稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる 作:酉柄レイム
「クソっ! 普通のボイス台本ならともかく、『ちょっとドキドキしちゃうお友だち』だと……!? 皆目見当がつかない!」
《佐藤さん、友だちいないもんねぇ》
それどころか、恋愛経験もない! 恋愛ゲームならしたことはあるが、アレはゲームであってリアルじゃない! そりゃあ視聴者が「こういうの求めてるだろうなぁ」ということはなんとなくわかるが、恋愛要素に『友だち』が乗ってくるともうわからない! 友だちってどういうのが友だちなんだ? 定義なんてないだろ。難しいんだよ友だちっていうのは!!
「んー、ほら、なんか実体験ないんスか? 一緒にいてドキドキしちゃう、みたいな」
「これがまったくない。だから助けを求めているんだ」
「……」
《佐藤さん、ないわ》
なにがだ? なぜ透華は今の俺の一言で不機嫌になっている?
……そうか、そういうことか。俺は友だちがいなくて仕事もなくて社会的信用はないが、それ以外はある。大学もいいところをでている。それでなんでこうなってるんだと言われたらそりゃもう黙るしかないが、頭が悪いわけじゃない。察しも悪くない。
女性である透華を前にして、まったくないというのは失礼だった。そういう話だな?
思い返してみれば、確かに透華相手にドキドキしたことはある。でもそれは友だちとしてではなく、女性としてだ。つまり初対面、お互いのことをあまり知らなかったときのことで、友だちになってからはもう『友だち』としてしか見れなかった。だってそうだろう。俺が透華を女性として見てしまえばすなわち、友だちが一人減ると言うことだ。由々しき事態すぎる。
「透華。別に透華が魅力的じゃないとそういうことを言っているんじゃない。むしろ透華は美人だと思うし、家事全般のスキルが高く、いつもこうして俺の相談に乗ってくれる優しさもある。女性として完璧だ」
「先輩……」
「あとなにより腰つきが素晴らしい。ちなみに、今のは聞かなかったことにしてもらえるか?」
無理だった。俺はブラックコーヒーしか飲めないのに、しこたま砂糖と蜂蜜を入れられた。
「でも、確かにそうだよな」
「おい帝斗! セクハラだぞ!」
「腰つきの方じゃねぇよ。佐藤は透華を女性として見たら『友だちが減る!』とかわけわかんねぇこと考えて、完全に友だちとしてしか見てねぇから、『恋人一歩手前の友だち』の感覚がわかんねぇんだろ?」
《佐藤さん。西園寺さんって私より佐藤さんのこと理解してない?》
俺も時々びっくりするんだ。帝斗は人を捉えるのがうまい。性格も趣味嗜好も思考も。だから友だちが多いし、俺みたいなやつとも友だちでいてくれる。そして、さっきみたいに俺の社会的能力が著しく欠如しているがあまり出た発言に、こうしてフォローを入れてくれる。
「それなら、今から私のことを女として見ればいいんじゃないスか?」
「何!? そんなことできるはずがないだろう! 透華は大切な友人だ! 女としてみるということはつまり、性の対象として見るということだぞ!」
「さっき腰つきについて言及したっスよね?」
「あぁ、素晴らしい腰つきだ」
「いや、もう一回教えてほしいわけじゃなくて、矛盾してるって言いたいんスよ」
言いながら、俺のコーヒーに砂糖を投入。もう粉が溶け切っていない。ついこの間ピーナッツバターから抜け出したところなのに、なんでまた甘いものを口にしないといけないんだ。
透華はため息を吐いて、女性らしい細くやわらかな手がそっと俺の手に重ねられた。そのまま上目遣いで俺を見て、小さく首を傾げる。
「なんか、感じないスか?」
「香水変えたか? 前のも好きだが、こっちも好きだな。透華に似合って落ち着いたいい香りだ」
「佐藤。そうだけどそうじゃねぇんだ」
「哲学の話か?」
《恋愛のね》
透華が俯いて離れていく。マズい、実は内心緊張していたのが顔に出ていたか? すぐに離れたくなるくらいキモい顔をしていたのかもしれない。すかさず満に「満、俺の顔はどうだ?」と聞けば、《あるよ》と返ってきた。存在の話はしてないんだよ。
「経験もそうだけどさ」
言いながら、帝斗はティーカップを片手にソファに座る。なぜか苦笑している帝斗は俺を見て、その笑みを呆れへと変えた。
「佐藤のことだから、ちゃんと月宮さんっぽくとか、アザミさんっぽくとかって考えてるんだろ? 思ってもないこと言わせたら嫌われちまうかも、みたいな」
「俺はお前の兄弟か?」
「俺がお前の兄弟なら、ちゃんとした職に就かせてる」
溢れ出た涙を拭いて、「その通りだ」と頷く。
月宮さんとアザミさんは俺と仲良くしてくれている。しかし、その人となりを完璧に理解しているわけじゃない。そんな俺が好き勝手にボイス台本を作って送ってみろ、「え、あいつこんなこと言わせるの……?」ってドン引きされて、二度と喋ってくれなくなるかもしれない。つまり友だちを失うということだ。
