けなくないか?

 いや、満は俺の半身だ。年下だとか性別だとか、そんなものは小さなこと。お互いがお互いにとって支えとなる存在であり、そこに情けないなどという後ろ向きな感情は存在しない。

 

「まぁ、満も演者だしな。今思えば、不安がることは何もない」

《そ、そうだった!? ど、どうしよう佐藤さん。わ、わた、わたわたし何したらいい!?》

 

 どうやら満は俺に似てしまったらしい。

 

《え、わ、うぅ……めっちゃ緊張してきた。私、佐藤さんみたいに面白いこと言えないし……》

「俺も面白いことなんて言えないぞ! 安心しろ!」

《適当なこと言わないで! 存在してるだけで笑われるくせに!》

「なにおう!? 俺が滑稽なおもちゃだとでも言うのか!?」

《そこまで言ってないけど、似たようなもんじゃん!》

「ハン。俺が滑稽なおもちゃだと言うのなら、それらしい能力しか発揮しないことにした! 収録中は助けてやらないからな! 滑稽なおもちゃに人を助ける能力なんてあるわけがないしな!」

《うーわ、子どもみたいなこと言ってる! そろそろ気づいた方がいいんじゃない? ただ生きてるだけで情けないのを漏らしちゃうクセがあるってこと!》

「だからといって、やめる必要はないな! すべて含めて俺なんだ! 俺が俺を全うすることに、なんのためらいもない!」

《うー!》

「というかどっちが子どもだぁ? うー! だって? ふっ、普段から俺をバカにしているようだが、舌戦では俺の圧勝のようだな!!」

 

 ぽかぽか殴ってくる満に高笑い。満はいい子だから、本気で暴力なんて振るわない。いくら殴られてもまったく痛くない。本当に愛らしいな、こいつは。

 とはいえ、このままにしておいて本当にへそを曲げられるとよくない。満は会話自体を楽しんでいる節があるから、言葉では喧嘩しているように聞こえても実際にはあまり気にしていないことの方が多いが、収録を控えている今、満の機嫌がいいに越したことはないだろう。

 

 というわけで、ぽかぽか殴ってくる満の手を掌で受け止め、タイミングを調節してリズムを作り出す。そうすれば単純な満は楽しくなって一緒にリズムを作り上げにきてくれるというわけだ。もう笑顔だしな。可愛すぎて困る。

 

 なんてことをしている俺たちの耳に、楽屋のドアが開く音が届いた。

 

「なんかかわいーことしてんね」

《真理さん!》

「朝凪さん! お疲れ様です!」

「おつかれー」

 

 俺のわがままで申し訳ないが、基本的にゲストとレギュラー陣の楽屋は一緒にしてもらおうと思っている。俺が緊張でどうにかならないよう、アイドリングをするためだ。今回は全員会ったことがあるから不要かもしれないが、今後はそうもいかないだろうし。

 

 朝凪さんはふわりと微笑んで、飛んできた満とハイタッチ。そのままくるくる周りを飛び回る満を捕まえて、抱えながら椅子に座った。

 

「なんかこうしてると、夫婦みたいでドキドキするね。あ、間違えた」

「漏れてる漏れてる。収録中は絶対に隠すんだぞ? それ」

「……ふふ。うん、わかった」

「? 何を笑ってるんだ?」

《敬語じゃないのが嬉しいんだよね?》

「ん」

 

 あぁ、そういうことか。

 

 収録のことを話していく中で、敬語はやめようという話になった。朝凪さんはパラレルワールドで俺と一緒に仕事をしていたと聞いていたからか、敬語をやめるのはそこまで苦労がなく、むしろ敬語を使っていた時の方が違和感があったくらいだ。もしかしたら、パラレルワールドの記憶というやつが俺に宿っているのかもしれない。めちゃくちゃワクワクしてきたな。

 

「絶対守っておくことは、西園寺さんと透華から二人のことを聞いた、っていうのをちゃんと言うくらい?」

「それだけ言ってくれればあとは任せる。朝凪さんは良識と常識はあると思っているからな。変なことはしないだろう」

「お、信頼されてる」

「満が懐いているからな」

《警戒心強い動物みたいに言わないでよ》

 

 そう言った満を朝凪さんが撫でると、自分の頭を朝凪さんの手に押し付けて、もっともっととアピールを始める。説得力ないぞ、満。

 

