ニンジャスレイヤー ネオン・ライツ   作:しゅたーじ

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パス・ミー・バイ

夜。磁気嵐による鎖国状態のままメガロ発展を続ける日本の首都、ネオサイタマに相も変わらぬ夜が訪れた。

 

ヒートリー、コマキタネー……アカチャン!

「新発売YR-12。スゴサのオムラ!」

マグロ・ツェッペリンが、漢字サーチライトと共に広告音声を地表へ投げかけた。

巨大LED看板が光り輝き、商品の優位性をアピールする。看板の下には、夜になっても勢いを衰えさせない人々の群れ。「実際安い」「流行のオイラン」などと書かれたネオン看板。

降りつける重金属酸性雨が、彼らを一様に濡らしていた。

 

迷路のように入り組んだストリートの奥、錆びついた階段を登り、青年は無人スシ・バーへと足を踏み入れた。偏光仕様のモノクローム・パーカーについた水滴を拭いながら、一番奥の仕切り席に腰掛ける。

壁のスリットに百円玉を滑り込ませると、墨絵のタイガーが目を光らせた。音声認識モードに入ったのだ。

 

「タマゴ」

 

青年は口を開いた。すぐさま壁が開き、新鮮なタマゴ・スシがぎこちなくテーブルに運ばれる。

青年は一瞬、ワサビ・サーバーに手を伸ばすべきか迷って、結局ショーユだけをかけて食した。化学合成されたタンパク質の味。別に、吐き出すほどまずくはない。

 

「マグロ」

 

壁が再び開くと、今度は七色に光るうまそうなマグロ・スシが出てきた。

今度は躊躇せずワサビ・サーバーをプッシュし、ショーユと付け合わせて口に運ぶ。うまい。

しょせん成形ものだが、オーガニックしか受け付けないほど青年の舌は肥えていない。彼にとってはこれで満足だった。

そして青年はおもむろに周囲を見回し、誰も近くにいないことを確認した。壁際には「臆病」「スゴイ」などと落書きされ、もとより近づくものなどいない。

恐る恐る、青年は水墨のタイガーに囁いた。

 

「キツネ」

 

……ワッザ? キツネとは?

すると、壁が三度パカリと開く。今度は無機質なロボ・アームではなく、フードを被った三十路過ぎの男……視線が数度交錯し、二人はまず息を呑んだ。

「ドーモ」

「ドーモ」

声を潜め、アイサツを交わす。

HN(ハンドルネーム)は?」

「ラスターチカ」

そう言って、青年はオジギした。

「!ラスターチカ……マジか、大学生だとは思ってたが……女だとは」

「いえ、男です」青年は屈託なく笑い、長い髪をかき上げる。気弱そうな細眉、目のはっきりした顔立ちはキョート貴族にも似た柔和さを感じさせた。「よく間違われるけど」

「ハ! こいつはすまねえ。俺はスペードだ、会えて光栄だ」

 

男は客の侵入に用心しながら、タトゥーの入った右腕を乗り出して握手を求めた。青年もそれに応じる。

狭い仕切りの中で、不格好な握手が交わされた。

 

「ラスターチカ、お前のトラックはマジにセンスがいい。ゼン・ストームも良く流してる」

ニヤリと笑って、スペードは手をひっこめた。

「アリガトウゴザイマス」青年はまたオジギする。「俺は音楽を勉強してないから、ダメ元で送ったんですけど」

「ノー勉でこれなら、マジに涼しいぜ。HNの由来、聞いてもいいか?」

「ツバメみたいに、声だけでも大きくなりたいと思ったから。ロシア語なのは……実際クールかなと」

「ハハハ! 面白いぜ、ラスターチカ! ……おっと、長話は危険だ。ブツとドネートをくれ」

「ハイ」そう言って、懐から幾つかのサイバーサングラスとマネー素子を取り出す。

渡されたそれらを持って、スペードは奥へ引っ込んだ。

しばらく機械音のした後、彼は違法改造されたサイバーサングラスと、いくらかの素子マネーを持ってまた現れた。

「ドーモ」青年はそれらを受け取る。

「じゃあな。こんなクソな世の中だ、感謝するぜ」

スペードは右手でキツネ・サインを作り、掲げる。青年もそれに応じ、キツネ・サインを掲げる。

彼等だけのスラング。彼等だけのアイサツを交わし、二人は別れた。

 

*

 

