稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる 作:酉柄レイム
「女性が風呂から上がってきたとき、童貞臭くならない方法を教えてください」
『大喜利みたいに助け求めてくんな』
心を許した仲だとはいえ、やはり相手は女性。一日二日くらいは緊張して仕方がないだろうなと思っていたが、そんなことは全然なかった。二人の距離の取り方がうまいのか、俺が考え無しで楽しいことはすぐに楽しいと感じられる性格だからか、恐らく前者だろう。楽しく一日を過ごすことができた、が。
夜、お風呂。最初に決めたルールの通りに一番風呂をいただくことになった俺は、「きゃー!」と一応叫んでから風呂に入り、アザミと満が月宮さんの背中を押して風呂へ向かったのを見送って、ことの重大さに気づいた。
この後、二人の女性の風呂上りを目撃することになる。
「意識しないようにしようとしても無理な話だ! そうだろう!?」
『まぁ二人とも美人だしなぁ』
「確かに武の心得もありそうだ」
『武人って言ってねぇよ。気が動転しすぎだろ』
女性の風呂上がり。俺のような童貞には刺激が強すぎるそれの訪れを感じ、慌てた俺は頼りになる帝斗へ助けを求めていた。心のどこかで男一人という状況に心細さを感じていたのか、帝斗の声を聞いた瞬間安心したのは内緒だ。
というかそもそも、あの二人は俺に気を許しすぎじゃないか? 風呂上がりってあんまり見せたくないものじゃないのか? 油断オブ油断だろう。隣に座られてシャンプーの香りがふわりなんてことがあったら、俺は出家を決意してしまうかもしれない。
「頼む……! うっかり二人に興奮してしまったら、その時点で友情が崩壊してしまうかもしれないんだ!」
『別に、男としては正常な反応だろ。それを理解してくれないような人たちじゃねぇんじゃねぇの』
確かに、月宮さんは俺のそういう部分を許してくれている。アザミは反応するとしてもおちょくってくれるから変な風にはならないだろうし、過度な心配は不要かもしれない。
ただ、待ってほしい。これが完全なプライベートなら俺もここまで焦っていない。しかし今は撮影されている状況だ。つまり、編集によっては俺の童貞すぎる反応が、よりにもよって箱のイベントで流されるかもしれないんだ。そうでなくとも、映像として俺の童貞が残ってしまえば、いつか学校で『童貞』という教科が導入されれば、教材として有名になってしまう可能性がある。『童貞』の代名詞が『ミッドナイト・サイコナイト』になってしまうかもしれないんだ!
『お前の童貞は今に始まったことじゃないだろ』
なんてことを帝斗に言ってみたら、ひどいことを言われた。まさか、もう学校が俺を教材にしようと動いているというのか……?
一体どうすればいいというんだ……! いっそ部屋に引きこもっておくか? いや、それはナシだ。眠る時と仕事の時以外は極力カメラの前にいるようにしなければ、撮れ高的に不安がある。今も一人で何をすればいいのかわからないからという理由もあって帝斗に電話したんだ。それに、二人が風呂に入った後に必ず部屋に引きこもっていれば、風呂上りを意識しすぎていると思われてしまうかもしれない。
四面楚歌だ。あまりの逃げ場のなさに絶望していると、電話の向こうからため息が聞こえてくる。
『気にしすぎだっての。今更お前がどんな反応したって受け入れてくれるって。それに、風呂上がり見られるのが嫌なら、事前に見ないでくれって言われてるはずだろ?』
「た、確かに」
『それがねぇってことは、そんくらいの信頼はされてるってことだ。お前はいつも通りでいいんだよ』
ま、こうやって相談してくれるのもお前らしいけどな。と帝斗が笑う。俺がヒロインだったら思わずきゅんとして頬を染めてしまうところだった。ナチュラルに嬉しいことを言ってくれる帝斗に彼女ができない理由が俺であることを考えると、本当に申し訳ない。今度帝斗の両親に菓子折りを持って謝罪しに行かないとな……。
「助かった。もう大丈夫だ」
『ならよかった。じゃあな。おやすみ』
「あぁ、おやすみ」
帝斗の「おやすみ」を聞きたい女性は何人もいるんだろうな、と考えながら電話を切る。そろそろ見知らぬ女性に殺される覚悟をしておいた方がいいのかもしれない。が、そうなったとしても帝斗が助けにきてくれるという確信がある。
……帝斗離れを真剣に考えた方がいいかもしれないな。俺のためにもならないし、あいつのためにもならない。はっきり言って異常なくらい面倒見てもらってるしな。親友を通り越して大親友であり心の友だ。帝斗が結婚するとなって、友人代表スピーチを任されたとしても号泣しすぎて一言も発せられない自信がある。
!!
そうだ、俺を介護していても問題ないと思ってくれる女性を帝斗に紹介すればいいんじゃないか!? 俺の知り合いであれば問題ないはずだ! 今まで俺に女性の知り合いなんて皆無だったからそんなことはできなかったが、今は違う! 『project:eden』で知り合った女性はみんな胸を張って紹介できるほどいい人たちだし、いいアイデアだ!
