仮面ライダーゲットー   作:マフ30

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ファイル01 夢泥棒、学園島に現る!?

 

 

 夜明けの空の下でいつもと変わらぬ学園島(ガクトポリス)の一日が始まる。

 学園島の朝は早い。

 本土と同じように漁港・港湾エリアでは夜明けと共に学園島に到着した船舶から荷下ろしされた品物を学園島にて運営されている夢路真(ゆめじま)学園の食品管理部などに所属している生徒たちが競り落としたり、仕分けをしたりと仕事(部活動)に勤しんでいる。

 

 都市部中央でも早番の鉄道管理部の部員たちが朝練として学園島の主な移動手段である路面電車の運行準備に取り掛かっている頃合いだ。

 ドーナツ型の形状をした人工島に建造された学園都市をぐるりと一周している路面鉄道は交通の要であると同時に学園島の名物の一つでもある。

 イタリアの街並みを模してオレンジやベージュといった明るく生命力あふれる色彩を用いて建てられた異国情緒のある景観の学園都市は観光地としても有名なのである。

 早朝の学園島には朝焼けに照らされて煌めく街並みとは別に住民である学生たちしかしらない隠れた名物がもう一つあった。

 それが――彼だ。

 

「おはようっす。朝メシお届けにあがりました」

 

 その少年は愛車に跨り、疾風のように学園島を走る。

 首に巻いた山吹色の長い手ぬぐいをなびかせて。

 まだ薄暗い街路を流星のように走り抜けていく細長い影は知らない人が目撃したらきっと獣か何かと勘違いするような素早さだ。

 けれど、ソレはオートバイや学内に複数存在している機械工学系の部活が開発した新型ビークルなどでもない。

 

「バーガークイーンから委託されました。配送部の赤影です」

 

キコキコと軽快に、力強く踏み込まれたペダル。

チリンチリンと軽やかに鳴るベルの音。

 ただのママチャリ(自転車)とは思えない速度で都市部から湾岸地帯まで駆け抜けてきた彼が巻き起こす突風を合図に忙しく生鮮食品が入った発泡スチロール箱を運んでいた生徒たちは作業の手を止めた。

 

「毎度ありがとうございます。ハンバーガーとコーヒーのセット、二十人分お確かめを」

「お、今日も作りたてみたく温かいな! いつも助かる」

 

 自転車の後部に取り付けられた大型デリバリーボックスから手渡された美味しそうな香り漂う紙袋。朝早くからの作業で冷えた指先に伝わる料理の温度に自然と口元が緩む海産研究部の部員を見て、第三調理部が出店しているハンバーガーショップからの荷を送り届けた生徒はサインを受け取ると足早に立ち去ろうとする。

 

「そりゃあ良かった。じゃあ、俺はこれで」

「待った赤影! 良い黒鯛が手に入ったんだ。すぐに刺身にしてやるからちょっと食べてけよ?」

「……」

 

 呼び止められた生徒が無言でヘルメットとゴーグルを外して、その素顔が露になると近くにいた入部したての女子生徒が思わず黄色い悲鳴を小さく零した。

 勝負師を連想させるような引き締まったクールな顔つきと深紅の瞳。

 無造作に切り揃えた艶の無い漆黒の髪と合わさって向こう見ずなアウトローめいた美形だった。

 少年は口元を真一文字に結んだまま、足早に踵を返して――。

 

「んもー! 悪い大人だなぁ先輩はぁ! 紙コップでいいんでみそ汁も欲しいっす!」

 

 獲れたての鮮魚という誘惑にこれでもかというほど嬉しそうに恵まれた端正な容姿をだらしなく破顔させた。

 赤影 湊。夢路真学園高等部二年生。

 飛騨の山奥で野生児のように山河を駆け回っていた少年はこの学園島の生徒になっていた。

 

「おう! 素直な奴は大好きだ! ちょっとその辺に座ってろ!」

「はい!」

「いつも言ってるけど味噌なんてないから魚のあらと醤油混ぜた汁しかねえぞ」

「にっはははははははは! 最高じゃないっすか! パイセンサイコー!」

 

 勝手知ったると言った所作で使われていないプラスチック箱を引っ張り出してきて腰かけてウキウキで準備完了している湊。そんな彼の美形な顔と乖離した言動を見た女子生徒はというと……。

 

「なにあれ。詐欺じゃん」

「すごいだろ? 世界一完成度の高い黙っていれば美人の標本ってみんな呼んでるんだ」

 

 勝手に抱いた甘い幻想を数秒で粉砕されて呆然としていた。

 一人の乙女が世界の不条理に嘆いていることになど気付くことなく、湊はその後売りに出せないアジの干物までごちそうになってから帰っていった。

 

「それにしても勿体ないな赤影のやつ。体育系の部活や学科に入れば絶対になにかしらのプロになれるだろう?」

「え、あの人違うんですか?」

「ああ、普通科だよ。なんなら配送部もバイト扱いだぞ? ママチャリで時速80キロ出せて夢路真のスピードスターだなんて呼ばれているのに」

「やばっ! けど、なんでまた……ほかに夢とかあるんですか?」

「さあ? ただ、湊をお抱えにしている人がいるのさ。学園島随一の英才にして、問題児さんがね」

 

 

 

 

 夢路真学園は何事も生徒の自主性を重んじ、成長を促す教育方針を掲げている。

 それ故に中等部二年生への進級後は私服通学が許可され、高等部からは朝のHR終了

後は授業も一部の必須科目を除いて大学のシステムに倣って自由な選択式を採用している。

 一週間、一か月、一年間の授業スケジュールを自ら考え組み立てて進めることができるのだ。(当然、希望者は学園側が定めたカリキュラムに従っての学習も可能だ)

 そんな事情もあって、平日の昼間であっても学生が街中を出歩いている光景も学園島では珍しくはない。

 かく言う僕もその一人で今日は何時もなら一時限目の授業があるこの時間帯に校舎など教育施設が集中しているエリアを飛び出して、屋外実習エリアの外れに出向いていた。

 

「この辺りだよな……例の部の活動拠点っていうのは?」

 

 学園島にあって最も潮風の香りが遠く、その代わりに緑生い茂る自然が溢れているエリア。主に農業系の生徒や部活が運営している農場や果樹園、土木建築関係の資材置き場や練習場があるこの場所は小規模な公園やログハウスタイプのカフェなどもあり、休み時間や週末には多くの生徒たちにとって憩いの場になる長閑なエリアだ。けれど、その端っこには一部分だけ周囲の景観と似つかわしくない謎のコンテナ群がある。

 

「本当にここで良いんだよな?」

 

 まるで巨大なルービックキューブを幾つも敷き詰めたように立ち並ぶ大量のコンテナの間の道を歩く。極彩色の空間は迷路のように入り組んでいて直進とキッチリした曲がり角しかないというのに無事に目的地に辿り着けるのか不安が募る気分だ。

