そして芳忠さんの声。
これだけで書いてしまいました。
ブランリヴァル
星の海を白い艦艇が進む。
ブリッジから見える宇宙は、本来喧騒とは無縁な茫洋な空間にかすかな火花が散っている。
「アルテミス近傍で光ですと? ココノエ艦長」
ドアが開く音とともに褐色肌のパイロットスーツ姿の男が艦長席の隣へと乗り込んできた。
金髪のオールバックに眉毛のないいかつい相貌が鋭い視線を向けるが、席に座る艦長は動じる様子もなく手元の電子ペーパーを手渡した。
「1時間ほど前から断続的に。おそらく艦艇の噴射光でしょう」
「相も変わらず、こんな弱い光を良く捉えたものだ」
「こんな時こそ、臆病者の集まりである本艦の本領発揮といったところです」
電子ペーパーに表示された拡大された微弱な光の解析結果を一瞥した男はあきれ半分敬意半分でぼやく。
二人の階級章は艦長のほうが上であることを示しているが、実は粗野なパイロットへの指揮権は持っていない。
階級が下の男も当然指揮権はない。
奇妙な居候がこの船に居ついているのは、二人がある人物を介した同士だからだ。
彼らの間には星の差では測れない空気感があった。
「議長からは何か?」
「この件についてはまだです」
この二人を同士たらしめている共通の上司も判断をすぐには下せないらしい。
彼らの任務はもともとヘリオポリスで開発された地球連合の新型MSと母艦の護衛だった。
中立を謳うコロニーでの開発事業に連合は余裕の構えだったようだが、敵対するザフトに襲撃されたのが二日前。
危機感を覚えていた連合の第八艦隊提督から依頼を受けた月面都市グラナダの議会議長により、連合軍グラナダ基地から彼らは派遣されたが一歩遅く、新兵器が破壊、もしくは強奪されたとの一報からはろくに情報がない。
そもそも彼らの一派はこの宙においては弱小だ。
不幸な事故とともに地球連合と接触してから半年、月の一部を独立領として勝ち取り、議長の政治力で地球に対しても一定の影響力を短期間で得るに至ったが出自不明の怪しい連中と白い目で見られる日々。
もっとも彼らは部外者の目など気にするようなタマではないが。
しかし情報網が弱いのは事実で、議長が下りている地球からは宇宙の状況を迅速に判断できない。
「どうします? 議長が指示されたヘリオポリスへの航路をこのまま進みますか? それともアルテミスへ進路を変えますか?」
艦長が一兵士に進路を尋ねるという異常な光景だが、周りはそれを静かに見守るのみ。
男は顔をしかめて情報を整理する。
「……ヘリオポリスは襲撃により崩壊。これが正しければ例の新型艦とMSは完全にはザフトの手に落ちていない。だが彼らは補給もままならない状態のはず」
「ええ」
「アルテミスは地球連合側の軍事要塞。もし逃げている艦とMSがいれば逃げ込む可能性がある。ザフトならその前に仕留めたいだろうな……」
仮にも中立のコロニー。新兵器がすべて破壊、強奪されたのであれば大規模な戦闘は起きないはず。
つまり、一部は脱出しているはずだ。
彼らが逃げているのであれば見つからないよう慎重に、しかし急いで動くだろう。
それこそ閃光と熱は最小限に増速し、慣性航行で突っ切る。
一方のザフトも追撃するだろうが、位置を気取られれば新型艦の足では逃げ切られる恐れがある。
網を敷きながら同じく光や熱を漏らすまねは避けて動くのが確実。
「艦長の意見を伺いたい」
電子ペーパーを手渡しながら男が問う。
彼自身考えがまとまってきていることを把握しつつ、艦長はそうですなと席に備え付けられたホルダーにペーパーを戻す。
「私がザフトであればアルテミス入港阻止に追撃をかけるでしょう。それに艦が逃げているのであれば、我々のように臆病になっているかもしれない」
逃走側も追撃側も慎重になるかもしれませんなと答える艦長。
満足したのか男は野性味のある笑みを見せた。
「小官もそう思います。お願い出来ますか?」
「お願いでは仕方ありませんな」
艦長もまた笑みを浮かべ片眼鏡をかけていない左目を前方の宇宙へと向けた。
「直掩機を戻せ。ブランリヴァル進路変更! 目標アルテミス!」
「了解! 全艦進路変更、目標アルテミス! MS隊を帰投させよ」
副官が指示を飛ばし宇宙揚陸艦の帆先が変わっていく。
ブリッジの外では光を引いてMSが格納庫へと降り立つのを見届けた男は格納庫へと向かう。
その間にヘルメットをかぶり部下を呼び出す。
「バレスタイン、カワセ! 出撃だ、準備はどうか」
『準備完了です! 隊長!』
『自分もいつでもいけます!』
「よし、出撃前にミーティングをする。コクピットで待機だ」
格納庫に降り立った彼の目の前に巨大な人型兵器が聳え立っている。
青の濃淡と緑の差し色で彩られた装甲を持ったMS。
その隣にもMSが二機、部下二人が乗り込んだ機体はモノアイに光がともっている。
床を蹴り、無重力に飛び上がった男はコクピットハッチの中へと滑り込む。
そのままシートに背中を預けて電源を立ち上げると、動力炉の唸り声とともにMSのリニアシートの周囲に空間映像が投影されていく。
機器を確認し、部下二人と軽く状況確認を行い、その時を待つ。
『隊長、発艦許可シグナルがきました』
「確認した。各機武装のチェックを忘れるな」
悠然とした動きで青いMSは脚部をカタパルトに固定する。
ゆっくりとデッキが開き眼前に宇宙が広がる中、モニタにココノエ艦長からの通信が入る。
『ヴァースキ大尉 アルテミスの司令とは話を付けました。ブランリヴァルは発艦作業後にミノフスキー粒子を散布します。緊急時はレーザー通信を使用してください』
「了解した」
通信が切れ、改めてこれから飛び込む世界へ向かって獰猛な笑みが微かに浮かぶ。
議長の指示で地球連合なる組織へのMS開発協力にMSパイロットの育成ばかりに付き合わされてきた。
お偉方相手にする日々に少々ストレスがたまっていたところだ。
そのおかげで面白い機体が手に入ったが、それをようやく試せる。
しかも相手はGと呼ばれる高性能機だ、戦闘を愉しむものとして疼かないわけがない。
ここではどんな戦いができるのか。
『ヴァースキ・バジャック グリプス出るぞ!』
有翼幻獣の名を駆る野獣が戦乱が芽吹く世界へと解き放たれた。