俺の肯定に帝斗は小さく息を吐いた。
「あのな、月宮さんとアザミさんは佐藤を肯定して、満ちゃんも肯定してくれたんだぜ? そんな二人が、たかがボイス台本一つで佐藤を嫌いになったりしねぇよ」
「たかがボイス台本だと!? ボイスは『あの子にこんなこと言ってほしい』という視聴者の願望を実現させるすばらしいシステムだぞ! それをたかがなど言語道断!」
「そこが琴線に触れんのかよ。ごめんな、たかがとか言って」
「大人っスね、西園寺さん」
「でも確かにそうだな。二人はいい人だから、台本の出来で俺を嫌いになることはないか」
《佐藤さんの情緒どうなってるの?》
数年ずっと一緒にいる満がわからないなら、多分もう誰にも理解してもらえない。
考えてみれば、帝斗の言う通りだ。ボイス台本がキモいからと言って、あの二人が嫌うわけがない。むしろ、それをネタにして俺をおいしくしてくれるだろう。
だからといって、変なボイス台本を送るわけにはいかない。ちゃんと二人に納得してもらいつつ、視聴者にも満足してもらえるものでなければ、エンターテイメントを提供している身としては100点と言えない。
「くっ、どうするべきなんだ、俺は……!」
「……先輩。一つ提案なんスけど」
次に透華の口から発せられたその提案に、俺は「それだ!!!!!!」と声を張り上げた。ここが葛飾区亀有公園前派出所だったら窓が割れているところだった。
「というのが、お二人を呼んだ理由です」
『なるほどね』
『つまり、私たちの恋愛観を知りたい、と』
配信はせず、三人でdicecodeのボイスチャットを繋ぐ。
『そういえば、最近人気だったわね。AIの彼氏彼女にボロクソ言われる診断』
そう、透華から提案されたのは、『二人の恋愛観を、配信のネタにしつつ聞き出す』というもの。それに使われるのは、最近話題の『AIの彼氏彼女にボロクソ言われる診断』だ。なんでも、用意された複数の質問に答えれば、それに沿って架空の彼氏彼女がボロクソに言ってくるらしい。
「リンクを送るので、恋愛診断をやってもらって、後日三人でコラボしましょう。そこで結果を載せて、恋愛観を面白おかしく語る! 配信のネタにもなり、ボイス台本のヒントにもなる! 我が後輩ながらすばらしいアイデアでしょう!」
『そうね。こういう流行りのものって数字とれそうだけど、キャラ的にあんまりできないから正直助かるわ』
『ちなみに、視聴者ウケを狙った回答ではなく、本心から回答するんだな?』
「それでお願いします」
《なんかアザミさんなら、狙った結果出せそうで怖いね……》
アザミさんの本来の職業はなにか知らないが、頭は悪くないどころかめちゃくちゃよさそうだってことは伝わる。エデンズリングの時も、あれはかなり難しいアクションゲームとして有名なのに「覚えた」とか言って一、二回ボスと戦ったら次には倒してるし、配信見たらよくわからない単語が飛び交って視聴者と議論してるし。科学者っていうのは嘘じゃないんじゃないかと思ってる。本名で検索したら、論文とか出てくるんじゃないか? 本名知らないが。
『配信するなら、満ちゃんもやったら? せっかく満ちゃんを表現できそうなんだし』
《やるー! 月宮さん好き! 優しい! お姉ちゃんになって!》
「満が『やるー! 月宮さん好き! 優しい! お姉ちゃんになって!』って言ってます」
『ふふ。それじゃあ幽霊が見えるようにならないとね』
『任せろ』
《佐藤さん。月宮さんと結婚しない? 一緒にいたい。透華も一緒にいたいから二人と結婚しよう》
「月宮さん。ずっと一緒にいたいからと、満から結婚を提案されました」
『ちゃんと仕事見つけてこられるようになったらいいわよ』
涙。
クソ、俺だって仕事ほしいんだぞ……! でもオカルトってめちゃくちゃ軽視されるんだ。そのくせ夏になるとホラーだなんだと騒ぎ出す。あんなパチモンで騒ぐやつらの気がしれん。俺なら本物の幽霊を集められるのに、CGだなんだとくだらない。あんなもので『恐ろしいもの』というレッテルを張られる幽霊の気持ちにもなってみろ! 迷惑だ! この前歩いている時に会った幽霊の樋川さんなんか、「一部の幽霊が迷惑かけただけで、『幽霊は危険だ!』ってクソデカ主語使うのやめてほしい」って言ってたぞ!
「……もしや、そういう迷惑をかけている一部の幽霊を無償で止めれば、有名になって仕事がくるんじゃないか?」
『何かいいこと思いついた?』
『幽霊を止めるのか。行くなら私も連れて行ってくれ、興味がある』
『それなら私も。ちょうど依頼の幅広げたいと思ってたところなのよね』
「依頼? 月宮さん、失礼ですが本職は」
『探偵』
『ちなみに私は科学者だ』
嘘偽りなさすぎだろ、ニッコリ探偵団。