「しかし、早いな。俺もかなり早めにきてしまったと思ったが、まだ一時間前だぞ?」

「たけちー……ここならニコちーのがいいか。ニコちーなら早めにくるだろうなーって思って。一緒にいたいからきちゃった」

「今のうちに激重感情を漏らしておいて、収録中に漏らさないようにする作戦か? だとしたら普段から控えてくれると嬉しい。反応に困る」

「困ってんのがかわいいのに。嫌われたくないからやめるけど」

「いや、別に、嫌いになるわけでは……」

《佐藤さん、そういうこと言うと調子に乗っちゃうよ?》

「しーっ。人がいいのを利用して、ちょうどいい塩梅を引き出そうとしてるところだから」

「もう乗り切ってないか?」

 

 くっ、パラレルワールドの俺はどういうメンタルをしていたんだ? 朝凪さんは、本人には言わないが美人で可愛い。そして声も落ち着いたクールで可愛らしい声だ。俺が本気で困っていたらちゃんと引く良識もある。そんな子を事務所に置いて、透華と結婚? かわいそうだとは思わないのか? 隣にいられるならそれでいいなんて言う言葉を鵜呑みにしていいと思っているのか?

 どうやら、パラレルワールドの俺に教えなければいけないことができたらしい。男とは何か、女性とはどう扱うべきかを。

 

 そこまで考えて、でも俺童貞だし、パラレルワールドの俺は透華と結婚してるし、確実に敗北していることを悟ってやめておくことにした。俺は自分にも負けるのか……。

 

「そういえばさ、ニコちーってパラレルワールドのことあんま聞いてこないよね」

「この世界はこの世界だからな。パラレルワールドで関わっている人がいたとすれば、変なフィルターをかけたくない。あと、奇紀怪解のネタバレになる」

《後半が大きそう。佐藤さん、ネタバレ苦手だもんね》

 

 というか9割後半が理由だ。奇紀怪解は面白いゲームだったから、最大限何も知らない状態で楽しみたい。奇紀怪解は、パラレルワールドの俺の身に起きた出来事がベースとなっているから、パラレルワールドのことを先に知ってしまうとネタバレになってしまう。パラレルワールドのことを今すぐ知りたくないかと言われればそれは知りたいが、楽しい形で知ることができるならその方がいいに決まっている。

 

「私がゲストで出たら、奇紀怪解の配信の宣伝にもなるからよさそうじゃんね」

「確かに。夏休みに合わせて一気にやろうと思っていたからな。ちょうどいいかもしれん」

《誰が出てくるんだろうね? 楽しみ!》

 

 確実に安倍さんは出てくるだろう。もう完全にこっち側の人間だし。月宮さんとルイスさんも、探偵だから出てきそうだな。アザミさんは……どうだろう。特に理由は思いつかないが、同期だし出てほしい。パラレルワールドで出会っていないとしても、捏造して出会ったことにしてほしい。あわよくば月宮さんとアザミさんもオフィス失楽園に所属していてほしい。

 

 でも、気持ちはともかく、オフィス失楽園にいそうなのは安倍さんなんだよなぁ……。もう考えるのはやめておこう。答えは奇紀怪解をプレイすればでることだしな。

 

 パラレルワールドへの思考を切ったと同時、楽屋のドアがノックされる。返事を待たずに開いたドアから、一ノ瀬さん姉妹が顔を出した。

 

「お疲れ様です。明星姉妹、到着しましたー」

「お疲れ様です! ニコさん、真理さん! 満ちゃんも見えないけど久しぶりー!」

「お疲れ様。満なら私の膝の上にいるよ」

「えーずるい! 私も満ちゃんと仲良くしたいです!」

《私もー!》

「お二人がきたなら、ボイチェン出しますね」

 

 一ノ瀬さん姉妹は満の声が聞こえないから、俺が届ける必要がある。本当に便利だこの機械。アザミさんが同期でよかった。アザミさんが同期じゃなくても興味を持ってくれて、どちらにせよこの機械が出来上がっていた未来が見えるが。

 

「《明さん、星菜ちゃんこんにちは! 今日はよろしくお願いします!》」

「よろしくー!」

「ん、よろしくね。ニコさん、緊張とか大丈夫そう?」

「えぇ、大丈夫です。なんとか」

「そっか。なんかあったら、助けられそうだったらなんとかするよ」

「私もなんとかします! レギュラーですから! レギュラー! 歴でいれば先輩ですしね!」

「そういえばニコちーって一番後輩なんだよね。一番年上だけど」

「年齢の話はやめてくれないか」

「あれ? ニコさん、真理さんには敬語じゃないんですね」

 

 助けを求めて朝凪さんに視線を送れば逸らされて、お姉さんに視線を送れば合掌された。

 

 さて、どう乗り切るか……。

 

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