本当に大変遅くなりましたが、今年もスローペースながらも猪野くんとオリキャラ達の活躍を執筆していきたいと思っていますので、どうかお付き合いお願いします。
「半年前にホストクラブが閉店して以来、ずっと空き店舗状態になっている建物で、持ち主である男性と不動産関係の人間数名が建物の下見に行って以来、行方不明になっており、現在では手付かずの放置状態にされています。窓からの目撃情報によると呪霊らしき存在も確認されているようです」
恰幅の良いスーツ姿の男、補助監督の今川の説明を受けながら猪野と姫宮は都内某所にあるという、曰く付きの建物へと向かっていた。
「酒に金、男に女……負の感情が溜まりやすい場所だからな。呪霊が湧いたとしても不思議じゃねぇな」
「じゃあ、今回の任務は、そのホストクラブにいる呪霊を祓えば良いって事か?」
猪野の言葉に、今川は振り向かず運転に集中しながら、いえ、と一言で返した。
「今回の任務は呪霊自体が発生して間もなく、呪霊に関する情報が少ない事と被害者が死亡したのではなく、まだ行方不明という扱いなので、最優先は呪霊によって攫われたと思われる被害者の生死の確認、生存していた場合は救出です」
「つまり、今回発生した呪霊が強いのか弱いのか、よく分からねぇから救助活動をしつつ、弱そうなら祓って、強そうなら撤退して準一級以上の術師に要請って事だな」
姫宮の説明に猪野は、なるほどな、と素直に頷いた。
仮想怨霊に殺されかける、という散々な結果に終わった前回の任務から、猪野はひたすら鍛錬に励んだ。
今の自分が、あの時と比べてどれ程強くなったのかは分からない。
大して時間が経っていないから、別人のように強くなったという事は流石にないだろう。
それでも、自分の信じた道を進んだ結果を出したい。
後悔ばかりの茨の道が呪術師の宿命というやつだとしても、その中にある一筋だけでもある後悔のない選択をしたい。
猪野が心の中で決意を新たにしている内に、車は目的の場所に到着して止まった。
繁華街から少し離れた場所にあったその建物は、かつては煌びやかな装飾で夜歩く人々を誘蛾灯のように誘き寄せていたはずだった。
しかし、今はすっかりと生気を失ったように沈黙し、寒々しさを覚える様子はまるで墓石のようにも見える。
「なるほどねぇ、たった半年でこの寂れ具合はかなりのもんだな……」
「マジで発生してから半年なのか? 先週のトンネルに負けねぇくらい呪力が充満してる気がすんだけど……」
猪野は建物を見た直後から、身の毛もよだつ不穏な空気を感じ取った。
「確かに、幾ら呪いが溜まりやすい環境とはいえ、僅か半年で呪いによる被害が発生するようになるのは殆ど前例がなく、珍しい事例です」
不安げな今川の返答に、だよなぁ、と姫宮は呟いて問題の建物を見詰め、猪野は胸に湧き上がりそうになった不安な感情を忘れようとストレッチを始めた。
「ま、それを調べる為に俺達が行くんだ。此処でウダウダ言っても仕方ねぇよな?」
そう言って、姫宮は気合を入れるように猪野の背中を強めに叩いた。
突然の事に猪野は、ふぐっ、と間の抜けた呻き声を上げると、姫宮の方を見た。
「緊張し過ぎてっと、その感情で呪霊の力が増しちまう。肩の力を抜くのも必要だぜ」
同い年とは思えない姫宮の落ち着きぶりに、これが三級と二級の違いなのかもな、と猪野は思った。
俺も、こうなりてぇ!
堂々としていて強い、一人前の呪術師に!!
「……おう! もう平気だ!」
「じゃ、行ってくるわ」
気合を入れ直した猪野は、姫宮と並んで問題の建物の中へと入っていた。
後ろから、ご武運を、と言う今川の声が聞こえた直後に、帷が下りた気配を猪野は感じ取った。
姫宮が建物の扉に触れた瞬間、二人の身体を強烈な呪力が包み込んだ。
何だよこれ!?
外から感じた呪力を更に超える濃密な呪力を浴び、猪野は反応的な恐怖を覚えた。
「タク! 逃げろ!!」
普段から飄々としている姫宮の整った顔が強張り、冷や汗をかきながら自分に向かって叫ぶ姿が猪野の目に焼き付いた。
姫宮が叫んだ言葉の意味を理解するよりも先に、猪野の身体は浮遊感を覚えた直後に姫宮と共に建物内へと吸い込まれていった。
何か行動を起こす暇は全くなく、あっという間に受け身を取り損ねたままの状態で床に投げ出されていた。
「どあっ!」
思わず、間の抜けた声が出た。
しかし、無防備に倒れた身体は殆ど衝撃を感じず、クッションとは少し違う柔らかさをその身に感じた。
「……タク、さっさと起きろ」
自分の身体も周囲の様子を確認しようとする前に、姫宮の緊迫した声が猪野の耳に入ってきた。
只事ではない、と瞬時に理解して起き上がると同時に懐の仮面を取り出し、顔に装着すると臨戦体勢に入った。
「!!? 何だよ、これ……」
「はは、どうやら罠だったみたいだな……こりゃあ、下手すりゃ一級案件だぜ?」
罠?
