仮面ライダーゲットー   作:マフ30

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プロローグ 散夢/そして……

 

 

 遠い風の中でいまでも思い出す。

 眩しいばかりの夢のような日々と、そのおしまいを。

 

 

 あの頃の俺は毎日がどこか退屈だった。

 生まれ育った故郷はそこだけ時間が止まって取り残されてしまったのかと思うぐらいの山奥のすごい田舎で自然豊かな山河が遊び場。野生の動物たちが友達で。他には何にもない。

 親代わりのじいちゃんとばあちゃんと一緒になって農作業を手伝うこともあったが来る日も来る日も同じことの繰り返しだった。

 

 感じるままに、思うままに野山を駆け回って。

 心のざわめきに従うがままに川の流れや草木に触れて。

 時折、無謀にも獣たちとじゃれ合ったりして生きていた。

 さみしくはないが物足りない。

 つまらなくはないが飽きがある。

 不意に自分がどうしようもなくちっぽけで、消えてなくなってしまいそうな気持ちになる。

 

 けれど八歳になる春の日に、俺は彼と出会った。

 

「ミナトっていうのか。僕は光臣って言うんだ。よろしくな」

 

 曰く、静養と農業に興味を持ったからと年寄りばかりの小さな集落にふらりやってきた十五歳の大人(・・・・・・)のにいちゃんは俺にとってあまりにも刺激的だった。

 

「駆けっこから木登りまでまるで野生動物顔負けじゃないか。すごいなお前!」

「アケビ食うか? うまいぞ。タネ多くてめんどいけど」

「おおー本物は見るの初めてだ! ありがとう」

 

 光にい――横山光臣という男とは彼が近所の空き家に住みだしたこともあり、すぐに仲良くなった。

 光にいは不思議な人だった。

 見た目はもやしみたいに線が細くて、虫も殺せないような穏やかな感じで……後で覚えた言葉だけど、垢抜けた都会的で草食系なんだが人懐っこく陽気な人だった。

 

「お礼に魚でも捕まえて一緒に食べようか」

 

 鮎や岩魚がいっぱい泳いでいる川に目掛けて、適当に拾った石を目にも止まらぬ速さ投げつけて、光にいはよく大漁の川魚を獲って食わせてくれたりもした。

 その頃は物を知らないものだから都会や遠くの街で生きてた人間はみんなこういうことができるものだと思っていた。

 

「いまのはお祖父さんたちには内緒だぞ?」

 

 光にいの言葉の一つ一つが、挙動のあれこれは俺にとって全部が鮮烈だった。

 カッコ良かったんだ。

 だから俺は自分ができる全部を見せた。

 自分が知る全てを見せた。

 

 生い茂る木々の枝から枝を雲梯みたく次々に飛び移ったり、渓谷にある大きな岩場を力強く駆け上ったり。

 お気に入りの景色や流木やガラクタを運んでこっそりと作っていたボロ小屋以下の秘密基地。

 

 光にいに自分を好きになって欲しかった。

 光にいに自分を気に入って欲しかった。

 だって俺も彼が大好きでお気に入りになっていたからだ。

 

「……ミナト、お前にだけ僕のとっておきを教えてあげるよ」

 

 ちょっとだけ苦しそうな顔をして、それでも光にいもたくさんのことを教えてくれた。

 いろんなことを教えてくれた。

 故郷(ここ)ではないその世界の話。彼が知るちょっとした知恵や技術。

 そして――とある技の数々を。

 

「すげえ! すげえすげえすげえ! 光にいはヒーローかなにかなのか!?」

「そんなんじゃないよ。ただ……ちょっとだけ、危険や困難を切り開く術を心得ているだけだよ。それももう過去形さ」

 

 困ったように笑いながら、光にいが運悪く森で出くわした腹をすかせた大きな熊を素手で容易く叩きのめした光景はいまもこの脳裏に焼き付いている。

 

「ミナト。いまのは百地葬兵術(ももちそうへいじゅつ)と言うのさ」

 

 きっと、明かしたくない秘密だったのだろうといまなら思う。

 けれど、光にいは自分のとっておきの秘密まで俺には教えてくれた。

 悲しいことばかり作ってきた力だと言っていた。

 たくさんの人から大切なものを奪ってきた力だと言っていた。

 

「光にいは……悪い人だったのか?」

「悪い奴だったかもしれない。けど、俺が仕えていた人たちにとっては良い奴だったと思われたままでいたいね」

 

