ウィザーディング・ワールド・オブ・リコリス・リコイル 作:峰霧 澪
さすがに映画版のテンポ良さと書籍版の重厚さのハイブリッドは難しいですね……
パーシーはグリフィンドール生を連れて大広間を出ると、迷うこともなく大理石の階段をずんずん登っていった。だが、三つ目の階段の中ほどに浮いていた一束の杖には気付いていなかった。
パーシーが杖束の下を通りすぎると、杖がバラバラと一年生に襲いかかってきた。――大半の生徒はうまく避けたが、いかにも鈍そうな小肥りの男子は杖の雨をうけて悲鳴をあげていた。
「ピーブズだ」パーシーが一年生に囁いた。「ポルターガイストのピーブズだよ」
彼はキッと虚空を睨めつけると、大声で叫んだ。
「ピーブズ、姿を見せるんだ。『血みどろ男爵』を呼ばれたいか?」
その叫びに応えるように、ポンという大きな音とともに男が現れた。落ちくぼんだ目で一年生を面白そうに見ながら、大きな口でケタケタと笑っている。――二人はローブの下で銃の
「おーおぉぉぉぉぉお! かーわいい一年生ちゃん! ああ、なんて愉快なんだ!」
ピーブズは気味の悪い甲高い声をあげながら、パーシーにベーッと舌を出した。
「とっととうせろピーブズ。でなけりゃ『血みどろ男爵』に言いつけるぞ」
パーシーがなおも怒鳴りつけると、ピーブズはこれ見よがしにやれやれといった感じの顔をして、片手に持っていた杖をばらまきながら消えていった。
「はぁ……」パーシーがため息をつきながら頭をふった。「みんな、あれがピーブズだ。あいつは『血みどろ男爵』の言うことしか聞かなくてね……僕たち監督生の言うことですら聞きゃしないんだ。――よし、着いたぞ。みんな、ここがグリフィンドールの寮だ」
愚痴をこぼしつつも階段を上りきると、パーシーがおかしなことを言いだした。――寮があると言われても、扉のようなものはどこにもない。ただ、人の背丈の三倍ほどもある、大きな絵が掛かっているだけだった。
そしてその絵が唐突に話しはじめると、列のあちこちから驚きの声があがった。
『合言葉は?』
「カプート・ドラコニス」
パーシーが慣れた調子で〝合言葉〟を口にすると、絵が額縁ごと音もなくパッと開いた。――壁には人が余裕で通れるほどの穴があいている。
中に入ると、大きな薄暗い円形の部屋の隅で、大きな煖炉が煌々と燃えていた。煖炉の周りには赤い
「さっきのが〝太った
パーシーはマントルピースの上からマグを取りながら奥の階段を指さした。
「男子は右、女子は左だ。荷物はもうベッドの脇に置いてある。授業は明日の朝九時からだから、くれぐれも遅れないように。――それじゃみんな、おやすみ」
二人が左の階段を上がると、天蓋つきの立派なベッドがいくつも並んでいた。部屋の中は淡い月光で照らされているだけだったが、赤と紺のタグを付けておいた二人のトランクを見つけるのに、それほど時間はかからなかった(空港でつけられたタグはご丁寧にも外されていた)。
「いやーびっくりしたねぇ。帽子はしゃべるし、ご飯がいきなり出てくるし……魔法の世界にきたんだねぇ」
千束が鞄を床に無造作に置きながら、感慨深げにいった。たきなも荷物を置き、いそいそとパジャマに着替えはじめる。
「見た感じ、種も仕掛けもなさそうでしたよね……物理法則はどこへ行ったんでしょう」
「いやー……さすがにどっかに仕舞ってたんじゃない? 金塊とか出し放題とかだったらうれしいけど」
「金相場がめちゃくちゃになるのでやめてください」
「もー、冗談だって……」
「とにかく」すっかりパジャマに着替えたたきなが歯ブラシと歯磨き粉のチューブを手に立ち上がった。「授業は明日の九時からでしたよね? もう一時です。早く寝ましょう」
*
何日か前の妖精学の授業と違って、グリフィンドール塔から魔法薬学の教室まではだいぶかかった。階段を七つも上ったり降りたりしなければならず、薄暗く寒々とした地下牢についたころには、一年生は皆ゼエゼエと肩で息をしている有様だった(もちろん千束とたきなはピンピンしていた)。
始業の鐘が鳴ってから五秒とたたないうちに、黒いローブを羽織った長身の男――スネイプ教授が、肩で風をきりながらやってきた。