「……では、今日の講義はここまで。次回は江戸戦争以後の社会システムから見るネオサイタマです」

やる気のない教授の話が終わり、学生たちは何か言葉を交わしながら席を離れていく。

彼らは皆サイバーサングラスを身に着け、どこか現実を見ていないかのような動きで歩いていた。話といえばチアマイコをいかに捕まえるか、サークルでいかにカチグミになるか、といった下らないことばかり。講義を聞いてすらいなかった。

ネオサイタマ大学。日本最大の学府においてさえ、モラルの退廃は決定的だった。

 

「……」

その中で、小柄な青年が───彼だけはサイバーサングラスを身に着けていない───ひとり、人混みを外れた。

学生のほとんどがネオン輝く巨大なストリートに行くのを横目に、彼だけが人気のない路地へと歩いていく。

パーカーのフードを目深に被り、より暗い方へ行くかのように青年は足を早めた。

 

「お、チサキじゃねえか」

酒焼けしたしゃがれ声に、青年は振り向いた。

ヤクザスーツを着た大男。背はスモトリほどもあり、青年を前にした男はほとんど黒い壁のようだった。

「カワチ=サン」

照れくさそうに返事をして、フードをめくる。

「おう、授業の帰りか?」

「うん、今日は早く終わったから」

「ラッキーだったな。髪、伸ばしたのか」

「うん。髪長いの、スキって言ってたでしょ?」

「ああ、カワイイだ」

髪をくしゃくしゃと撫でられ、嫌がるようにチサキは手を払おうとする。

「カワイイはヤメテ」

「ハハハ、悪い悪い」

そう言いながらも、カワチは撫でる手を止めない。チサキも抵抗をやめ、彼の顔を見上げた。

「カワチ=サン、その、恥ずかしいから……どっか寄ろうよ」

「俺の家でも良いか?」

「うん」

空が曇り始めている。少しだけの晴れ間はとうに過ぎ去って、暗い雨の帳が降りようとしている。ネオサイタマの猥雑で長い夜もまた、漠然と迫っていた。

 

*

「じゃ、ちょっと一服いくかな」

そう言って寝室を出るカワチを見送り、チサキは毛布を手繰り寄せた。

ぼんやりした頭で、彼は自分のことを考えていた。

大学生。クソな田舎から出たくてセンタ試験を通過し、念願叶えて入った大学はスカムどもの溜まり場だった。

そんな奴らに憤る気持ちも一年と続かなかった。生活費のために改造サイバーサングラスを売り、あるいはそれ以上の事をして、タタミ4枚ほどの小さなアパートで一日をしのぐ生活をしている内に、いつしか自分は一人の怠惰で無軌道な若者になっていた。

カワチと出会ったのはその後だ。チサキは彼に抱かれるのが好きだった。自分よりも強く、優しくて、責任感もある。実際理想の男と言ってよかった。それに、何度でも自分に愛を囁いてくれる。どんな時であっても大切にしてくれる。今やチサキの着ている服でさえ、自身で選んだものの方が少ないほどだった。

けれど―――飲みさしのケモビール瓶を片付けながら、チサキは不安に襲われる。結局、この関係はいつまで続くんだろうか。そもそも大学だってあと一年もすれば就活の時期なのに、俺といえば何もしていないではないか。しかしこのクソな社会に適応する気にもなれない。いっそカワチ=サンに頼んでヤクザにでもなろうか? いや、カワチ=サンは嫌がりそうだ。ただでさえ苦労を掛けているのに、迷惑までかけたくない。

ああ、ぼくはなんとイディオットなんだろう―――と、肩を叩かれる。

「チサキ」加減というもののないしゃがれた声に、安心して身を委ねる。彼が自分から距離を寄せてくるのは少々珍しいことだった。

「カワチ=サン、どうかしたの?」

「別に何も。ただ、ちょっと嫌なもん見ただけだ」大小の疵ででこぼこした顔を上げて、「チサキの方こそ、何かあったか?」

「いや……」ふと、口をつぐむ。「まだ言わないでいい?」

「ああ」カワチの声色は幾分か優しくなった。「いつでもいいよ。お前が言いたくなった時に言えばいい」

「うん……ありがとう」

背中越しに感じるカワチは何よりも大きい気がして、それが時たま彼のいう「ソンケイ」なのだと思い当たった。

 

 

