結局はココノエと事前に示し合わせたとおりに話は進み、アークエンジェルの実質的なMS隊隊長に就いたヴァースキ。
彼は格納庫に向かうとアルテミスとブランリヴァルから運び込まれている補給物資の流れをよそにMSの前に降りた。
アルテミスからは食料や燃料といった物資が搬入されてはクルーや学生たちによって仕分けされる中、ブランリヴァルからはグリプスやナイトシーカーの予備部品や整備機材がバレンスタイン指揮のもと整備班へと引き渡されていく。
ここから目的地までヴァースキ隊の寝床はアークエンジェルであり、MSの整備もこの格納庫になる。
着艦してさっそく、彼はMSを整備班に預けていた。
「どうだ、軍曹。グリプスの様子は」
格納庫の実施的な主、整備班長のマードック軍曹に声をかける。
「武装に多少の焼き付きがあるくらいで、機体に問題はありませんぜ」
まさに叩き上げといった風貌の整備士はべらんめえ口調で返すがヴァースキはその意気を気に入っているのか、上機嫌に肩を叩く。
「この短時間でよく見てくれた。悪いがしばらく厄介になる」
「正直、ストライクだけでも大変なんですがね。それもGってだけで全然違うとなると、共通整備もできない。万が一の時は覚悟してくだせえよ?」
「荷が重いか、軍曹?」
「整備士全員に奢ってくれた相手にそんなこと言いやせんよ、こっちも全力でやってやります」
ポケットから配給券を見せて笑うマードック。
立場は違えど現場に長く立ってきた者同士で波長が合うのだろう、ヴァースキは早くもアークエンジェルで味方を作っていた。
見た目から粗野な男と決めつけられがちだが、戦いを支える者には気を遣う、意外と立ち回りのうまい男なのだ。
上機嫌な整備班たちに改めて乗機を預けると、その隣に立つMSへと足を向けた。
「貴様がこのMSのパイロットか」
「えっ?」
ストライクを静かに見上げていた少年は、声を掛けられて驚いたようだが、何かを思い出したらしい。
「あの青いMSのパイロットですよね?」
「ああ。ヴァースキ・バジャックだ。アークエンジェルの護衛を務めることになった」
「は、はじめまして。キラ・ヤマトといいます」
威圧感ある風貌に戦いの中を生きてきた者特有の雰囲気に呑まれそうになったのか、キラの声は気圧されていたがその目は、ヴァースキの目を見返してきた。
整備士とは違う、パイロット相手だからこそ、あえてそういう空気を醸し出したのだが、男として最低限の気概を見せたと彼は評価した。
たとえそれが軍人への反感によるものであったとしてもだ。
それを知らないキラは不安げに尋ねた。
「あ、あの。僕に何か?」
「ああ。この艦のパイロットの様子を見回っていた」
パイロットという言葉に少年の表情が暗くなる。
どうやら艦長たちの取り決めを知らないようだ。
「貴様に出撃は求めるつもりはない」
「え?」
「護衛は俺たちとフラガで行う。貴様もストライクも護衛対象といっていいからな」
「……」
民間人と残された唯一のG兵器、本来どちらも守られるべき対象だ。
当然のことであり、友人を人質に戦わせられた少年にとっても戦いに出なくていいというお達しは、望んでいたはず。
なのに無言で俯くキラの表情は複雑だ。
心胆を察してやるつもりはヴァースキにはなかったが、一つ聞いてやることにした。
「どうしたヤマト。貴様は戦いを好まないと見たが?」
「あの、ヴァースキさん」
ぽつりとこぼすキラ。
「戦わなくていいのは僕だけなんでしょうか」
「何が言いたい」
「アークエンジェルには、僕の友達がいて、ブリッジの手伝いとかをしているんです。みんなはまだ戦うんですよね……?」
ヴァースキは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
聡いらしいと聞いていたが、状況を分かっていないらしい。
