仮面ライダーゲットー   作:マフ30

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ファイル02 義賊颯爽! 唸れ、夢双超人術!!

 

 あの頃、光臣(光にい)とは色んな話をした。

 田舎とは違う都会(外の世界)の話から、昨夜見たTV番組の話まで色んな話をした。

 くだらないことも、真面目なことも、馬鹿馬鹿しいことも、為になることも、思い返せばキリがない。

 そんな中で男と生まれたからには当然と言っては変だが強さに関わる話もたくさんした。

 

「光にい、光にい! サイキョーの生き物って何だと思う?」

「え? ああ、さては昨日放送していたクイズ番組のやつだな? そうだな……ふふ、湊は何だと思うんだい?」

「光にい!」

 

 きっと、俺は曇りのない瞳で大真面目にそう答えていたんだろう。

 光にいは腹を抱えて大笑いしながら「嬉しいけど、人間って枠組みから勝手に外されるのは困るな」とか言っていた。

 難しい相談だといまも思う。

 なにせ、その時の()は彼が冬眠前で気が立っている野生の熊を素手で一方的に撃退する姿を見ているのだから、ライオンだろうとクジラだろうと勝てると信じてきっていたのだから。

 

「僕は……うん、蛙かな?」

「カエル!? よえーじゃん! あいつら、梅雨の時期には毎日車に轢かれて地面に死んでるの見るぞ!?」

「まあ、そうだね。けどね、湊……もしも蛙が人間と同じ大きさだったとイメージしてごらん?」

 

 思わぬ答えに悪態をつく俺を怒ることもなく、穏やかなそれでいて得意げな眼差しで笑って見せる彼の言葉は決して褪せてはいない。

 

「彼らは自分の身体よりも高く跳べる。道具も無しに壁や傾斜に貼りつくことが出来る。およそ、人間が体一つでは難しい能力だと思わないかい?」

 

 なるほど。

 言われてみると確かにそうだ。

 光にいはこれに限らず説明や何かを教えるのが上手だった。

 

「他にも……そう、蛙は舌を伸ばして遠くにいる虫を捕らえて食べてしまう。命中率でいえば飛んでいる羽虫でさえ逃がさないこともあるそうだよ。加えて水辺にも対応できて、冬眠という手段で多くの生き物にとって過酷な冬の寒さを凌ぐことだって出来てしまう」

「うおお! カエルすごかったんだな!」

「シンプルに力が強いということもすごいことだ。けれど、身一つでどれだけのことが出来るのか?というのは生物にとって大きな武器になる。それが僕が蛙を推す理由かな?」

「じゃあバッタとかも人間ぐらいデカくなったら強いかな!?」

「ほお……! 確かに、たぶんとんでもないキック力だぞ? もしも本当に人間サイズの飛蝗や蝗がいたら佃煮を作るのも命懸けになりそうだ」

 

 カエルはすごいやつ。

 別にその後に俺が蛙愛好家になったわけではないが光にいと交わしたこの話が切っ掛けでカエルという生き物は自分の中でちょっと特別な生き物になった。

 いくつもある横山光臣と赤影湊とのありふれた大切な思い出の一つだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ青な空と海の狭間で常世に過ぎたる力と力がしのぎを削る。

 埠頭を戦場に激突するモノは奇しくも賊の出で立ちをした異形が二つ。

 義賊と海賊――白昼に花火が爆ぜるように双方の武器が打ち合い火花散らすその様を少年少女は瞬きも忘れて見入っている。

 

無双(・・)超人術だぁ? 知らねえな! そんなインチキ格闘技ぃいいい!!』

『当然だ。なにせ、俺一人じゃやる意味がないんで未完成のままほったらかしていたんでな』

 

 冷やかに刃輝くカトラスが怒声を孕んで四方八方から襲い来る。

 人体はおろか鉄板すら容易く切り裂く白刃に臆することなくゲットーは身の丈ほどの長さを有するキセロッドを棒術めいた動きで操り渡り合う。

 

『しかしだ。アンタを止めるために必要だってんなら、こんなもんでも惜しまず使うさ』 

『黙れ!!』

 

 カトラスの柄を握るパイレートイリーガルの腕に力が籠り、人知の枠を超えた筋肉が隆起する。ゲットーはそれを見逃さない。

 激情に突き動かされるままに暴れていたように見せかけて、強かに太陽を背に出来る場所に移動して繰り出された海賊の刃が焼けるような輝きを伴って頭上から振り下ろされる。

 

