稼ぎの少ないオカルト事務所所長、VTuberになる 作:酉柄レイム
突然だが、満の両親にはVTuber活動のことは言ってある。満を預かっているようなものだから、当然ご両親の許可は必要だと思ってのことだ。その時は満の存在をみんなに知ってもらえると、俺と同じような理由で快諾してくれたことを覚えている。
当時は本当に緊張した。満のご両親は立派で優しい方々だが、俺は依頼のないオカルト探偵事務所の所長で、得体の知れない輩であることに変わりはない。そんなやつがVTuberになり、いってしまえば満をコンテンツとして扱っていいかという許可をとらなければならないともなれば、その時点で俺がどれだけ緊張したかがわかるだろう。
元より、よその娘さんを預かっている身としては、ある程度、というかかなり気を遣ってしまうのが現状ということで。
「……」
「……」
「……」
つまり、満のご両親、特にお父様の前では委縮してしまうということだ。
大晦日。家族と過ごすことがスタンダードとされがちであり、ということは本来ならば満は満の家族と過ごすべきだ。しかし、満のご両親は俺と満が一緒にいなければ、万が一満に何かあった時に後悔する、という理由で満のみの帰宅を拒否。それならばと、母さんが満のご両親をうちに招待した、というわけで。
今俺の目の前には、満のお父様がいる。お母様は「相変わらず男前だねぇ!」と俺の背中を強く叩き、満と母さんとともに夕飯を作ってくれている。つまり父さんと俺と満のお父様がこの場に残されている。もちろん俺は正座で、父さんも正座だ。遺伝を強く感じる。
満のお父様は、こう言っては失礼だが見た目が怖い。体がごつい上に強面で、極道と言われてもすんなり信じてしまうくらいには威圧感がある。満の高い運動能力は、きっとお父様の遺伝だろうと思ったが、お母様も運動神経がかなりいいらしい。それならば、運動神経がよくならないわけがないな。
などと、満の運動神経について考えている場合ではない。傍から見れば満のお父様に俺と父さんが怒られているように見える現状をなんとかしなければ。お父様とて好きで威圧したいわけではない、と思う。せっかくの大晦日、楽しく過ごさなければ嘘というものだ。
「満は元気か?」
「えっ、あ、はい。いつも元気をもらっています」
「そうか」
ありがとう、とお父様が呟くように言って、お茶を飲む。
「顔を合わせる度、いや、満のことを考える度に、君に感謝している。最初君に会って、幽霊の満が憑りついていると言われた時、激昂したことを謝らせてほしい」
「いえいえ! 何度も謝罪いただいていますが、当然の反応かと思いますので! ……むしろ、俺の方こそ申し訳ございません。娘さんを亡くされている親御さんに、無神経でした」
「それも、顔を合わせる度に言ってくれるな」
ふっ、と口角を少し上げて笑うお父様。渋くてカッコいい。なぜうちの父さんはギャグキャラなんだ。今も俺と同じくお父様をカッコいいと思ったのか、口角を上げて真似をしようとして、ぴくぴく口角を痙攣させている。街中にいたら完全に不審者だ。近々この辺りで不審者情報が出たら、「俺の父さんなんです」と俺が頭を下げて回ろうと思う。
お父様は、見た目がいかついだけでめちゃくちゃいい人だ。さっきのように顔を合わせる度にお礼を言ってくれる。お母様から「そんなにお礼言っちゃうと、たけしくんも対応しづらいんじゃない?」と言われた時も、「だが、伝えるべきだ」と背筋を伸ばし、お母様の目を射抜いていた。堂々としていて男らしく、威厳のある風格。うちの父さんにない物をすべて持っている。ということは俺にもない。
「まさか、満に同年代の友人ができるとはな。それを知った時は、思わず涙ぐんだよ」
「わかります。俺も仲良くしている度に泣いてしまいます」
「君は感受性が豊かだな。だからこそ満を任せられる。今時珍しい、心が綺麗ないい男だ。……いい息子さんを育てられましたね」
「えっ、あっ、はい。とはいっても、たけしは勝手にいい子に育ってくれたようなものですが」
「では、勝手にいい子に育つ環境を、あなた方が作られたのでしょうな」
「それを言うなら、満ちゃんもいい子ですよ。その場にいるだけで周囲を元気にしてしまう。うちの息子も、幾度も助けてもらっているようですし」
それは本当にそうだ。満がいなければ、俺の周りにいるのは帝斗だけだった。透華は満繋がりで出会ったからな。きっと、その世界線の俺はVTuberに……なっていそうな気もするが、今ほど成功はしていなかっただろう。満といるからこそ、俺という存在をすぐに受け入れてもらえたのだろうしな。
「さて……男同士、大事な話でもしようか」
「確定申告ですか?」
「大晦日に税金のことを考えさせないでくれ……。俺は毎日介護されているのに年金を払っているんだぞ?」
「母さんの負担を少しでも考えたことはあるのか?」
「母さんのことは毎日考えている」
「俺もです」
父さんとお父様は、同時に自身の妻を見た。どれだけ歳を重ねても夫婦の仲がいいのはいいことだ。息子である俺が実家を出て、夫婦二人きりになった時は寂しくないかと心配したものだが、この分なら心配いらないだろう。父さんは俺と同じく社会不適合者のきらいがあるが、なんだかんだで人には恵まれているし。
考えれば考えるほど遺伝強いな。
「いや、そうじゃない……たけしくん、君の将来についてだ」
