稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる 作:酉柄レイム
スタジオには勉強机が三つ、教壇が一つ、大き目のモニターが一つ。俺たちはVTuberで、3Dの番組でもないから別にちゃんと物を用意する必要はなかったのだが、雰囲気を味わった方がいいという俺のこだわり、もといわがままで用意してもらった。
実際には、モニターは元々あったもので、机と教壇はイベリスさんが「オシャレだから」という理由で購入したものを使っているだけだから、新しく買ったわけではない。「オシャレだから」っていう理由で普通なら使い道のない物を買うのは、流石イベリスさんという感じだ。
俺と満、そして一ノ瀬さん……星菜さんが席につく。先ほどの楽屋でのやりとりで、「敬語じゃない方が仲良しって感じして嬉しいですし、お姉ちゃんもいるから、せめてお姉ちゃんがいるときだけは名前で呼んでくれませんか……?」と正面からお願いされ、普段から満と関わっているせいか、年下にめちゃくちゃ弱い俺は折れてしまい、お姉さんがいる時は下の名前で呼ぶことと、敬語はやめることを約束させられてしまった。
収録はじめまーす! というスタッフさんの声の後に、カウントが始まる。5から声に出して数えて、3辺りから徐々に声が消えていく独特のカウントの後に、チャイムのSEが鳴る。学校に通っていた時以来のチャイムに懐かしさを感じていると、星菜さんが口を開いた。
「ニコくんおはよー」
「ニコくん!!?」
「あ、同じ教室だから同級生っていう方がいいかなーって思いまして。だめでした?」
「《星菜ちゃん。そういうのは早めに言ってあげよ?》」
スタッフの方もいるからと、椅子から崩れ落ちてしまうことは避けたが、動揺は避けられない。星菜さんからのくんづけで同級生シチュなど、星菜さんのファンから殺されてもおかしくないくらいの代物だ。どうにかして避けたいが、ここの問答で時間を取るわけにはいかない。
冒頭は俺と満と星菜さんのトーク。星菜さんの言った通り、教室で授業前というシチュエーションで、何を喋ってもいい。番組のアイドリングのようなものだ。だからといってまさか、同級生シチュをぶつけられるとは思っていなかったが……。
「ニコくんと呼ばれると俺の命が危ないから、遠慮させてもらおう」
「もしかして、ドキドキしちゃうからとかですか?」
「《いや、普通に命を狙われるからだと思うよ》」
「またまたー!」
「今度、ファンの扱い方について授業してもらうか……」
「《ま、実際には呼び方くらいで命狙うなんてことないと思うけどね!》」
「はい、お喋りはそこまでー」
「ファンの扱い方については、姉として教えておくね」
ドアが開くSEとともに、朝凪さんと一ノ瀬さんが教壇に立つ。学生の性か、教壇に二人が立った瞬間に星菜さんの背筋が伸びた。どうやら、学校では優等生らしい。いや、学校でもか。
「どうもー。ニコちーと満のことを教えに来ました、朝凪真理と」
「星菜のことを教えにきました、星菜の姉の一ノ瀬明です」
「俺たちのことを教える?」
「ニコさんのことはもっともっと知りたいけど、どういうこと?」
さらっと炎上するようなことを言うな。
「ニコちーは社会的信用がなくて、満とせなちーはまだ社会に出てないでしょ?」
「ていうわけで、二人に知識と教養を身に着けてもらって、社会に出てもらおうっていうのがここ、『EDEN’s School』ってわけ」
「それでなんで俺たちのことを教えるということになるんです?」
「社会に出る上でコミュニケーションは超重要。コミュニケーションをとるっていうのは相手のことを知ることが大切って言い換えてもいい」
「これから一緒に授業を受けることになる三人は、お互いのことを知ることが重要ってことね」
「おー! なるほど!」
これが番組のフォーマット。教師役としてきてもらったゲストに、学ぶテーマと理由を言ってもらう。どんな科目でも、今から学ぶことを言わずに授業を始めることなんてないからな。番組として、学校というテーマは守るべきだと思っている。