 

「なんだお前? 迷子か?」

「うおっ!?」

 

 鬱蒼と積み上げられた何色もあるコンテナたちに惑わされて、一度同じ道を通るという失態を犯しながらも進んでいた時だった。頭上から何者かの声が降ってきた。

 

「学園島に入学したての一年生ってわけじゃないよな? どうしたよ?」

「は、はじめまして。えと……失礼ですが赤影 湊さんですよね?」

 

 頭上の声の主は軽やかに二段積みのコンテナの上から飛び降りると山猫のように静かに着地。珍客と言って間違いではない僕をまじまじと見つめて、首を傾げている。

 黒い髪と深紅の瞳。そして学園の制服である水色のブレザーの上から首に巻いている山吹色の長い手拭い。一見するとマフラーにしか見えないソレからは微かに薬品……いや、生薬のような匂いがする。もしかしたら彼が自ら染め上げたものなのかもしれない。

 

「おう」

「自己紹介が遅れました。僕は高等部一年生の和堂 尊(わどう たける)。先輩たちにお話があってきました」

「あー……お前の時間を無駄にさせたくないから先に断っておくけど、ウチは新入部員とか欲しがってないし、依頼受けて何かを作るってのもまず無いぞ? あいつ(・・・)は好きなものしか作らないからよ」

「そういう用件で来たわけじゃないです。僕が見てしまった信じられない出来事について意見が欲しくて……お願いします」

 

 深く頭を下げていると自分のものではない足音が僅かに遠のく。

 顔を上げると彼――赤影先輩がついて来いと指をくいくいサインを送ってくれていた。

 

「俺らがお前の役に立てるかは知らないがこんな難儀なところまで出向いてきた客にお茶の一杯も出さないのは良くないだろう。まあ、気が済むまでいてくれていいぜ」

「ありがとうございます。赤影先輩」

「畏まらなくていいって。高等部ならお互いに成人だ。もっと気安く接してくれた方が助かる」

「は、はあ……」

「良い機会だ。ピザでも食ってくか?」

「ピザ?」

 

 他愛のない世間話の中で脈絡がなさすぎる単語の登場に思わず大声で聞き返してしまった。

 何故ここでピザ?

 

「俺が好きなんだ。けど、貧乏性っていうのかねえ……特別な日やちょっと良いことあった日なんかにしか食べないようにしているもんでな。で、そこに珍しい客人の来訪ってわけだ」

「なるほど。いいですよ、僕のこと思い切りダシに使っちゃってください」

「にっはははは! 尊って言ったっけ? ノリがいい奴は大好きだよ」

 

 黙っていればクール系のイケメンな端正な顔を盛大に緩ませて笑う湊の背中を追って歩いているとすぐに目的地にへと到着した。

 

 

「着いた。ここが……」

 

 相変わらず四方は積み上げられたコンテナの壁に囲まれているが開けた土地に建つ大きなガレージハウスが目の前に見える。大手の部活動には専用の部室が与えられると聞くがこんな風に正規の部活棟ではない建物を丸ごと一軒というのは珍しいと記憶している。

 軒下の隅っこにはドラム缶で作られたピザ焼き窯のようなものも置いてある。

 

「静かだな……あいつ、まだ寝てるのか?」

 

 湊の招きで中へ入ろうとしていた時だった。

 突然、すごい物音を立ててガレージのシャッターが内側から吹っ飛んだ。

 

「あっぶな!」

「な、なんだぁああああ!?」

 

 ガレージに置かれていたであろう道具や資材が節分の豆のように屋外へと飛散する。

 間一髪で僕は湊に腕を引っ張られて怪我もせずに済んだが目の前は完全に事故現場のソレだ。

 しかし、そんなものすらどうでもよくなる衝撃映像が砂煙の奥から現れた。

 

「うわっはっはっはっはっはっは! 素晴らしい! 素晴らしい馬力だ!! これならば使用者がどんな巨体でも全く問題にならないだろう!!」

「ベッドの、おばけ!?」

 

 自分の語彙力不足を痛感するが本当にそうとしか表現できない。

 突然、キャタピラで二足歩行するような動きで何本ものマジックアームが生えたベッドが飛び出してきたのだから、率直な感想はこんな風にしか絞り出せない。

 

「くぉおおおおおおお! よさないかフローレンス二号! こんな乱暴なアプローチでは介助ではなく虐待だよぉ!?」

「あわわっ!? なに!? なんなのアレ!?」

 

 謎のベッドは明らかに暴走している動作で動き回っている。

 加えて、そのモンスターベッドには半裸の女子生徒がベルトで拘束され現在進行形で残った衣服をも剝ぎ取られかけているのだから大変だ。

 直視して良いものか?

 僕の視線は泳ぎに泳いだ。

 

「おやぁ! 湊じゃないか、おはよう! 良い朝だね、気分はどうだい? 私はご覧の通り絶好調さ!!」

「そりゃ良かった。で、助太刀はいるかー明楽(あきら)?」

「迅速な救助を要請するよ! 私とてこのまま全裸にむかれながら目抜き通りを驀進するのに耐え切れるほど羞恥心は鈍ってはいないからねえ! おーたーすーけー!!」

 

 見てはいけない部分はなるべく見ないように心掛けてはいたけど、明楽と呼ばれた女子生徒はアッシュブロンドの髪を振り乱し、宝石のように綺麗な翡翠色の瞳をパニックでぐるぐると回しながら、相当切羽詰まった口調で湊に助けを求めていた。

 信じられない話だがこの女子生徒こそが現在の学園島において指折りの才媛なのだから

世界は面白い。

 

 

 

 

「すまなかったねえ、客人くん。我ながら、私らしくない姿をみせてしまった」

「安心しろ。平常運転だ」

「いやぁ、全自動介助ベッドの改良が終わって折角だしシャワーを浴びる代わりに清拭モードの実験をしてみたのだけれどね。誤作動でお見送りモードになってしまったんだよ。君たちが来てくれなかったら私は新手の露出魔として学園新聞の一面を飾るところだった。感謝するよ」

「ど、どうも」

 

「縁起でもない機能を搭載するからバチだよ」

「なにを言う湊。老老介護や在宅介護の過酷さはもっと憂うべき問題だよ。君とて知らないわけじゃないだろう? 実に有意義な発明だと断言できるさ」

「そりゃそうだが……自力で風呂に入るのも面倒臭がるやつに言われたかない」

 

 騒がしいファーストコンタクトから数分後、無事に暴走ベッドから救出された少女は特注と思われるポケットがたくさんのノースリーブの白衣に袖を通して、改めて僕を出迎えてくれた。

