グダり部分がありますが是非。
前回感想ありがとうございました。
感想貰えるとやる気が出てきますね。
では本編どうぞ。
吹奏楽部の活動は練習前に一年生が机出しから始まる。練習前に廊下にまとめて置いて、練習後に元の位置に戻す。吹奏楽部の基本。
桜海大の場合、学校の敷地内にある専用の音楽ホールを利用して練習を行っていたので、机出しの経験がない由貴には机を廊下の壁に寄せて上下に重ねて置くのが新鮮だった。渡り廊下前の開けた空間にはスライドドアの窓から日中の日差しが差し込み、薄暗い廊下を照らしていた。
楽器決めの翌日、今日は新任の顧問との初顔合わせの日となっていた。準備を済ませた部員たちは音楽室で顧問の来るのを待っていた。顧問になる滝先生は女子から爽やかなイケメンと評判。そのためか一部女子生徒から、そわそわした雰囲気が感じ取れた。女子は何処もイケメンには弱いみたいだ。
「初めまして。今年から吹奏楽部の顧問に就任した滝昇です。よろしく」
しばらくしてから音楽室にやってきた新顧問の滝は、礼儀正しく深々と頭を下げて微笑んだ。長身細身に黒髪の癖っ毛をした優男。確かに好みのタイプの女子からすればイケメンだろう。実際部員の中からひそひそと「カッコいい」だの「めっちゃ好み」だの色めき立った声がする。
「新入生は二十二人ですか。これで空いていた楽器も埋まりますね」
「はい、コントラバスは聖女でやっていた子が入部してくれました」
「それは良かった。では、部活を始める前に私から話があります」
晴香の報告に満足そうにすると、滝は黒板の前まで移動してチョークを手に取った。
「私は生徒の自主性を重んじるというのをモットーにしています。まずは皆さんで今年の目標を決めてほしいのです」
黒板をスライドさせて文字を書き始める。カッカッシャーッと黒板とチョークが擦れる音が音楽室に響く。
「これが、昨年度の皆さんの目標でしたよね?」
綺麗な白い文字で黒板には大きく丁寧にこう書かれた。
全国大会出場
誰もが憧れる夢の舞台。毎年十月に名古屋で行われる中高生最大規模の音楽コンクール。全国数千校の中から、ほんの一握りの選ばれた学校にしか出場することが出来ないそこは、高校野球で言うところの甲子園出場と同じ、吹奏楽部員にとって目標となる場所だった。
しかし目標として、掲げる分なら大抵何処の学校も同じように全国大会出場を目標にしている所は多い。本気で全国を目指している強豪校から口先だけの弱小校まで。もちろん、現実的に県大会金賞や支部大会出場と現実性のある目標を掲げてる学校も存在している。
「頑張ってはいるんだけどね〜」
部員の中からそんな呟きが聞こえてきた。周囲も微妙な反応を示している。その瞬間、何故か一瞬だけ、由貴の中で怒りに似た何かが胸の中で沸いた。自分でも驚くほどに。
「あの、先生……それは目標というかスローガンのようなもので……」
「なるほど。ではこれはなかったことにしましょう」
優しい表情をしたまま、滝は全国大会出場という文字に大きくバツをつけた。冷淡にバッサリと簡単に切り捨てた。まるで、その言葉と思いを否定するかのように表情を一切変えずに冷徹に。
「では、決めてください。私はその意思に従います」
「決めるというのは……?」
