稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる   作:酉柄レイム

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第41怪 ホテル、記憶、ベッドにて

 一ノ瀬姉妹とマンションに行った後、ルイス、イベリス、シゲキとも会った。一ノ瀬姉妹と同じく、あの三人もふとした瞬間に魂が混在して、うまく聞き取れない言葉を発した。あれの意味がなにかはわからないが、何かを伝えようとしていたのか……? 別世界のあいつらが?

 ただルイスは「る」、イベリスは「れ」、シゲキは「き」と一文字だけ聞こえたから、恐らく「クール」「オシャレ」「シゲキ」と言っていたことは想像に難くない。別世界でも変わらなさすぎだろ。

 

 そして、その翌日。視聴者には「急遽予定が入った。本当にすまない」と謝罪を入れ、俺は今、月宮さんとホテルにいる。

 

 そう、ホテルだ。

 

 月宮さんをちら、と盗み見る。満は月宮さんと会った瞬間に突撃して、ずっとぴったりくっついている。今もベッドで月宮さんに膝枕をしてもらっていて、俺の見間違いじゃなければ恐らくあれは絵画だと思う。尊くて美しすぎる。

 

「それで、奇紀怪解の再現はわかったけど……そんなになるならここまでしっかり再現しなくてもいいんじゃない?」

「い、いや、謎を究明するためには仕方のないことなんだ」

「律儀」

 

 あの時。邪神を打倒するために、俺たちは夢の世界へと突入した。その場所がこのホテルであり、この部屋。同じ部屋に入るのを躊躇した俺に対し、「何かあった時近くにいた方がいいでしょ。それに、こんな時に変なこと考えないでしょ?」と俺の手を引っ張った。今思えば別にホテルじゃなくてもよかったが、あの時はお互い精神が疲労していて、正常な判断ができていなかったように思う。

 

 しかし、今はあの時とは違い、俺から提案し、この部屋にいる。そういうつもりではなくても、そういう経験がない俺はめちゃくちゃ緊張していた。それはもう部屋の隅で縮こまりつつも、誠実さをアピールするために背筋を伸ばすくらいには緊張していた。

 

 そんな俺に向けられるのは、呆れた目。

 

「くっ……そもそも、俺のホテルに行こうという提案に二つ返事で了承というのもよくないだろう! それに、ベッドの上というのも無防備だ! 月宮さんは女性なんだから、もっと警戒心を持ってだな」

「だって、満ちゃんがいるじゃない。あんた、満ちゃんがいてそんな真似できるの?」

「俺の負けだ」

「佐藤さん、よわ……」

 

 俺の方が正しい反応をしていると戦いに行ったが、一瞬で負けた。クソ、この世界の透華とは付き合っていないのに、今日ホテルに行くと律儀に伝えたら「そう、っスか。いってらっしゃい」ってめちゃくちゃ言いたいことを我慢した表情で送り出されたし。なんでこんな罪悪感を抱かなければならないんだ。そのことを帝斗に相談しても、「キャッチボールでもするか?」しか言わないし。なんであいつは恋愛関係になったら俺とキャッチボールをしたがるんだ。

 

 ちなみに、月宮さんは別世界の記憶を持っていて、俺の本名も知っている。だから『ニコさん』と満が呼ぶ必要もなく、いつも通り『佐藤さん』と呼んでもらっている。ニコにも慣れて別に違和感はなかったが、満からすれば『ニコさん』と呼ぶ意識は結構大変らしい。

 

「それに、満ちゃんがいなくたってあんたがそんな真似するとは思えないもの。透華さんがいるし」

「それは、この世界とは別の話だろう?」

「ほんとにそうだといいけど」

「? どういうこと? 月宮さん」

 

 満が体を起こし、月宮さんの背後に回って後ろから抱き着いた。普段クールな月宮さんの表情が一瞬ふやけるが、真面目な話をしようとしていたことを思い出したのか、すぐに表情を引き締める。

 でも自分の前に回された満の腕を撫でていた。微妙に抗えていないな。

 

「アザミと話してたんだけど、いくつか説があるのよね」

「説?」

「そ。私たちの記憶が混在してるのは、二つの世界が混ざっているっていう説。ただ、これだと私たち以外にそんな現象が起きていない説明がつけられなさそうなのよね」

 

 確かに。世界ごと混ざっているのなら、俺たち以外も記憶が混在していそうなものだ。元々パラレルワールドを観測できるマリーはともかくとして、実際に同様の現場に行った一ノ瀬姉妹と、ルイスとイベリスとシゲキの三人は、記憶が混在してもおかしくない。ただ、それが起きていないのであれば、世界ごと混在しているとは考えにくい。

 

「もう一つは、この世界にも邪神がいて、私たちだけが対象になっている。この世界では一度も邪神を見たことがないし、可能性は十分あるわね。実際に、あの時は私たちだけが悪夢を見せられたし」

「だとしても、そうなるきっかけがないだろう。俺はまぁ、オカルト的な性質があるからまだわかるが」

「邪神みたいな存在なら、くじ引き感覚で適当に決めるっていうのもない話じゃないでしょ?」

「佐藤さんは確実に当てられそうなくじ引きだね」

 

 むしろ、「あいつはくじ引き対象外な。どうせあいつで遊ぶから。別にくじで選ぶ必要ないだろ」と全邪神から言われそうだ。

 邪神は気まぐれなイメージがある。だから月宮さんが言うように、気まぐれで俺たちが選ばれたのかもしれない。だとすると目的はなんだ? 俺たちがこうして頭を抱えているところを見るのが目的なのか? 今のところ被害という被害はないから、それならそれでいいとは思うが……。

 