そうと決まれば、候補を絞ろう。まずは月宮さん。最高。アザミ、最高。明さん、最高。星菜さんは高校生だからダメだとして、フレイルさん、最高。ダメだ、俺の周りが最高過ぎて全員紹介したい。
「なに一人でぼーっとしてんのよ」
「ぴぃーや!?」
「子どもに大人気の海パン芸人か、お前は」
帝斗のお嫁さん探しに必死になっていて接近に気が付かなかった。いつの間にか俺を挟むようにして両隣に月宮さんとアザミが座っていて、満が気持ちよさそうに宙に浮いている。おい満! 何をしているんだ! お前なら俺が二人の風呂上がりに動揺することなんてわかっているだろう!? 助けてくれ!
俺の祈りが届いたのか、満が俺を見た。そして月宮さんとアザミを見て、任せろと言わんばかりに頷く。ふっ、やはり相棒だな。以心伝心とはこのことか。
「月宮さん。アザミさん。ニコさんがものすごく興奮して仕方なくなっちゃうから、もうちょっと離れてあげて」
「言い方というものがあるだろう!? へたくそ!! もっとさりげなくフォローしようとは考えないのか!!」
「ニコさんが童貞すぎるのが悪いんでしょ!」
「童貞が悪いだと? 言ったな!! 言わせてもらうが、童貞というのは言い換えれば守りに関して一流だと言うことだ!! つまり俺は最強の盾であり、むしろ男の中の男だと言える!!」
「つん」
「あふん」
「随分脆い最強の盾ね」
満に対し俺なりの論理で戦っていた俺の脇を、アザミが指で突いてきた。最強の盾、崩れる。最強だと思っていたが、世界を知らなかっただけだったということか……。
「と、いうか距離!! すぐに離れろ!! 適切な距離を保て!」
「私は珍しい野生動物でも見にきたのか?」
「近くにいたら興奮するらしいし、案外間違ってないかもしれないわね」
「あと『近くにいたら興奮するらしい』とそっちから言うのもやめてもらおう! 俺的にはその、えっ、えっちなワードだ!!」
「キモすぎるな」
「ちょっとは落ち着きなさいよ。せっかくお風呂入ったのに汗かく気?」
「くっ、悪女め!」
「ごめん、どのあたりが?」
月宮さんはわかっていないんだ。男というものがどれほど知能が低くて、しょうもない思考を働かせるやつらなのか!
興奮していることを把握されることで興奮を覚える者、お風呂に入ったのに汗をかくを性行為と紐づけてしまう者もいる。バカなんだ、男は。俺はもちろんそういう思考をする者がいると知っているだけであって、そんな思考はしない。ただえっちなワードだとは思う。仕方がないだろう!! 一人でネットの海に沈んでいたらそういう思考にもなる!! 責めるならその前に俺に友人を寄越せ!!
アザミは更に俺をからかおうとじりじり距離を詰めてきたが、流石に満が間に入って止めてくれた。流石相棒だ。月宮さんもちょっと距離を離してくれたし、本当にいい人たちで助かる。俺の心も落ち着いてきた。もう少しで帝斗に電話するところだった。
「あんた、ほんとに初心よね。友だちだから気にしないっていうのはできないものなの?」
「二人がいい人なのが悪い。どう考えても好意的に捉える以外の選択肢がないだろう? 友人だとは思っていても仕方がないことだと思ってくれると嬉しい」
「いくら親交を深めようと、根本的には男と女だからな。私は割り切れる上に、ニコのことは一切男性として見ていないからまったく気にならないが、善処しよう」
「私も男性っていうより弟感の方が強いからまったく気にならないけど、気を付けるわね」
「……俺、魅力ないのかな?」
「だっ、大丈夫だよニコさん! ニコさんは優しくて面白いし、いざっていう時は頼りになるし、一緒にいて楽しいもん! 魅力まみれ! 魅力の男!」
二人からはっきりと『気にならない』と言われて落ち込む俺を、慌てて満が慰めてくれる。ありがとう。大丈夫だ。俺も二人は素敵だと思っているが、女性として意識しているわけではない。わけではないが、それはそれとしてはっきり意識していないと言われると傷つくというだけだ。
いや、でも、月宮さんは高潔で男性に求めるレベルも高そうだし、アザミはそもそも男性に興味がなさそうだから、気にしなくてもいいんじゃないか? そうだ、そうに違いない。そう納得しておこう。
「しかし、ここまですさまじい童貞だと、寝起きも見せない方がいいかもしれないな」
「あぁ。寝起きで『おはよう』と微笑まれたら、動揺して階段を転げ落ちる」
「流石に寝起きで人殺しになりたくないわね」
「でも月宮さんは起きる時間早そうだから、ニコさんとは時間被らなさそう」
「大体5時半くらいね」
「私は6時だ」
じゃあ大丈夫だ。俺は早起きしたとしても9時か10時くらいだし。二人が早起きで助かった。俺も二人を殺人犯にしたくないからな。
「それじゃ、配信でもしましょっか」
「えっ、もう夜遅くだぞ? 一緒にいる理由はどうするんだ?」
「公式からは既に私たちのステージがあると発表されたらしい。その打ち合わせが遅くまであったことにすればいいだろう。めんどくさい」
「いや、でもなぁ」
「……せっかく一緒にいるんだ。一緒に配信したい。だめか?」
「ドキューン! やりましょう」
「キモ」
「キモ」