「揃っているかね?」教授はにこりともせず教室を睥睨すると、フンと鼻を鳴らした。「結構。では点呼をとる」
点呼は淡々と進んだが、
このハリー・ポッターという生徒は、なんでも強大な悪の魔法使い――誰もがその名を呼ぶことすら憚り、〝
だがスネイプ教授はちょっと眉をあげると、ハリーにツカツカと歩み寄り、口をわずかに歪め、不気味さすら感じる猫撫で声でいった。
「ハリー・ポッター……」ハリーが蛇に睨まれた蛙のように、身をこわばらせるのが遠目にもはっきりわかった。「さよう、我らが新しき――スターだね」
教授はひとしきりハリーを
「さて、諸君」教授は冷え切った教室の空気をよそに大股で教壇に戻ると、ローブをちょっと整えた。「我輩は杖を振り回すような馬鹿なことは教えん。あるいは諸君は、我輩の教えるものを魔法ではないと感ずるやもしれん。――しかし我輩とて、フツフツと沸く大鍋から上がる湯気、
「我輩がこれより諸君に教授するのは、名声を瓶に詰め、栄光を醸造し、死にすら蓋をすることを可能たらしめる学問である。――むろん、諸君が今まで我輩の教えてきたウスノロ共よりもまだ
教室中が一瞬しん、となった。――すぐに小さなざわめきがあちこちで起き、生徒たちは互いに目配せをしたり囁きあったりしている。
すると、そのざわめきを吹き飛ばすかのように、教授が「ポッター!」と叫んだ。――ハリーが痙攣したように、ビクンと背筋を伸ばす。
「アスフォデルの球根末に煎じたニガヨモギを加えると何になるか?」
ハリーは目に見えて困惑していた。――当然だ、一年坊主がろくに読み込んでもいない教科書の内容を即答できるはずがない。
結局、ハリーは「……わかりません」と小さな声でつぶやいた。
「チッ、チッ、チッ――ご高名に違わず実に優秀なことだな、ポッター?」
教授はますます侮蔑の色を深めて、忌々しげに机をコツコツと叩いた。――ハリーの隣では濃いブロンドの女子が懸命に挙手していたが、教授は
「ちょっと、あれじゃいじめだよ!」
千束が抗議しようと立ち上がったが、たきなに膝を押さえられて席に戻された。
「たきな!」
「相手は先生ですよ。それに下手に目立つのも危険です。矛先がこちらに向かないとも限りません」
「ではポッター、もう一つ訊こう」二人が静かに揉めている間にも、ハリーへの攻撃はつづいた。「ベゾアール石を採取したい。どこを探せばよいか?」
今度もハリーは返答に
スネイプ教授は興味を引かれたように、片眉をちょっと上げてたきなの方を
「……わかりません」
ハリーはちょっとうなだれた様子で答えた。
「なるほど」教授はまた指先で机をコツコツと叩いた。「ずいぶんと熱心に予習をしてきたようだな、ポッター?」
ハリーがうんともすんとも言えないでいると、スネイプ教授が第三の矢を放った。
「ではポッター、最後の質問だ。モンクスフードとウルフスベーンの違いは何か?」
ガタンと大きな音が響き、くだんの女子生徒がとうとう立ち上がった。張り切りすぎて、指先がプルプルと震えている。――だが、たきなは手を挙げなかった。
千束が不思議に思ってたきなの肩を小突こうとしていると、ハリーがむっとして言った。
「わかりません。ハーマイオニーがわかっているみたいですから、彼女に質問してみては?」
今度はグリフィンドール側から笑い声が洩れた。中には吹き出している生徒もいる。――スネイプ教授は面白くなさそうに眉根を寄せると、ひときわ低く、冷たい声で「座りなさい」と命じた。
「ポッター、君の無礼な態度により、グリフィンドールは一点減点」
スネイプ教授は憤然として言い放つと、教壇の正面に向き直った。
「では教えて進ぜよう。――アスフォデルとニガヨモギを合わせると、睡眠薬となる。『生ける屍の水薬』と呼ばれるほどに強力なものだ。ベゾアール石は山羊の胃から採取される、大抵の薬への解毒剤だ。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、諸君が知っている名前に直せばトリカブトとなる。……ほう、今回の一年生はずいぶんと記憶力が良いようだ。今の内容をノートにも取らず覚えられるとは」