稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる   作:酉柄レイム

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第85話 楽園都市 (3)

「ものすごい数の観客なんだが!?」

「事前に伝えられてたわよ」

「今と違って、その時から緊張していたからな。バカみたいに」

「いつも一言余計だとよく言われないか?」

 

 『楽園都市』二日目。ニッコリ探偵団のステージである『依頼:一週間共同生活せよ!』開演前。映像で確認したところ、既に客席は多くの観客で埋まっていた。今更ながら、こんなに多くの人に応援してもらえているんだと実感する。もちろん、俺だけでなく月宮さんとアザミのファンもいるだろうが、それでも俺を知ってくれているということに変わりはない。月宮さんとアザミを知っていて、俺を知らないという人はいないだろうからな。

 あの観客の中に、帝斗と透華もいるのか……。なんか、アレだな。授業参観みたいな緊張感はあるな。もしかしたら帝斗と透華が泣いてしまうかもしれない。俺が大勢の人の前に出ることなど、これまでの人生で見たことがなかっただろうからな。

 

「というか、本当に緊張してないみたいね」

「あぁ。俺にしては珍しい」

「お前は緊張していた方がぐちゃぐちゃになって面白かったのにな。もったいない」

「いつも余計なことしか言わないとよく言われないか?」

「言われるが、顧みようとは思わない」

 

 自分を持っていて大変いいことだ。

 

 開演三分前。もうすぐ始まるというのに緊張しないのは、やはり昨日のことがあったからか、もしくは変なアドレナリンが出ているからか。きっとどちらもだと思う。決して度胸があるとかではない。いや、もしかして俺に度胸という概念が生まれたんじゃないか? VTuberとして色々やってきたから、そういう成長があってもおかしくはない。

 

「アドレナリン」

 

 満に単語で指摘された。どうせ指摘するなら愛のある指摘をしてほしい。

 

 しかし、デビューして数か月だというのにステージまで与えてもらえるとは。本当に『project:eden』には感謝してもしきれない。ライバーはまともじゃない人が大勢いるが、運営はまともなのだろう。全然関わったことがないからどんな人がいるのかまったく知らないが。

 

「よし、開演して出て行ったら円陣でも組むか!」

「普通そういうのは裏で済ませるでしょ」

「ニコ、お前……もしかして緊張に気づいていないだけなんじゃないのか?」

「いや、多分円陣っていう概念に触れてこなかったから間違えちゃっただけだと思うよ」

「俺の一人ぼっちだった過去を浮き彫りにしないでくれるか?」

 

 仕方がないだろう。そもそも円陣なんて運動部しかやらないものなんじゃないのか? 俺が一人ぼっちだったことは否定しないが、文化部出身のやつは円陣を組んだことがないはずだ。何? それでも表で円陣を組むのは非常識だというのはわかるだろう、だと? 満、脳内で俺を言い負かすのはやめてくれ。

 

 俺が脳内で満に言い負かされ、次はどういう論理で勝負してやろうかと考えていると、月宮さんが俺に腕を伸ばしてきた。なっ、なんだ!? 今までの俺のキモさが今になってムカついてきて、しばき回そうというのか!?

 

「なにビビってんのよ。円陣組むんでしょ?」

「え、組んでくれるのか?」

「どんだけ円陣がハードル高いと思ってんのよ」

「優姫、仕方がないことだ。ニコはすさまじい童貞だからな」

「だから、何度童貞に形容詞をつけるなと言わせるつもりだ!」

「何度も言われる方も問題あるような気もするけど……」

 

 一理ある。

 

 月宮さんとアザミが両隣だと俺がドギマギしてしまうからと満を隣にしようと思ったら、満が俺の対面でニコニコしている。ふ、フン! 一週間共同生活したんだ、今更円陣ごときで俺がドギマギするとでも!?

 

「あっ、そっ、その、失礼する」

「私の体はどうだ? 柔らかいか?」

「柔らかいに決まっているだろう!」

「世界一キモいキレ方ね」

 

 右に月宮さん、左にアザミ、正面に満。まさか、俺の人生において円陣を組む日がくるとは。今度帝斗と透華に自慢しよう。それか、次も頑張るぞという意味で帝斗と透華とも円陣を組むか? あの二人なら慣れていそうだし、俺をリードして円陣を組んでくれるかもしれない。ところで、円陣においてのリードとはなんだ?

