稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる 作:酉柄レイム
「ひっ、人の心配をしている場合ではなかった……!!」
「その緊張癖、一生治んなさそうだねー」
後輩がデビューし、その動向をチェックしていると、「あれ、そういえば俺の3Dお披露目、今週だよな……?」ということを思い出した。普通に打ち合わせとかしていたのに、後輩のことが気になりすぎてまったく実感が沸いていなかった。
今週といっても、もう明日だ。明日!!!?? 俺は今まで何をしていたんだ!!???
今は事務所にいる。というのも、明日遅刻するのが不安だから事務所に泊まらせてくれ、と俺が言い出しそうだからと帝斗が泊まっていいように調整してくれたらしい。わけもわからず頷いて連れてきてもらったから、さっきまでなぜ俺が事務所にいるのかわかっていなかった。
「な、なにが起きているんだ……!? 俺はさっきまで後輩とどうやって関わっていこうかと、一週間前から考えていたはずなのに、気づけばお披露目が明日だと!?」
「時間が経っただけだと思うけど」
今俺がいるのは、事務所の仮眠室。仮眠室はカプセルホテルのようになっている。換気の問題や何かがあったときのための救助が滞るためか、仮眠室自体に鍵はかけられるものの、カプセルごとに鍵はつけられていない。その代わり、不審な動きをした者がいた場合、『シゲキ的防衛システム』が作動するらしい。多分死ぬ。
満は仮眠室にしては豪華でどことなくオシャレなベッドに体を沈めて、今にも夢の世界へ旅立とうとしている。貴様、俺が果てしなく緊張しているというのに……!!
「くっ、どうする……? この緊張を抱えたまま明日を迎えれば、大失敗は目に見えている!」
「……」
「どっ、どうすればいいんだ? 俺が大失敗してしまっては、スタッフさんにも視聴者にも、きてくれるゲストの方々にも申し訳なさすぎる!」
「……」
「もしかしたらあまりにも大失敗すぎて、俺がクビになるかもしれん! おい満、どう思う?」
やけに静かだなと思って満を見れば、気持ちよさそうに寝ていた。自分で言うのもなんだが、こんなにうるさいやつが隣にいてよく寝られるな!
……起こすのも可哀そうだ。恐らく、満も満で気を張っているのだろう。俺と満は一心同体。明日は俺のお披露目でもあり、満のお披露目でもある。『楽園都市』の時は一切緊張の様子を見せていなかったが、今回は完全に俺たちが主役だからな。緊張していないように見えても、心のどこかで緊張感を持っていても不思議ではない。
しかし、俺は今眠れる精神状態ではない。満には申し訳ないが、安全のために実体化を解除して散歩することにしよう。
とはいっても、時間的に誰もいないはずだ。常駐しているスタッフさんもいるとのことだが、初対面だしどこにいるかもわからないから、緊張を解しに喋りにいこうにも逆に新たな緊張が芽生えてしまう。
仮眠室を出て、ふらっと事務所を歩く。セキュリティ関連の部屋や、仮眠室のように安全性を確保するべき部屋は、入退室をカードリーダーと生体認証で管理している。満を起こさないようにカードリーダーにカードを当て、カメラに向かって正面に立つと、オシャレな承認音とともに鍵が開いた。今思ったが、そーっとカードを当てても承認音が小さくなるわけではないよな……。
時刻は22時を回っている。なぜこの段階になって明日がお披露目だと思い出すのか、自分の余裕のなさに笑ってしまう。いや、笑っている場合ではない。ただ生きているだけで誰かが助けてくれる環境など、この先一生あるかはわからないのだ。自分の力のみで生きていけるようにならなければならない。明日で27歳になる男がする決意にしては遅すぎる気もするが、決意において早いも遅いもない。その者にとって、決意したその時が最速だ。
