本誌にて原作が最終回を迎えたようですが、関係なく書いております(笑)
猪野が入学後初の任務を終えて、高専に戻ってから一週間が経った。
現在、猪野は校庭でクラスメイトの一人と呪術を使わない、呪力による身体強化のみでの手合わせをしていた。
「おらぁっ!」
「よっ、と……ほら、隙あり!」
猪野の大振りな一撃を避け、相手は無防備になっていた猪野の脚を払って転ばせた。
「どあっ!!」
背中から倒れた猪野は辛うじて受け身を取るが、立ち直る前に相手の呪力を込めた手刀が首筋で寸止めされる。
その時点で猪野は自身の敗北を認め、参った、と悔しげに呟いた。
「タクはすぐに大振りな一撃を狙おうとすっから、動きを読みやすいんだよ。戦いでせっかちなのは不利だぜ?」
猪野から一本取った相手ーー姫宮京雅は余裕の笑みを浮かべながら、地面に身を投げている汗だくの猪野に手を差し伸べた。
「うーん、一応意識はしてんだけどさぁ……こう、戦っていると、どんどん熱が上がってきちまって、ついデカいのを一発! って、なっちまうんだよなぁ」
「ははっ、まあ、気持ちは分かるな」
掴んだ猪野の手を引っ張って立たせると、なんか飲みモン買ってくるわ、と言って、姫宮は自動販売機のある場所へと軽い足取りで向かって行った。
姫宮も汗は掻いていたが、疲弊してきている猪野と違って疲れている気配はない。
やっぱ、強ぇな。
姫宮の後ろ姿を眺めながら、猪野は素直にそう思った。
姫宮は入学時点で二級呪術師の肩書を持つ、呪術界の名家と名高い姫宮家の天才児。
同級生でも、三級で入学した猪野とは才能も経験も違うのだろう。
だから、やっぱり姫宮との手合わせは得るものが多い。
一週間前の初任務を終えた後、猪野は二日ほど思い悩んでいた。
“仮想怨霊”に殺され掛けた事、成す術なかったところを助けられたという情けない自分。
入学直後の天狗になっていた自分が、本当に身の程知らずで恥ずかしくなってくる。
その現実が、若くて自信に溢れていた猪野にとって、それなりに大きく堪えた。
俺って、全然弱かったんだな……。
そうして、猪野は二日ほど引き摺って落ち込んでいたが、ある考えが浮かんだ時に気持ちがスッと軽くなった。
俺は弱いし、呪霊に殺されかけてビビッて、情けない奴だ……じゃあ、呪術師を辞めるか?
そう自分自身に問うてみた時、猪野は自分の本当の気持ちに気付いたのだ。
いや、呪術師辞める気はないし、じゃあ、こうして凹んでいるのも無駄じゃね?
ウダウダしてても、俺の過去は変わらないし、強くなれる訳でもないし。
俺が、もうあんな思いをしないようになるには、特級とかが相手でも余裕で勝てるくらい強くなる、それ一択だろ。
じゃあ、俺のする事は一つだけ……特訓だ!
