ヴェサリウスを中心とする追撃部隊は足付きことアークエンジェルこそ逃したものの、合流予定だった第八艦隊の先遣隊を壊滅させることに成功した。
彼らはそこで部隊を分け、モントゴメリと救援に来た部隊も殲滅し再度合流し再編、あとは孤立した二隻の足付きを墜とすだけとなった。
二十機以上のMSを失ったが、パイロットたちは地球連合の希望を挫く最後の一撃を下してやるのは自分たちだと士気は高揚し、艦隊の空気は熱気にあふれている。
しかし、その命令が指揮官から出ない。
「ラクス・クラインが人質に取られただとぉ!?」
ほとんどが戻らなかったヴェサリウスのパイロット待機室にもたらされた情報に、驚愕に満ちた声が響いた……かと思えばすぐに苦悶の息遣いに変わる。
「イザーク、傷に触ります」
「これが、平然としていられる、ものかッ……!」
脂汗を滲ませながらイザークが吠えようとするも、言葉を吐くだけで精一杯な様子にニコルがベンチに座るよう促す。
先の戦闘でデュエルのコクピットは内壁が吹き飛び彼の全身を切り裂いた。
まだ安静が必要な心身を、顔にも残る痛々しい治療痕を見せつけるように、執念を燃やして無理やり前を向いていた。
そこに飛び込んできた歌姫でありプラント議長の娘でもあるラクスがナチュラルに人質にされたとの情報は衝撃的だったのだろう。
伝えに来たアスランを射殺さんばかりに睨み上げるイザーク。
「落ち着け。まだ確証はない」
対するアスランはイザークを、どこか冷めた目で見下ろしていた。
「どういうことです、アスラン」
「まだ可能性の話だ。連合から声明があったわけではない。だが、ラクスがユニウスセブン近傍で行方不明となり、乗っていたシャトルと捜索していたジンが破壊されていたのは事実だ」
「クルーゼ隊長はこの件については?」
「足付き二隻はユニウスセブンの近くを潜航していたと見ている。ラクスを収容している可能性がある以上、下手に手を出せば彼女の命が危ない」
「クソッ! ナチュラル、共が!」
グシャリとボトルがつぶれるほどイザークの怒りが手に現れる。
「奴らはいつも、いつも卑劣なマネを! これ以上、舐められてたまる、か! グッ……」
「イザーク、大丈夫ですか?」
民間人を人質にされ
「これからどうするのですか? このままでは第八艦隊に合流されてしまいます」
「ディアッカが偵察部隊を率いて監視に向かっているが、隊長は第八艦隊よりも『月の野獣』を気にしている」
「青いGを?」
ニコルは尋ねた。
足付きたちが合流する第八艦隊は、知将としてザフトにもその名を知らしめるハルバートン提督が率いている。
もしラクスが彼の手に渡れば、どのような手を使ってくるか、知略では油断できない相手だ。
それよりも強力な戦力とはいえ一介のMSパイロットでしかない『野獣』をどうして気にするのだろうか。
「ああ。『野獣』は第八艦隊とは別の軍閥でそこにラクスが連れていかれる可能性があるそうだ」
「そのときに青いGが出てくると?」
強力なMSを擁しているのだから連合内でも発言力があるのは想像できるし、移送に介入してくるのも納得はできる。
むしろラクス・クラインを駒にするなら護衛として欲しいだろう。
あの『野獣』が理知的なことができるのかは疑問だったが、納得したらしいニコルにアスランが説明を続ける。
「足付きと青いGを分断し、青いGの部隊からラクスを取り返す。場合によっては足付きや提督の命と引き換えになるだろう」
「厳しい戦いになりそうですね」
「やってやる。そのまま俺の手で奴を墜としてやればいい!」
ラクスを盾に宣言される前に救助、できなければ交換条件を速やかに整える。
これが第八艦隊相手なら問題なくできただろう。
『野獣』の前でやるというだけで難易度は別次元だとニコルは呟き、イザークも苦痛を抑え込みながら声を出した。