姫宮の言葉の意味を聞こうと口を開き掛けた猪野は、目の前に広がる光景を見て、全てを理解した。
顔のない裸の男と女が交わり、そのまま歪に融合したような姿をした不気味な呪霊がおよそ数十体。
その全てが猪野と姫宮を半円形に取り囲んでいた。
「な、何だよ……この呪霊の数は?」
「残念ながら、それだけじゃないみたいだぜ」
姫宮のその言葉で、猪野は自分達が更に以上な事態に直面している事に気が付いた。
入口のガラス越しに見た建物の内部は、薄暗くて寒々としたホールだったはず。
しかし、猪野の目の前に広がっているのは、壁も床も、天上までもがぶよぶよとした肌色の肉壁に覆われている、異様な空間だった。
猪野達を取り囲む呪霊と同じ質感をしていて、脈打つように蠢いている。
まるで巨大な怪物の胃の中にいるようだ。
「どうやら、この建物の内部自体が呪霊と一体化してるみてぇだな……」
「建物と一体化!? そんな事出来んのか!?」
「術式か結界術の応用か、もしくは何らかの縛りを自分に科したか……半年程度の呪霊がここまで強くなった事を考えっと、多分縛りによる強化だろうな」
“縛り”
それは、呪術師が自分自身、もしくは他者との間に結ぶ誓約の事である。
自身にとって不利な条件や制限を敢えて科す事により、呪力や術式の強化等を図る。
例えば、自分の手の内である術式の内容を相手に伝える事により、呪力を強化する『術式の開示』等がよく使われる自分への“縛り”である。
もしくは、互いの目的達成の為の誓約を相手と結ぶ事によって、裏切りを阻止する等、確実に成功を収める為に行う場合もある。
他者間との“縛り”の場合、誓約を反故にするような行為をした際は、不可避かつ強大な罰を破った側の相手が受ける事になる。
「タク、壁や床を見てみろ。同じ姿の呪霊が、そこかしこから出てきてるだろ?」
姫宮の言葉を聞き、猪野は改めて周囲に視線を走らせた。
ブシュッ!
気色の悪い水音を立て、肉壁から同じ姿の呪霊が孵化するように飛び出してきている。
ぬらぬらと濡れている歪な身体が生理的な嫌悪感を刺激して、猪野は仮面の下で顔を顰めた。
姫宮の言う通り、呪霊が次々と生み出され続けている。
「マジかよ……すげぇ気持ち悪ぃな」
「増殖し続ける術式……そんな厄介な術式を持った呪霊が、外に出ないで一ヶ所に留まり続けてるって事は、このフロアと一体化して移動を制限する代わりに呪力を強化したってところだろうな」
この状況と呪霊の状態を見るに、姫宮の予想は当たっていると猪野は同意した。
「おいおい、これって下手すりゃ一級案件かも知れないんだろ? 俺達だけで何とか出来んのかよ?」
「この様子じゃ、行方不明の連中はとっくの昔に呪霊に取り込まれてんだろうな……普通なら即撤退ってところだが、生憎逃げ道がねぇからな」
ハハッと短く乾いた笑みを浮かべつつ、姫宮は本来なら出入り口があるはずの背後にチラッと視線を向けた。
そこにあるのは出入り口ではなく、他の場所と全く同じ生々しく蠢く肉壁しかなかった。
「くそっ、俺達の逃げ道もねぇのかよっ!?」
「さしずめ、俺達は檻の中に放り込まれた餌ってところなんだろうな」
間違いなく絶望的な状況。
危機感によるプレッシャーから脈拍は上がり、額からは冷や汗が流れる。
それでも、姫宮は整った顔から笑みを消さずに呪霊達と正面から対峙していた。
「こうなったら、やる事はもう一つしかねぇよな?」
そう言うと、姫宮は両方の袖から何かを滑るように取り出した。
それは、艶やかに黒光りする扇面に緋色の彼岸花が描かれた鉄扇だった。
猪野との稽古中は一度も使わなかった、姫宮の呪具。
姫宮は両手に鉄扇を持ち、呪力を身体中に迸らせながら呪霊の群れを見据え、凛と構える。
そんな姫宮の覚悟に応えるように、猪野も臨戦体勢に入ると同時に身体中に呪力を走らせる。
「当然!」
猪野も仮面の下で無理矢理笑みを作り、戦意を奮い立たせ、湧き上がる負の感情を抑え込んだ。
逃げられないなら、力尽きるまで戦ってやる。
俺は呪術師だ!!
猪野と姫宮は呪術師として、眼前の脅威に立ち向かうのだった。
残念ながら戦闘シーンまで辿り着けませんでした(汗)
次回は姫宮の術式&戦闘スタイル公開と猪野くんの大活躍を書く予定ですので、気長にお待ち下さい。
最後のオリキャラ同期で紅一点の出海の活躍、最強の親友と姿を消した最強の喧嘩仲間、あと近い内に猪野くんの先輩とか出したいキャラや書きたいシーンが色々あるので、頑張っていきたいと思うます。
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます。
面白く読んで戴けましたら幸いです。