「でもでも、お姉ちゃんが私のことをよく知ってるっていうのはわかるんですけど、真理さんってニコさんと満ちゃんのことよく知ってるんですか? ただならない関係!?」
「うん。そうだよ」
「やめろ!! 俺の友人二人に俺たちのことを教えてもらったんだろう!? 俺を燃やし尽くして灰にする気か!! あとお姉さんはそのことを知っていたのに『へぇー』みたいな反応しないでください! フォローを! フォローをお願いします!」
「必死じゃん。ウケる」
「《ニコさん。人を燃やそうとする人と、その様を見てウケてる人が教壇に立っていいの? 学校ってそういう場所?》」
「満、その言い方は猟奇的すぎるからやめろ。だが教壇に立っていいかどうかという疑問はもっともだ」
俺は人選を間違えたのだろうか……? いや、番組的に俺をいじった方が盛り上がると思ってくれたのか? まぁ、俺がそういうやつだと俺を知らない視聴者に知ってもらうにはいい機会ではある。引き際がわからない二人じゃないから、これ以上うるさく言うのは逆効果か。
「そんじゃ、早速授業始めるよ。まずは、柔らかいところからいこうか」
「ニコさん、満ちゃん、星菜。それぞれの好きなものについて。パーって教えてもいいんだけど、せっかくだしお互いの好きなもの予想して答えてもらおっかな。まずはニコさんから」
「星菜さんの好きなものは笑顔でしょう。配信で言っていました」
「わ。私の方当ててくれるんだ。うれしい!」
「《そういえばニコさん、星菜ちゃんの配信全部見たんだった……》」
星菜さんはイージー問題すぎる。そもそも公式ホームページの紹介ページに書いてあるしな。
ただ満は……好きな食べ物はカレーで、好きなことはお喋りで、好きな季節は夏で……それぞれのジャンルで絞った時の好きなものはわかるが、漠然と『好きなもの』を聞かれると答えに困る。全部言えばいいのか? それでも正解だろ。
「俺が満の好きなものを答えても仕方がない。星菜さん、満の好きなものは何だと思う?」
が、俺が満の好きなものを答えたところで、理解しているのは当たり前だ。コミュニケーションを学ぶために、という前提があるのなら、星菜さんに答えてもらった方がいい。
俺が星菜さんにパスを出すと、可愛らしく唇に指を添え、首を傾げて悩み始める。人が人ならあざとい仕草だが、星菜さんがやると自然だな。彼女自身が嘘のない人だと知っているからだろうか。
「えー。ニコさんとか?」
「《正解! えへへ、まー簡単だったかな?》」
「何この空間。可愛すぎてウケる。ちなみに正解?」
「用意してた答えは好きな食べ物とか季節とか色々あったけど、満本人が正解って言ってるなら正解でしょ」
なんて可愛いんだ……。時々、満は俺が産んだんじゃないかと思うことがある。あまりにも可愛すぎる。年齢で考えれば俺が産んだにしては大きすぎるから、懐いてくれるいとこというのが一番しっくりくるか。
俺が社会に出ていないのに真っすぐでいられたのは、満のおかげだろう。満が真っすぐで気持ちのいいやつだから、俺も真っすぐでいられる。誇らしい相棒だ。
「それじゃあニコさんの好きなものは何かわかる? 星菜」
「うーんと、ニコさんの配信見てる感じ、お世話になってたり一緒に遊んでくれたりする人のお話がいっぱい出てくるから、お友だちとか!」
「ニコちー、どう?」
「正解だ!」
「ちなみにちなみに、私のことは好きですか?」
「そういう意味で言っているんじゃないとは思うが、本当にやめてくれ。なぜ数分間で何度も燃やそうとしてくるんだ」
「キャバクラでカモ引っかけようとしてるみたい」
「《ニコさん、キャバクラとか行くと緊張で吐き散らしそう》」
吐いた上に散らすなんていう醜態を晒すわけないだろう。吐くのは全然あり得る。
全員の好きなものが判明したところで、朝凪さんと一ノ瀬さんが満足気に頷いた。ここまで含めてアイドリングトーク。ここからは初回ということもあり試験的だが、フォーマットに沿って授業をしてもらう。