まだ確証はないはずだが、彼らはラクスが足付きにいることを前提に動くことに異論を挟まなかった。
他ならぬアスランが隊長に進言したことを二人は知る由もない。
―――――
いまだ重苦しいアークエンジェル艦内の空気を攪拌するように活発に動き回る区画があった。
格納庫では直立するMSの足元で整備士たちが動きまわり、長である軍曹が彼らに指示を飛ばす。その傍で軍服姿のヴァースキが欄干によりかかっていた。
「世話になったな、軍曹」
「大尉のおかげで俺たちゃあ生き延びられたわけですから、お互い様でさぁ」
グリプスの整備は大変でしたがねと笑うマードックにヴァースキも違いないと返す。
ストライクとは異なりグラナダの技術が使われたグリプス、さらには元ザフトのMSであるナイトシーカーと系統の異なる機体を日々整備させられ、今も機体ごとに怒鳴り声が飛び交っている。
「しかし、上は何考えてんですかねえ。大尉とグリプスは艦隊の大エースじゃねえですか」
「オレもMSに乗って戦う方が性に合ってるんだがな」
マードック軍曹の言葉にヴァースキも同感だとぼやく。
これから彼はラクス・クラインを月のグラナダまでエスコートしなければならない。
ココノエ艦長はザフトの襲撃を抑えられていると考えているが、その根拠を知らない艦内の要員は戦力の大幅ダウンに危機感を抱いている。
「しかもMSは置いていくんでしょう?」
「ああ。バレンスタインたちとMSは置いていく。そいつらの面倒を頼む」
「そいつは構いませんが、グリプスを格納庫の肥やしにするのはもったいねえですよ、やっぱり」
二人の見上げる先、グリプスは損傷がほぼゼロであり武装と推進剤を補充すればすぐにでも戦場に出られる状態だ。
アークエンジェルの番犬ともいえるMSを置物にするのは格納庫を職場にする整備士からすれば不安を煽られるのだろう。
「いざとなればフラガを乗せてやれ」
「どうですかねぇ。グリプスの動きは大尉の腕があってこそでしょう」
短い付き合いの中でヴァースキ大尉の操縦技術がコーディネイターを上回ることをマードックはじめ整備班は確信していた。
その分同性能のストライクやナイトシーカーと比べても、ハードやソフトにピーキーな調整が施されていることも整備する中で嫌でも気づかされていた。
「あいつならナイトシーカーと同じ調整をしてやれば乗れるだろう。少なくともメビウス・ゼロに乗せ続けるよりはマシだ」
「そうかもしれませんがね、こいつを再調整するなんざかなり手間がかかりやすぜ?」
「その分、月に着いたら整備士にオレのツケでビールを奢ってやってくれ。酒保のビールが底をつきそうだからな」
「まあ、大尉と相談しておきますよ」
「そうこなくちゃな。合流まで10時間程度だが気を抜くなよ」
マードックの肩を軽くたたくとヴァースキは視線を格納庫の入口へと向けた。
月へ向かうお姫様の姿がそこにはあった。
―――――
護衛として乗り込んだ艦載シャトルで数時間、ヴァースキは月の地球からは裏に位置する都市グラナダにある軍港の一角に降り立った。
所謂VIP用の乗降口を抜け、スーツ姿の下士官の案内でラウンジに通された。
「迎えが参りますので、それまでこちらでお寛ぎください」
メニューを差し出され適当にドリンクを注文してやると、ボーイ役が板についた仕草で一礼しカウンターの奥へと消えていった。
「さて、しばし待ちましょうぞ、姫」
「そうさせていただきますわ」
にこやかに見上げてきた少女、ラクスを窓際の一角に案内し、向かい合わせにソファに座る。
間もなく飲み物がリザーブされると可憐な少女と野獣のような男の二人だけとなった。
あとは少女の腕に抱かれた小さい丸いロボットがいるが、空気を読んでいるのかパタパタ耳を動かすだけだ。