 初対面時は危ないお姉さんにしか見えなかったがちゃんとした格好をした彼女はとても綺麗で幼い美少年にも見える中性的で人懐っこそうな顔立ちをしていた。

 肩まで伸びた髪がややぼさつき、目の下に隈が出来ているのは会話から察するに徹夜になった部活動の影響だろう。

 

「自己紹介がまだだったね。明楽(アキラ)・M・クラリッサだ」

「はじめまして。僕は和堂探偵部、部長の和堂尊と言います。よろしく」

「ほほう、探偵部? また面白い部を立ち上げているじゃないか君ィ? 立ち話もなんだ。中に入るといい」

「ありがとうございます」

「ようそこ。我らが情動的発明部へ」

 

 開かれたドアの先へと招かれて、鼓動が早まっているのを自覚する。

 まさか、こんな形で彼女と知己を得ることになるなんて。

 確か日本人とイタリア人のハーフだったかな。

 名前だけなら僕も彼女のことを知っていた。

 いや、ひょっとしたら学園島でこの名前を知らない人間を探す方が難しいかもしれない。

 エネルギー問題の救世主。

 数年前にある企業が開発したEC(エナジーコイン)バッテリーと呼ばれる対消滅を利用した新しいエネルギー資源。その生みの親が彼女なのだという。

 大小様々なサイズの硬貨型バッテリーは学園島でも動力として欠かせない存在になっている。一生遊んで暮らせるだけの富を築ける世紀の大発明を達成させながら明楽という天才少女は特許こそ取得したが全世界でECバッテリーの更なる発展と改良を願いその製造方法を世界に公開してしまったのだという。

 そして、彼女はこの学園島へ入学して自由気ままに発明活動に勤しんでいるのだという。

 つまり、ここでの彼女の評価は発明家のテンプレートとも言える理解困難な変人だ。

 それでも、だからこそ――僕の見た出来事を彼女たちなら信じてくれるかもしれない。

 

 

 

 

 「適当に座ってくれ。うっかり爆発するような物は置いてはないが部屋の物はなるべく触らないのがまあ、身のためだ」

 

 湊の本気かウソか分かり辛い冗談に苦笑しながら、言われたとおりに作業机の近くにあった椅子に腰を下ろす。住居部分になっている二階は見たこともない道具や何かの材料らしきものが鎮座しているものの思っていたよりも片付いていた。何となくアメリカのダイナーを思わせる内装だ。

 

「ほれ、コーヒー。で、俺たちに話したいことって何だ?」

「ああ、ちょっと待ってくれたまえ。いま思考を冴えさせる……ふわ~ぁ」

 

 明楽さんの口から大きな欠伸が零れる。

 先程の騒動での興奮も醒めて、睡魔が襲ってきたのか隣の湊の肩にしゃなりともたれかかり、いまにも眠ってしまいそうだ。

 

「徹夜するやつは良い職人になれねえぞ」

「金言だねえ。湊にお説教されるようじゃ私もまだまだ青二才だよ」

「気にするな。いまの言葉も白状するとポルコ・ロッソの受け売りさ」

「ちょっと待って、え……明楽さん。それなに?」

 

 僕の対面の長椅子に並んで座り湊と明楽さんは淀みのない清流のようテンポの会話を交わしながら自分の分のお茶を用意する。息の合ったコンビのやり取りに自然と感心してしまうが彼女が専用のミニポットからマグカップに注いでいる謎の緑の液体に指摘せざるを得なくなる。

 この匂い。自分の嗅覚がおかしくなっていなければ湯気こそ出ているがあれはエナジードリンクだ。

 

「ああ、私は10歳まではイタリアで暮らしていたんだが父の影響もあって日本文化が好きでね……抹茶も少々嗜んでいるんだよ」

 

 眠たそうな瞼を半分開けて明楽さんは炭酸なんて殆ど抜けているであろうホットのエナジードリンクに粉末の抹茶を大匙一杯投入するとマドラーでかき混ぜて、ゴクゴクと飲み出した。

 

「っぷはあ! よし! 準備完了だ。本題に入ろうじゃないか?」

 

 爛々とした眼でこちらを見てくる明楽さん。

 彼女なりに聴く姿勢を整えてくれたのは感謝したいが一度千利休にぶん殴られた方が良いと思う。チラリと助け船を求めようと湊の方を見るが彼は自分と目があった瞬間にそっと口元を首に巻いた手ぬぐいで隠した。言うだけ無駄ということだろうか?

 兎に角、準備が整ったのならばここからが本番だ。幸いにも二人のやり取りのお陰でか初対面の緊張はだいぶ解れて心に余裕がある。

 落ち着いて、分かりやすく、あの夜のことを話し始めるとする。

 

「二日前の夜のことでした……」

 

 そう、二日前。

 僕は素行調査の依頼を受けて夜遅くまで学生街の裏通りを歩き回っていた。

 守秘義務があるので細かな経緯は割愛するがターゲットは依頼人にサプライズのプレゼントを買うために密かに夜勤のアルバイトをしていただけで問題行為をしていたわけではなかった。念のために証拠の写真も撮り、依頼人になんと報告すべきか別の問題に頭を悩ませながら家路に就こうとした時だった。

 遠くで叫び声のような物が聞こえたんだ。

 昼夜問わず賑やかな学生街だけど、それでも行き交う人々も店舗を切り盛りしている者たちも皆等しく学生なのだから夜が更けていけば喧騒は静まっていく物。

 

 既に時間は深夜と言って良い時間帯だった。

 事故にせよ、事件にせよトラブルが近くで起きているのならば確かめる必要があると。

 灯りか消えて、真っ暗な裏路地をペンライトの小さな光を頼りに走ること数分。何者かの気配を感じて僕は曲がり角を曲がった先で見た光景に言葉を失った。

 人間ではない、けれど二足歩行をするナニかが女性らしきものを担いで歩いていた。

 驚きの声を上げてしまいそうなのをギリギリで噛み殺し、咄嗟に近くにあった大型のダストボックスに身を隠して。

 

 あまりにも異常が多くて、救助を断念して先ずは観察に注力した。

 暗がりで顔や細かな特徴は判別できなかったけど、刀剣のような物を腰に吊るして、左腕は鋭利な爪のような物が見られた。

 一度、正体不明のソレは足を止めてこちらを振り向いたが結局僕に気付くことはなく夜闇に消えていった。

 

 十分に時間が経ってから、ソレがいた場所を調べると確かに壁には刃物でできたような傷のような物が発見できた。血痕や争った形跡、連れ去られた女生徒の身分が分かるようなものは発見できなかった。

 

 

 

 

「以上が僕の体験した二日前の夜の出来事です」

 

 そこまで大声を上げたわけでも喋り続けていたわけじゃないけど、ひどく喉が渇く。

 ぬるくなったコーヒーで口内を潤したところで湊が口を開いた。

 