とはいっても、俺から提示したのはフォーマットだけで、どんな授業をするのかはゲスト任せだ。内容を知っていたら授業じゃなくなるからな。ただまぁ、俺は星菜さんの配信をすべて見たから、配信で話していないような星菜さんについてのことじゃないと、あまり授業にならない。
改めて、女子高生の配信をすべて見た俺って気持ち悪くないか? 特に言及されていないが。
「というわけで、こんな感じで三人のことについて色んなことを教えちゃいます」
「はーい! お願いします、お姉ちゃん!」
「どっちかっていうと、せなちーに教えるのは私の方だね」
「はーい! お願いします、真理さん!」
「では俺もお願いします、一ノ瀬さん。……待て、女子高生のことを教えてもらおうとしている変態みたいな映り方していないか?」
「《それを言っちゃうことでそう映っちゃうと思うよ》」
「女子高生っていう記号じゃなくて、星菜のことを知りたいっていう風に捉えれば、そんな変態っぽくはならないと思うよ」
「さっきみたいな感じで、ニコちーは心配性なところがあってね。どれくらい心配性か、具体的なエピソードを紹介します」
朝凪さんの合図で、モニターにデフォルメされた俺が、ゲーム機の前にいる絵が映し出される。教科書っぽい感じの絵があるといいですよねー、と言ってみたら、俺の母君がそれを聞きつけて協力してくれた。最近帝斗から聞いたことだが、どうやら俺の配信を見てくれている上に、めちゃくちゃファンらしい。ありがたいことだ。当たり前のように帝斗が母君と連絡を取り合っていることはこの際置いておこう。
「はい! 満ちゃんがいないのはおかしいと思います!」
「いいところに気づいたね、せなちー。これは、ニコちーが満と出会う前のお話だから、満も知らない話なんだ」
「《えー! 楽しみ! ニコさん、昔のこと話したがらないから》」
「ニコちーの友だちから聞いた話なんだけど、ニコちーはゲームをするっていう時、心配性すぎる決め事があるの。さて、なんでしょうか」
「もしかしたら、ニコさんの配信見てたらわかるかもね」
なんだ……? 決め事なんかあったか? 俺自身もわからんぞ。心配性すぎるというくらいだから、配信でその決め事をやっていたとしたら、視聴者から何かしら反応があるはず。もしかしたら、その決め事を適用できないゲームしか配信でやっていなかった可能性もあるが……。
「はい! 自信あります!」
「お、せなちーどうぞ」
「セーブデータを二つ作る!」
「正解。よく知ってんね、ニコちーのこと」
「へへ、配信見てますから!」
「《あー、確かに。高速すぎていつもあまりよく見えてなかったけど、二つ作ってたかも》」
「セーブデータが一つだと、それが消えた時のバックアップがないってことで、セーブデータを二つ作って、セーブするときは都度二つのセーブデータを上書きしてたんだって。最近のゲームはオートセーブがあるけど、それも信用してないみたい」
「こう、大丈夫だ! という実感が欲しいんだ。あれ? セーブしたっけ? という不安を取り除きたいというのもある。というか、配信見てくれているんだな、星菜さん」
「ニコさんが私の配信見てくれたって言ってたので、私も見なきゃって思いまして!」
それは、ありがたいが押し付けみたいになってしまって申し訳なさもあるな……。あとなんか恥ずかしい。俺、配信で変なこと言っていないよな? 時々満からキモいと言われるが、満は俺と一緒にいすぎるがあまり、キモいのラインが低いだけのはず。
……そういえば、宵月weekの時は一週間キモがられていたな。あれは自分で見返した時もキモかったから、あれを見られていなければよしとするか。
「星菜、最近見たニコさんの配信で印象的だったのは?」
「宵月weekの感想配信とか!」
終わった。
かと思ったが、キモすぎて印象に残ったわけではなく、本当に仲が良さそうでお互いへの信頼が厚いんだなぁ、と見ていてほっこりしたからだそうだ。見たか満! 見る人が見ればわかるんだよ!
《自分でもキモいって言ってたじゃん》
負けた。