『ハッハーッ! もらったァ!!』

『……それに』

 

 怪人に立ち向かっていたのがただの常人ならば眩い太陽光を利用したパイレートの斬撃を避けることなど出来ずに無惨に両断されていただろう。

 

『俺が捨てきれずにいた夢の出来損ないで誰かのちゃんとした夢を守れるのなら……悪かない』

 

 ほんの一歩、後ろへ退く。

 恐れを呑み込み、敵の動きに目を凝らしゲットーはたったそれだけの動作で致命になりうる刃を紙一重で回避した。すかさず空振りしてコンクリートの地面を割った敵のカトラスの峰を踏みつけ反撃を封じながらゲットーは勢い良くパイレートの右肩を目掛けてキセロッドを打ち込む。

 

『おりゃああああッ!』

『ぎっ!?』

 

 重い一撃をまともに食らったパイレートは強制的に跪くかのように姿勢を崩して沈み込む。無我夢中で左腕の鉤爪で反撃を試みるが腕を振り上げるよりも速く、間髪入れずに放たれたゲットーの両脚蹴りが帆船を象った分厚い胸板を蹴り飛ばしていた。

 

「チャンスだ湊!」

「いけ!いけ!いけ!いけッ!」

 

 縺れるように埠頭を転げるパイレート。

 両者の熾烈な争いを食い入るように固唾を飲んで見守っていた明楽と尊が堰を切ったように声を上げて送る声援にゲットーも応える。

 

『気張れよ。ぶちかますぜ!』

『来るな! 来るな! 来るなぁ!』

 

 風車のようにキセロッドを回転させながら力強くゲットーは駆け出す。

 だが、パイレートも負けるものかと自らが起き上るよりも前に背中に生えた無数の蛸足の触手を伸ばして襲わせ徹底抗戦の構えだ。

 

『あぶなっ!』

 

 狙いなんてろくにつけずに蠢く触手は手当たり次第に周囲のコンテナや積み置かれた資材を破壊していく。

 顔の横を物凄い速度で通り過ぎて行った触手の一本が背後で金属の何かを貫いたようだ。甲高いひしゃげた音が大きく轟いて、仮面の内側で冷汗が頬を伝う。

 これが子供の喧嘩などではなく、命を落としかねない戦いなのだと本能が呼びかける。

 躊躇うな。

 逸るな。

 思考を絶やさず、闘志の火に薪をくべ続けろ。

 お前の双肩には数多くの夢の未来が懸かっている。

 

『チクショウ! カエルならそれらしくブッ潰れろよ!!』

『やだね! セアッ!』

 

 夥しく迫りくる何本もの蛸足を巧みに振り回すキセロッドで弾き返していくゲットー。

 しかし、打撃武器である得物では触手を切り払いながら正面突破することは存外難しく、パイレートの背中から伸びる触手は次々に本数と勢いが増していくばかりだ。

 

『アギャッハハハハ! このままグチャグチャにしてやるぜ!』

『言うは易しだな。こっちもとっておきを使わせてもらおうか』

 

 荒れ狂う濁流のような勢いで襲い来る触手を前にして、ゲットーは小粋にキセロッドをくるりと回すと横一文字の溝が刻まれた仮面の口部(クラッシャー)にロッドの吸い口を当てがった。

 

『超人術……スモークブレス!』

『うっぷ!? な、なんだぁ!?』

 

 奇なり!

 煙草を嗜むような仕草をしたかと思えばゲットーの口部からは本当に大量の煙幕が噴き出したではないか。モクモクと燻る灰煙はあっという間にパイレートを触手も丸ごと呑み込みその視界を遮った。

 

『くっ!? 見えねえ……どこだ! どこにいる!?』

 

 燦燦と輝く太陽の光もいまのパイレートイリーガルには届かない。

 晴れることのない煙幕が作り出した灰色の結界に閉じ込められて、苛立ちと姿を見失った敵対者からの襲撃に不安を刺激されながら刃を、爪を、触手を、無我夢中で動かし続ける。

 

『クソ! クソ!クソ!クソ! どうして攻撃してこない!? 逃げやがったのか臆病者め!』

 

 息苦しさが続く灰煙の中で異形の海賊が怒鳴り散らす。

 もう十数分が経過したような感覚だ。

 実際はようやく一分が経つかどうかほどしか刻は流れてはいないのだが時間の進みがそれほどゆっくりに感じてしまうほどにパイレートは焦らされ、心を乱されていた。

 