あまりにも凄まれて言われたものだから、一瞬「お前の未来はない」と言われたのかと思った。まさかそんなことを婉曲させて言うわけがないとすぐに思い直し、お父様の言葉の意味を考える。
俺の将来について? なぜこのタイミングでその話を……。確かに俺は依頼のないオカルト探偵事務所の所長でVTuberだが、うまく生きられていると思う。前者はほぼ社会の役に立ってはいないが。
お父様の意図が読めない俺とは違い、父さんはお父様に同意するように頷いた。俺とそっくりとはいえそこはやはり年の功というものか。
「どういうことですか?」
違った。わからないということを受け止めて頷いただけだった。
「満はたけしくんに憑りついている。となれば、君が結婚するとなった時、満はどうするんだ?」
「そもそもできるかどうかも怪しいところですが……」
「たけし。ちなみに俺も同じことを言っていたぞ」
俺は父さんと同じような人生を辿ることが運命づけられているのか? それはそれでなんとかなると前向きに捉えればいいのか、いくつになっても情けないのは治らないのかと悲しむべきか。
俺が結婚したら。俺としては満も一緒にきてもらいたいが、他でもない満が気を遣うだろう。満はそういうやつだ。俺はもちろん、俺の将来の伴侶が満もきてもいいと言ってくれても、二人の時間が大事だからとどこかへ消えていくことは想像に難くない。
でも、満は実家に帰るだけなんじゃないのか? 元々俺の隣にいることが普通じゃないんだ。正しい形に戻るだけで……俺は嫌だが、仕方のない話だとは思う。感情と道理はまた別のものだ。
「たけしくん、俺は、満は君の隣にいた方がいいと思っている。幽霊であるということもそうだが、君を近くで見ていた方が、成仏しなさそうだ」
「それは俺が情けなさ過ぎて放っておけないと仰っていると捉えていいんですか?」
「あぁ」
「あぁ、じゃないんですよ」
「しかし、だとすると俺の息子は、満ちゃんが『どうしても一緒にいたい!』と思う相手と結婚するべきということになりますね」
「そうなります。というわけで」
お父様は立ち上がり、俺と父さんの間に割って入る。そして引き寄せるように肩を組んできた。筋肉質な腕に、ヒョロガリの俺と父さんが捕らえられる。手加減なしにやられたら、今頃骨が砕けてふにゃふにゃになっていたことだろう。よかった、お父様が加減を知っている人で。
お父様は一瞬台所を見て、小さな声で言った。
「実際、イイ感じの子はいるのか? 教えてみてくれ」
「なっ、何を言っているんですか! 俺にイイ感じの子など、その」
「ちなみに、俺もいないと思っていたぞ」
「父さんは経歴で俺を黙らせるのをやめてくれ。ずるいだろうが」
クソッ、だとすると俺にもいるのか!? イイ感じの子!
そういうことを考えると女性に失礼だが、このモードに入った大人二人から逃げ切るのは不可能に近い。冷静に、努めて冷静に考えてみよう。
俺の周りにいて、親しい女性。透華、月宮さん、アザミ、マリー。星菜さんと明さんは学生だから、この四人くらいだろう。
その中で、満がどうしても一緒にいたいと言ってくれるような人は……。
「はい、いじめないの! たけしくんは超ウブなんだから!」
父さんとお父様の頭を後ろから押し、仲良く二人が倒れこむ。もちろん俺もお父様が肩を組んできていたから一緒に倒れた。痛い!
倒れたまま首だけで後ろを見れば、お母様が腕を組んで俺たちを見下ろしていた。直前の言葉から察するに、実際に見下ろしているのはお父様と父さんを、だろう。
「ったく、いい歳していつまでもバカみたいな話が好きなんだから」
「お前は気にならないのか? たけしくんの歩む道によって、満のその先が決まるかもしれないんだぞ?」
「だってさ、満」
「んー? 何の話?」
お母様が満を呼ぶと、満がパトロールしている時のアンパンヒーローのような姿勢でリビングまでやってきた。いつも思うが、幽霊生活をどの幽霊よりも謳歌していると思う。飛べることを武器にしすぎている。
お母様は飛んできた満を捕まえて胸に抱きかかえると、未だ倒れているお父様を足でつついた。
「お父さんが、たけしくんは誰と結婚するんだってダル絡みしてたんだけど、どう思う?」
「ウザ」
「待て、聞け満。これには色々な理由が」
「佐藤さんの人生は佐藤さんのものだもん。それに、佐藤さんがそういう話苦手だって知ってるくせに聞くの嫌だ」
「……」
「心配しなくても、佐藤さんはいい人だし! 結婚なんかいつの間にかできてるよ! ね? 佐藤さん」
「いやしかし、俺が結婚というのはあまりにも考えられない話であり、俺はVTuberとなってある程度収入を得たものの、世間一般から見れば社会に出ていないも同然の、ただの依頼のないオカルト探偵事務所の所長で、それだけ見られてしまえば無職と言っても過言ではなく、好きや愛などという気持ちだけでは結婚生活というものは成立しないものであり、やはり社会的信用というものは家族を支える上では必要であって、その点で考えれば俺は結婚が可能なステータスをまったく持ち得ていないわけであって、そもそも俺のことを好いてくれている女性がいるのかどうかという話から始めなければいけないということも忘れてはいけないことであり」
この後、長々と喋っていたらいつの間にかみんなご飯を食べていて、満から「やっと終わった? めんどくさくてウザいの」と言われた。せめてどっちかにしてくれ。