稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる 作:酉柄レイム
「特に何も起きなかったな」
「よかったような、残念なようなっスね」
「安倍さんも特に記憶が蘇ったとか、そういうのないみたいだしねー」
第五怪を終えて一旦配信を区切り、聖麗に何か違和感はなかったかと確認してみたが、「ほとんどワタシでしたねぇ」と何もなかった様子。ほとんどお前なんだとしたら、人を餌に妖怪を釣ろうとするのにも違和感がないということか? 省みてくれ。
渋谷のハロウィンに合わせ、妖怪たちが人間を食らいつくそうという計画を阻止しにいく、という話だった。まず俺を餌にして妖怪の本拠地を割り出し、策もナシに突入して大暴れ。途中でエンターテイメントに引き寄せられるリニスも乱入する大騒ぎ。第四怪とは打って変わってコメディチックなシナリオだった。実際にやっていることは戦闘だし、命のやり取りもあったのだが、聖麗が強すぎて安全しかなかった。あと、俺は聖麗が用いる霊力というやつを譲渡できるらしい。タンクと囮の役割を担っていたわけだ。
……全然主人公っぽくないな。ギャグシナリオという点で見れば主人公っぽくはあるが。
「やはり、俺と満と月宮さんだけか……?」
「全部やってみねぇとわかんねぇけど、なんかそうっぽいよな」
「……真理さん、本当に何も知らないんっスかね」
実体化した満に抱き着いて、ほっぺをムニムニしながら透華が言う。そんなシリアスな雰囲気出されてもやっていることが可愛すぎて意味がないぞ。
「パラレルワールドを観測できて、なおかつ奇紀怪解を作った張本人で、その奇紀怪解で先輩と満と月宮さんが、他の世界での記憶を思い出して……無関係だとは思えなくて」
「そのあたりややこしいんだよな。パラレルワールドを観測できるっていうけど、他にできることねぇのかな? 観測できるだけじゃなくて、程度はわかんねぇけど干渉できるとか」
「……例えば、他の世界のマリーが、この世界のマリーに干渉して、あのゲームを無意識のうちに作らせるようにした、とかか?」
「でも、それをやる意味がわかんないじょんっ」
満のセリフの途中で透華がまた頬をむにっとして、語尾が変な感じになり、満が怒って透華とじゃれ合いを始めてしまった。満を実体化できるようになってから、今までを取り返すようにスキンシップめちゃくちゃ多いな……。邪魔するわけにはいかないから、男二人で話を続けることにしよう。
「んで、佐藤。気づいてるか?」
「あぁ」
「何に?」
「……」
「どうせバレるんだから、知ったかすんのやめとけよ」
だって、気づいてるか? って言われて「あぁ」って言うのカッコいいだろ。せっかく神妙な面持ちで頷いたのに台無しだ。これだから親友は……。なぜか帝斗相手じゃなくても俺の考えてることは大体バレるけど。わかりやすいとか訳の分からないことを言われるし。考えてみろ、俺は眼帯をつけているんだぞ? 表情の一部分が隠れていてわかりやすいわけがない。
帝斗は呆れ顔で小さく息を吐いて、「名前」と呟いた。
「名前?」
「そう。近しい人の名前、言ってみろ」
「満、透華、帝斗、月宮さん、アザミ、マリー、聖麗、ルイス、シゲキ、イベリス、リニス、星菜さん、明さん……」
「お前、朝凪さんのことをマリーって呼んだり、安倍さんのことを聖麗って呼んだり、他の人も。ちょっと混ざってきてんじゃねぇの?」
言われて気づいた。人の呼び方が、奇紀怪解の俺のものになっている。いや、奇紀怪解の俺のものだとして、なぜマリーなんだ? マリーはまだ奇紀怪解に出ていないから、呼び方がわかっているわけではない。なのに、俺は無意識にマリーと呼んでいた。ということは、呼び方が変わったのは奇紀怪解での呼び方に引っ張られたわけではなく、認識が混ざっているから、ということか?