 

「掛け声はどうするの?」

「ニコが決めよう」

「そうね。ニッコリ探偵団の顔みたいなものだし」

「何!? ニッコリ探偵団とは人だったのか!?」

「比喩表現よ比喩表現。あんた、やっぱり緊張してるでしょ」

「いや、落ち着いている。見てくれ、この左目を」

「すまないが、左目で緊張を判断する術を持っていない」

 

 掛け声、何にするか。ニッコリ探偵団にちなんだ何かがいいな。それでいて、全員の信条に則ったものがいい。俺だけなら『glory on the midnight』とかにするんだが、なぜか俺のセンスは常軌を逸しているようだからナシだろう。

 ……いや、こういう時は俺じゃないんじゃないか?

 

「満、お前が決めてくれ」

「え、私?」

「あぁ。思えば、ニッコリ探偵団という名前を考えたのもお前だからな。お前が決めてくれ」

「そうだな。ニコのセンスよりはよっぽど信頼できる」

「そうね。ニコの掛け声が決まり切らなくて開演する未来も見えてたし」

「俺に対しては失礼という概念が消え失せるのか?」

「遠慮がない関係ということだ」

「なんだ、そうか。フフフ……」

 

 あと、今俺に円陣の掛け声を考える余裕がないというのもある。こんなに長い時間女性に触れた経験などまったくない。俺の心がドギマギし始めている。というかよく耐えた方だろう。意識するのは失礼だと思っていたのもあるが、すさまじい童貞である俺にしては快挙だと思う。ついに自分で童貞に形容詞をつけてしまった。

 俺のお願いを聞いた満は快く頷いて、「じゃ、私の掛け声の後に『おー!』って言って!」と掛け声を即決してみせた。流石は俺の相棒だ。俺ができないことは満ができる。補い合える素晴らしい関係だ。

 

「それじゃ、いくよ!」

「オー!」

「円陣が不慣れなのもいい加減にしろ。掛け声はまだだ」

「開演時間延ばしてもらおうかしら……」

「もう、ニコさん! 出鼻くじかないで!」

「本当にすまん……」

 

 緊張しているのか、俺は? さっきから様子がおかしい。こんな無様な形で出るアドレナリンはいやだ。

 こんなことで開演時間を延ばしてもらうのは申し訳なさすぎるから、黙っておくことにする。それに、掛け声といえば気合いを入れて言うに決まっている。満が息を大きく吸い込んだ直後が掛け声のはずだ。ふっ、まだ俺の推理は錆びていないらしい。

 

 そして、満が大きく息を吸い込んだ。

 

「みんな、笑顔にするぞー!!」

『おー!!!』

 

 ちょっと裏返った。アザミにめちゃくちゃいじられた。慣れてないから仕方ないだろう!!

 

 

 

 

 

 会場が暗くなり、正面にあるモニターに映像が流れる。それは、どこかの探偵事務所。壁には本が敷き詰められた本棚、所長机には黒い革性の高そうな椅子、所長机の前には木製のひじ掛けがついたベージュ色のソファが、黒い長方形のテーブルを挟むように置かれている。

 そして、所長机から見て左の壁にあるドアが開いた。顔が見えないアングルで、暗い色のインバネスコートを着た女性、白衣を着た女性、高そうな黒いスーツを着た男性、ジャージを着た少女が入ってくる。

 男性は所長机へ、女性二人は一人ずつ別のソファへ、少女は男性の隣へ。移動が終わると同時、探偵事務所全体が見える、所長机を正面にしたアングルへと切り替わり、男性──佐藤が、いや、ミッドナイト・サイコナイトが口を開く。

 

『依頼:一週間共同生活をせよ! ……なんだっけ満』

『すみません、もう一回いいですかー!』

 

 その一言とともに、モニターが暗くなり、ステージが明るく照らされる。そこには、映像と同じバーチャル空間の探偵事務所があった。所長机には佐藤が座っていて、ソファには月宮さんとアザミさん、佐藤の隣には満ちゃんが浮いている。

 

『なぜ失敗したものを流しているんだ!! あの後ちゃんと撮り直しただろう!』

『これより開始する、程度のセリフを覚えられないお前に対しての戒めだろう』

『緊張してたとはいえ、ひどかったものね。撮る前めちゃくちゃ反復してたのに』

『それより自己紹介! みんな見てくれてるんだから!』

 

 隣にいる透華が顔を抑え、ようとした手前で止まる。共感性羞恥で抑えようとしたけど、ちゃんと見ておこうってことだろうな。しかしあいつ、運営さんにまで遊ばれてんのか……。