「基本的なことを聞くが保安部や教師には通報したのか? その場で収拾がつく喧嘩と違って誘拐なら穏やかじゃないだろう」

「一応、同期だった子に連絡したんですがあまりにも荒唐無稽で保健委員の世話になるように言われちゃいました」

「あいつらも何だかんだいつも人手不足で暇じゃないだろうしな。それにしても……怪人騒ぎか」

「湊は……信じてくれるの?」

「そいつの正体が何かは分からないけど、お前が嘘や出鱈目を言っていないのは分かる。こんなところにまで訪ねてきた行動がそのまま尊の誠意みたいなもんだ」

 

 ごく普通に彼の口から出た言葉に僕は目を丸くするのと同時に胸の奥が熱くなる気分だ。

 

「……まさか、ね」

「はい?」

「いや、ただの独り言だよ。君の数奇な体験談を聞かされたわけだが結局のところ、私たちに何をしてもらいたいんだい?」 

 

 目を細めて薄っすらと笑う明楽さんの雰囲気に思わずゾクリと肩が震えた。

 

「私はご覧の通りのしがない発明家の卵であり、湊は私の優秀な実験だ……貴重なテスターであり助手のようなものだ」

「俺も気になっているのはそこだ。俺たちじゃないとダメなナニかがあって尊はここまで来たんだろう?」

 

 明楽さんがとんでもないことを口走りながらも僕の来訪に秘められた核心を衝いてきた。

 ここに来たのはかつての部活仲間に信じてもらえなかったことへの傷心を癒すためでも愚痴を聞いてもらうためでもない。

 

「単刀直入にお願いします。僕が見たあの正体不明の怪人を見つけ出すのに協力してください」

「なるほど。君は自分が見た非常識な光景が夢でも幻でもないと言い切れるんだね」

「はい。同時に高い確率で荒事になるとも思っています」

「それで俺の出番ってわけか? けど、いいのか? 体を動かすことには自信はあるけど、その怪人ってのと取っ組み合いになるならちゃんと格闘技系の部活に入っているやつに頼む方が適材適所かもしれないぜ?」

「僕が一番に優先したいのは怪人を退治するよりも連れていかれたあの女子生徒を見つけ出したいことなんです。そして、叶うなら危ない場所からすぐに連れだしてあげたい」

 

 そうなってくれば、夢路真のスピードスターの異名を持つ湊の助力は大きく頼りになる。ちゃんとした移動手段さえあれば攫われた生徒を迅速に安全な場所まで運びだせる。

 もしも、あの夜の出来事が不良学生の悪質な犯行で力でしか解決できないのならば、その役目は僕じゃなくても保安部や風紀委員たちのように相応しい立場の人たちがいる。

 

「顔もちゃんと確認できなかったし、名前も当然知りません。けど、あの子がどんな目に遭っているのか分からなくてもきっと彼女はいまも不安や怖さで苦しんでいる。彼女の行方が分からなくなったことで心配している誰かが必ずいる。そんな人たちを助けてあげたいんです」

 

 付け加えて僕は二人に自分自身の信念も伝えた。

 どんなに治安や正義を守る組織が巨大で盤石でも社会というシステムには必ず取りこぼしがある。本土でも世界でも、この学園島でもそれは同じだ。大規模な災害や事件が起きれば人々はその問題を解決しようと力を向ける。でも、そんなときに大事件の裏で起きた些細なトラブルや問題は軽んじられがちだ。

 仕方のないことだと理解はできる。でも、見過ごしたくはない。大きな流れからちょっとだけ外れてそんな取るに足らない問題と悲しみに手を差し伸べてあげたいから、僕は探偵部を立ち上げた。今回もそんな僕の(ポリシー)を実行するための言うなればワガママなんだ。

 

「何の関わりもないお二人にこんなことを頼むのは筋違いだとは思います。思いますが敢えてお願いします。僕に力を貸してください」

「ふむ。どうしようか、湊」

「俺は手ぇ貸すぞ。こいつの心意気は……俺の大好物なやつだ」

 

 力強く立ち上がった湊の顔は晴れやかだ。

 しかし、刺激を求めていたというような笑顔ではなく、何か懐かしい景色を見ることが出来たような一抹の寂しさを噛みしめている風に見えたのは僕の気のせいだろうか。

 そして、明楽さんの方もしばし人差し指で唇をなぞる仕草で思案した後に協力に賛成という答えを出してくれた。

 

「本当にありがとうございます!」

「なに。気にする必要はない。不本意ながら問題児のレッテルを貼られて学園島で暮らしている身分だ。たまには慈善活動に精を出すのも悪くない。良いフィールドワークになるかもしれないしねえ」

「道連れになる俺の身にもなって欲しいが……まずは何から始める?」

「現場をもう一度調べようと思います。せめて、連れて行かれた女子生徒の身元だけでも割り出したいですし」

「心得たよ。湊は愛機の用意をしていてくれ。私は念のためにちょっと奥の倉庫から荷物を引っ張りだしてくるよ」

 

 

 

 

 今日は良い日になりそうだ。

 朝の冷たい風を切って駆けていた時に感じた予感は的中していた。

 少し謙遜したように、立派で大きな夢を語る後輩の眼差しにいつか見て憧れた輝きと同じものを感じた。

 誰かのために力を使いたい。

 難しいと理解しながらもそれでも手を差し伸べたい。

 綺麗事だと一蹴されてしまいそうな大きな夢を抱いて、叶えようとする姿にあの日、大好きな人の隣で胸の奥で燃え盛っていた熱をも一度感じることが出来た。

 あと、光にい直伝の薬草染めの手拭いを褒めてくれたのも嬉しかった。

 迷惑じゃないなら、いつか同じものを作ってやろう。

 車両改造部の物好きたちから譲られて以後、情動的発明部の足になっているレトロなサイドカーを操る腕に力が入る。

 

(光にい……学園島(ここ)に来て、良かったよ)

 

 尊には黙っていたが……。

 明楽にも隠してはいたが……。

 もしも、これから理不尽な暴力に抗うために力が必要なら、使ってしまってもいいと腹を括る。

 色褪せることのない最高の日々と一緒にしまっていたそれを。

 二人で叶えなきゃ意味がないと一人勝手に鍵をかけていたそれを。

 

「湊ぉ~何か良いことあったのかい? 少しスピードが出すぎているよぉ」

 

 無意識に鼻歌を鳴らして、吹き抜ける風を楽しんで飛ばしていたら背中から世話の焼けるかけがえのない相棒の声が聞こえてきた。

 

「お。わるい……」

「事故を起こさないでくれればそれでいい。ククク、それに私としては湊の鼻歌なんて珍しいものが聴けたのだから僥倖ということにしておくよ」

 

 あからさまに調子に乗った声色でからかわれ続けながら、サイドカーを走らせること十数分で俺たちは件の学生街の一区画へと到着した。

 

 

 

 