『俺と戦うのが怖いんだろう! 情けない奴だ! 三枚におろして学生街の連中相手に見世物にでもしてやるぞ! それが嫌なら姿を見せてみろ、弱虫のカエル野郎!!』

 

 だが、パイレートは自身が恐怖を感じていることを否定するようにゲットーを罵り挑発する。強者は自分である。優越者は自分である。勝利者は自分になるのだと。

 言い知れぬ不安に竦む本心を覆い隠し、己を鼓舞して仰々しくカトラスを構えるとパイレートは威勢よく吼えて見せた。

 

『ここだ』

 

 故にこそ言い終えるか否かで耳元から聞こえた無機質な囁きにさぞパイレートは肝を冷やしたことであろう。

 

『ヒ、ェッ!?』

『シッ――!』

 

 音もなく、気配を殺してパイレートのすぐ隣に忍び寄っていたゲットーは取り乱して頭が真っ白になった相手の鳩尾を短く持ったキセロッドで一突きして怯ませると大きく攻勢に転じる。

 

『トオオオリャ!』

 

 渾身の力を乗せて放たれたキセロッドによる横一閃のフルスイングが煙幕もまとめてパイレートを吹き飛ばした。

 

『があっ!?』

『まだいくぜ?』

 

 野球ボールのように弧を描いて殴り飛ばされたパイレートを落下地点に先回ししたゲットーの追撃が叩き込まれる。一気呵成の連続攻撃はこんなものでは途切れない。

 コンクリの地面にバウンドした相手の鉤爪が光る左腕を捻り上げながら、足払いを組み合わせた背負い投げで叩きつける。間を置かない硬い地面への再激突と自重が合わさった衝撃は見た目以上に痛かろう。だが、それだけで捕らえた手を放すほどゲットーは甘くはない。

 

『フゥン!』

『こ、この……』

 

 反撃はおろか思考さえも許さぬと絶え間なく繰り出されるゲットーの攻勢。

 ぐわんぐわんと揺れる視界が定まる前に今度は巴投げでパイレートは真上高くへと放られる。

 

『カエルの足捌きたっぷりと堪能してきな!!』

 

 パイレートを追って力強く跳んだゲットーは共に落下しながらも巧みに三連撃の回し蹴りを浴びせるとオマケとばかりに両脚で相手の首を挟みこみ、捻りを加えて三度コンクリートに叩きつける。

 

『井の中の蛙を甘く見たツケだぜ』

『ぐぁ、ああ。い、痛い……! ぐぞお゛ぉおおおおおおお!!』

『それから訂正させてもらうがムソウってのはアンタが思ってる無双じゃない。二人の夢だったから夢双なんだ』

 

ゲットーが駆使する変幻自在の夢双超人術の前に学生街で生徒たちを相手に無法者として暴れ回っていたパイレートイリーガルは見る影もなく追い込まれていた。

 

 

 

 

「すごい……なんだあの動き!? 空手? カンフー? よく分かんないけど、これなら!」

「ああ。まさか湊があんな武術を修めていたなんて知らなかったけど……でも、これでライダー(私の夢)は確かにちゃんと形になった」

「明楽さん?」

 

 まるで忍者のように。

 いや――見た目からして忍者と言っても間違いじゃないと思う姿に変貌した湊の戦いぶりを目の当たりにして、ようやく生きた心地がしなくて麻痺していた五感が治った気分だ。

 首筋の冷や汗を拭い、ふと心なしか声が震えているように聞こえる彼女を見る。

 

「やった……ぞ。そうだ。私はやったんだ」

「ど、どうしたんですか急に?」 

 

 彼女は――明楽・M・クラリッサは泣いていた。

 ゲットーの姿を見つめながら翡翠色の少し目元に隈が残る瞳から大粒の涙をボロボロと流して泣いていた。

 

「すまない、ね。エキスパートライダーが私の思い描いた通りに機能していることへの嬉しさが行き場を失くして溢れてしまったよ」

「は? え?」

「湊ががんばっているのに私たちだけ暢気に長話というのも申し訳ないから端的に伝えようか。この涙は発明品が上手く作れたことへの歓喜の涙というわけさ」

 

 彼女が何を言っているのか自分の常識のような部分が数秒ほど理解を拒んだ。

 この状況で本当に何を言っているんだこの人は?