「そのままの意味です。皆さんが全国を目指したいと決めたなら、練習も厳しくなります。反対に、楽しい思い出を作るだけで十分というなら、ハードな練習は必要ありません。私自身、どちらでも良いと考えていますので、自分たちで決めてください」
「私たちで決めるんですか?」
「そう言ったつもりですが?」
なるほど、この人はかなり怖い人だ。と由貴は感じた。選択権を自分たちに委ねることで、これは自分たちが決めたことだと認識させて逃げ場を無くしている。その実、選択肢を与えてるようで一つしかない二択を選ばせているのだ。
滝の言葉に困惑する晴香は動揺を隠しきれず、あっあっと声を漏らしながらキョロキョロと周囲を見回してしまう。
「分かった。私書記やるから多数決で決めよ」
サムズアップしたあすかが提案する。
「多数決?」
「こんだけ人数いて、他に決めようないじゃない?いいですよね先生?」
どうぞ。と許可する仕草で滝が答えるとあすかと晴香が前に出る。変わるように後ろに下がる滝はピアノに背中を預けた。
あっさり多数を提案したあすかと違い、晴香は不安な表情を浮かべている。無理もない。多数決は手早く集団の意思を一つにまとめるには有効な手段だ。世の中物事を決める時は最終的には多数決で決める場合が多い。例えそれが正しいモノだろうが間違ったモノだろうが。良い意味で言うなら平和的解決方法だが、悪い意味で言うなら数の暴力。しかも今回の多数決は、本来ならあるはずの考える時間が一切与えられていない。
おそらく滝はそれを理解したうえで誘導したのだろう。優しい言葉に見せかけておいて恐ろしい事を考える。そしてこの中に、この選択の意味を理解している人は果たして何人いるのだろうか。
「えっと、まず、全国大会出場を今年の目標にしたい人」
一人手を挙げる毎に一人、また一人と挙手する人が増えていく。まるで周囲に流されるように。本気で全国を目指す人。流される人。その場限りの人。考えてることは皆違う。由貴は全国大会出場には手を上げてない。そのせいか、一瞬だけチラッと由貴に視線を移した麗奈の目は由貴を睨んでいた。
部員の過半数以上が挙手したのか、あすかは数えるのを辞めて次を促す合図を送る。
「では次に、全国まで目指さなくても良いと思う人」
今の音楽室内の空気は完全に同調圧力の雰囲気に染まっている今、ここで手を挙げるのには相応の勇気が必要だ。仮に由貴が本気で全国なんか目指す必要ないと考えていた場合、挙手出来るかと言われれば分からない。
少し間が開くと、少しだけ生徒間でざわついた。一人だけ、三年生の先輩が挙手をしていた。注目が一気に集まるのもお構いなく、ただ一人自分の意志を表明した。その表情は無表情なのか、暗いのか、後ろめたさなのか分からない。しかし、彼女の中の何かがそうさせたのは事実だ。
「はい。それでは多数決の結果、全国大会を目標に活動していくことになります」
ご苦労様。滝はその一言を告げると元の位置に戻る。
「反対の人もいましたが、今決めた目標は皆さん自身が決めたことです。私はその目標に向かって尽力しますが、努力するのは皆さん自身。そのことを忘れないでください。分かりましたか?」
はい‼︎……。一人麗奈だけが返事をする。他のの生徒たちは何も言わずにただ呆然と立っているだけだった。
「何をぼうっとしてるのです。返事は?