 学生街。

 正式な名称は商業部活実技エリア。

 様々な商店が軒を連ねる学園島最大の繁華街にして生活の要の区域だ。

 昼夜を問わず賑やかで学生たちの活気で溢れている観光地としても海浜エリアと双璧を成す花形エリアでもある。

 

「いつ来てもここは騒がしいねえ。学園祭はまだ先だと言うのになんてことのない平日でもカーニバルのようでは飽きが来てしまうんじゃないかい?」

「お前が出不精なだけだ。それにここが廃れたら学園島の死活問題だろう」

 

 明楽さんと湊がそんな会話を交わしているようだが周囲の喧騒にかき消されてよく聞き取れない。それほどまでにこのエリアは昼夜を問わずに活気に溢れている。

 食料品、衣類、雑貨、書籍など生活に必要なものは大抵がここ商われている。

 その殆どが大手部活と個人経営などの中小部活によって運営されている。驚くべきことに商品の開発や流通・生産なども技術指導員という先達の社会人たちの補助を受けているとはいえ学生たちによって行われているのだから驚くべきことだと他人事のように思ってしまう。噂では学園島オリジナルブランドとして本土に輸出されている品もあるのだとか。

 

「時間は有効に使うとしよう。役割分担をして調査をすべきと提言するがどうだい?」

「賛成だ。平日の午前で授業に出ている生徒が多いと言ってもこの賑わいだ。昼飯時になる前に俺は目ぼしい店を聞き込んで無断欠席しているのがいないか調べてみる」

「では、私とわっくんは事件現場の再捜査といこう。それでいいかな?」

「ええ。ところでいまの呼び名ですけど……」

「知り合ったばかりでこうも密な共同作業ではお互いに緊張すると思ってねえ。親しみと気安さを考慮して考えたあだ名なのだけれど、不服だったかい?」

「……いいセンスです」

 

 気を使ったわけでも、忖度でも無く、割りと真剣な感想だ。

 和堂尊という名前をもじりって小学校や保安部時代はよく【わどうたける】【わどうそん】転じて【ワトソン】だなんて弄られたこともあるから、こういう風なあだ名は大歓迎だ。

 そんなわけで僕たちは一時間後に合流する場所を決めて二手に分かれて調査を開始した。

 

 

 

 

「この辺りです。えーっと……ほら、ここ分かりますか?」

「ふむふむ。確かにこれは鋭利な刃物で切りつけた痕のようだね」

 

 二日前の夜に怪人と遭遇した場所に明楽さんを案内して、件の傷が残る建物の外壁を見せた。人通りが少ないためかまだ建物のオーナーにも気付かれていないであろう刀傷のようなものは確かに今もくっきりと冷たく硬い壁に刻み込まれていた。

 

「野良猫の爪研ぎはもちろん、一介の学生が思いっきり力を込めて刃物を振るったとしてもこんな傷はつけられないだろうね。まだ大手部活が開発した何らかの発明品の仕業という線も消すべきではないがそんなものの製造に成功していたのならば報道関係の部活に大々的に宣伝しているだろうし……ふむ」

 

 好奇心が刺激されるのだろうか?

 明楽さんは口角を微かに吊り上げて、熱心に壁に残された傷痕や周囲を何度も入念に観察している。

 

「時にわっくん」

「はい?」

「この壁のこともちゃんと古巣の保安部に説明したのかい?」

「え?」

「確かに怪人が出たなんて子供が考えた悪戯のような通報では保安部は動きやしない。けれど、これ(・・)。この傷は誇張表現を用いるなら立派な器物破損に該当する。保安部に直接が難しいのなら建物の所有部活なりにお願いして、保安部に捜査をさせるように仕向けることが出来たのではないのかな?」

 

 突然の発言に僕の身体の全身を寒気が走り、背中を冷や汗が流れた。

 やっぱりこの人は才女だ。疑似社会を形成しているからこそ可能な学園島の治安維持組織の動かし方、その仕組みにこの短時間で気付いた。

 

「悪気があって二人にも黙っていたわけじゃありません。ただ……一つの懸念があって、その裏技を使うのは最終手段に取っていたんです」

「というと?」

「連れ去られた女子生徒のことです。僕があの現場に遭遇してしまったのは深夜0時をとっくに超えていました。深夜帯に部活動を行うには審査の厳しい申請を行政委員と生徒会に提出するのが規則です。許されているエリアも限られています」

「君の意図が分かったよ。つまり、誘拐されたと思われる女子生徒は校則違反をしていた可能性があると?」

 

 彼女の明晰さにつくづく助けられる。

 僕は無言で首を縦に振った。

 学園島に数年も暮らしている生徒たちの間では暗黙の了解だが非合法な部活動は少なからず存在している。

 保安部や風紀委員によって、何度か摘発が行われているが焼け石に水なのが実情だ。

 疑似社会としても、こんな暗部までも再現しなくてもいいと思うが清濁併せ持つから故の人間社会なのだろう。釈然とはしないけれど。

 

「名前も知らないあの女子生徒が校則違反をしていたかもしれない疑惑と誘拐されたこと……それはそれ、これはこれと僕は思います。だから、なるべく穏便に解決したいというのが望みなんです」

「探偵というのは他者の不幸で飯を食べるのに抵抗のない現実主義者(リアリスト)だと考えていたのだけれど、思ったよりもロマンチスト主義が強そうだ」

「どうですかね? 自分でもよく分かんないですけど」

「君の好きなようにやればいいさ。私たちは素直に協力するだけ……そういう約束だ」

 

 明楽さんは壁につけられた切り傷をなぞりながら、他人事のように素っ気なく言う。

 それが気遣いか本心なのか見破れるほどの実力は僕にはまだない。

 目ぼしい情報や新たな証拠は手に入らずで早めに湊と合流しようかと思っていた時だった。表通りから何か大きな物音と叫び声が轟いた。

 

 

 

 

 時間は僅かに遡る。

 一人聞き込みを担当することになった湊はとりあえず配送部のアルバイトを通じて顔馴染みの店に声をかけて、二日前から姿を見せていない女子生徒はいないかと尋ね回っていた。

 

「うーん……無断欠席の女子生徒ねえ。ウチの部にはいないね。せめて名前か写真でもあれば部員たちにも聞いておけるんだけど」

「だよなぁ。昼飯前の忙しい時に邪魔したな」

「赤影には出前のヘルプで随分と助けられているから気にすんな」

「ありがと。また飯食いに来るわ。商売繁盛祈ってるぜー」

 

 これで五軒目。

 調理系の部活が出店している安さが売りの大衆食堂の部員に別れを告げて、湊は人が増えてきた大通りをふらりと歩き出す。

 

「時間的にもう二、三軒は聞き込みできるがどこいくか……女子受けするような店に知り合いなんて殆どいないし弱ったな」

 