 

「不謹慎だという誹りは全くもってその通りだ。多分、わっくんがいま私に抱く感情は正しいものだよ。だけど、それでも……私は私の長年の夢の一つが完成したこの瞬間を喜ぶ気持ちを隠せない。ああ、最高だよ!」

 

 とめどなく涙、流して。

 時折鼻をすすり、震えた声で滔々と語り。

 微かに頬を紅潮させて、微笑む。

 そんな明楽さんが怖くて、同時に綺麗に見えた。

 

「あんな……兵器みたいなものを作るのが夢だったんですか?」

 

 言い終えてから気まずくなるような皮肉が出てしまった自分に彼女は緩やかに口元を吊り上げて、静かに首を横に振る。

 

「いいや。私が作りたかったのは無敵のレスキュー……それを可能にする強化服の類さ。とはいえ過ぎた力が凄惨な兵器や戦争の道具に捉えられるのは承知の上だったがね」

「だから、オカルト染みた噂が発端にあるパワードスーツの開発依頼にも応じてあんなの作っちゃったんですか?」

「そうだとも。灼熱の炎にも、凍てつく寒さ、崩れる岩盤、どんな毒物にも負けずに死の危険に脅かされる命を助け出すことができる……子供っぽい表現を敢えて使うなら、夢のヒーローを作りたかったんだよ」

 

 明楽さんは本当のことを話している。

 自らの夢を語る彼女には困惑している僕を納得させるだけの凄味があった。

 だけど、僕はふとトランクからあのアイテムを取り出した時の彼女の言葉を思い出す

 

「けど、確か依頼そのものは蹴ったとか言ってたじゃないですか?」

「ふん。それはアイツらが使用者一人につき10万ドルなんて高額すぎるだなんてほざいたからね。愚か者共め」

 

 喜びが満ちた熱い涙がピタリと止んで、明楽さんは途端に不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「命を守るため、救うための力を……社会で堕落したあの大人たちは可能な限り安上がりで手に入れたいとオーダーを出してきたものでね。ふざけるなという話だ」

「明楽さん……」

「他の物だったのならコストカットを望む気持ちも受け入れられた。だがねえ! 命だぞ!」

 

 突然の大声に思わずビクッと肩を震わせてしまった。

 湊の気を散らしてしまってはいないかと慌てて視線を移すがそちらは杞憂で終わってくれた。ゲットーと名乗った彼は海賊の怪人に優勢に戦いを進めていたようだ。

 

「命だけはこの世界において唯一、代替品なんて存在しないというのに! こともあろうにお金を惜しんだ!」

 

 出会ったばかりで知らないことだらけなのが当然ではあるのだけれど、僕は彼女の本質を初歩的な段階から見誤っていたのかもしれない。きっと彼女はたまたま物作りの才能が他者よりも少し秀でているだけで、自分たちとそう多くは変わらないじゃないだろうか。

 それにしても情動的発明部とはよく言った部活名だと心の裡で深く納得がいった気持ちでもあった。

 

「ふう……すまない、少し熱くなってしまった。でだ、そんな野暮な連中と同じ夢は見れないとコツコツと独りで手掛けていたのがいま湊が使っている代物だよ」

「勝てますよね、湊」

「ククク! 勝ってもらわないと困るねえ」

 

 僕たちは改めて、学園島の平和のために人知れず奮戦してくれている仮面の戦士へと目を凝らした。彼と彼女の夢が図らずも交わっていたとはこの時は全く知りもしなかった。

 

 

 

 

『そおりゃ!』

『なっ!? ぐえっ!?』

 

 パイレートイリーガルのカトラスを真剣白刃取りで捕らえたゲットーはそのまま両手に力を込めてへし折ると唖然とする敵の顔面を蹴り抜く。

 

 

『観念しろ。縛り首とは言わないがお縄につく頃合いだ』

『ふざけるな! こんな! 終わりたく、ない……まだ終わらせるものか!』

 

 白兵戦の力量は圧倒的にゲットーが格上だ。

 力に溺れ、驕り高ぶっていたパイレートイリーガルもその事実を受け入れるだけの冷静さは残っていた。

 

『嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ! 戻りたくない! 俺の本当の夢はまだ始まったばかりなんだああぁぁぁ!!』

 