以前、ヴァースキが来たときはやかましい老人どもがいたが、今は静かなものだと窓から見える宇宙を一瞥し、目の前へと視線を向ける。
ソファに座る少女は強面の軍人と二人きりにも関わらず、委縮した様子は微塵もない。
が、見慣れてきた微笑みには影が見える。
シャトルに乗っているときから隠し切れていないことを、彼は指摘してやることにした。
「お疲れのようですな、姫」
「……疲れている、ですか? わたくしが?」
「大方、あのお嬢ちゃんの事でも気にしておられるのだろう?」
「……ッ!」
ヴァースキに早速核心を突かれ、表情が固まるラクス。
アークエンジェルで見てきた能天気にも、超然的にも見えたラクス・クラインの表情が少し崩れた。
「姫には衝撃的だったのだろう? あそこまで憎悪を向けられるのは」
言葉を崩しての指摘に思わず少女は頷いた。
「どうしても、フレイ様のことが頭を離れませんの」
「無理もない」
ヴァースキは同意した。
―――――
モントゴメリ撃沈の報からしばらくして、アークエンジェルを離れることになったラクスは別れのあいさつにと訪ねてきたキラと話をしていた。
話をしていると、戦いの中で、友達の父を死なせてしまうきっかけを作ってしまったと少年は悔いていた。
そこから本当は戦いたくなかったと少年はポツリポツリと本音を漏らした。
それでも友達を守るために
船の中でただの話し相手でしかなかったからこそ、彼は胸の内と苦しみを打ち明けてくれた。
戦いで傷つき、自分を責める少年をラクスはキラ、と親しさを籠めて名前を呼んだ。
「キラは本当に優しいのですね。……ですが、あなたも一人の人間です」
心に傷を負った少年の身を案じて言葉を紡いで
「一人でできることは限られてしまいます。どうかご自分を追い詰めるのはやめてください。あなたが傷つけば、ヴァースキ様や
これ以上、戦いを背負い自分から罰を求めに行かないでほしい。
ただそれだけの思いだった。
――しかし、その言葉が、思いが、どれほど自惚れていたのかすぐに少女は思い知った。
ロックされていない扉が開いたのを見ると、赤い髪の少女が立っていた。
「ふざけないでよ……
フレイ・アルスターの目の奥にゆらゆらと虚ろ気な光が見えた直後、ラクスの視界が大きく揺れた。
「パパを殺したくせにッ!」
頬が熱と痛みを訴えてきた。
引っ叩かれたのだ、フレイに。
「あんたの父親のせいで皆死んだのよ! パパも、船に乗っていた人たちも、地球の人たちも、みんな、みんな! どうせあんたもパパたちが死んで喜んでいるんでしょ! 人殺しの娘!」
父の所業、プラントへの怒り、戦争が生んだ負の感情をこれでもかとぶつけられた。
「あんたに人を思う価値なんてないのよ! 穢れた口でキラに言い寄らないで!」
涙にぬれた薄いグレーの瞳に浮かぶ明らかな憎しみの感情を前にして、ラクスは何も言葉を返せなかった。
騒ぎを聞きつけたムウやバレンタインが駆け付けたのはそのすぐ後だった。
大人の手で無理やりにでも離された少女たち。
そのままバレンスタインに付添われてその場を去るフレイは内に溜まる憎しみを絞り出すように呟いた。
「私は、
壁になる男たちの肩越しに見えたのは、少女が初めて見る憎悪を宿した目。
その目を直視できなかった。心が引き裂かれたように痛かった。
どうすれば良かったのかも、分からなかった。
―――――
「わたくしは、何もわかっていなかったのです」
叩かれた痛みを思い出したのか、ラクスは頬に手を当てて言葉をこぼす。
笑顔はなく、意気消沈としている。
「ヴァースキ様やキラ、アークエンジェルの皆さんには本当に良くしていただきました。今もわたくしの身を案じてくださいます」
