※第一部皇都編『第二十八章─邂逅の果て─』#9と#10の合間の話となります。
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セレナさん、ヴァルトさん、ハルドの気持ちを確かめることができたので────改めてバレスに会いに行き、仲間になってくれるよう交渉することとなった。
バレスには今日はもう休むよう告げてしまったが、手足を再生するなら少しでも早い方がいいだろう。
ラムルに先触れをしてもらうと、バレスは私たちの訪問を承諾してくれたとのことだった。
「それでは、バレスの許に向かいましょうか」
「待て───リゼ」
立ち上がった私を、レド様が呼び止める。
「リゼは【神聖術】でバレスの手足を再生するつもりなのだろう?それなら、俺にもできるはずだよな?」
「……できるとは思いますが」
警戒しつつ答えると、レド様は予想通りのことを言い出した。
「だったら、俺がやる」
「いえ、私がやった方がいいと思います。今回は、アルデルファルムのときとは事情が違い────欠損部分の再生です。私は、人体について多少の知識がありますから、不測の事態が起きても対応できますので」
「……そうなのか?」
「はい」
まあ、“理科室”にあった“人体模型”とか、“人体図鑑”とかを眺めたことがある程度だけど。でも、これは譲れない。
今回の件は、すでに【契約】を結んでいる仲間たちを治癒するのとはわけが違う。バレスとの交渉が決裂したり、【神聖術】で手足を再生したものの【契約】が結べなかったりしたら、情報が洩れるということもありえる。
【神聖術】という存在自体知られないようにするのは当然として────それでも行使することを避けられないときは、私がやるつもりだ。
それは、【神聖術】だけでなく────古代魔術帝国由来の特別な能力を行使する必要がある場合は、そうするつもりでいる。
レド様が強大な力を有していると思われるより、私が持っていると思われる方がいい。そうすれば、敵は私を警戒して、レド様を潰すよりも私を排除することを優先するはずだ。
「だが…」
レド様は納得しかねるみたいで、言葉を続けようとしたとき、不意にラムルが進み出て口を開いた。
「旦那様────ここは、リゼラ様にお任せした方がよろしいかと存じます」
ラムルがそう言ってくれて、私は秘かに安堵する。ラムルならレド様をうまいこと説得してくれるに違いない。
「だが、それでは」
「旦那様のご心配は解ります。ですが────それでしたら、なおのことリゼラ様にお任せした方がよろしいかと」
「何故だ?」
レド様の疑問に、ラムルは説得力を高めるためか、一層、真剣な表情を作る。
「旦那様…、人が恋を諦めざるを得ないのは────どういった場合だと思いますか?」
………ええっと、一体何の話を始めようとしているのでしょう、ラムルさん。
「それは、勿論───相手に恋人か配偶者がいる場合だろう」
「まあ、それで諦める者もいるでしょう。それでも諦めきれないというのが、恋心の厄介なところです。それでは、確実に諦める事由にはなり得ません」
「そうだったな…。確かに、それで諦めない奴らもいるな」
何か───レド様の声音に、やけに実感が籠っているのは気のせい?
「人が確実に恋を諦めるのは────恋をした相手が、自分の手が届かない存在だと実感したときです」
「手の届かない存在?」
「そうです。頑張れば手の届きそうなものを諦めるというのは、恋愛に限らず難しいものです。ですが────どう足掻いても手の届きそうもないものには、欲する感情すら失せる」
レド様は真剣にラムルの言葉に聞き入っているが────周囲の仲間たちは、突然始まったラムルの謎の講義に困惑気味だ。
「いいですか?仮に旦那様が【神聖術】を駆使して、バレスの手足を再生したとしましょう。そうすると、バレスの中でリゼラ様は、ただの“美しい上に心優しい女性”のままとなり────もし、バレスがすでにリゼラ様に好意を覚えていたら…、婚約者がいるからと表面上は諦めても、心の底では燻り続けることになるかもしれません。むしろ、抑制することによって燃え上がることだってあり得る」
………ラムルさん?本当に何の話をしているの?
「【魔術】のみならず、【神聖術】を行使するリゼラ様のお姿には、見惚れずにはいられない神々しい美しさがあります。
リゼラ様に【神聖術】を施され────失った手足を再生していただけたら…、バレスは憧れや恋慕を通り越して、崇拝の念を抱くに違いありません」
「そうすれば、リゼはバレスにとって“手の届かない存在”になるというわけか…。【神聖術】を行使するリゼは、確かに女神のようだからな」
「その通りです。真の信者は女神を崇め奉っても、追い落として手に入れようなど────そんな恐れ多いことは考えすらしないものです。
ですから────ここは、リゼラ様にお任せ致しましょう」
「解った。バレスの件はリゼに任せよう」
「「「「…………」」」」
………つまり、レド様は───バレスが私に好意を寄せることを懸念されている、と。
いや、私が手足を取り戻してあげたところで、恩を感じることはあったとしても、あんな無神経な質問を投げかけた私に恋情を抱くようなことにはならないと思うけど…。
まあ、でも、私も少女姿のノルンがレド様の隣に立つだけでも気になってしまうから、レド様をとやかくは言えない。
それにしても────さすが、ラムルだ。レド様の杞憂を基に、こんなトンデモ理論を即座に展開して、あっさり納得させてしまうとは…。
「あ、あの───リゼラさん。まさか、バレスがリゼラさんに…?」
遠い眼でレド様たちを眺めている私に、同じくラムルの言葉の意味を呑み込めたらしいセレナさんが、慌てた様子で訊ねる。
「いえ…、セレナさんが心配するようなことは何もないですよ。あれは、レド様の杞憂です」
「で、ですが…」
「レド様のアレは────恋人や配偶者が異性と接するのは、どんな相手であれ、気になるし心配になるという…、アレです」
バレスにとっては、とんだとばっちりだよね…。
「ああ…、確かにそれは────気になるし、心配になりますよね…」
セレナさんの顔が陰る。この反応を見るに、セレナさんもアレを発症したことがあるみたいだ。
ちらりとヴァルトさんを見遣ると、ヴァルトさんは何とも言えない表情で、ハルドと共にレド様とラムルを見ている。
ヴァルトさんは年齢的には初老かもしれないけど、鍛えているせいか、もっと若く映る。それに、長く放浪していたなら、何か…、こう───色恋沙汰らしきものがあってもおかしくはない。
────あれ?これはもしかして、人生初の“恋バナ”をするチャンスでは?
シェリアやエルには私が一方的に話すことになるから、相談ならともかく、話すのは躊躇っちゃうけど────セレナさんになら、遠慮なく話せる気がする。
それに、以前した一緒にお茶をするという約束を果たせていないし────ちょうどいいかもしれない。
「セレナさん、落ち着いて時間が空いたら、約束のお茶をしませんか?────そのときに、ゆっくり聞かせてください」
セレナさんに身を寄せ、声を潜めて誘う。
セレナさんは俯き加減だった顔を上げて瞬きをすると、私が何をしたいのか悟ったらしく、表情を綻ばせた。
「は、はい、是非…!」
緩んだ頬を上気させて勢い込んで応えて、嬉しそうに続ける。
「わ、私も…、リゼラさんと殿下のこと、聞かせて欲しいです…!」
セレナさんのお願いに、勿論、私は頷いた。