 残ってはいたが受け入れ難かった。

 何よりも暴力と恐怖と異形によって学園島の生徒たちを相手に好き勝手に狼藉を振るえる快感と愉悦を終わりにしたくないという未練が彼を動かし続ける。

 その掌には禍々しく光る硬貨が一枚。

 

『ハア、ハァ……キヒ、ヒヒ! グウ……ア゛アアアア!!』

追威禍禁(おいかきん)!】

 

 発狂したかのような気味の悪い高笑いを上げて、あの夜に謎のスーツの男から手渡された最後の一枚のイリーガルコインをパイレートは縋る思いで自らの体内へと投入する。

 

『俺の! 俺の野望(ゆめ)を気安く邪魔をするんじゃねえええ!!』

 

 血を吐かんばかりの絶叫と共にパイレートの姿が再び変貌を遂げていく。

 右腕が丸ごと黒光りする銃身へと作り替わったのだ。

 

「どうなってるんだアイツ!?」

「むう……。能力変化(モードチェンジ)ならまだ可愛げがあるが……湊!」

 

 少年少女の困惑は当然ゲットーにも伝わっていた。

 おかしな真似をされる前に仕留めんと彼は迷うことなく速き攻めを繰り出さんとする。

 

『分かってる。好き勝手はさせねえ!』

『死ねええええ!!』

 

 蒼い疾風となって飛び込んだゲットーの拳がパイレートの胸を穿たんと伸びる。

 だが、それよりも早く。まるで待っていましたとばかりにパイレートの胴体からは海賊船が砲撃を開始するように四門の大砲が生え揃うと轟音を鳴らして火を噴いた。

 

『ぐおおおっ!?』

 

 至近距離で砲撃を食らったゲットーが苦悶の声を上げながら爆炎の中から弾き飛ばされる。熱と痛みに悲鳴を上げる全身に喝を入れ、ゲットーはどうにか立ち上がるが視線の向こうでは鉛色をした海賊の銃口が自分を捉えていた。

 

『痛っ~……ちとヤバいな』

『形勢逆転だな! カエル狩りなんて、奴隷狩りに比べたら間抜けな遊びだが……存分に楽しんでから仕留めてやるよ!』

 

 急に降り出した豪雨のようなけたたましい音を響かせて発射される銃弾がゲットーを襲う。ダメージの残る体では全弾回避は難しく、微かに被弾しながらもゲットーは持ち前の俊敏さを活かして埠頭を駆け回って逃れようとする。

 

『俺を縛り首にするんじゃなかったのかぁ? それよりも先に俺が(コイツ)でお前をミンチにする方が早そうだ! 死骸は海にバラ撒いて魚の餌にしておいてやるよ!』

『カエル食う海魚がいると良いな。俺は辞退させてもらう』

 

 コンクリートの地面を砕きながら、一直線に自分を狙って撃ち出される銃撃をからくり人形めいた正確なバク転の連続で避け続けるゲットー。

 不意を突かれて手痛い砲撃を食らってはしまったが体勢を立て直し、敵の出方を見極めて回避に専念すればこれぐらいは朝飯前だ。

 しかし、イリーガルコインの影響で人格にも歪みが生じているパイレートは更に露悪的な手段でゲットーを追い詰めようと画策する。

 

『いいや! お前は俺の銃弾を浴びたくなるはずだ! こうすることでな!!』

 

 哄笑を上げながらパイレートは銃口をパイレートからズラした。

 彼ではないのなら怪人は何を、誰を狙う?

 

「おや?」

「っ……走れ!」

 

 十分に離れていた安全圏。

 それも横転した軽トラというバリケードも傍にある場所で戦いを見守っていた明楽と尊はパイレートがこちら側を向いていることに気づくと血相を変えて退避行動を取った。

 銃弾ならば軽トラを盾にすれば防げるかもしれないがいまの怪人には胸に強力な大砲まで備えているのだ。文字通り命の危機が突然に目の前にやってきたようなものだ。

 

『野郎ッ!』

『届くぜ! いまの俺のこの腕ならなぁ! さあ! どうする、どうする!?』

 

 極上のお宝を見つけたように下劣に口元を歪ませてパイレートは明楽と尊に射撃の狙いを定め始める。そうはさせないとゲットーは腹を括ると無理やりな進路変更を敢行しながら二人の元へと駆け出していく。

 

『ヒャッハアアアア! 撃沈タイムだぜえええ!!』

『がぁあああ……!!』

 

 撃ち出された大砲。

 自分の攻撃で弾き落とすことも二人を抱えて離脱することも難しいと判断したゲットーは射線上に割り込むと自分の背中で全ての砲撃を受け止めた。

 

「「湊っ!?」」

 

 爆風にたじろぎながら自分たちを守るために身を挺したゲットーに明楽たちは悲痛な声で彼の名を叫んだ。

 その声を受けたからだろうか?