廊下は暗く、歩くのに必要最低限の明かりしかない。静かで暗い事務所に俺の足音が寂しく響く。世界から隔絶された場所にいるようで、なんとなく興奮する。事務所には幽霊もいないしな。恐らく、シゲキやアザミがいて研究対象にされそうだからだと思う。
「……ん?」
ふらっと歩き、会議室の近くまでくると、明かりがついていることに気づく。この時間まで働いているとは、『project:eden』は働き者らしい。労働環境的にどうかとは思うが、もしかしたら俺が今日泊まるからと出勤時間をずらして、今仕事しているのかもしれない。
……流石に挨拶はしておくべきか。人見知りだからといって礼儀を欠いていいわけではない。結局湧いて出た新たな緊張を抱えながらドアをノックし、返事がないことに首を傾げなら恐る恐るドアを開ける。
「だからよォ、もっとシゲキ的にするべきだろうが!!!!! 武器の搭載は見送ってやったんだから、デザインぐれぇシゲキ的に譲れ!!!!!」
「イヤー!! もっとオシャレであるべきよ!! 後ろに女の子を乗せて走るかもしれないのに、オシャレじゃないのはノーオシャレ! オシャレに関しては譲れないわ!」
「いーや、ニコはクールな男だ。もっとクールにする必要がある」
「何をしているんだ……?」
中に入ると、ルイスとイベリスとシゲキが、バカでかいスクリーンにバイクの設計図を投影し、なにやら言い争っていた。これだけ大きな声で騒いでいても音が漏れない会議室の防音性は信頼できすぎる。
聞き間違いでなければ、俺の名前が出たような気がする。そして明日は俺の誕生日。俺の勘違いでなければ、誕生日プレゼントの話か……?
ヒートアップして騒いでいた三人は、一斉に俺に目を向けた。テーブルを挟んで向こう側にいるのに、存在感が強すぎてめちゃくちゃ近くにいるように錯覚してしまう。
そして、実際にシゲキが近くにきた。テーブルを軽々と乗り越えて俺の腕を掴み、放り投げる。一瞬の出来事に混乱する俺を空中でイベリスがオシャレにキャッチして、着地したところにルイスがクールにコーヒーを出してくれた。おもてなしが特殊すぎる!!
「こんばんは、ニコ。今日もオシャレね」
「ハァ!? こいつはシゲキ的だろうが!!!!!」
「いーや、クールだな」
「いいえ、オシャレよ!」
「シゲキ的だ!!」
「クールだ」
「俺を理由にわけのわからないことでもめるのはやめろ!!」
クソッ、世界一訳の分からないものに巻き込まれた!! 明日は3Dお披露目だというのに、なぜ前日にこのような試練を……!! 最近いいことばかりあったから、神様が帳尻を合わせに来たのか!?
雰囲気は一触即発。一期生の中ではまともな方なルイスが自分を落ち着けるためにタバコを咥えて火をつけるが、イベリスに「禁煙よ!」と握りつぶされ、「アツゥイ!」といってイベリスが飛び上がり、その勢いのままなぜここにあるのかわからない豪華絢爛な椅子に座り、脚を7回組み直す。一瞬の動きなのにかなりやかましい。
「さて、なぜ私がオシャレなのか聞きたいということだったわね」
「オシャレの秘訣は気になっていない。前もこのやり取りしただろう」
「ということは、今回はなぜ俺がクールかを聞きたいということか」
「シゲキ的になりにきたんだろ!!! 三日テメェの時間を寄越せ!!!! 俺がシゲキ的にしてやるよ!!!!」
「えぇい話が進まん!! このスクリーンに映しているものはなんだ!!」
スクリーンを指して聞けば、三人同時に口を手で押さえて「しまった」という表情。貴様ら、かなり仲が良さそうだな!!