はい……とまばらだが最初より声を上げる人数は増えた。
———パン‼︎
音楽室に手を叩く音が響いた。滝が手を叩いたのだ。生徒たちはハッとして滝を見る。
「もう一度言います。皆さん、分かりましたか?」
「「「「「「はい‼︎」」」」」」
今日一番の返事が音楽室に広がった。滝は満足したのか、これ以上は何も言及をしなかった。
「では、合奏が出来るクオリティーになったら呼んでください」
「えっ……曲は?」
名簿を閉じた滝はそれだけ指示して立ち去ろうとすると、誰かがそう呟いた。代弁するように晴香は滝に質問をした。
「えっ、でも、あの……曲とかは……?」
「なんでも良いですよ。皆さんの得意なもので」
今年の目標も曲も全て生徒たちに委ねる。何を考えているんだ?と思う生徒は多い。そんな中、由貴は滝が何をしたいのかおおよその見当が付いていた。だからこそ、この人は怖いと感じた。
「そうですね……では海兵隊でどうでしょう?」
決めあぐねていた生徒を前に、滝は演奏する曲を指定した。
海兵隊。そう聞いて、部員たちから困惑の声が上がる。
「ええ。海兵隊です。それでは、皆さんの合奏を楽しみにしています」
そう告げると音楽室から立ち去った。
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「暁。どうして手を挙げなかったの?」
部活後、帰ろうと下駄箱で靴を取り出した由貴を麗奈が引き止めた。怒気を含んだ言葉で聞いてくる。
「理由は主に二つ。一つは今回の目標決めは意味がないからだ。あんな聞き方をされて考える時間もないのに、正常な判断が出来ると思えない。現にほとんどのメンバーが流されて手を挙げてたからな。そんなことで決めた目標に真剣に取り組む奴なんてそうそういない」
「でも、目標があった方がみんなやる気になるじゃん」
「そりゃ高坂みたいにやる気がある奴はな。けど、実際高坂みたいにやる気があるのは、コンバスのちっこいのくらいだ」
全国大会出場を目標にする時に、麗奈と同じく真っ先に手を挙げたのが昨日コントラバスに自ら立候補した新入生の二人。それ以外の部員は完全に周りの空気に流される形で手を上げていて、本気で目指していると思える者はいなかった。
「だからこそ、俺はあの先生が怖いと思った」
「怖い?」
「ああ。あの人、俺たちに選択肢を与える事であえて逃げ場を無くしてるんだよ。万が一、俺たちが今度の合奏で上手くいかなかった場合、その責任はちゃんと練習しなかった俺たちに責任があるって事を」
生徒の自主性と言っておきながら、最初から全国大会出場を目標に活動させるつもりで、滝はその流れに誘導した。そして北宇治高校吹奏楽部の実力を明確に測る為にあえて、自分たちの得意な曲を演奏するように指示をした。最終的に誰も決められなかったので海兵隊を演奏すると滝から言われた。
海兵隊は吹奏楽を始めたばかりの人がやる初心者向けの曲だ。普通に練習していれば、問題なく演奏出来る。滝がこの曲を指示した意図はなんとなく想予想が付くが、果たして他の生徒は気づくのかと由貴は考えた。
「そんなの、言われなくても上手く演奏出来なかったら、私たちの責任でしょ?滝先生は合奏が出来るレベルになったら呼べって言ったんだから、その期待に応えられない私たちが悪いに決まってる」
当然と言わんばかりの麗奈の言葉に由貴は理解する。高坂麗奈という少女は何処までも真っ直ぐで純粋で芯が強いのだと。
「高坂の言う通り、責任は俺たちにある。問題はそれを分かってる人が何人いるのかって話だ。意識の差っていうのは、そう簡単な話じゃないからな」
本気で全国を目標にしてる学校と府大会銅賞常連の高校。実力や技術云々以前に、部内の雰囲気や感覚の違いは思っている以上に大きい。全国常連の学校にいた由貴は中学と今の違いをはっきりと理解した。
「で。もう一つの理由は?」
二つある理由のもう一つを聞かれ、由貴は足を止める。麗奈も足を止めて振り返る。
「簡単な話さ。俺は……」
真っ直ぐと強い意志を込めた目で、麗奈の目へと視線を合わせた。
「全国を目指そうが楽しくやろうがどっちでも良いんだ。俺にとって重要なのはそこじゃない。俺は音楽をやれるならそれで良いと思ってるから」
「こうなったら仕方ありません! 久美子ちゃんが行かないのであれば、ミドリが行きます!」
「ま、待ってよミドリちゃん。流石に関係ない人まで巻き込むのはなんと言うか〜」
「久美子が高坂さんと話せないからこうなってるんじゃん。もう誰かに仲介してもらうしかないよ」
由貴の知らないところで、面倒事が起きそうな気配がしていた。
いけトラコソコソ話
暁 由貴の苗字の由来は、国民の血税で作られて、国の理念を護る機体から世界を救った機体になった黄金のモビルスーツから取ってます。
感想お待ちしております。