ここが少年にとって大事な分かれ道だということを。
「アークエンジェルがここに来るまでに二回の戦闘を貴様は経験し、何機か墜としたそうだな?」
「はい……」
「つまり、貴様は敵を殺した。だが、それは唯一戦える貴様にラミアス大尉たちが乗ることを強制したからに過ぎん。だが、ここからは違う。戦う必要は無いと俺は言ったな。それでも戦うというなら、命令であろうとストライクに乗るのは自分の意思だ。引き金を引くのも貴様の責任になる」
ㇵッとした顔をした少年にヴァースキは凶悪に口端を歪める。
まるで震える小動物を前にした獣のようだ。
「ここから先は戦場に巻き込まれたガキじゃすまん。殺しの腕を競い合う戦場に立つ兵士になってもらわねばな」
彼が問いたかったのは自分の意思でMSを撃ち、敵を殺せるかということ。
「そ、そんな……でも、アークエンジェルのみんなは……」
「艦のことは知らん。俺が言っているのはMSについてだけだ。決めるのは貴様自身の意思でだ」
ショックを受けたのか呆然としているキラ。
無理もない、とヴァースキは内心理解を示す。
彼自身は戦いで人を殺すことを躊躇しないが、それを最初から是とできる人間が少数なことを理解している。理解しているだけだが。
一年戦争で動員された学徒も、多くは家族や友人を守るために招集した連邦政府の命令だと免罪符にすがりながら敵兵を殺していた。
その結果、心身ともに壊れた新兵を何人も見てきた。
戦いにアイデンティティを見出し、命の競い合いを求められる輩のほうが少ない。
ましてやこの少年は学徒兵ですらなく、最低限の教練も受けていない。
友人のためだとか甘い感情で続けられるほど戦場はぬるく無いことも知らないのだ。
「さて、どうする。戦う覚悟があれば貴様を使ってやる」
「僕は……」
MSを下りたいのに口に出せないジレンマ。
しかし戦うと言えば、もう引き返せなくなってしまう。
悩む少年に、しかしヴァースキは長く待つつもりはない。
「早く決めることだな。俺もMS隊の編成をーーむ?」
彼の鋭い目が何かを察したかのようにぎょろりと動く。
直後、すさまじい振動が艦内を揺さぶった。
「うわっ!?」
突然の揺れによろけるキラ。
間違いなく敵襲だ。
艦への直撃ではないだろうが、アルテミスが揺れればこうもなる。
そして事前にGの情報を持っていたヴァースキは即座に事態を把握した。
「ブリッツか、うまく使われたものだ」
彼はすぐに出撃すべく備え付けの通信機で部下を呼びつける。
「あの、ヴァースキさん」
「ヤマト、今は貴様に出撃は求めんことに変わりはない。だが、その気があるなら軍曹にストライクをランチャーに換装させて待機していろ。場合によっては砲撃支援をしてもらう」
「は、はい」
パイロットスーツに着替えたヴァースキはストライクの隣、グリプスに乗り込み、動力を立ち上げる。
「バジャック大尉だ、状況を知らせろ」
『大尉、こちらアークエンジェルのミリアリアです。ブランリヴァルよりアルテミスから緊急発進の指示です。大尉は先行し、アルテミスに取り付いているブリッツを排除するようにとの要請です』
モニターに映るのは軍人にしては顔立ちの幼い女性オペレータ。艦橋を手伝う学生だろうか。
本当に子供と女だらけのアークエンジェルだが、そんなことを気にしている余裕はない。
「了解した。なら、俺の部下はやはり艦上で待機だな」
手早くバレンスタインたちに出撃タイミングを指示し、自らは機体をカタパルトに固定する。
『カタパルト、準備完了』
「ヴァースキ・バジャック、出るぞ」
獣が宇宙港を突っ切り獲物へと飛び立つのを、キラ・ヤマトは見送ると格納庫を後にした。
ーーーーー
「司令、敵の狙いはこちらです。出航の許可をいただきたい」
『そんなことは分かっている! 早く、出航しろ! 追加の補給はせんからな!』
「承知しております。MS小隊を1個、お預けします」