 あの頃の俺にはちょっと難しくて理解ができない言葉だった。

 いまも分からないし、解りたくない言葉かもしれない。

 

「だけどさ。僕はいつかこのうんざりするような力と技で……みんなを幸せにするなにかをしてみたい。夢みたいな途方もない話だけどね」

「バカだなぁ光にい! 夢なんて笑われるぐらいでかいこと言った方がおもしれーじゃん。どうせ夢なんだし」

 

 思ったまま口にした俺の言葉に光にいは腹を抱えて大笑いしていた。

 笑って、笑って、笑って――ちょっとだけ泣いた後に「そうだね」と一番の笑顔で笑っていた。

 

「ねえ、光にい。その夢、俺も一緒にやっちゃだめか?」

「そうだね。じゃあちょっとだけ手伝ってもらおうか。うん、もしも一緒に夢を叶えられたら……僕も嬉しい。僕とミナトのでっかい夢だ」

「おう!」

「折角だ。ちゃんと良いことにだけ使うのなら、この物騒な名前も変えちゃうか。ミナト、お前ならどんな名前にする?」

「ももち……そーへーじゅつとかいうのの、新しい名前? あーっと……そうだ!」

 

 よく考えず勢いで名付けたソレを光にいは大層気に入ったようで採用してくれた。

 あれが友情なのか、親愛だったのかは分からない。

 分からないままでいい。

 だって、光にいと遊んで、騒いで、バカをやっていた日々は夢のように楽しくかったんだから。それだけでもよかったんだ。

 

 でも、夢とはいつかは醒めるものだ。

 心地のいい夢なら、尚更あっけなく。

 だけど、いくら何でもあんまりだろうと俺は今でも会ったこともない神様を恨んでいる。

 

 

「可哀そうに……まだ若いのに」

「なんでも山菜取りの帰りに崖から落ちたとか」

「気の毒なもんだ」

「来月の無尽の飲み会を楽しみにしとったのにのう」

 

 目が眩みそうになるほどの赤いパトランプの閃光を浴びながら、大人たちが口々に憐れむ言葉が耳に吸い込まれていた。

 横山光臣はある雨上がりの夏の日に、死んだ。

 初めて出会った春の日から四年の月日が流れていた。

 

「落ちた後に雨で激しくなった川をしばらく流れたものだからご遺体は酷いことになっていたようじゃって」

「なんだってあんな良い子がワシらよりも先に死ななきゃらないんだい? 神様仏さまは慈悲すら忘れちまったのかい?」

 

 身内じゃないから無理もないけど、遺体には会えなかった。

 無理をしたつもりだけど、周りの大人たちも全力で俺を止めた。

 当時は分からなかったけど、俺を気遣ってのことだと気付けたのには二年以上掛かったのは恥じ入るばかりだ。

 

「なんでだよ……光にい。俺たち二人の夢はどうすんのさ」

 

 涙混じりのか細い呟きは濁り切った川の水音に飲まれて消えた。

 家族よりも大好きな憧れの人を嘘みたいに呆気なく喪って。

 二人で企てていたささやかで壮大な夢は散り散りに潰えた。

 俺はその日、世界から色も熱も奪われた気持ちだった。

 

「いやだよぉ……光にい」

 

 水を吸った紙切れがじっくりと破れていくように。

 火をつけたマッチ棒がメラメラとゆっくりと黒い燃えカスになっていくように。

 嫌味なほどにゆっくりと光にいが死んでしまった現実を思い知らされて、それを受け入れるしかできなくて、俺は赤ん坊のようにただただ泣きじゃくるしかできなかった。

 

 泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて――。

 泣くのも飽きてしまうぐらい悲しみと憔悴の日々を過ごして、季節が秋から冬へ移り行くころになってようやく俺は主人を失った光にいの自宅から運命を変える一通の手紙を見つけることになる。旅立ちの日はまだしばらく先のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 名の無い男の回顧――。

 

 体が冷たい。

 七月の下旬だというのに。

 降りしきる豪雨も大気も生暖かく不快だというのに。

 

 胸に穿たれたボールペンよりも細い小さな穴からとめどなく血が流れていく。

 血と熱と一緒に生命が抜け出ていくのを実感する。

 ああ、僕はもうすぐ死ぬだろう。

 恐らくは足を滑らせて崖から落ちた事故死あたりで処理されて。

 崖下の激流に流されて死体が損傷すれば誰も僕の死因が他殺とは思うまい。

 致命の傷もきっと上手く隠される。

 