「イベリス、シゲキ。サプライズプレゼントの会議をしていたことがバレたが、どうやってクールに切り抜ける?」
「いいえ、オシャレに切り抜けるべきよ」
「シゲキ的のがいいに決まってんだろうが!!!」
「そういうことは俺のいないところで話し合ってほしいし、話し合うなら建設的な話をしてくれ」
こいつら、年がら年中「クール」か「オシャレ」か「シゲキ的」かでもめてるんじゃないか? 不毛すぎる。他の誰にもわからない自分たちの感覚を押し付け合っても結論なんて出ないだろうに。第三者の意見を聞いたところで、すべて理解できない感覚だから意味がない。
でも、俺が知らないだけで「今回はクールでいこう」みたいな着地もしたことがあるのか? そうじゃないと今頃三人でぶつかり合い、事務所が塵も残さず消えているだろうし。度々思うが、こんな危険人物をよく一期生にしようと思ったな。
「まぁ、クールなニコには隠し事をしてもバレてしまうだろう。正直に言えば、これはニコへのサプライズプレゼントだ」
「おぉ……い、いいのか? 見たところ、バイクのようだが……高くないか?」
「人の気持ちに対して、お金の価値を持ちだすのはノーオシャレよ! 私たちがプレゼントしたいと言っているのだから、オシャレに受け取りなさい!!」
「第一、自分の金をどう使おうがシゲキ的に俺の勝手だろうが。ぶっ飛ばすぞテメェ!!!!!」
「す、すまん! その通りだ! ありがとう!」
確かに、今のは俺が野暮だった。例え値段を気にして申し訳ないと思っていても、それを相手に伝えるべきではない。まず伝えるべきは感謝だ。礼儀を欠いた俺が悪い。
バイク、バイクか……。免許を持っているから乗れはするが、少し気を付けないとな。配信でバイクをプレゼントしてもらったと言って、見た目などを言ってしまえば身バレに繋がる。それに、これも俺の聞き間違いでなければデザインのことでもめているようだった。この三人のデザインともなれば、目立つこと間違いないだろう。なんなら配信で見た目について話さなくても身バレする可能性すらある。
「それで、何を話していたんだ? デザインについて話し合っていたように聞こえたが」
「そうなのよ! ルイスがオシャレにするべきだって言って、シゲキがオシャレにするべきだって言い出して! 私はオシャレにするべきだって言ってるのに!」
「いいや、イベリスがクールにするべきだと言って、シゲキがクールにするべきだと言うのがいただけない。俺はクールにするべきだと思っている」
「だから、シゲキ的にするべきだっつってんだろうが!! なんでルイスはシゲキ的にしようとして、イベリスはシゲキ的にしようとしやがる!!」
「待て、混乱してきた。時間をくれ」
なんだ今の会話は!!? 会話か!? 俺の知っている会話ではない!! なぜ矛盾しまくっているのに三人の中では意味が通じ合っているんだ!
……ん、もしや、三人はそれぞれの価値観を認め合っているから、「クール」をオシャレと言ったりシゲキ的と言ったり、「オシャレ」をクールと言ったりシゲキ的と言ったり、「シゲキ的」をクールと言ったりオシャレと言ったりしている、ということか? その関係性自体はすばらしいが、もっと俺にも伝わるように話してほしい。会話が異次元すぎる。
「……そうか、この際、ニコに決めてもらうというのはどうだ?」
「確かに。元はと言えばニコに送るプレゼントだものね」
「チッ、ちっとシゲキ的じゃねぇが、まぁ文句はねぇ」
「さぁ、もちろんクールにするよな?」
「いいえ、オシャレにするのよね?」
「シゲキ的にするんだろ!!!!??」
ルイスとイベリスとシゲキが詰め寄ってくる。ま、マズい! 最悪の巻き込まれ方だ!! 世界一嬉しくないハーレム主人公みたいになってしまっている!!
ど、どうする。どれを答えれば正解なんだ。この三人は我が強いが、お互いの価値観を認め合える器もある。どれを答えたとしても結局は納得してくれるようには思えるが、その保障はどこにもない!!
なにかないか、俺が無事で済む方法……! 価値観を認め合えるといういいところを、最大限に生かした起死回生の一手はないのか……!
その時、俺に天啓が下りた。お互いの価値観を認め合えるのなら、新たな価値観を生み出せばいい!!
「いや、カオスにしてくれ!」
「「「なにっ、カオス!!!???」」」
三人が同時にのけぞってびっくりしている。やっぱり仲いいだろ、お前ら。