 

『それもそうだな。んんっ、我が名はミッドナイト・サイコナイト、またの名をニコ! 深夜の狂騎士だ!』

『月宮優姫です』

『アザミ・フレンジー』

『そして満で、ニッコリ探偵団です! みなさん、今日はきてくれてありがとうございます!』

 

 一番しっかりしていると言ってもいい満ちゃんの声に、会場中で歓声が上がる。佐藤の、月宮さんの、アザミさんの、満ちゃんの名前を呼ぶ声。特に佐藤は「ニコ!! 俺が見てるぞ!!」「ニコ!! カッコいいぞ!!」「ニコ!! 生まれてきてくれてありがとう!!」と熱狂的なファンが応援している。月宮さんとアザミさんにも熱狂的なファンはいるだろうけど、佐藤のファンが一番ノリいいんだろうな。

 

「満―!! かわいいよー!!」

 

 俺の隣にもノリがいいやつがいた。そして恐ろしいことに、満ちゃんが俺たちに手を振ってくれている。あの子、幽霊だからか気持ちとか魂とか感じるのが得意そうなんだよな。俺にはその感覚わかんねぇけど。

 

『さて、出鼻をくじくようで申し訳ないが、無料配信されているうちに伝えておこう。今回流す映像は、俺たちが一週間共同生活をしたその一部にすぎん。そこで、ディレクターズカット版を後日販売することが決定した! 更に、今回のステージと同じように、俺たちの副音声がついているものとついていないもの、両方だ! 続報は追って発表する!』

 

 これは、佐藤に頼まれて、佐藤と一緒に運営と交渉した。一週間分の再撮影となるとかなりの労力とコストがかかる。簡単には頷いてもらえないだろうと思っていたが、交渉中にイベリスさんがきて「えぇ!? そんなオシャレなことを!?」と言ってポケットマネーを出してくれることで実現した。俺と佐藤もそれは悪いと断ったが、「私がオシャレだと思ったことを邪魔するなら、例えオシャレなあなたたちでも許さないわよ!!」と言って左右に腰を振られた。腰を振られた意味はまったくわからねぇ。

 

「どうしたら喜んでもらえるかって考えるの、せん……ニコっぽいっスね」

「あんな見た目で厨二病のクセして、自分のこと考えてる時間の方が実は少ないからな」

 

 だからこそ、こうして佐藤を応援してくれる人がいるんだと思う。

 

『そして、満も言っていたが今日きてくれて本当にありがとう。配信で見てくれている人もありがとう。俺たちはみなさんの応援と期待の上に立たせてもらっている。今日は常日頃の感謝の証として、必ずみなさんを笑顔にしようとここに誓おう』

『今ニコはいつもありがとう、楽しんで帰ってね、と言った』

『そういう補足をされると、俺が意味もなく長ったらしいセリフを吐いたと思われるからやめてくれるか? ……え、意味もなく長ったらしかったか?』

『別に、あんたらしくて素敵だと思うわよ』

『え、そうか? フフフ……』

『うぅん……』

『満。キモいならキモいとはっきり言ったらどうだ』

『キモい』

『あまりこういう時にはっきり言うやついないだろ!!』

 

 会場から笑いが起きる。その瞬間、佐藤が後ろにのけぞった。多分あれは「えっ、俺って笑ってもらえるほど面白いのか!?」と思ってる感じだな。配信中はコメントで「草」とか送ってもらっているが、実際の笑い声を聞くのとコメントとじゃ大分違う。

 それを感じ取られたのか、「ニコ、面白いぞ!!」「ニコ、自信を持て!!」と野太い声援が送られる。もうほぼ煽りだろ。

 

『……なんか、アレだな。その、ちょっと待って』

『月宮さん、アザミさん! 繋いどいて! ニコさんが今更みんなに認めてもらえてるって実感して泣いちゃったから!』

『昨日やっただろう、その感動』

『もう……仕方ないわね』

『嬉しそうだな、優姫。よっぽど生涯隣でニコのサポートをしたいと見える』

『おもしろそうで悪くはないけど、ニコの隣は埋まっちゃってるから』

 

 いつもなら「生涯は無理ね」と言いそうな月宮さんもノリがいい。ただ、そのせいで透華が面白くなさそうにしている。

 

 アザミさん。いつものノリだとはわかってるけど、俺がキャッチボールしなきゃいけなくなるからやめてください。

 

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