チサキが朝早くに叩き起こされたのは、その夜から一週間ほどした頃だった。

「チサキ、悪いけどすぐ出るぞ」

寝室のフスマを剝ぎ取らんばかりの勢いで開けたカワチは、元々ぼろいヤクザスーツをさらに擦り切れさせていた。

「カワチ=サン? どうしたの……」

「あのクソども、俺たちを嗅ぎつけやがったらしい。……こうしちゃいられねえ。行くぞ」

「う、うん」

手早く着替えて玄関を出ると、見慣れない男たちが数人いた。

「カワチ=サン、この人たちは……」

「俺の育てた若えモンだ。こいつらも護衛をやってもらう」

よく見ると、みなドス・ダガーやヤクザガンで武装している。()()()()()()()()()()()()()()()が迫っているのだと、チサキも感じざるを得なかった。

「アニキ」男たちの一人がカワチに声をかける。「そろそろ行きましょう」

「ああ」カワチは路地裏に目をやりながら、「ついて来い」

彼らの住むサスマタ・ストリートには所狭しと雑居ビルが乱立しており、住民でさえその全容を知りえない裏道も多い。そこをかいくぐってチサキを逃がすというのが、彼らの算段らしかった。

外はまだ雨が降っている。服を濡らす有毒の滴に眉をひそめながら、チサキは暗い路地裏に足を踏み入れた。

「こっちだ、チサキ」

カワチの手を取って前に進む。手を離せば一瞬にして取り残されてしまう気がして、チサキはいつにもまして彼の手を強く握っていた。

「……怖いか、チサキ。大丈夫だからな」

静かで力強い声を聞いて、緊張でこわばる喉を開いた。

「……うん」

「アニキ! 右アバーッ!

ヤクザガンを構えた護衛の一人がそう叫ぶと同時に、彼の頭は爆ぜていた。

ザッケンナコラーッ!

カワチが荒々しいヤクザスラングを発するや否やヤクザガンが火を噴く。数発のみで銃声は止んだ。

が、護衛たちの張りつめた空気は緩まない。ただならぬ空気にチサキも息が詰まりそうになる。

ーーーその刹那、

「「アバーッ!」」

護衛二人の首が風船のように空へ踊るのを、確かにチサキは見た。

「アイエッ・・・・・・!?」

恐怖の叫びをあげるチサキの口を抑えたカワチでさえ困惑を隠せない。しかし彼のヤクザとして洗練された判断力は冷静に状況を分析していた。

コンクリの壁に突き刺さった血まみれの金属片を見返す。それは……スリケン!

そして、路地裏のはるか上から明朗な声が響いた。

「ドーモ」

その声の主は風のようにビルの屋上を飛び降り、彼らの前に君臨した。

「プロディジーです。残念だが、貴方の一生はここで終わる」

「ハン」カワチが鼻を鳴らした。「たかがはぐれヤクザにニンジャたあ随分カワイイじゃねえか」

ニンジャ。カトゥーンめいた言葉と血なまぐさい光景に乖離を覚えそうになるが、プロディジーの着るジュー・ウェアのような、ニンジャ装束としか形容できぬ衣服が何よりもその言葉を真実だと確信させた。

「アイエエエ……」

恐怖の閾値を超えたチサキはその場にへたり込む。カワチと残る護衛二人はヤクザガンを構えたままだ。数多くの死線を越えてきた彼らにNRS(ニンジャリアリティショック)は起きない。

しかし()()()()()()()()()となれば、また別の話だった。

「カワチ=サンにはオヤブンから殺害命令が出されている」プロディジーがこともなげに言い放った。「貴方の知るべきことはそれだけだ」

カワチは乾いた声で笑った後、奥歯に詰めた何かを嚙み砕いた。「ザッケンナコラー!

瞬間、護衛たちがヤクザガンをフルオート乱射! カワチは暴走機関車めいてプロディジーに突撃する!

「ヌウッ」弾幕で移動範囲を制限されたプロディジーは銃弾を次々にかわしながら護衛二人に接近!

「イヤーッ!」

「「アバーッ!」」

プロディジーの両手が怪しげに燃え上がったかと思うと、護衛二人の体が火に包まれる! これぞプロディジーのユニーク・ジツ、カトン・ジツである!

「テメッコラー!」

カワチがドス・ダガーを取り出しプロディジーの背中を刺突! ……しかし!