モニタを介して喚くアルテミス基地司令。
その相手をしながらココノエは艦隊を動かすべく指示を出し続けていた。
「ヴァースキ隊回収後に、一気に離脱する。機関長に出力をいつでも全開にできるよう通達。アークエンジェル側にもだ」
「はっ、機関室に出力確認! 通信手、アークエンジェル側にも通達!」
「MS隊、出撃準備完了!」
「離脱を優先する。ヴァースキ隊回収と同時に着艦可能な距離を保つよう各機に再度通達」
「了解!」
ココノエはいつの間にか通信が切れたモニタを閉じ、戦術モニタに目を向ける。
味方と敵のMS反応が一対、基地で動いている。
隠れていた敵MSをヴァースキ大尉が捉えていた。
「ブランリヴァル発進! 機関推力40%!」
艦長号令の下、二隻の揚陸艦が動き出す。
ーーーーー
ミラージュコロイドにより、電波や赤外だけでなく視覚的にも見えなくなるステルス能力でアルテミス基地に侵入し、防御の要、『傘』の発生装置を破壊して回っていたブリッツ。
ついでにと味方の侵攻がしやすくなるよう手近な艦艇も破壊していたのは悪手だった。
ヴァースキが撤退しようとしたブリッツを見つけられたのは培われた経験と勘。
破壊されていく防御帯発生装置と艦艇群の位置から彼は迷うことなくバルカンを叩き込むことでその姿を露わにしてみせた。
グリプスのフェダーインライフルの引き金を容赦なく引き、基地と艦の残骸もろとも爆炎に巻き込んでいく。
自らが破壊した基地の一部を弾幕代わりに使われ、さらにバルカンを忍ばされてはPS装甲をオフにしなければならないミラージュコロイドを使用できない。
ブリッツのパイロット、ニコルの表情には焦りが浮かんでいた。
すでに侵攻のための最低限の発生装置を破壊し、あとは後方の部隊へとステルス状態で離脱すればいいはず。
しかし強襲してきたディープブルーのGと思しきMSは彼の想像以上に厳しい敵だった。
爆発から逃れ、牽制のビームを腕部の複合武装トリケロスから放つも、回避どころか距離を詰められ、ますます離脱が難しくなる。
「それなら!」
眼前に迫るMSはまっすぐにこちらを向いている。
これは賭けですと彼はじっと顔を睨み、ミラージュコロイドを発動させる。
思った通り、バルカンが頭部ポッドより放たれる。
ニコルは機体を横に滑らせながらミラージュコロイドをすぐに解除し、三連装高速運動体貫徹弾、ランサーダートを構え、Gめがけて放つ。
ロケット推進による高加速弾、しかも至近距離だ、外さないと賭けに勝ったと確信する。
だが、相手が悪かった。
バーニアが火を噴き、青い軌跡を描いたGの足元を必中の連撃は飛び去って行く。
「なっ!? 避けた!?」
驚愕するニコルの眼前でGことグリプスは長大なライフルを、まるで銃床で殴るように振りかぶる。
それを持ち前の反射神経で捉え、咄嗟に左腕のロケットアンカー、グレイプニールを放つ。
胴へと打ち込まれたクロー、それさえも銃床から伸びたビームにより断ち切られた。
「ビームサーベル!? このぉっ!」
続けざまの斬撃の動きを、右腕部のトリケロスから発振したビームサーベルを振るうことで牽制する。
ミラージュコロイドで制御されたビームサーベル同士では切り結べない。
互いに切っ先を避けようと機体同士が掠める。
『なかなかやるようだ! コーディネイターに胡坐を欠いていた前回とは違う!』
意図せず接触したことで回線から荒々しい声が響く。
こちらの必死の動きに対して楽しんでいるような男の声にニコルは戦慄を覚える。
しかもグレイプニールを回避するのに無茶な機動をしたはずなのに息が上がる様子もない。
しかし口ぶりはまるで自分がナチュラルだと言わんばかりだ。
「まさか、ナチュラル!?」
『ふん、またつまらんことに拘っているのか。ここは戦場だぞ? そんな拘りは上の連中が言い合っていればいいことだ!』