 携帯端末に表示される時刻と睨めっこしながら聞き込み先を品定めする湊。

 しかし、これだけ店が多いと選ぶだけでも一苦労だ。

 学園島で営業している店舗は生徒による実技講習の一環として専門店が大半を占めている。そのため生鮮食品であれ、衣料品であれ取り扱っている専門店の被りが必ず発生して各部ではライバル店に営業成績で負けないように切磋琢磨して商売を行っている。

 意図的に用意された競争社会の中でより豊かな見識とビジネス技術を養わせると言う環境が整備されているのだ。それが今回のような情報の乏しい聞き込み調査には少なからず大きな壁になっていた。

 

「やあ、赤影じゃないか! 今朝はありがとう。昼食のお店探しかい?」

「こ、こんにちは」

 

 意を決して女子生徒に人気な雑貨店に乗り込んでみるかと考えていた湊に掛けられる声。後ろを振り向くとそこには湊が早朝に朝食を運び届けた海産研究部の部員たちがいた。

 

「こっちは珍しく部活動中……いや、よその助っ人だな。なあ、お前らの部や知り合いで二日前から顔を見てない女子生徒っていたりするか?」

「え、生徒にもいなくなっちゃった人がいるの!?」

「どういうこった?」

 

 一学年上の気性の穏やかな男子生徒の意味深な言葉に湊は怪訝な表情をする。

 

「それが行政委員の部長さんが所有している船が無くなっちゃって、盗まれたかもって騒ぎになっているんですよ。朝錬の後に保安部の人たちがたくさん来てびっくりしちゃいました」

「なんだそりゃ? 大事だな」

 

  湊が頼むよりも前に知らぬところで勝手に彼に幻滅していた女子部員が補足の説明をしてくれた。船と言っても釣り用の小規模なものだが所有者からしたら大事件だ。

 なんでも事故で海上に流されたとは考えられず、何者かが盗んだ可能性が濃厚らしい。

 

「放してください! やめてください、困ります!」

 

 湊が海産研究部の生徒たちからもう少し事情を聞き出そうとした時だった。

 すぐ近くで営業しているオープンカフェの客席から悲鳴のような大きな声が聞こえてきた。

 

「なんだよ。ちょっと放課後に食事に誘っただけなのにそんなに嫌がらなくてもいいじゃないか」

「手まで掴んできたのは貴方でしょう!? ここはそういうお店じゃありません! ルールが守れないなら保安部の人を呼びますよ!」

 

 集まって来た野次馬たちに混じってトラブルの現場を湊が見てみるとどうやら男性客が規則を破って女性従業員にちょっかいをかけたという、夜の店でよく起きる類の諍いがたまたま白昼に発生したようなものだった。

 新入生でもやらないような校則違反をわざわざ起こすとはと呆れた視線を向けた湊であったが問題を起こした男子生徒の不気味な雰囲気に何とも言えない胸騒ぎを覚えた。

 

「そうか。大人しく俺の物にはならないか……ひっ、いひひ」

 

 大学の生徒だろうか?

 大人びてはいるが無精ひげを生やして肌の血色も悪い。

 懐にナイフでも忍ばせている様な危うさを醸し出している二日前から無断欠席を続けている行政委員会・第三総務部の部員、田辺は薬物中毒者のようなぐらついた動きで立ち上がるとポケットから奇抜な硬貨を取り出した。

 表面にそれぞれ海賊旗が描かれたものと、タコが描かれたものの二枚の怪しげな硬貨――イリーガルコインを。

 

「従わないんなら……分捕るしかないよなぁ!!」

禍禁完了(かきんかんりょう)!】

 

 田辺の行動を目撃した生徒たちは我が目を疑っただろう。

 彼の首元に貯金箱のような割れ目(スリット)が空いたかと思うと田辺は迷いない手に持ったイリーガルコインを自らの体内に投入したのだ。

 どこからともなく響き渡る呪詛めいた響きの後に田辺の全身を禍々しい光が包み込み彼の肉体を怪人へと変貌させていた。

 

 横から見た帆船のような胴体から手足が生えて海賊帽を被り、背中からは何本ものタコの足が触手のように伸びて蠢く恐ろしい怪人パイレートイリーガルの出現だ。

 

『カーッカッカッ! 略奪祭の始まりだァ!』

「きゃぁあああッ!?」

 

 平和だったはずの学生街の大通りは一瞬のうちに大混乱に陥った。

 人間が一瞬で身の毛もよだつ恐ろしい人型のモンスターに変貌して暴れ出したのだから無理はない。

 逃げ惑う者もいれば、助けを呼びに走る生徒もいた。

 非常識な出来事を目の当たりにして、頭が真っ白になり立ち尽くす者もいる。

 

「大人しくしろ! どういう仕掛けか知らないがこれ以上好き勝手するなら停学なんかじゃ済まないぞ!」

 

 そんな中で偶然居合わせた非番の保安部員が勇敢にも取り押さえようと飛び掛かる。

 

『身の程知らずの馬鹿が良い子ぶって喚くんじゃない!』

「ぐぁっ……!?」

『俺が停学なら、君は休学にでもしてやるよ!』

 

 パイレートイリーガルに組みついた保安部員の左腕がパキャリと気持ち悪いほど軽やかな音を鳴らしながらあり得ない方向へと折れ曲がった。痛みと恐怖で顔面蒼白となる保安部の生徒はそのまま力任せに投げ飛ばされると果実店に突っ込み品物の埋もれて呆気なく気を失った。

 

『ほら、逃げろ逃げろ! 獲物が必死で逃げるほど手に入れた時の喜びは上質だ! せいぜい俺を愉しませてくれよ! お嬢さん(セニョリータ)!!』

「た、助けて……いやぁあああ!」

 

 勢いづいたパイレートイリーガルは自分を袖にした女子生徒に狙いを定めると進路上にいる無関係の生徒たちを力任せに薙ぎ払いながら迫りくる。

 活気にあふれた煌びやかな学び舎の島はあっという間に阿鼻叫喚の巷と化してしまった。

 

「あうっ!? は、なして……やめて」

『君で二人目(・・・)だ。まだまだ足りない。船も手に入れたことだし、もっと奴隷を集めないとなァ! 早く夢の船出は近いぞぉ!!』

「勝手にやってろ! このッ!」

 

 大きな鉤爪(フック)になった左腕で女子生徒の制服を絡め取って捕まえたパイレートイリーガル。罪人を連行するように強引に彼女を連れて行こうとした矢先、海賊の姿を真似た異形の怪物に目掛けて湊が近くにあった軽トラックを拝借して猛スピードで追突してその狼藉を食い止めた。

 

『邪魔をするな!』

「クッ……遊んでやるからよ! 面ァ貸しな!」

 

