今回は猪野くんの先輩キャラを出してみましたので、それも含めて楽しく読んで戴けますように。
東京都立呪術高等専門学校の教員室で、三人の呪術師が顔を合わせていた。
学長、夜蛾正道。
二年生担任、日下部篤也。
一年生担任、小倉鶯。
「日下部、今回の件はご苦労だった」
サングラスを掛けた強面の夜蛾は、日下部に礼を言うと頭を下げた。
「いやいや、俺は何もしてねぇっすよ。丁度現場に向かおうとしたら、建物ぶっ壊して飛び込んできた一年坊を受け止めたってだけで……」
「でもぉ、日下部さんが受け止めてくれたからぁ、猪野くんは無事でしたしぃ、姫宮くんもすぐに保健室まで送れたんですよぉ」
ありがとうございますぅ、と言って、鶯も日下部に向けて頭を下げた。
それに日下部は、だからいいって、と鶯の頭を上げさせた。
「それにしても、まさか一年生二人で一級呪霊を祓っちまうなんてな……ここ二十年くらいの術師は、本当に優秀なのが多いなぁ」
「それは呪霊も同じく、強力な呪霊の発生も年々増えつつある」
だが、と言って、夜蛾は一旦言葉を切った。
場の空気が張り詰めたのを感じ、日下部と鶯は身を固くした。
「今回の任務の件、そして先日の廃トンネルの件、二件も続いて報告よりも遥かに強い呪霊が出現する事態など、本来はあり得ない」
呪術師の任務は命懸けであり、万年人手不足と言われている呪術界において呪術師の死は、大きな痛手。
だからこそ、窓からの報告や総監部の調査は厳格なもので、調査結果にミスがある事は殆どない。
それを重々理解しているからこそ、夜蛾は連続しての調査報告ミスに違和感を覚えていた。
「そういえばぁ、私も先日の任務で遭遇した呪霊がぁ、報告で聞いていたよりも強かったんだよねぇ」
「俺の方もルリシビの奴が、呪霊が聞いてたよりも強かったって、言っていたな」
夜蛾の言葉に心当たりのあった日下部と鶯は互いの顔を見合わせ、緊張の面持ちで夜蛾の言葉を待った。
「考えられるのは一つ、窓、補助監督、もしくは総監部の中に裏切り者がいるという事だ」
三人の呪術師の間に緊張が走った。
その可能性は予想してはいたが、夜蛾が発言した事により、場の空気はより一層重みを増した。
「裏切り者……総監部も騙す、もしくは紛れ込むレベルの呪詛師となると、あの組織の仕業って事ですか?」
「あの組織ってぇ……呪詛師集団「ASH」の事ですよねぇ?」
鶯が確認の為に投げ掛けた言葉に、日下部は黙ったまま軽く首肯した。
呪詛師集団「ASH」
今から五年前、当時高専二年生だった五条悟が、組織の最強戦力である呪詛師バイエルを倒した事によって瓦解した、呪詛師集団「Q」
その残党が再結成して誕生した、呪術界の転覆を企む呪詛師達の組織。
組織は“姫”と呼ばれる謎の呪詛師によって統一され、前身である「Q」よりも強大な勢力となって呪術界と幾度かの衝突を繰り返している。
「本来、自分本位で協調性の低い者が多い呪詛師が、呪術界に入り込んで報告内容を改竄するなど単独ではほぼ不可能……つまり、高い組織力を持つ「ASH」所属の呪詛師以外に考えられん」
「こんな踏み込んだ手まで使ってくるっちゅー事は、奴等は近い内に何かヤバイ事をしでかすつもりなのかね?」
夜蛾も日下部も揃って渋面を作り、鶯の表情にも不安の色が現れた。
「学長ぉ……「ASH」はぁ、高専を狙っていると思いますかぁ?」
不安げな様子で鶯は夜蛾に尋ねた。
自分が受け持つ生徒が二度も巻き込まれた鶯としては、心中穏やかではいられなかった。
眉間の皺を深くしながら夜蛾は、分からん、と短く返して首を左右に振った。
「高専自体が狙いなのか、それとも、報告改竄自体は布石で別の狙いがあるのか……判断するには情報が全く足りん」
夜蛾は忌々しそうに、ガッデム! と吐き捨てるように呟いた。
重苦しい空気が立ち込める中、しばらくして夜蛾は短い溜息を一つ吐くと、仕切り直すように膝を強く叩いた。
「取り敢えず、上には「ASH」の手の掛かった内通者が存在する可能性を報告し、我々も独自に調査を行う! 今回の件に関して、内通者の存在が確定するまでは、動揺を防ぐ為に生徒達には内密にするように!」
日下部と鶯は夜蛾の決定に頷き、こうして教員室で行われた報告会は終わりを告げた。
※
「……あの、えっと……」
「……」
場所は変わり、此処は高専の保健室。
一級呪霊を祓ったものの、術式の反動で吹き飛んでしまったところをタイミング良く日下部に受け止められた猪野は、失神したまま保健室へと運び込まれ、つい先程、目を覚ましたばかりである。
意識が戻ったばかりで、まだ頭がぼやけてスッキリとしない猪野の目の前には、狼のような男がすぐ側に立っていた。
ウルフカットの銀髪に鋭い琥珀色の瞳、口から覗く歯は全てがギザギザと牙のように尖っている。
服装も特徴的で、もう寒くない季節にも関わらず、縁に毛皮が付いているフード付きの黒いコートを羽織り、額には独特の模様が刺繍された紺色の鉢巻を装着していた。
全く見覚えのない人物がいた事に、猪野はギョッとした。
猪野がまだベッドから上半身を起こした状態である事を考慮しても、その狼みたいな男はかなり背が高い。
「……だ、誰っすか?」
「…………」
そして、猪野の問いにも答えず、黙ったまま威圧感を放ち続ける事が何よりも猪野を困惑させていた。
恐らく二年か三年の先輩だろうと猪野は予想していた。
俺、何か怒らせるような事したか?