青いGが腕部を滑らせ、力の均衡を崩す。
通信が切れた直後、衝撃がコクピットを襲った。
崩れたバランスを整えた瞬間を狙われ蹴りをコクピットにもろに受けたのだ。
PS装甲が発動しているから機体にダメージはないが、揺らされるコクピットにのるニコルへはダメージがいく。
さらに追撃のバルカンにブリッツは滅多打ちにされ、着弾のたびにPS装甲を維持するべくバッテリー残量が消費される。
「これ以上のバッテリー消費はまずい……!」
ミラージュコロイドを長時間使っていただけにすでに残量は少ない。
もっとも、ヴァースキの側からすればそれを見越してのことだったのだが。
圧倒的な優位を作り出しながらも彼はブリッツを鹵獲すべく狙っていたのは撃墜でなく、バッテリー切れ。
あまりの緊張の中、青い野獣に狙われたブリッツの中にいるニコルにはそこまで頭を回す余裕などなかった。
ナチュラルよりも優れているはずの身体も限界に近く、もはやヴァースキの動きに耐えるのが限界だった。
放たれたビームをよけ何度目かの離脱を試みようとした瞬間、ブリッツのコンソールが右肩の駆動不能を示すエラーを発報する。
咄嗟に視線を右に移すと、右肩にビームを発振した柄が突き刺さっていた。
「ぶ、武装が……ぐあっ!?」
すでに左腕のアンカーを失い、右腕部にしかなかった武装も動かせなくなった。
そこに気を取られた。
再びコクピットを揺さぶられた直後、背中からの衝撃に突き上げられ、息が詰まる。
朦朧とする中で見えたのはMSの足裏。
『なかなか楽しめたな。パイロットの反応も悪くない』
再び接触回線から聞こえる声。
銃床からはビームの刃が伸びている。
『貴様の機体がバッテリー式でなければもっと楽しめたかもしれんな。それが残念だ』
心の底から楽しく、そして戦いの終わりを惜しむ声にニコルは恐怖した。
目の前にいるのはコーディネイターではない。ナチュラルだ。
まるで獲物を喰らおうとしている野獣のような粗野な声を、コーディネイターが出すわけがない。
振りかぶられるビームサーベルがゆっくりに見える。
しかしそれは振り下ろされることはなかった。
『っ!?』
何かを察知したのかグリプスがブリッツを踏み台にその場から離れた。
衝撃に耐えながらモニタを見るニコルの目に赤いビームが走り抜けるのが見えた。
『ニコル、大丈夫か!?』
コクピットに救いの声が届く。
なんとかブリッツの首を動かすと、MA形態でビームを放つイージスの姿があった。
さらにはバスターも両腕を付け替え、ライフルを構えている。
同じく両腕の応急修理が終わったデュエルがブリッツを守るように降り立つ。
「イザーク、来てくれたのですね」
『全く、ナチュラルごとき相手に世話の焼ける奴だ! 作戦は失敗だ、撤退するぞ!!』
「申し訳ありません」
『そう言うな、イザーク。不意打ちとは言え、あのMSは俺たちの腕をとった相手だ』
ディアッカに痛いところを突かれ、不機嫌そうに鼻を鳴らしたイザークのデュエルが艦艇の残骸からブリッツを引き起こす。
見ればアルテミスから二隻の足つきが発進し、その周囲にはMSが六機。
一隻からはビーム砲がこちらに向かって打ち込まれている。
ニコルの合流が遅れ、敵の防空体制を整えさせてしまっていたのだろう。
すでに青いG、グリプスも背を向け、一目散に母艦へと向かっていた。
「次はもっと期待できそうだな」
引いてくれたことにどこか安堵しているニコルの一方で惜しくも獲物を逃したヴァースキは楽しげだ。
一方的に見えてなかなかの喰らいつきを見せたブリッツのパイロットを称賛し、アークエンジェルへと帰還する。
着艦した彼の視線の先ではパイロットスーツのキラ・ヤマト。
その後ろに立つランチャーストライクにニヤリとニヒルな笑みを浮かべた。
敵も味方も少しは見どころがありそうな戦場だと。
SEED創作序盤あるあるブリッツいじめ