稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる 作:酉柄レイム
「ニコ、死んでるわね」
「緊張して、そのまま……」
「死人が言うとシャレにならんな」
勝手に俺が死んだことにするな!
場所、ホテル。どこの? 『楽園都市』会場近くの。
日付、12月9日。つまり、『楽園都市』前日だ。時間の流れの早さにびっくりしている。あと緊張している。
『楽園都市』前日。俺たちは当日のリハーサルを終えて、ありがたいことに事務所が取ってくれたホテルで休んでいた。もちろん部屋は別々だが、あまりにも俺が緊張して屍のようだったからか、俺の部屋に月宮さんとアザミが集まってくれている。
ベッドに仰向けになって固まっている俺を見て、アザミがため息を吐く。俺もため息を吐きたい。なぜアザミは俺のベッドに座っているんだ? 男女が同じベッドの上にいるという事実をもっと重く受け止めてほしい。
「何を今更緊張する必要がある?」
「逆に聞くが、なぜ緊張しないんだ!? 一日目は『project:talk』もあるんだぞ!」
「緊張しろって言っても、『project:talk』はお話するだけで、なんなら二日目のステージもそうじゃない。緊張のしようがないわよ」
「月宮さんとアザミさんは肝が据わりすぎてると思うけど……。でも、緊張より楽しみの方が勝つかなぁ」
満はギリギリ俺の味方か? いや、呆れた目で俺を見ているから敵だ!!
緊張しないなんておかしな話だろう。二週間前、「あれ、そういえば当日の台本とかないのかな」と思って帝斗に聞くと、「あー」とぼんやりとした声を出してから、ぺらっぺらの紙を一枚渡してきた。そこに書かれていたのは、「いつも通り、オシャレにお願いするわね!」というオシャレな文字。
つまり、台本など存在しない。何も用意がないまま出て行って、好きにしろというのだ。これで緊張するなという方が無理な話じゃないか!? 当日の流れはリハーサルや口頭での説明で把握したが、不安で仕方がない。
「お前たちはおかしいと思わないのか! 台本が一切ないなど、何かあった時お客さんに失礼だろう!」
「私たちは貰ってるから大丈夫よ」
「あぁ」
「私も」
どうやら俺以外の三人は台本をもらっているらしい。なぜだ?
「ニコは変に意識してガチガチになるより、そのままでいてくれた方が面白いからだと思うわよ。進行は私たちに任せて、いつも通り自然体……は難しいかもしれないけど、喋る方に集中してくれたらいいわ」
「さっきのお前の発言からもわかる通り、お前は律儀すぎる。タイムスケジュールのような型があれば、それを気にして普段のパフォーマンスを発揮できないことは火を見るよりも明らかだ」
「……それはわかったが、なぜ満にも台本があるんだ! 俺と満は一心同体だぞ!?」
「一心同体だからじゃない?」
あぁ、そういうことか。もしもの時は満が俺をコントロールしてくれる、と。情けなくて涙が出るかと思った。
完全に納得はできないが、理解はした。俺に求められている役割が進行ではなくエンターテイメント側だというだけの話で、最大限のパフォーマンスを発揮するためには台本など不要、ということだろう。イベリスのプロデュースなら間違いはないのだろう。
まぁ、ステージの方はいい。俺一人じゃないから、俺が大失敗しても月宮さんとアザミがフォローしてくれる環境がある。
ただ、『project:talk』はそうではない!!
「『project:talk』は視聴者と一対一で話すんだろう? 何を話せばいい? 俺の明日の立ち回り次第では、俺のチャンネル登録者数が著しく減少する可能性がある」
一人あたり三分間の制限時間が与えられ、視聴者と話す。三分間だぞ? 普段過ごしているといつの間にか過ぎている時間でも、状況が違えばこうも長く感じられるとは。
普段の配信では相手の顔が見えていないから普通に話せる。しかし、明日は実際に顔を見て喋らなければならないんだ。しかも、一体多ではなく一対一。『その人と』喋らなければならない。そんなことが俺にできるとでも思っているのか? 同僚でもない一般の方を相手に何を話せばいい?
「満ちゃんは喋らないんだっけ」
「うん。厳密に言えば『project:eden』に所属してるわけじゃないし、ニコさんが喋らないと」
「視聴者も満のことを求めているとは思うがな」
「うーん、多分いてくれてるとは思うけど、実体化せずにニコさんの隣にいて、こういうこと話しなよーとか助言? みたいなことしようかなーって」
月宮さんが俺をじーっと見ている。「あんた、満ちゃんに助けてもらわないと話すこともできないの?」と俺を責めている目だ。わかっている。俺もわかっているんだ。だが、今回ばかりは視聴者が金銭を払い俺たちに会いに来てくれている。まかり間違っても「あっ、あっ」と奇妙な音を漏らし続ける三分間にするわけにはいかない。
だからこそ、情けない話だが満に助けてもらおうという話だ。だからといって俺がうまく話せるかといえば確実にそうとは言い切れない。結局言葉を発するのは俺であり、すべての会話に関して満の言葉を待っていれば、かなりテンポが悪くなる。そうなれば、三分間のうち数秒が無駄になってしまう。つまり、ある程度俺自身で考え話すべきなんだ。
「そもそも、俺に会いに来てくれるファンなどいるのか……? 自分で言うのもなんだが、普段の配信を見ていればまともに喋ることができないというのはわかっているんじゃないのか……?」
「本当に自分で言うことじゃないわね」
「私の予想では、女性が多いと思っているがな」
「なっ、ナニィ!? 女性!?」
「わっ、びっくりした!」
俺もびっくりした! 思わず飛び起きた!