 怒り狂ったパイレートイリーガルが左腕で殴りつけたフロントガラスが粉々に砕け散る。

 ガラスの破片で傷つきながらも咄嗟に相手の鉤爪を掴んで捕らえた湊はアクセルペダルを思いっきり踏み込むと強引にパイレートイリーガルを人の少ない場所へと移動させようと軽トラックを学生街の外へと走らせた。

 

 

 

 

「一体何の騒ぎだ!?」

 

 明楽さんと一緒に大通りの異変に気付いて裏路地から出てきてみると学生街は過去にないほどの惨状となっていた。

 壊された店にぐちゃぐちゃに散乱した品物に、怪我を負った生徒たちも何人か見かける。

 精神的ショックで力なく座り込む者や肩を寄せ合って泣きじゃくる女子生徒たちのケアを駆けつけた保安部の女性部員や保健委員に所属している生徒たちが懸命に行っているようだ。

 

「人間がいきなり怪人に変わって暴れ出した」

「女子生徒が誘拐されかけていた」

「姿が変わる前に妙なコインを持っていた」

 

 雑音の坩堝となった学生街のあちこちでそんな非常識な会話が途切れることなく飛び交っていると隣にいた明楽さんが小さく舌打ちをしたのに気づく。

 

「参ったな。イリーガル……デタラメではなかったということかい」

「え?」

「あぁ! クラリッサ大変だ! 赤影が変なコスプレの通り魔を軽トラ使って学生街から追い出したって!」

「なんだって!?」

 

 次々に更新されていく雪崩のような情報の山に頭がパニックになりそうだ。

 それにいま確かに明楽さんは怪人の正体について目星がついているような反応をしていた。彼女は一体何を知っているというんだ?

 

「わっくん、君バイクの運転はできるかい? 事態は一刻を争う」

「どういうこと!?」

「急いで湊に合流するってことさ。いくらアイツでも生身では危険だ。けれど……私には対策がある」

 

 なにがなんだか分からないが僕は言われるがまま駐車していた情動的研究部のサイドカーに跨ると彼女のナビゲートで走り出した。

 最初は何処に向かっているのか見当もつかなかったが学生街に隣接する居住区エリアを抜けたあたりで漁港・港湾エリア、それもこの時間帯はまず人気が全くない埠頭のあたりだと気付いた。

 

「明楽さんはあの怪人が何なのか最初から知っていたんですか?」

「曖昧な答えしか持ち合わせていないんだがね……三年ほど前にイリーガルなる人間が変質した怪物を退治するためのパワードスーツの開発を依頼されたことがある」

「スケールが違いすぎる……!」

「まあ、依頼企業からは使用者一人につき10万ドルなんてかけられないと言われたからこっちから研究データだけくれてやって依頼は蹴ってやったがね。だから、名称と情報の断片こそ有していたけれど、実物を見るのは始めてだ。正直なところ非現実すぎて兵器開発を誤魔化す方便ぐらいに思っていたよ」

「……」

「私が信じられなくても無理はない。私だっていまは好奇心よりも困惑が勝っているからね……けれど、行動を起こさないと一人で頑張ってくれている湊が危険だ。彼のためにも手を貸してくれ」

「言われなくても! それに乗り掛かった舟をお二人に持ってきたのは僕の方です」

 

 徐々に風に乗ってくる潮の匂いが濃くなっていく。

 明楽さんの的確な道案内のお陰で予想よりもずっと早く目的地に着きそうだ。

 あとは彼女の見立て通りに湊も同じ場所にまだ無事でいてくれると良いんだが。

 

「いたぞ! あそこだわっくん!」

「ミナトーッ!!」

 

 埠頭に辿り着いてすぐに横転した軽トラックのすぐそばで社内に積んであったと思われる大きなモンキーレンチを使って怪人相手に懸命に抵抗をしている湊を見つけた。

 僕は無我夢中でサイドカーの速度をこれでもかと上げて怪人目掛けて体当たりを試みる。

 

『またかよ……鬱陶しいんだよ! どいつもこいつも!!』

 

 パイレートイリーガルは咄嗟に僕たちの乱入に気付いて後ろに大きく跳んで体当たりを避けるとヒステリック気味な荒い声を出して右手に持っていたカトラスを滅茶苦茶に降りまわしている。まるで癇癪を起こした子供だ。

 

「大丈夫かい、湊!?」

「助かった! けど、どうするよ!? コイツ本当に力も頑丈さも人間の比じゃなさそうだぞ!」

「コレを使いたまえ! 私の夢、湊に託す!」

 

 そう言って彼女が持っていたトランクが開かれるとそこには中央に丸型のシャッターのような機構がある白い円盤と金色に輝くコインが収納されていた。

 

「いまはエキスパートドライバーと仮名しておこう。私のとっておきだ」

「これは……ECバッテリー?」

「違うね。これはワンダーコイン。市場に流れているECバッテリーのオリジナルだ」

「なんだっていい。明楽が作ったもんだろう? だったら俺は信じて使ってみるだけだ」

 

 本当にこの窮地を覆せるのか一抹の不安が拭えない僕を尻目に湊は何の躊躇いもなくトランクの中のアイテム二つを手に取った。

 

「円盤を腰に当てるんだ。ベルトになる。それからシャッターの奥にコインを装填してごらん」

「こうか……!」

 

 明楽に言われた通りにすると真っ白な円盤がバックルとなって湊の腰に装着させる。そして、電子音と共に開いたシャッターの奥にある窪みにワンダーメダルを嵌め込んだ。

 

「次は!?」

「叫べ。起動コードは……変身だ」

「変身!!」

 

 湊の叫びに呼応してバックルのシャッターが閉まると装填されたコインで回転を始め、次第に眩い光が湊を包み込んだ。

 

『な、なんだ!?』

 

 目が眩むような閃光にパイレートイリーガルも堪らず怯んでその場から動けないでいた。

 その間に赤影湊の姿は仮面を纏う戦士へと変わっていた。

 真っ白いまるで粘土で出来たポーズ人形のようなのっぺりとしたフォルムのそれに。

 

「成功だ! よし、今度は……」

『反撃開始だな。覚悟しろよぉ! 海賊野郎!!』

「あっ! 待たないか湊! まだ説明は――」

 

 慌てた様子で手を伸ばして引き留めようとする明楽の制止を振り切って駆け出した湊が変身した仮面の戦士は勢いよくパイレートイリーガルを殴りつける。そして、続けざまに切れ味鋭いハイキックを顔面にぶつける。

 

『ん?』

『軽トラをぶつけられた時の方が効いたぞ(・・・・)? とんだ失敗作だな!』

『ぬおぁっ!?』

 

 しかし、なんとうことか。

 変身した湊の攻撃はこれっぽっちもパイレートイリーガルにダメージを与えられていなかった。特大の嘲笑を浴びせながら振り下ろされたカトラスの刃を受けて、湊は苦悶の声を上げてコンクリートの地面を転がる。