 硝煙に巻かれ、傷つき煤に汚れながら膝から崩れ落ちかけたゲットーは不格好ながらも強く強く踏ん張って倒れることを否定した。

 

「湊! 大丈夫かい!? 私の声が聞こえるか!?」

『大丈夫だ。はは……そんな顔すんな、らしくねえよ』

「でも! 僕たちがずっとこの場にいたから……湊ばっかり傷ついて」

『俺だけじゃねえだろ』

 

 二人の声を遮るようにとても冷ややかなゲットーの言葉がポツリと零れた。

 仮面で表情が分からなくとも解る。怒りに満ちた冷たい呟きだ。

 

『そこの海賊帽被ったアホの塊のおかげで学園島はボロボロのめちゃくちゃだ』

 

 明楽と尊もその義憤を感じ取っていた。

 仮面で覆われた赤影 湊がいまどんな顔をしているのか根拠はないが手に取るように分かった。

 付き合いの長い明楽も、出会ったばかりの尊も同時に感じ取っていた。

 湊はこんな怒り方をするのかと。

 それぐらいにいまの彼は普段の湊では想像もつかないほど違う何かのようだった。

 

『みんながたくさん傷ついた。たくさん悲しんだ。それぞれなりに日々の営みを頑張って、夢のために努力してたのに……台無しだ。だから、俺のこれぐらいはどうってことない』

 

 親愛なる人との別れを原因に自分の夢と向き合わなくなってしまっていた湊にとっては学園島に暮らす多くの生徒たちは眩しくて、敬うべき人たちだったのだ。

 そして、それは今しがた我が身を代償にしてでも守り通した二人とて同じだ。

 

『安心しろ、明楽。お前のとっておきのライダー()は……こんな奴の歪み腐っちまった夢には負けない』

 

 ゆらりと立ち上がったゲットーはジッと二人の顔を見つめながら自らの四肢に力を漲らせる。

 

『なあ、尊。俺、お前の部活応援してるからよ。もっと、お前の夢を見せてくれ。その為の怪人退治(アフターサービス)は請け負ってやるさ』

「そこまで言われたら信じるしかないじゃないか、湊」

「ああ。ああ……! だから、僕たちが言える言葉はいまはこれだけだよ……!」

 

 海賊の足音が遠くから近づいてくる。

 確実にゲットーを仕留めるために、苦しむさまをより近くで愉しむために。

 だから、その前に――大きく息を吸って、二人は届けなければならない。

 いまは独り戦う仮面の友に、いま自分たちが出来るたった一つの最大限の助太刀を。

 

「「負けるな! ライダー!!」」

『――上出来だ』

 

 最高の声援を受けて、ゲットーは踝を返すとパイレートに再び相対する。

 迷いはない、思い切って戦う。

 

『忍者野郎が万策尽きたか!? 三人揃って仲良く吹き飛べ!!』

『やだね! 三人揃って仲良く勝つさ!』

 

 啖呵を切ってゲットーは何を思ったのか両腕を大きく後方へと振った。

 瞬間、両掌にある丸いシャッターのような機構が開きピンク色をした何かが目にも止まらぬ速さで飛び出し伸びた。

 

「は?」

「い?」

『そりゃあああ!!』

 

 ゲットーの掌から射出されたのはカエルの舌を思わせる伸縮性と弾力に富んだ隠しロープ・ゲコビュートだ。

 ゲットーは左右のゲコビュートを巧みに操り後ろにいた明楽と尊の体に巻き付けるとこれまた器用に二人をドロップキックの体勢でパイレートに目掛けて投擲した。

 

「「うわああああああ!?」」

『はっ!? なあっ……ばああああ!?』

 

 完全に虚を突かれて行動不能に陥ったパイレートは明楽と尊による強制ダブルキックの直撃をもらい、大きな隙を見せてしまう。

 

「あいたたた……! こ、の、バカ湊ぉおおおお!」

「ふざけんなコノヤロー!!」

『ハハッ! 化かし、惑わし、魅了する! これが光にいが教えてくれた……いいや、俺たちが考えてきた夢双超人術の真骨頂だ!!』

 