 それにしても幾らでも替えが利く抜け忍一人の処理に随分と人員を寄こしたものだ。

 掟である記憶処理をごまかして、横山光臣などという架空の人間になりすまして自由気ままに生きていたのだから、当然の報いか。

 

 三太夫なら、捨て置いてくれたかもしれないが……。

 果心居士の部下に収まった我が身の巡り合わせを呪うしかない。

 

 死にたくない。

 生きたい。

 生きたい。

 生きたい。

 

 僕自身の生涯に未練はない。

 この結末をあるがまま受け止めよう。

 

 ああ、けれど……ミナト。ミナト。

 赤影 湊(あかかげ みなと)

 僕が出会った最高の宝物(ともだち)よ。

 君を残して逝くのが後悔だ。

 僕などを喪ったことで君が悲しみに暮れるであろう日々に何もできないのが口惜しい。

 

 君に出会ったことで僕は人生の終盤を本当に、本当に幸せに生きることができたんだ。

 あきらめたはずの夢をまた見つめてしまった。

 捨て去ったはずの夢をまた拾ってしまった。

 君と一緒なら、君に託すことができたなら――身分不相応にも抱いてしまった叶いっこない夢を叶えられるかもしれないと思ってしまった。

 

 どうか、どうか……僕が教えてしまった力と技(あやまち)がミナト、君のこれからの将来に悪い影響を与えないことを祈る。

 ああ、けれど……君が名付けてくれた■■■■■。

 ちょっと格好つけすぎたけど、いい名前だったよ。

 百地葬兵術なんかよりもずっと、夢と希望に満ちている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来るべき近未来。

人口減少。化石燃料をはじめとしたエネルギー資源の枯渇。異常気象。絶えぬ争い。

様々な問題を抱えつつも人類はいまだ霊長の長として発展を続けている。

日本は未来を担う若人たちへ希望と期待を寄せるかのように成人は15歳に引き下げられ、学生たちにおいても中学校進学以降は必要な手続きなどをパスすれば企業への就職・起業といった兼業が可能となり、それが社会の在り方としてごく自然な光景となっていた。

 

政府は同時に莫大な資金と資材を投じて学園都市としての機能を持つ大型の人工島を建造。全国から見込みのある学徒たちを集めて、日本はおろか世界に貢献できる才覚豊富な若き人材育成を目的とした巨大プロジェクトに着手した。

 

 そうして完成したのが三河湾大型人工実験島学園都市――通称・学園島。(ガクトポリス)

 主要住民となる生徒、教員および技術指導員といった全体の三割ほどの大人たち併せて約十万人が暮らす輝ける夢と未来を創造する学び舎である。

 

ドーナツ型の島は複数の区画に仕分けられ、農地や魚介類の養殖プラントなども配備。生活に関わるインフラや経済活動は部活動という形式で学生たちが担っており、疑似社会を形成している。

 

 当初の計画通りに世界規模で活躍する少なくない人材の輩出も実現し、確かな成功を噛み締めながら創立十周年を迎えようとしている学園島には近頃怪しげな噂が広まっていた。

 人心を騒がし魅了する摩訶不思議なコインと夜な夜な学生街の暗がりにこの世のものとは思えぬ怪物が現れて悪さをするという夢か幻のような噂話が――。

 

 

 

 

 20XX年 三河湾大型人工実験島学園都市 深夜。

 

「はぁ……」

 

 夜の帳が落ち切った第一居住エリアの大きな通学路に置かれたベンチの一つに力なく腰かけた。

 制服も体もくたくただ。

 今日もひどく疲れた。

 右手に巻いた腕時計に目をやると既に今日は終わっていて、明日が始まっていた。

 自宅がある学生寮まで徒歩三分の距離を歩くのがとても億劫だ。

 

「何やっているんだろうな……俺」

 

 今日も――いや、もう昨日になっているか。

 昨日も部活は忙しかった。

 行政委員会の第三総務所属という肩書にクラスメートや友人はよく憧れや羨望の声を送ってくれるが言ってしまえば無駄に地位と責任のある雑用係だ。

 確かに給料は良いがそれだけ。

 多忙で自由時間なんてものはない。

 好きなことも、美味い学食もろくに楽しめない。

 

「帰って寝ないと……ああ、でも何でもいい。何かで癒されたい」

 

 独り言にしてはハッキリとした声量で愚痴や不満が次々に出る。

 このままでは部屋に帰ってベッドに潜り込んでも寝付けないだろう。

 だけど、学園都市内で営業している商店や施設は原則23時までの営業だ。

 このまま夜遊びというのは難しい。

 一応、教員や技術指導員といった社会人たち向けの店もあるが部活動以外でその手の人種とは出会いたくない。酔客の類に絡まれて不快な思いもしたくない。

 

