そんな訳ですので、原作とキャラが設定等違う点があるかもしれませんが、どうかご容赦下さい。
渋谷事変であまり活躍出来なかった事が可哀想だし、同期の呪術師はいるのか?という同情と疑問多き青年、猪野さんに(一応)スポットライトを当てた作品です。
以上の点を踏まえた上で楽しく読んで戴ければ幸いです。
都内の某所にある、美味いと評判の焼き肉屋の奥にある座敷席の一つに、一際目を引く異様な客達がカルビやホルモンを食べながら談笑をしていた。
「七海さん! カルビ焼けましたよ!」
「猪野くん、私は自分の肉は自分で焼きますので、君も焼くばかりではなく食べなさい」
七海と呼ばれた金髪にゴーグルのような眼鏡を付けたスーツ姿の男が淡々とした口調で、黒いニット帽を被った猪野という若者に言った。
「うっす! ありがとうございます!」
七海の言葉に猪野は過剰なくらい気合の入った様子で頭を下げた。
「あっ、じゃあ、アタシに焼いたお肉を食べさせてよ」
猪野のすぐ隣に座る黒い着流し姿の美女が、気怠げな口調で言ってきた。
艶やかな濡羽色の髪に幼さを残しつつも妖艶さを放つ美貌、水を弾くような白い柔肌に今にも溢れそうな豊かな乳房と括れた細い腰。
彼女のアンニュイかつ扇情的な雰囲気は多くの男を惹き付けるものだ。
しかしーー。
「何の、じゃあ、だよ! お前は自分で取れよ」
そんな彼女の色気が全く効いていない様子で、猪野は彼女のおねだりをバッサリと切って捨てるように断った。
「…………ケチ」
ぶっきらぼうな口調で返した猪野に対して、彼女は子供のように不貞腐れてそっぽを向いた。
「ケチじゃねぇよ! 潮! お前は本っ当に学生時代から変わんねぇな!」
猪野が隣の美女、潮に向けて箸の先をビシッと向けると、行儀が悪いですよ、と七海から冷静なツッコミが入る。
「今日は姫宮くんの一級昇格のお祝いも兼ねているのですから、その事を忘れないようにして下さいね」
「どうもご馳走さん」
楽しげに笑みながら七海に礼を言ったのは、見た目では性別が分からない程に美しい顔立ちをした細身の青年だった。
御空色の髪を赤い紙紐で一つに束ねた髪型、長い睫毛に形の良い眉を備えた切れ長の目には澄んだ瞳が輝いているように見える。
とても目を惹く美女である潮の美しさすらも霞ませてしまう程に整った彼の容姿は性別を超越し、まるで精巧なビスクドールのようだ。
「こうして同期全員で飯食うのも久しぶりだよなぁ。確か去年の卒業式の二次会以来だから、もう一年ぶりか?」
「僕達呪術師が誰一人死ぬ事なく再会出来たのは、奇跡的な事ですね」
そう答えたのは、深緑色の髪をおかっぱに切り揃え、鹿爪らしい表情をした黒いスーツ姿の若者だ。
「そーだな、じゃあ、これは俺たち同期全員の再会記念でもある訳だ」
だから、もう少し楽しそうに食えよ、と姫宮は美しい笑みを浮かべながら焼けた肉を黒スーツの青年の皿の上に置いた。
「お前も単独任務そろそろ任されそうなんだろ? 死なないよう気を引き締めて挑めよ」
「呪術師は死を恐れません……特に僕達、郡の者は」
黒スーツの青年、郡は冷たくそう返すと、姫宮は気を悪くするでもなく、ヤレヤレといった風に軽く頭を振った。
「夜刀彦、アタシに焼き肉食べさせてよ」
「……どうして猪野に断られた事を僕に頼むんですか?」
「だって、夜刀彦ならお願い聞いてくれそうだし」
聞く訳がないでしょ、と郡は冷たく返すが、潮は気を悪くするでもなくクスクスと妖しく微笑みながら彼をじぃっと凝視していた。
「…………はあ、貴女は変わりませんね」
そう不満を零しながら、郡は程良く焼けた肉を潮の皿の上に置いた。
「夜刀彦も、ね」
潮は機嫌良さそうな様子で、にぃっとチェシャ猫のように微笑んだ。
「おいおい、ナチュラルにイチャついてんじゃねぇよ」
外野の俺たちが気まずい感じになるだろ、と猪野がぼやくと郡は顔を微かに赤らめ、イチャついてなんかいない! と強い口調で否定した。
姫宮が、照れるなよ、と明るく笑うと郡は余計にムキになって否定し、潮はそれを否定も肯定もせずにニヤニヤと笑いながら眺めている。
そんな無邪気なやり取りを横目に、七海はいつも自分の隣を歩き、よく笑っていた友人の姿を思い浮かべた。
彼等には自分のような思いをしないでいて欲しい。
しかし、呪霊や呪詛師と命のやり取りをする残酷な呪いに塗れたこの世界では、そんな願いを叶える事は不可能に近い。
それでも、友に先立たれた経験を持つ七海は願わずにはいられなかった。
七海さん、どうしたんだろう?
他の人間なら気付かないような七海の僅かな変化に、彼を心から尊敬する猪野は気付いた。
「七海さん? どうかしました?」
「……いえ、何でもありません」
そう言って、七海は酒の入ったグラスを手に取ると静かに飲んだ。
三人の騒がしいやり取りが煩わしかったのか、と猪野は一瞬考えたが、七海はそんな事で気を悪くする器の小さな男じゃないし、仮にそうだとしても、少し静かにしてください、と普通に言うだろう。
気にはなったが、七海自身が何も言わない以上、自分の方から尋ねるのも憚られるので、今は触れないでおこう、と猪野は空気を読んで焼けた肉を箸で掴んだ。
七海建人は普通の人間ではない。
彼は、人間の負の感情から生まれ、人間に害をなす異形の怪物“呪霊”を祓う事を生業とする者ーー呪術師である。
その中でもイレギュラーな存在である“特級”を除く最上級の位である、一級呪術師の肩書を持つ実力者だ。
そんな彼と焼き肉屋に来ている猪野を含めた四人の若者達も皆、呪術師である。
二級呪術師 猪野琢真
準二級呪術師 潮出海
準一級呪術師 郡夜刀彦
一級呪術師 姫宮京雅
この四人は東京都立呪術高等専門学校の同期であり、現在では期待の若手として前線で呪霊や呪詛師と戦っている現役の呪術師達である。
こいつらと卒業して、もう一年経つのか。
アクの強い個性的な面々を順に眺めつつ、猪野はタレに浸したカルビを食べながら学生時代の頃を思い返した。
今から五年前、十五歳の時に猪野は東京校の教室で彼等と出会った時の事をーー。
次回から猪野さんの学生時代ストーリーに突入します。
猪野さんの同期生の名前の読み方はあらすじに書いてありますが、念の為に載せておきます。
潮 出海(うしお いずみ)
郡 夜刀彦(こおり やとひこ)
姫宮 京雅(ひめみや きょうが)