「グワーッ!」

苦悶のうめきをあげたのは、カワチの方であった。真っ二つに折れたドス・ダガーがアスファルトに落ちる。

「フン、手間取らせおって」

プロディジーが息を吐き、深々と突き刺した右手をゆっくりと引き抜く……その手には、まだぴくぴくと動く心臓が握られていた。

「夜逃げを図って犬死とは、はみ出し者にお似合いの最期よ……インガオホー」

「ザッケンナコラーッ……!」

もはや虫の息となったカワチを退屈そうに見ながら、プロディジーは右手をゆっくりと燃え上がらせた。手に握られた心臓が引火し、やがて黒く焦げていく。

「アバッ……アバッ……」

心臓が焦げるたびにカワチはのたうち回ったが、ナムアミダブツ、そのうち動かなくなった。

「ア……ア……」

チサキは叫ぶこともできなかった。たった今目の前にある光景は、理解できる次元を超えていた。自分が失禁していることにも気づかなかった。

「ン? なんだ、生き残りか」

体が硬直する。逃げられないことはさっきわかった。

では、ここで死ぬのか?

「カワチのネンゴロか? このガキ……」

チサキが無力なことを知っているからか、すぐに殺すこともなくプロディジーは嘗め回すようにチサキを見ていた。

「まあ、良い。男は俺の趣味じゃない。イヤーッ!」

 

その声が、チサキの聞いた最後の声。

そうなるはずだった。

 

KA-BOOOOOM!!

プロディジーがチサキの心臓を破壊した瞬間、超自然的な力が彼を吹き飛ばした!

「グワーッ!?」

予期せぬダメージに驚きながらもプロディジーはカラテを構える!

コンマ数秒後、プロディジーのニンジャ第六感はある一つの可能性に行き当たった。

「憑依したというのか? ニンジャソウルが……!」

チサキが目を開く。抑えがたい力の奔流を受けて、彼の体は空中に浮遊していた。髪が揺れている。身を包むのは寝間着代わりのTシャツではなく、水色のニンジャ装束。

彼は一瞬にして、その有り余る力を以て、自分が()()()()()に入門したことを理解した。

そして、本能的に、異なる世界の礼儀を実行した。

「ドーモ、プロディジー=サン。ラスターチカです」

「……! ドーモ、ラスターチカ=サン。プロディジーです」

二人を置いて誰も生きる者のいない路地裏で、厳粛な静寂が───ニンジャのアイサツが、場を支配する。

イクサの幕開けであった。

「イヤーッ!」

先に仕掛けたのはプロディジー! チーターめいた速度で飛び掛かりこぶしを振り上げる!

「イヤーッ!」

ラスターチカは───いない! カトン・ジツの一撃を空振らせたプロディジーはとっさに空を見上げた。

「何ィーッ!?」

プロディジーは驚愕に目を見開く。彼が一秒前に殴り殺そうとした相手は、自分のはるか頭上を飛翔している!

ラスターチカの背中に形作られたエンジンノズルが低く唸っていた。その周囲に水色の光が集まり、たちまち反重力プレートめいた安定翼! ゴウランガ!

「コシャクな! イヤーッ!」

いつまでも驚きに支配されるほどプロディジーも未熟ではない。バックステップで距離をとると同時にスリケンを投擲! 銃弾にさえ匹敵する威力を秘めた金属片がラスターチカへ直進していく!

「イヤーッ!」

ラスターチカは翼を巧みに動かしてスリケンを回避! その運動エネルギーを保持したまま地上のプロディジーに追いすがる!

「グワーッ!」

ラスターチカの拳がプロディジーのみぞおちに直撃! たまらず防御態勢をとるプロディジー! ……その時!

「イヤーッ!」

プロディジーのカトン・ジツをこめたパンチがラスターチカを襲う! ウカツ、防御態勢は隙を与えるためのフェイク動作! まともに浴びれば致命傷は避けられぬ威力!

「グワーッ!」

ナムアミダブツ! 直撃こそ避けたが看過しがたいダメージ! ラスターチカの体が推力を失い、地表に墜落せんばかりの軌道を描く!

その間にプロディジーは逃走! たった数秒ほどの時間であっても、ニンジャ脚力を発揮すれば数万の勝機を導き出す機会となり得る!

すぐにラスターチカは体勢を立て直す。しかし、もはや路地裏のどこにも敵の気配はない。よもや、このまま見失うというのか!