そこで猪野が思い付いたのは、同期の中で一番強い奴と手合わせをする事だった。
同期の中で一番等級が高く、入学の日に五条悟にも名前を覚えられていた程の有望株である姫宮が手合わせの相手に選ばれたのは、当然とも言える事だった。
思い付いて早々に猪野は姫宮に手合わせを頼むと、姫宮はいいぜ、と気安いノリで承諾してくれた。
それから、ここ五日間は時間があれば姫宮と手合わせをしているが、猪野の予想以上に姫宮は強かった。
体術のクオリティーがとても高く、定石通りに先ず相手の出方を見る戦法を取っても、あっという間に懐に入り込まれて倒され、逆に先手必勝と速攻を仕掛けても軽くいなされてしまう。
「ほらよっ」
姫宮の声が聞こえた直後、急に左頬にヒヤッと冷たい感触がして事に猪野は驚いて、うおっ、と声を上げた。
「ははっ、油断し過ぎだぜ。スポドリで良かったか?」
「あ、おう、サンキュー」
感触の正体だったスポーツドリンクのペットボトルを受け取ると、蓋を回し外して一気に喉へと流し込んだ。
汗をたっぷり流した身体に、冷えたスポーツドリンクはとても沁み渡り、猪野は生き返ったような心地になった。
「あー、うめぇ!」
「動きまくった後のスポドリは格別だよな」
猪野の言葉に同意すると、それに続くように姫宮も蓋を取ったペットボトルに口を付け、その中身を勢いよく呷った。
「教室に戻って授業が終わったら、またするか?」
「そうだな、じゃあ放課後も頼むぜ!」
猪野の返事に、よしっ、と答えた姫宮は猪野に向けて握った拳を向けてきた。
それを見た猪野は、口元に笑みを浮かべると自分も握り拳を作り、姫宮の拳に軽くぶつけて返すと、どちらともなく二人は楽しげに笑い始めた。
※
「いやー、いいね! これぞまさに青春って感じでさ!」
「良かったぁ、任務が終わった後の猪野くん、元気がなかったから心配だったんだぁ」
猪野と姫宮が笑い合っている様子を、少し離れた場所で見守る二つの人影があった。
それは五条悟と小倉鶯の二人だった。
「あの子が猪野だっけ? この前の任務でピンチだったらしいけど、自力で立ち直れたみたいだね」
「任務が終わってぇ、二日くらいは落ち込んでいたから心配だったんだけどもぉ、余計な心配だったみたいだねぇ」
「心を強く持たなければ、呪術師としてはやっていけない」
ずっしりと重みを感じる低音の声が背後から聞こえ、それに反応した五条と鶯が振り返ると、そこには夜蛾学長の姿があった。
「呪いが常に付き纏う世界に生きるとは、負の感情ーー人間の魂から生まれる闇と向き合い続けるという事だ……だからこそ、呪術師には闇に飲まれず、折れない心が何よりも重要となる」
夜蛾の語る言葉に鶯はうんうんと首肯し、五条は、そうだね、と一言だけ言うと僅かに視線を上げ、物思いに耽り始めた。
ーー私はしばらく、この国から離れるよ。
ーー私が何をしたいのか、それを知る為に世界を見てくる。
ーー今のコイツは目が離せねぇから、オレも一緒に行く。
ーー今生の別れじゃねぇんだ、必ず戻るから待ってろ。
自分が学生だった頃、呪詛師になって姿を晦ませた二人の同級生。
一人は親友で、もう一人は喧嘩仲間だった。
「五条くん? どうかしたぁ?」
心配そうな表情を浮かべる鶯の声に、五条の意識は過ぎ去った記憶から今へと戻される。
「……いや、何でもないよ。ウグちゃん」
五条はそう返したが、鶯も夜蛾も五条が一体何を思っていたのか、大体予想は付いていた。
それが五条にとって苦い思い出である事を知っている二人は、敢えてそれ以上は何も言わずに五条に視線を向けた。
普段から飄々として、自分は最強という自負と自信に満ちている五条の横顔が、その時は寂しげに見えていた。
「あーあ、僕も早く教師になりたいなー! 学長! 今からでも僕を教師にしても良くない!?」
「馬鹿者! お前のような唯我独尊人間をすぐに教師に出来るか!! 最低あと一年は社会勉強というものをしろ! 話はそれからだ!!」
夜蛾の怒鳴り声に五条は、えー、と不貞腐れ、そのやり取りを見て、鶯は愉快げにクスクスと笑った。
陰ながら見守りつつも賑やかなやり取りを続ける教師達に気付かないまま、猪野は姫宮と共に教室へと戻って行った。
それから数日後。
猪野と姫宮に新たな任務が下された。
楽しんで読んで戴けたでしょうか?
読んでいて「ちょっと待てよ、メロンパンに身体乗っ取られた可哀想な最強の親友と一緒にいなくなった喧嘩仲間って誰だよ?」と思われたのではないでしょうか?
はい、ご察しの通りオリキャラです(苦笑)
今はまだ登場させる予定はありませんが、その内に登場させたいなと思っていますので、どうか気長にお付き合い戴ければ、この上なく嬉しい限りです。