 涙目で抗議する二人の声に高笑いで応えながら、ゲットーは疾走する。

 狙いはもちろん、パイレートイリーガルから真向より勝利を盗み取るためだ。

 敵へ目掛けて肉薄する途上でゲットーは投げ捨てたままのキセロッドを拾い上げて、再び吸い口を仮面の口部へと咥えさせる。

 

『超人術――!』

『いまさら煙幕なんていくら食らっても問題じゃねえ!』

『フリーザーブレス!』

 

 ゲットーの口部から吐き出されたのは灰色の煙幕ではなく、強烈無比な凍てつく冷気だ。

 清き真白の冷凍吹雪がパイレートを襲う。

 

『ひぎぃいああああああああああ!?』

『言ったばかりだぞ? 化かし、惑わしだ。同じ仕掛けを繰り返すだなんて、つまらんことをするわけないだろう』

 

 無力な煙と高を括って回避も防御も怠り物凄い勢いで吹き出した冷気をまともに食らったパイレートはあっという間に全身を白く凍らせていく。

 

『超人術! 怪腕刀・金時! せりゃあああッ!!』

 

 動きが鈍くなったパイレートにゲットーは決着をつけるべく怒涛の猛攻撃を仕掛ける。

 初手に繰り出したるは諸手を重ねて打ち込む凄まじき手刀だ。

 一見するとただの一撃に見えるそれは肉眼では捉え切れぬ刹那のズレを伴った二連撃。

 

『バカな……そんなああああ!?』

 

 対象の抵抗力を殺したうえで叩き込まれた本命の一撃の破壊力は桁外れ。

 パイレートの胸部より突き出した四門の砲をまとめて粉々に破壊して見せた。

 

「湊! ベルトの左側にあるスイッチをタップしてごらん! 最大パワーが発揮できる! 使いどころの見極めは任せた!」

『心得た!』

 

明楽の助言にゲットーはいまがその時だと確信する。

宙返りをしざまに一蹴りを入れると間合いを図り、雌雄を決さんと動いた。

 

『伸びろ! ゲコビュート!!』

『あぐぅ!?』

 

 両の掌から飛び出したロープがまるでカエルが舌でエサを捕らえるようにパイレートを縛り上げる。するとカシャンと音を立てて一度、掌のシャッターが閉じてロープを切り外す。

 

『まだまだ――!』

【ライダー・バーンアップ!!】

 

 明楽の言葉に従いベルト左側に備え付けられた四角いボタンをタッチすると円盤型から十字手裏剣型へと形状が変わっていたバックル・ゲットードライバーから電子音声が響く。たちまちゲットーの全身に歌舞伎の隈取のような光の紋様が浮かび上がると凄まじい力が湧き上がっていく。

 

『もう一丁! 大仕上げだ!!』

『ぐお、ああ……何をするつもりだ!?』

『こうするのさ! トアッ!!』

 

 ゲットーは再び両手からゲコビュートを伸ばすと今度はパイレートの突き出た両肩。横向きにした帆船の両端部分に巻き付けて、その状態で高く跳躍した。

 大空高く跳び上がったゲットーとパイレートを結ぶ二本のロープはどんどんと細長く伸びていく。まるでスリングショットの紐のように。

 

『ま、まさか!? よせ! やめろ! それ以上遠くへ跳ぶなぁ!!』

 

 自らの置かれた状況を理解してしまったパイレートが狼狽しきった様子で懇願するがもう遅い。心技体を整えて、ゲットーは必殺の一撃を繰り出すべく渾身の力を五体に満たす。

 

『夢双超人術! 絶鳴脚・参の型!!』

 

 伸びきったゲコビュートが元に縮み戻ろうとする勢いを上乗せさせて、凄まじい速さと勢いでゲットーはかかと落としの体勢から猛回転しながらパイレートイリーガルに迫る。

 それはまるで天空より投擲された恐るべき戦輪の如くだ。

 

『せりゃあああああああっ!!』

 

 風を断ち、音を断ち、光を断ち、そして邪を断つ。

 逃げることも防ぐことも叶わない必殺撃がパイレートイリーガルに炸裂する。

 大刃となったゲットーの強烈な蹴りはパイレートを脳天から一刀両断してみせた。

 

『断末魔なんて、お前には勿体ない』

『――――!?』

 