「もう一つ。私たちにとっての元の世界が奇紀怪解の世界。だから今は、記憶を取り戻している最中ってわけね。お互い、どこかで記憶が途切れているみたいだし」

「それはまた、考えたくない話だな」

「んー、私たちが夢を見てる、みたいなこと?」

「それに近いと思ってる。この世界を本当の自分たちの世界だと勘違いして、頭を抱えている私たちを見て楽しもうとしてる、とか」

「……さっき話した、一ノ瀬姉妹とルイスたちが何かを言っていた、というのは、もしかしたら元の世界から俺たちに呼びかけていた、ということか?」

「かもしれないわね。結局、何を考えたって”かもしれない”の域を出ない。それだって、私たちとは違う形で世界が混ざっている現れかもしれないし、私たちを混乱させるために意味のない行動をさせたのかもしれないし。最終的にはわかんないのよね」

 

 ため息を吐いて、月宮さんが横に倒れる。何か見てはいけない気がして咄嗟に目を逸らす。俺がそういう行為に走らないという信頼があったとしても、無防備な姿を晒すのとはまた別の話だと思う。まぁ、男として意識されていないと言われればそれまでで、俺も月宮さんに気があるわけでもないが、それとこれとも話が別だ。俺は男で月宮さんは女性で、お互い一定のラインは保つべきだと思う。

 

 だというのに、月宮さんは俺を見ずに腕だけ伸ばして、俺を手招きした。

 

「せっかくだし、寝てみない? あの時みたいに」

「つ、月宮さんの隣で?」

「再現するんでしょ? それならあんたはあっちのソファ」

 

 と、言われたが。実はあの時、限界を迎えた月宮さんが先に寝て、その月宮さんに腕を掴まれて引きはがせず、結果ベッドで寝てしまった。それを言うべきか、言わないべきか……。

 

 いや、言うべきか。月宮さんはその程度で目くじらを立てるような人ではない。ある種の正当性があれば、気にせず受け止めてくれる、そういう人だ。

 

「いや、ベッドだ。あの時は、月宮さんに腕を掴まれて抜け出せず、結局ベッドで一緒に寝てしまった」

「……ま、嘘つく理由ないものね。じゃあこっちきなさい」

「えっ、いいの月宮さん! いくら佐藤さんでも、男の人だよ? 嫌じゃない?」

「アレルギーとかがあるなら別だけど、調査の一環だし。理由がないなら流石にごめんだけど、仕方ないことだから」

 

 こうしてはっきり言ってくれるからこそ、俺も安心できる。勘違いしないでいい。普通に了承されただけだと、俺みたいなものは「え、ま、まさか、俺のことが好きなのか……?」と勘違いしてしまう。どちらにせよ、「まぁ、月宮さんのような素敵な女性が、俺みたいなものを好きになるわけがないか」と思い直すが、勘違いすること自体月宮さんにとって気分のいいものではないだろうからな。こうしてはっきりと好意がないことを伝えてくれるのはありがたい。

 

「それじゃあ、し、失礼します」

「意識されるとキモいわね……」

「そりゃあ、な。むしろ、女性と一緒のベッドに寝るとなって、少しも意識しない方が失礼とは思わないか?」

「確かにね。されなかったらされなかったでムカつくけど……ま、佐藤さんだし。完全に戦友って感じだから、意識しない方が嬉しいかも」

「わかった、心がける」

 

 だ、黙った方がいい? 黙った方がいいの? と俺に目で伝えてくる満に、変な気は遣うなと目線で返す。なぜお前が一番緊張しているんだ。

 

 しかし、まぁ、ニコではなく、佐藤さんか。この世界での月宮さんからの呼ばれ方はニコで一貫していたから、混ざっているんだろう。ここはあの時の部屋だから無理もない。

 

「腕、掴んだ方がいい?」

「あぁ、頼む」

「意識しなかったわね。偉い」

「関係性を思い出してきたのかもしれんな」

「それって、透華さんへの気持ちとか?」

「その話はしないでくれ……」

「罪悪感に押しつぶされそうになってる……」

 

 だって、不誠実じゃないか。そういう目的がなくても、心に誓った女性がいるのなら、他の女性と同じベッドで寝てはいけない。何もなかったからいいというわけではなく、少しでも嫌な思いをさせた時点でダメなんだ。透華は何もなかったなら……と許してくれ、そう、か? でも結婚してからは嫌なことは嫌だとはっきり言ってくれるようになったな。それがまた可愛くて、

 

「なんかキモい顔してるわよ」

「俺は、誰かを愛しいと思うことすら罪になるのか……?」

「な、ならないならない! 大丈夫だよ、思っていいよ!」

「あと私に腕掴まれてって言ってたけど、引きはがせなかったの? そこまで軟弱?」

「うるさいな! あの時は俺も色々限界で……まぁ、月宮さんの方が限界だったが。むしろ、弱り方で言えば月宮さんの方がひどかったし、それすら振り払えなかったのかと言われれば、俺がより軟弱だったと答えるしか……」

「月宮さんが弱ってたからこそだよね! だから無理やり引きはがすのも躊躇したみたいな!」

「満ちゃんはいい子ね」

「月宮さんはキツイな」

 

 お互い小さく笑って、目を閉じる。

 

「おやすみ」

「一応、俺は後で寝る。寝顔は見ない」

「いちいち言わなくていいわよ。あんたの倫理観は信頼してるから」

「佐藤さんが何かしそうだったら、私がぶっ飛ばすね!」

「えぇ、お願いね」

 

 ……寝たか。どうやら、本当に微塵も警戒されていないらしい。だから満、「月宮さん、寝顔かわいい……」とか言うな。俺が見ないようにしている意味がなくなるだろうが。

 

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