いや、そもそも初対面だし……じゃあ、何だ?
「……ルリシビ」
「へ?」
疑問で頭がいっぱいな猪野に向けて、先輩らしき彼は低い声でボソッと呟くように言った。
聞いた事のない単語に猪野が首を傾げると、彼は自分を指差しながら再び口を開いた。
「……オレの名前、ルリシビ」
日本人らしからぬ名前と鉢巻の模様から、猪野の頭の中で全てが一つに繋がる。
「もしかして、アイヌ呪術連の人っすか?」
猪野の問い掛けに、ルリシビは無言でコクリと頷いた。
アイヌ呪術連とは、北海道を拠点とするアイヌ出自の呪術師達によって構成された、高専とは別の呪術師達による一大組織である。
「……半分、当たり」
「半分?」
「……オレ、ここの二年」
「えっ!? じゃあ、先輩っすか!?」
高専に入学してから約半月、先輩と会うのはこれが初めてだった。
猪野は慌てて居住まいを正すと、ルリシビの視線をまっすぐに受け止めた。
とても鋭くて、威圧のこもった眼光の持ち主だ。
やっぱり、先輩っていうのは、こう、オーラっぽいものが違うんだな。
一体、どういう理由で俺達の所へ来たんだ?
必死で戦った後輩を労いに?
いや、逆に満身創痍だった情けない後輩への叱責か?
「……ウグイス」
「……へ?」
想定外の言葉に一瞬、猪野はポカンとして間の抜けた声を出した。
「……ウグイス、心配してる」
「あ、えっと……あ、後で教員室まで顔を見せに行きます!」
猪野の返事を聞くと、ルリシビは威圧的な表情を変えないまま、猪野の方へと右手を伸ばしてきた。
咄嗟に身体が強張ってしまう猪野の頭に、ルリシビの大きな右手が乗った。
「……えらい、頑張った」
そう呟くように言うと、猪野の頭をゆっくりと撫で始めた。
狼のような外見と違って、その手付きはとても優しかったが、突然頭を撫で始める先輩というイレギュラーの連続に、猪野はただ成すがままになるしかなかった。
「えっと、ど、どうもっす」
まるで子供にするような褒められ方に戸惑い、気恥ずかしく思いながら猪野は礼を言った。
「それじゃあ、褒めてるというよりも子供扱いだろ」
猪野が使っているベッドの周囲を仕切っていたカーテンが突然開き、白衣を着た茶髪の女性が入ってきた。
気怠げな雰囲気を纏った彼女の名前は、家入硝子。
彼女は“負の力”である呪力を掛け合わせる事によって“正の力”へと変換させる事により、本来攻撃の性質しか持たない呪力に治癒の性質を持たせ、あらゆる外傷を治すという高度な技術“反転術式”の使い手。
しかも、本来ならば自身の回復にしか使えない“反転術式”を他者に施す事が出来るという神業を成せる唯一の人材である。
猪野が硝子と顔を合わせたのは、入学式の時に遠目で見掛けて以来なので、こうしてしっかりと顔を合わせて声を掛けられたのは初めてだった。
「受け答えもしっかり出来ているようだし、問題はなさそうだね」
「は、はい! ありがとうございます!」
「これが私の仕事だから、気にしなくていいよ」
勢いよく頭を下げる猪野に対し、硝子は気怠げな雰囲気を崩さずに返した。
「うっす……あ、あの! 姫宮は無事っすか!?」
猪野は姫宮の事を思い出すと、慌てて尋ねた。
最後に見た姫宮は左脚を骨折して、体力も消耗しきっている満身創痍の状態だった。
「ああ、あっちの方は治した脚の具合を確かめたいって、とっくに保健室を出て行ったよ」
「そうっすか! 良かった……」
姫宮の無事を聞き、猪野はホッと胸を撫で下ろした。
「あんたの事を心配していたから、後で顔を見せに行きなよ」
「……ウグイスにも、忘れないで」
硝子の言葉に続くように、ずっと黙っていたルリシビが口を開いた。
二人に向けて、はい、と答えた猪野は、その時になって、自分と姫宮があの一級呪霊を祓う事が出来たのだと実感が湧き始めた。
一人前の呪術師としての一歩を踏み出したのだという気持ちが、猪野の胸の内を熱くしていた。
後半の保健室が舞台になったので、家入さんを登場させてみました。
やはり原作知識が少なめだと、書いているうちに原作キャラが崩壊してないかと不安になりますね(苦笑)
これからも出来る限り調べつつ、原作キャラもオリキャラも愛しながら執筆していこうと思いますので、今後もお付き合いよろしくお願いします。