ガンダムSEED Vasuki   作:きおう

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少し短いですが、よろしくお願いいたします。


遺恨と選択

 アークエンジェル艦内は一時の勝利の空気が嘘のように沈んでいた。

 モントゴメリの撃沈の一報を受けたときの衝撃は正規軍人としての場数を踏んだ男たちからは過ぎ去っていたが、戦慣れしていない者や学生クルーたちは今だ悲哀の痛みとなっている。

 その一人、キラはブランリヴァルとの通信が切れても動けないでいた。

 

「大丈夫か、坊主」

「ムウさん……」

あれ(・・)はお前さんのせいじゃない。やれることをやったんだ。そうだろ、ヴァースキ」

 

 ああ、とヴァースキは頷いた。

 

「オレ達の任務はあの戦場から艦隊が離脱するための時間稼ぎだ。そしてお前はその任務をこなし生き残った。十分だろう」

 

 本来、モントゴメリはあの場で沈み、アークエンジェルも無事に離脱できるか分からない状況だったはずが見事に打ち破ってみせた。

 何よりも出撃前の指示通り生き残った。十分な戦果だとヴァースキはキラを評価した。

 それでも少年の心が晴れないのには訳があった。

 

「あのお嬢ちゃんの様子を見れば気持ちはわかるけどな……」

 

 ブランリヴァルを通した艦内放送でもたらされた撃沈の報に、フレイ・アルスターは悲痛の叫びとともに崩れ落ち、医務室へと運び込まれた。

 数時間前には眩しい笑顔で出迎えてくれた少女の悲鳴が、キラの心に引き裂かれるような痛みを与えていた。

 

「パパ…パパぁっ! 」

 

 カーテンで閉め切られたベッドから聞こえるすすり泣く声。

 父の死という深い傷を負わせてしまったキラはどうしても謝りたかった。

 罵倒されても、黙って受け入れようと思っていた。

 

 それなのに――、

 

「キラは、悪くない……」

 

 そうフレイは嗚咽交じりに言ったのだ。

 まるで自分に言い聞かせるように。

 そうしなければ戦ってくれた少年に叩きつけたくなるであろう、渦巻く激情を感じ取ってしまった。

 キラを恨まないように、カーテンの向こうで必死に取り繕うのが分かってしまい、少年は何も言えなくなってしまった。

 いっそ嘘つきと罵倒された方が良かったのかもしれない。

 謝ることも償うことも許されなくなってしまったキラはただただ自分を責めた。

 

 あの戦いでの大きなミス。

 シグーによるビームライフルの一撃。

 あれがなければモントゴメリが割れることはなかった。

 もし、反応できていれば、フレイの父は死なずに済んだのではないか。

 そればかりが彼の頭を巡っていた。

 

「あの、ヴァースキさん」

 

 キラは罪を求めるように尋ねた。モントゴメリの撃沈は避けられたはずではないかと。

 

「モントゴメリが――」

「くどいぞ、ヤマト」

 

 いい加減、自罰的な雰囲気に苛立ったのか、ぴしゃりと遮られた。

 

「先遣艦隊がザフトに先に襲撃された時点で、オレ達のできることはその場凌ぎにしかならん。それこそ、姫を人質にでもしなければな」

「ラクス、さんを?」

「ああ。姫はプラントの議長の娘だ。それだけの価値がある。攻撃すれば、身の安全は保障しないとでも言ってやればザフトは手を引いただろう。……オレは気に食わんがな」

 

 そうだろう? と周囲の士官を見回すヴァースキの視線にマリューは視線をそらすがナタルは見返し頷いた。

 わずかな嫌悪感を最後に覗かせた彼の言葉にも同意しつつ、連合の軍人として彼女は答えた。

 

「連合の名声を落とすことになりますが。正直に言えば、小官もその方法しかなかったと思います」

「そんな……」

 

 保護したラクスを盾にする。

 それがどれほど悪辣な行為であるか、心優しく聡いキラは理解できてしまう。

 それしか方法がないと信頼する男が言うほど、絶望的な戦いだったことも。

 もし本当に実行されていたら、キラはたとえヴァースキが相手でも地球連合軍を非難しただろう。

 

「戦場で人を死なせないなんてのは、相手を殺すよりも難しい任務だ。覚えておけ」

 

 殺し殺されるが当たり前の非情な世界で人を助けるなど、そう簡単にできるものではない。

 守るために戦場に立ったであろう少年に、それが一番困難な戦いだと現実を突きつけるとヴァースキはブリッジを後にした。

 

「あいつも厳しいねぇ。だけどあいつの言う通り、お前さんが生きて帰ってこれただけでも十分だよ」

 

 ムウが慰めるように肩を叩いたが、少年の心にはヴァースキの言葉が突き刺さっていた。

 

 

―――――

 

『ヴァースキ大尉、ゴップ議長からの指示です』

 

 示し合わせた時刻に例のごとくグリプスのコクピットでココノエ艦長と密談していると同志でもある上司からの指示が伝えられた。

 

『第八艦隊の本隊の合流前に、大尉にはラクス・クライン嬢を護衛しグラナダへ向かっていただきたい』

「姫の護衛ですと? ザフトへの警戒は?」

『おそらく月までの航路で大規模な襲撃はないでしょう。大尉が種を蒔いてくださったおかげです』

「気に入らん芝居だったがな」

 

 軽く頭を下げるココノエにヴァースキは言葉通り心底気に入らないという表情を見せた。

 

「遠回しに姫を盾にするとは、艦長も人が御悪い」

『大尉は民間人とおっしゃってくださいましたから。ザフトは確認に時間を取られることでしょう』

 