「VRヘルスでも使うか……いや、やめよう」

 

 世間やSNSでは画期的な発明と持て囃されてはいるがあんなもの所詮は無駄に金をかけた自慰のようなものだ。好みのコンパニオンだの、シチュエーションだの、衣装選択だ、オプションはだのって時間の浪費でしかない。

 癒しを求めているのに脳内ではどんどんと選択肢が削除されていく。

 仕方がないか。どれだけ疑似社会を形成しているといっても学園島は教育施設だ。

 公営(・・)の性風俗店などは当然存在していない。

 それに自分には学園都市での立派な地位がある。どれだけ癒しが欲しくてもそういう店を利用するのはリスクがありすぎるだろう。

 

「卒業してもこんなのがずっと続くなら……いっそ、辞めちまうか」

 

 夢と希望に溢れた学び舎の最高峰。

 そんなこの場所には似合わない言葉がつい口から零れてしまった。

 優秀な成績を収めて、部活動でも先輩や後輩に頼られるだけの活躍をして、相応の成功と報酬を手にしているとは思っている。

 だけど、この学園島に来たばかりの頃はこんなことをしたかったわけじゃないはずだったんだがな。

 本当は船に乗って、海や魚に関わる勉強や部活に励みたかったんだっけ?

 夢っていうのはままならない。

 

 

「それはもったいない。特に君のように将来有望な学生が未来を悲観してはいけないよ」

「うわ!?」

 

 カツン、カツンと高価な靴の足音を高らかに響かせて、暗がりから歩み寄ってきた人物に思わず悲鳴を上げてしまった。

 

「見ない顔ですね。本土からきた方ですか?」

「はい。しがないサラリーマンですよ。観光兼ビジネスといったところですよ。そういう君は高等部あたりの生徒さんでいらっしゃいます?」

「ええ、まあ……三年です」

 

 真っ白なスーツと帽子に色鮮やかなコサージュといういで立ちに派手なサラリーマンだなという疑問はあったが疲れから余分に頭を働かせたくないので失礼がない程度に生返事で返した。するとそのサラリーマンはにこやかな笑顔で隣に腰を下ろすと親しげにさらに話しかけてきた。やめてくれ。

 

「見たところ、有力な部活動の、相応に高い地位にいる生徒さんかとお見受けしますが……私の見立てはあっているでしょうか?」

「……まあ、副部長の下ぐらいですかね」

「素晴らしい。きっと、こんな時間まで学園島のために身を粉にして働かれていたのでしょう! お勤めご苦労様です。我が社の新人たちにも君のような熱意ある姿勢を是非とも見習わせたいものですよ」

「ありがとう、ございます」

 

 お願いだから静かにしてほしい。

 そもそも、島外から来た人間用の宿泊施設はこんな学生居住エリアにはないだろうに、どうしてこのサラリーマンはこんな時間にこんな場所にいるんだ?

 

「こんな夜に君のような学生と出会えたことに私は運命を感じえずにはいられない。試供品ですがこれを受け取ってくださいませんか? きっと、いまの君が最も欲しているものを手に入れられますよ?」

 

 サラリーマンは突然、舞台俳優のような仰々しい身振り手振りで哄笑したかと思うといきなり自分の右手をとって見慣れない硬貨(コイン)を渡してきた。

 ドルでもフランでもない。古銭の一種だろうか?

 よく分からないが触れているだけで、見ているだけでなんだかとても心が冴え渡ってくるというか、魅力的だと感じる。脳と全神経が言い表せない快感で満ちていくような。

 新手の違法ドラッグかもしれない――微かに残った理性が投げ捨てろと叫んだような気がするがもう遅い。

 

【禍禁完了】

 

 不思議な声のようなものが響くとコインは俺の中へと吸い込まれていった。

 そして、俺はナニかに変わって――夢を謳歌する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界は一つじゃない。

 コインに表と裏があるように。

 眩い光と暗い影があるように。

 

 世界は一つじゃない。

 あたたかな昼とつめたい夜があるように。

 清らかな正しさと汚れた悪しきがあるように。

 

 世界は一つじゃない。

 君が知らないだけで、

 君が気付いていないだけで、

 君のすぐそばにも、君が知らない世界があるだろう。

 その目撃者になれるか否か――さあ、運命のコインを弾け!

 

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