「畜生ッ……イイイイヤアアーーーッ!」

カチャリ。

彼は絶叫すると同時に、ある音を聞き取った。()()()()()()()音。それは……ラスターチカは目を閉じ、ゼンめいて心を集中させる。静かな、水を打ったような精神の中で、彼は明確な情報を感じ取った。ここからそう遠くない場所にいる(プロディジー)の存在を、明瞭に!

おお、ゴウランガ! 今の彼には知る由もないが、これは彼の得た恐るべきユニーク・ジツであるレーダー・ジツの一端なのだ!

「そこか……イヤーッ!」

エンジンノズルが青い噴流をあげ、翼が揚力を得るべく水平に可変する。再びラスターチカは飛翔! その目的地は浮浪者の居並ぶバラック地帯!

「アイエエ」

「アイエエ……」

段ボールや粗雑なFRPで作られた粗末な屋根に身を隠す浮浪者たちの頭上をかすめながら、ラスターチカは手を伸ばす。そして一人をその腕につかんだ!

「グワーッ!?」

おお、そこには浮浪者に変装していたプロディジー! ラスターチカのレーダー・ジツは高い感度でニンジャさえ発見しうるのだ!

プロディジーを両腕でがっしりと押さえつけながらラスターチカは急上昇!

「おのれ、コシャクな真似を……!」

プロディジーは毒づくと同時に青ざめた。彼のニンジャ洞察力がこのランデブーのゴールを察知したからだ。すなわち……乱立する高層ビル!

「ヤメロー!」

拘束されていない足をばたつかせながらプロディジーが必死に抵抗! しかしラスターチカは速度を緩めない!

「死ねッ! ラスターチカ=サン! 死ね!」

プロディジーの絶え間ない抵抗を無視して、ラスターチカはビルの壁面にプロディジーを叩きつける! ジゴクめいた轟音!

「グワーーッ!」

プロディジーが苦悶の叫びをあげる! 彼は垂直に反り立ったコンクリートに高速で擦り付けられ、大根おろしの如く瞬く間にネギトロとされているのだ! コンクリの粉塵とプロディジーの肉片が混ざり合い、ピンク色の煙が壁面を彩っていく。

「イイイヤアーーッ!」

「グワーーッ!」

エンジンノズルがさらに唸りをあげ速度上昇! プロディジーの右足が断裂!

そして二人はビルの最上階に達し、酸性雨に打たれながらさらに上へ!

「アバーーッ!」

プロディジーが酸性雨を浴び激痛に悶える! ラスターチカはついにプロディジーから手を放し、

「イヤーッ!」

渾身のトビゲリ! ほぼ肉塊と化したプロディジーは打撃を浴びてとうとう完全に崩壊!

「サヨナラ!」

しめやかに爆発四散! ラスターチカはそのまま機動を緩め、地上へと旋回していく。

その様子を、冷ややかな満月だけが見つめていた。

*

「ハアーッ……ハアーッ……」

ラスターチカは荒い息を鎮めながら路地裏に立っていた。かつての自分が死んだ場所に。そして、斃れている一人のヤクザを一瞥した。

涙は出なかった。この男を愛していた自分が面白くなって、少し笑えた。

───背後に気配を感じて、ラスターチカは振り向く。

「ドーモ」

屈強な偉丈夫がドスの利いた声でアイサツする。金糸の織り込まれたニンジャ装束を見るに彼もニンジャなのだろう。何より、そのにじみ出るカラテ。

実力者であることを───戦えば死ぬことを直感した。

「チサキ・クデミヤ……ラスターチカ、だっけか? 選択の時間だ、ガキ。……フシギそうな顔だな。俺たちは何でも知ってるぜ」

冗談めいた一言が飛んでも、その威圧感は何ら変わりない。ラスターチカは蛇に睨まれた蛙のように硬直していた。そのニンジャは、彼に身じろぎ一つも許さなかった。

「お前はニンジャだ。お前は俺たちにとって価値がある。俺とシンジゲートに来るか、ここで死ぬか……」

「ハイ」答えは一つだった。「シンジケートに。ヨロシクオネガイシマス」

そう言って頭を下げる。命ぜられればドゲザさえやるつもりだった。

「従順な野郎だ。決まりだな」ニンジャは何やらIRC端末を動かした。車の音。すく近くの路地に黒い家紋タクシーが到着していた。

「いくぜ。ついて来い」ニンジャの声とともに、タクシーのドアが開いた。




時系列としては第一部の最初期をイメージしています。
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