 ヴァースキはイージスとの戦闘で『歌のうまいコーディネイターの少女』がアークエンジェルに保護されていることを仄めかした。

 これは思想組織を嫌う彼なりの挑発であると同時にココノエが遅延を狙った戦術だった。

 保護された歌のうまいコーディネイターの少女。

 この戦争状態の宇宙で、わざわざ『歌のうまい』と言われる遭難者がはたしてどれだけいるのか。

 かのラクス・クラインが行方不明なことはプラントも把握していることだろうし、万が一がないかザフトは調べるだろう。

 確証を得られるまで大々的な軍事行動は防げる、そうココノエ艦長は考えていた。

 一方でヴァースキは自らが嫌う民間人を戦闘に巻き込む行為をさせられたことが少なからず腹に据えかねていたようだ。

 

『大尉のおかげで連合や連邦の威信が地に落ちることはないでしょう。直接盾にしたわけではありませんからな』

「まあ、それなりに戦いを楽しめた。そこは良しとしよう」

 

 粗削りだが悪くない動きのイージスのパイロットを思い出し溜飲を下げたヴァースキ。

 戦闘を好む野獣としてはここ(C.E.)で少しは楽しめたことで手討ちにすることにした。

 

「それで、第八艦隊との合流は?」

『あと12時間です。大尉たちパイロットには交替での休養をとっていただくが、その間にでもあの少年に別れの挨拶をされてはいかがです』

 

 第八艦隊との合流前に一足早くヴァースキはアークエンジェルを去る。

 その前に月でパイロットを下りるであろうキラと、別れを済ませてはどうかと聞かれ、ヴァースキは首を振った。

 

「生憎小官はそのような感傷に浸るつもりはありません」

 

 それに、と牙をむくように口端を歪めた。

 

「ヤマトとは嫌でも戦場で会うことになるだろうよ」

 

 部下にも言ったがあの少年は戦いの輪から抜け出せはしないだろう。

 才能とは裏腹に戦いに向かないはずの優しい性格のせいで、どんどん戦場へと引きずり込まれている。

 その先で何度も相まみえるだろう。

 ただ味方としてか、敵としてかはヴァースキにも分からなかったが。 

 

 

―――――

 

 

 部隊の予定を伝えるべく食堂へと向かうヴァースキだったが、途中で見つけた部下は赤髪の少女に絡まれていた。

 

「フン、隅に置けんなバレンスタイン」

「あ、隊長。隊長からも言ってやってください」

 

 ゴーグルをかけたバレンスタインが助けを求めるように、困惑した視線を向けてくる。

 その表情からして色恋の類ではないが、無理難題を言われたのだろう。

 引きこもっていた傷心のお嬢さんが殻を破って何を言い出したのか。

 そう思っていたヴァースキは、少女の目を見てピタリと視線が止まった。

 

「アンタたち、ナチュラルなんでしょ?」

「……少なくともコーディネイターではないな」

「なら、教えて。MSの動かし方を」

 

 泣き腫らした目の奥、暗い炎を湛えた濁った光とともに出る言葉には明確な憎悪が感じ取れる。

 間違いなく父親の復讐だ。

 どうやらキラやヴァースキへと向けられない感情が葛藤の末に突拍子もない答えにたどり着いたらしい。

 

「何のつもりだ」

「パパを殺したコーディネイターを、私の手で殺してやるの」

「だからオレ達に操縦を教えろと? 軍人でもないお前にか」

「そうよ。キラに教えられたんだからできるでしょう?」

「あいつは特例で戦時徴用されているのを知らんのか」

 

 ヴァースキは努めて、努めて静かに言った。

 肉親を殺された、だから敵討ちをすることを責める気はない。

 戦争に立つ動機としてはよくあることだ。

 だがこの少女は戦場を、兵器を扱う兵士(パイロット)を舐めている。

 確かにキラは才能として扱えているが、子供の心身が兵士に追い付いていないのを理解しているのかと睨みつける。

 

「MSパイロットは、兵士だ。出来心でなるのは構わんが、一度でも戦場に立てば、戦いはどこまでも追ってくるぞ? ヤマトのようにな」

 

 戦いこそ生きがいともいえるヴァースキ。

 彼にとって戦いが絶えないのは楽しみが続くことだが、そう思えない輩が多いことも理解はしている。

 少なくとも、このお嬢様がこちら側(・・・・)には見えない。

 キラが戦場の流砂に沈みだすのを見ていながら、一時の燃える復讐心に身を焦がして抜けられない地獄へ落ちる覚悟があるのかと彼は試していた。

 迷いが出たのか、フレイの瞳が揺らぐのが見えた。

 所詮はお嬢様だと鼻を鳴らし、ヴァースキは不合格を告げた。

 

「お前はまだガキだ。 パイロットを舐めたことは叱らないでおいてやる。月に着くまでキャンディーでも舐めて落ち着いてるんだな」

 

 部下を呼びつけそのまま少女のわきを通る。

 その背中に言葉を投げかけられた。

 

「……軍人になれば、教えてくれるの?」

貴様(・・)に、その覚悟があればな」

 

 それだけ言うとヴァースキは立ち止まらずにその場をあとにした。

 フレイに向けられなかったその表情は苦々しさがありありと見える。

 それこそ彼の考えを部下が読み取れるほど、露骨に。

 脅しのつもりが、一過性で終わる感情の火に薪をくべるような失言だったかもしれないと。

 らしくもなくヴァースキは自省していた。

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