「もしかしたら、佐藤があんまり記憶混ざってないかも、みたいなこと言ってたのって、他の世界の記憶を”当たり前”だと思いすぎてたんじゃねぇの?」
「……はは、そんなまさか」
「じゃあさ、透華とはどうやって結婚したんだ?」
「あぁ、それは……」
ある日、透華と連絡が取れなくなって、心配になって透華の家に行ったら、いなくなっていた。いつの間にかバレないように街中にカメラを仕掛けていたアザミと、幽霊の友だちが死ぬほど多い聖麗に協力してもらい、俺自身も街中を走り回って、いつの間にかルイスもイベリスもシゲキもリニスも、そして月宮さんも一ノ瀬姉妹も協力してくれて、やっと見つけた透華は、五体満足、何もおかしいところがなかった。
念のため事務所に住まわせれば、一日ごとに透華に異常が出始めた。返事が遅れる、体が痺れると言って満足に動けない、果ては徐々に記憶が薄れ始め、対処法を探しているうちに透華の記憶はなくなった。
「思えば、その時だったな。俺の隣で、何に変えても守り抜くと誓ったのは」
情けない話だが、アザミは俺よりも知能に優れ、聖麗は俺よりもオカルトに優れ……他の人は俺より優れた面を持っていて、考えることと調査は頼れる仲間に任せた。俺にできることと言えば、透華が不安がらないように、透華を笑わせることだけ。もちろん満もいたし、というか満がいなければとっくにどうにかなっていたかもしれない。満がずっと一緒にいてくれるから、俺は強くあろうとすることができた。記憶どころか、体力も、そして命さえ衰弱していく透華を前に、道化を演じることができた。
……失敗だったのは、不安がらないようにと透華の側にいて、笑わせようと道化を振舞ったことで、優しい透華が俺たちのことを『記憶を失う前の自分にとって、大切な存在だった』と認識してしまったことだった。知らぬ間に罪悪感を与えてしまっていて、涙を流す透華を見て、それに寄り添う満を見た。
「そして、俺より優れた能力を持つ仲間をもってしても、対処法が見つからず、ついには透華が抜け殻のようになってしまった時だった。俺の前に、いつか見た邪神が現れた」
「邪神? それってあの、第三怪の時のか」
「あぁ。どうやら俺は気に入られていたようで、ずっと見られていたらしい。そこで提案された。俺が一生邪神のおもちゃになるなら、透華を助けてくれると」
「邪神のおもちゃになるのが代償とは思えねぇけどな。佐藤の許可取らなくても、おもちゃにできるだろうし」
「あの時の俺はそこまで思っていなかったが、今思うとそうだな。邪神は、その問いにどう答えるかを見たかっただけだろう」
もちろん俺は、「そんなことでいいのか、ありがとう!!」と即答していた。石にされた女性を元に戻すか、監獄に囚われた兄を助けるかで、前者だと即答した麦わら帽子の海賊くらい即答だった。今のは余計な表現だった。
邪神は笑って、「僕には”それ”が何かはわからないけど、幸せにね」と言って、指を鳴らす。たったそれだけで、透華を襲っていた異常が綺麗になくなっていた。
満が透華に抱き着いて、声をあげて泣いていた。今度は悲しい涙じゃなかった。俺の眼帯もびしょ濡れだった。「外した方がいいっスよ」と笑いながら言ってくれた透華に、確かにそうだなと笑った。
「……ん? ここまでってきっかけの話か」
「そうだ。きっかけだ」
「プロポーズはどこでしたんだ?」
「アザミや聖麗が気を遣ってくれてな。透華との時間を作ってくれたんだ。その旅行先で」
「なるほど」
「綺麗な星空の下でプロポーズをしようとして、怖気づいて、またオカルト事件に巻き込まれて、運ばれた病院でプロポーズした」
「お前……」
いや、だって、旅行先でな? 絶好のロケーションだったのに、満が「えっ!? プロポーズの後の私の立ち位置気まずくない!?」みたいな顔してたから……。それでも気を遣って満がどこかへ行こうとした時に、透華が「一緒に見ないの?」と寂しそうな顔をしたから。あんなことがあった後にそんなことを言われたら満も離れるに離れられず、めちゃくちゃ申し訳なさそうに「佐藤さん、ごめん……!!」と言われた。しかも病院のベッドの上でプロポーズした時も、ベッドの下に隠れてくれたし。本当に苦労をかける。
「てか、付き合ってたのか?」
「それが、付き合ってなかったんだよ」
「いきなりプロポーズかよ。普段度胸ねぇのに、度胸見せすぎだろ」
「うるさいな! いいだろう、別に。どうせ、人生を共にすることには変わりないんだ。遅いか早いかの違いだろう」
透華も、俺のそういうところもす、好きと言ってくれたしな。これから色んなことに巻き込まれるかもしれないと言っても、当たり前のように「守ってくれるんでしょ?」と言ってくれたし。やはり透華はいいやつだ。
事務所に戻れば、すべてを察したアザミの「結婚式の資金は?」という絶望の一言と、「アナタが結婚してるっていうだけで面白いですねぇ」という聖麗の舐めた一言に出迎えられ、イベリスの厚意により結婚式の資金をすべて出してくれて、めちゃくちゃ騒がしい結婚式を挙げた。
「という感じだな。……今更だが、何を言わせるんだ。恥ずかしい」
「めちゃくちゃ覚えてんじゃねぇか。他の世界の出来事」
本当だ……。めちゃくちゃ覚えてる。つまり、帝斗の言っていたことが正しいのか? 本当は他の世界の記憶はあるが、当たり前だと思いすぎている、とか。
よくよく思い出してみれば、少し脚色はあるだろうが、俺が主役で俺の辿ってきた道がストーリーになっているのなら、この先の奇紀怪解のストーリーもなんとなくわかる。
「そろそろ、本腰入れねぇとな。ただの記憶が混ざるっていうだけのオカルトならいいけど、取り返しのつかねぇ事態にならないとも限らねぇ」
「とはいっても、どうするんだ? 奇紀怪解をやる以外に手がかりなんて」
「実際に、思い出の場所に行くっていうのはどうっスか?」
……あれ、そういえば事務所には透華がいて、透華がいる場所で、俺は結婚秘話を語っていたのか。はは、いや、満とじゃれ合っていたし聞いていないだろう。
あぁ、めちゃくちゃ顔赤いな。聞いてたわこれ。満にやついてるし。
「ん、んん。そうだな。第一怪のマンションとか、第五怪の妖怪の本拠地とか、何かオカルトが転がっているかもしれんしな」
「奇紀怪解に合わせたメンバーについてきてもらうってのは? マンションなら明星姉妹、妖怪の本拠地なら安倍さんとか」
「そうしようそうしよう! さぁ、今から連絡だ! 忙しくなるなぁ!」
「佐藤さん、こんなに可愛い顔した透華を放置するの?」
「いいよ、満。それが先輩だし」
あぁ、そりゃ結婚するか。こんな情けない俺を肯定してくれるんだから。それに比べて、満ときたら俺が逃げたのに、スルーせず捕まえてくるなど、許せん!
「それに甘え過ぎちゃだめだと思うけど……」
「思考を読むな。相棒すぎるだろ」
「そう? えへへ」
許した。