 

『おい大天才!  自慢のとっておき、まるで歯が立たないんですがぁ!?』

「だーかーらー! 説明をちゃんと聞きたまえ、バカ湊! それはまだひな型みたいなものなの!」

 

 さっきの威勢は何処へやら、慌てふためいた上擦った声で詳細を問う湊に明楽は立腹した様子で言い返す。

 

「いいかい? それは装着者のイメージを反映してアップデートを行うパワードスーツだ。思い描け赤影湊! 君が想像する最強の自分を! 君が夢見る最高の戦うための力を! それが! 私が夢見て形にしたエキスパートライダーの真髄だ!」

『そういう仕掛けか……解ったよ』

 

 明楽からの説明を受けてその力の正しい解放方法を理解した湊が纏う空気が変わった。

 鞘から抜き放たれた刃のように。

 途方もなく何度も繰り返し鍛えてきた刃のように。

 鋭く、冷たく、冴え渡るような凄みが湧き出る。

 

『いくよ……!』

 

 目の前にいるパイレートイリーガルではなく、違う誰かに語りかけるように呟いて湊は大地を蹴った。

 

(思い出せ! 呼び起せ! あの宝物の日々を!)

 

 粘土細工の人形のようだった戦士の姿が淡い光を放ちながら変わっていく、色づいていく。それはまるで冷たい物質に熱く生命が吹き込まれていくようにも見えて。

仮面の奥で湊の脳裏には横山光臣と一緒に過ごしていた夢のように楽しかった日々の記憶が鮮烈に蘇っていく。

 

『なっ!? いつの間に!?』

『せあっ!』

 

 一足飛びで滑るようにパイレートイリーガルの懐に潜り込んだ湊の拳が突き刺さる。

 その瞬間にエキスパートライダーの姿が白からダイバーを思わせる紺碧のアンダースーツへと変わった。

 

『いい気になるなよ!』

『フッ……ちぇやあぁッ!』

 

 先の攻撃とは比べ物にならないほどの重さを盛った拳に動揺しながら反撃にカトラスを振り下ろすパイレートイリーガル。だが湊はその太刀筋を見極めて撫でるような動きで刃を捌いて見せた。変身体にはアンダースーツの変色に加えて白い波模様とリベット補強が施された陣羽織型の黒いアーマーが追加されていた。

 

「すごい……どんどん姿が変わっていく!?」

「ああ! いいぞ、その調子だ! いけ湊、君の夢を見せつけてやれ! 私の夢を具現させてみせておくれ!!」

 

 尊が仰天して、明楽が歓喜に打ち震えながら見守る中で仮面の戦士はどんどんと湊が想像する強さを忠実に形成していく。

 

『も一丁ぉおおおおお!』

 

 右脇腹に手刀を打ち込み、ふらつく敵に隙を見出した湊が全身に力を込めて壁を駆けあがるようなサマーソルトキックを繰り出した。

 蹴りを放った勢いのままに澄み渡る蒼空を大きく弧を描いて着地した時には湊であった仮面の戦士は今度こそ彼だけの変身を完了していた。

 四肢を守る漆黒に金の飾り細工が施された軽鎧に双つ並んだ円型スコープを鉢金の代わりに額に備えた武者兜に似た無骨な黒仮面。

 真紅の複眼は射抜くような眼差してパイレートイリーガルを睨みつけている。

 その全貌はまるで蛙の忍者を思わせる。

 

『ハッタリはそれでおしまいか? カエルだと? ふざけるなよ! 身の程を弁えて井戸の中にでも引きこもっていろ!』

『お断りだ』

『ふざけるな! 俺がどれだけ学園島の奴らの為に働いてやったと思ってる! 今度は俺の番なんだ! 俺だけの船に、俺好みの女を奴隷として連れ込んでこの広い海を自由に渡るんだ! 邪魔なものは沈める! 欲しいものは奪い取る! 俺は俺の夢を謳歌するんだ!!』

 

 朧げな記憶ながらイリーガルコインを手に入れてから自分の夢のために好き勝手な振る舞いを続けていたパイレートイリーガル。だがここにきて生じたイレギュラーの存在に怒りを剥き出しにして捻じ曲がった欲望のままに罵倒を浴びせる。

 

『この学園島で暮らしているみんなは誰もが夢を持っている、ここに来たことで夢を見つける。俺は誰の夢も素敵なものだって思う。だけどな……あんたのソレはもう夢じゃない』

『なんだとォ!!』

『誰の仕業か知らないが気の毒なほどに捻じ曲げられて、弄られて……酷いもんだ。だから、俺が止める。例え奪い取るって形になったとしてもだ』

 

 黒仮面の真紅の双眸が鋭く輝き、決意と共に湊は静かに戦うための構えを取った。

 平手にした両腕を天地へ向けるように僅かに開き、重心を僅かに落とす。まるで歌舞伎の見え切りのような独自の構えだ。

 

『好き勝手言いやがって! 何様のつもりだ!? アァアアアアアアアッ!!』

『俺か? 夢双超人術(むそうちょうじんじゅつ)、仮面ライダーゲットー』

 

 激昂して襲い掛かってくるパイレートイリーガルに紺碧の仮面の忍者はそう名乗る。

 その名はゲットー。

 二人の夢と願いを宿して生まれ変わった戦技を操る者。

 

『仕切り直しだ。ここからはもう好き放題にはさせないぜ』

 

 気合に満ちた声を発して、パイレートイリーガルを迎え撃つゲットーは自分に向かって迫る乱暴な斬撃を軽快な身のこなしで避けると全身をバネのように弾ませてカウンターに強烈な蹴りを何発も浴びせていく。

 

「湊! 右側にあるホルダーのスイッチを押してごらん! 専用の武器が使えるはずだ!」

『これだな! よし!』

 

 戦いの流れがこちらに向いてきたと判断した明楽のアドバイスを受けて、パイレートイリーガルの肩を踏み台に大きく跳び上がったゲットーは印籠型のガジェットコンテナのボタンをタッチする。

 

『キセロッド! ぬりゃああッ!!』

『ごっはあ……あああ!?』

 

 インロウホルダーから飛び出した光がゲットーの右手に収まるとそれは丸みのある火皿が特徴的なキセル型の打撃武器へと変わる。

 空中からの落下の最中にグルグルとキセロッドを遊ばせて瞬時に手に馴染ませたゲットーは地上から繰り出された敵の刺突を咄嗟に身を捻じって紙一重で回避するとキセロッドを用いた横一閃の打撃をお見舞いしてパイレートイリーガルを吹き飛ばした。

 

『歪められたアンタの夢、俺が()る――!!』

 

 それは戦士に非ず、忍者に非ず。

 それは夢を守り、救うため、影の道を往く仮面の義賊なり。

 いま、少年の夢が再び走り出す。

 

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