それに、とラクスはヴァースキを見つめた。
「キラがわたくしの話し相手になってくださった時に、ヴァースキ様の話を良くしてくださいました。わたくしも、いつかキラと皆さんのように仲良くなれるのだと思っていました」
自分の考えの浅はかさを吐露するうちに、声のトーンまでも下がっていく。
能天気なお姫様が現実を見て大きく揺さぶられているらしい。
キラを見て何故そう思うのか、ヴァースキには分からなかったが。
確かにナチュラルだのコーディネイターだのと、
あえて聞かずに彼女が言葉を紡ぐのを待つ。
「……浮かれて、皆さんの事情も知らずにキラを励まそうとしてフレイ様を傷つけてしまいました」
「アンタには悪意がなかっただけにな」
敵国の人間に、父を守れなかった男が慰められている。
フレイからすれば父の死を詰られた思いだろう。
まるで兵士に勲章を与える姫のように、いや、そのものだ。
御自身の立場と艦内の雰囲気を考えれば、確かに一線を引くべき言動だったとヴァースキでさえ思った。
もっとも夢見がちな箱入り娘には難しかったのだろうが。
「アンタは艦内で自由だったわけじゃない。傷心のお嬢ちゃんの事なぞ分からんだろう」
「それでも、フレイ様や皆さんの気持ちが理解できれば、わたくしの思い上がりではなく、本当に仲良くなれたと思うのです」
「……ニュータイプのようなことを言う」
人の心を理解したい、理解すれば諍いはなくなるなどまるで宇宙世紀の夢物語だ。
「ニュータイプ?」
「互いに誤解なく分かり合える力を持つ、人類の可能性ってやつだ。小官も詳しくはないが」
「それは、素敵な可能性ですね」
少女は羨むように微笑む。
「わたくしにもその才があれば、アークエンジェルの皆さんと、フレイ様とも仲良くなれたでしょうに」
「どうだろうな」
皮肉のつもりだったニュータイプという言葉に夢を見たらしい少女の言葉を、言外に無理だとヴァースキは切り捨てる。
「相手の心が分かれば、仲良くなれると姫はお考えか?」
「そう思えませんか?」
「小官の知るところで言えば、ありえませんな。むしろそう宣う連中が争っている」
誤解なく分かり合える、などと唱えられていた人類の新しい可能性。
しかしそれに分類された連中は悉く戦場に立ち、争いの只中にいた。
こいつらはエースとして、オールドタイプどころか、分かり合えると言われたはずのニュータイプ同士でも戦い、戦争を左右さえした。
ニュータイプ能力の使われようからして、心が見えれば分かり合えるなど所詮は
「相手の心が分かったところで、
「……オールドタイプ、ですか」
「姫もオールドタイプとしてせいぜい悩むことですな。アンタは世間を知らないと見える」
機知に富んだニュータイプは面白いが、能力だけの奴はオールドタイプにも劣る。
何者だろうが、能力よりも環境と経験だと単純だがヴァースキは戦場で学んだ。
戦争で培われた価値観からの言葉だが、少女は男の言葉をエールだと受け取ったらしい。
「お優しいですわね、ヴァースキ様。キラの言う通りですわ」
好き勝手言って最後は突き放してやっただけなのに、ラクス嬢の表情から影が引いたらしく、いつかの能天気な発言が飛び出した。
キラもそうだが、世情に似合わずC.E.の子供は脆く、繊細で手がかかる。
荒んだ子供時代を過ごしたヴァースキと違い、二人は親に大切に育てられていたようだが、その反動なのだろうか。
少し気を使っただけでこうも簡単に懐かれると、さしものヴァースキも先行きに不安を覚える。
『ヤサシイ、ヤサシイ』
「この後を考えると少しは調子を戻していただかなければ困るだけだ」
ピンクの丸ロボにも煽られ、グラスの中身を一気に飲み干したヴァースキは、憮然とした表情で答えた。
育ちが悪いせいか、ラクスさんの言葉遣いが難しいですね。