 汝、鳴くこと不要なり。

 パイレートイリーガルは無念の悲鳴を上げることも許されず、爆発四散する。

 炎と煙が晴れた後には怪人の骸ではなく、ボロボロではあるが気を失って倒れている総務部の田辺だけが残った。

 

『さて、これからどうするか……』

 

 戦いに勝利したゲットーは田辺の傍らに落ちていたイリーガルコインの残骸の一枚を拾うと様々な感情が混ざった溜め息を吐き出した。

 かくして、学園島を襲った前代未聞の脅威はこうして解決する運びとなったのだ。

 最初の、始まりの脅威は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が暮れた学生街は何時もよりも閑散としていた。

 白昼に起きた大事件の事後処理のために各被害施設の復旧を担う部活と一部の生徒の除く全ての学生には異例の自宅待機が命じられたからだ。

 

「デスクワークばっかで暇やなーなんて愚痴った俺への罰やろうか?」

 

 パイレートイリーガルが暴れた影響で破壊された学生街の店舗を眺めながら、赤と黒を基調とした保安部の制服に身を包んだ男が関西訛りの口調で呟いた。

 一見するとだらしなさそうな風貌だがその眼差しは鋭く、まるで狩り上手な狐を思わせる。

 

「ただの偶然に決まっているでしょう。それに、暇だと認識しているのは先輩だけで我が部は慢性的に忙しいです。それに不謹慎なことを言いたいのなら、せめて立場と場所を弁えるべきかと」

 

 そんな彼の発言を実直かつ辛辣な言葉で窘める小柄な少女もまた同じように保安部の制服に袖を通している。整髪料など経験したことのない黒い髪を短めのポニーテールに纏めた清廉潔白が擬人化したような女子生徒だ。

 

「ジョークに決まっとるやないか。それぐらいぼやかな頭おかしくなって仕事できんて今回は。太音(たのん)は平気なん?」

「思うところは多々あります。ですが現場に着て、被害を見た以上は全てを受け入れて迅速な対処に努めるのが最善と言い聞かせなければ部活になりません」

 

 青年の名は福田兵呂(ふくだへいろ)。大学部在籍の保安部員。

 少女の名は川永太音(かわながたのん)。中等部三年生の保安部員。

 保安部の飴と鞭と呼ばれている名物部員の二人であった。

 

 彼らもまたこうして、事件の真相究明と学生街の復興のために駆り出されて状況の把握と情報収集の真っ最中であった。

 

「先輩、そろそろ待ち合わせの時間です。急ぎましょう」

「まさか……こんな形で尊と顔合わせることになるとはなあ」

「情動的発明部。あの明楽・M・クラリッサとそのパートナーの二人と協力して学生街で暴れていたモンスター? 暴漢を撃退したと本人からの通報があったそうです」

「あいつ、探偵やるよりも俳優でもやった方がええんやないか? 面白すぎるやろう」

 

 保安部の生徒ということで当然ながらこの二人は尊と知己であった。

 そして、二人はこれから結果的に事件の重要参考人となってしまった三人に事情聴取を行う予定になっていた。

 

「にしても天才発明少女さまさまやな。わけわからんクソつよ変態を自慢の発明品で退治したんやろ? 量産して保安部にも配って欲しいわ」

「ええ、それなのですが……すみません先輩」

「ん?」

「私自身もついさっき報せが入り、理解が……というよりも事態を処理できなかった都合お伝えしていなかった情報が一つあります」

「なんなん? 急に泣きそうな顔して? 別にお前やないんやから怒ったりせんで言ってみ」

「……盗まれたそうです。暴漢を退治した直後にそのパワードスーツを装着できる発明品」

「盗まれたぁ!?」

 

 大騒動に見舞われた学園島。

 静かな夜はまだ遠い。

 

 





■ゲットーメモ①

絶鳴脚(ぜつめいきゃく)
 夢双超人術の技の一つ。
 ゲットーの必殺技に相当する蹴り技の総称。
 戦う相手や状況に対応できるように複数の型分けがされている。

・怪腕刀・金時
 重ねた両手で打ち込む手刀。
 対象に衝突させるタイミングを微かにずらしていて、一撃目で抵抗力を打ち消し本命の二撃目を当てることで凄まじい破壊力を発揮する。(早い話が二重の極みチョップ)
 湊はまだ完全に使いこなせておらず、稀に失敗してただの諸手打ちになることもある。
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