女性だと!? 俺の視聴者で!? ありえない。俺に女性ファンがつくか? アルや茉莉さんにつくというのなら全然理解できる。しかし俺の視聴者からの評価は「情けない」「おもちゃ」が主だぞ? まったくかっこよくない! 俺もカッコよくなりたいのに!
「ニコはかわいいからな。情けないだけではなく、根本に優しさ、思いやりがある。応援したくなる気持ちを刺激されるんだ。母性本能に近いな」
「でも、多いっていっても男女で4:6くらいじゃない? ニコの視聴者層って男性が多いでしょうし」
「一つ聞きたいんだが、女性の場合はまず服装を褒めるのが礼儀だよな?」
「なんとなくキモそうだからやめなさい」
「なんとなくで貶すのをやめてくれ」
俺も褒められる自信はないが……。
俺に女性が会いに来てくれるというのは信じ難いが、アザミが言うのならそうなのだろう。アザミのことだからただ単に推測しているのではなく、何らかのデータに基づいて判断しているはずだ。この前月宮さんに教えてもらったが、俺たちが視聴者からどんなことを言われているのかとエゴサをかなりしているらしいし、その結果も推測の要素となっているに違いない。
「女性が相手ならセクハラに気を付けなければ……」
「そうだよー。月宮さんとアザミさんは普段許してくれてるけど、相手は一般の方だからね? 本当に気を付けてね?」
「私は別に気にしてないからセクハラだとも思ってないけど、確かに普段のキモい言動するのはよくないわね」
「ニコのアイデンティティのようなものでもあるから、案外受け入れられるかもしれんがな」
どうやら俺のアイデンティティはキモさらしい。両親になんと謝ればいいのかわからない。俺のいいところはもっとあるはずなのに……。
クソッ、緊張する。帝斗と透華も会場にはきてくれるらしいし、ギリギリまで隣にいてもらうか? あの二人が側にいれば大地に抱かれていると言っても過言ではない。もしものときは帝斗がキャッチボールしてくれるだろうし。
「……もう、覚悟を決めるしかないのか」
「私を抱く覚悟か?」
妖しく笑って近づいてきたアザミにびっくりして、ベッドを跳ねて床に落ち、そのまま転げ回って壁に激突した。そんな俺の姿を見て口を揃えて「それでいい」と一言。
もしかして、俺はバカにされているのか?
「……」
「……」
「……」
「……透華」
「なんですか」
「いやぁ」
参った。キャッチボールする相手がいねぇ。
『楽園都市』当日。いつも佐藤の面倒を見てきた身としては、こないわけにはいかないイベント。佐藤には伝えず、予め近くのホテルを取って現地入りし、今日を迎えたわけだが、隣の透華がご立腹……と、嬉しいのと半分半分の複雑な感情を抱いている。
理由は、会場までの道を歩いていて聞こえてきた、佐藤の『project:talk』についての会話。偉いもんで、佐藤について話している声というのは他の話よりも耳に届きやすく、最初は嬉しくなって笑っていたが、どうやら佐藤の『project:talk』に行くのは女性の方が多そうだということがわかって、透華の機嫌が悪くなっていったっていうわけだ。
別に、自然な話だとは思う。あいつは見てくれと声と性格がいい。そりゃあ情けなく映ってはいるが、その前提には性格のよさがある。あいつのことをちゃんと見てくれているなら、他の男性陣と同じように女性客が多くてもおかしくない。
……ってことを透華もわかってはいるんだろうが、理屈と感情は別の話だからなぁ。困った。
「……先輩が人気なのは、嬉しいんスけど」
「おう」
「それこれとは話が別なんスよね」
「……まぁ、なぁ」
なんて言えばいいのか。いや、何も言う必要はないとは思ってる。一瞬、「佐藤からすれば、透華は特別だ」って言おうとしたが、佐藤はわかりやすいからそう思ってくれてるってことは透華自身もわかってる。そういうのを全部わかった上でご立腹だってんだから、かわいらしいというかなんというか。
「『project:talk』のチケット取ろうとは思わなかったのか?」
「だって、そんなことしてもし当たって会いに行ったら、思いきり名前叫ばれて身バレしますもん」
「”しそう”とかじゃねぇんだな」
「西園寺さんもわかってるでしょ」
間違いない。あいつは今極度の緊張状態にあって、そんな中俺たちを見かけたら思いきり名前を叫ぶ。そんなのが周りに聞かれたとしたら、よっぽどのバカじゃなきゃ俺たちが『佐藤がよく話してる友人』だってすぐにバレる。
そうなりゃあいつ、めちゃくちゃ責任感じるだろうからな。あいつがミスるような原因を俺たちが作っちゃ世話ねぇか。
「ま、透華の気持ちもわかるけど。今日と明日は、『やっとわかったか』って古参ぶっていい気持ちになってやろうってつもりで楽しもうぜ」
「……そうっスね。よく考えたら、先輩が女の子とちゃんと話せるわけないし、心配ないか」
晴れ晴れとした笑顔でひどいことを言う透華に、「間違いねぇ」と笑って頷いた。