ガンダムSEED Vasuki   作:きおう

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デブリベルト

「物資を融通していただきありがとうございます、大佐」

『民間人にあまり我慢を押し付けるわけにはいかないですからな』

 

 アルテミス脱出し数時間後、慣性航行を多用してザフトの警戒網を潜り抜けた二隻は物資を確認していた。

 補給が中途半端になってしまったアークエンジェルだったが、食料品をはじめ民生品はブランリヴァルが捻出して事なきを得たが、どうしても不足するものがあった。

 

「あとは水だけですが」

『残念ながら月までの航路を考えると、我が艦の貯蔵量だけで艦隊分を賄うのは難しい』

 

 ブリッジの通信モニタの中でココノエ大佐が電子ペーパーを手に水の使用予測量を眺めている。

 艦長席に座るマリューは深いため息をつく。

 MSの出撃回数を最小限に抑え、最短ルートをリスク覚悟で進んでも数日分は足りない。

 アルテミス司令の嫌がらせか水の補給が後回しになっていたのが痛かった。

 

「デブリ帯を突っ切るしか……」

「ラミアス大尉、さすがに無茶というものだ。そうだな、曹長?」

「無理ですね。この艦もデブリの仲間入りになります」

 

 理論上の最短ルートであるデブリ帯への突入を考え付いた艦長殿にさすがのヴァースキも止めに入る。

 話を振られた操舵手のノイマンも困った顔で答え、さらに深いため息をつくマリュー。

 彼女の頭の中では詰み、という言葉が浮かんでいた。

 ナタルも案が出ずただ航海図を睨んでいる。

 とはいえこれだけ人数がいれば誰かしら考えが浮くもの。

 

『フラガ大尉、案があれば話してもらえるか』

「そうですね」

 

 ココノエ大佐が思案気に呟いていたムウに話を促した。

 彼はアークエンジェルに漂いつつあった暗い雰囲気を吹き飛ばすように、努めて明るく提案をした。

 自称、不可能を可能にする男の面目躍如である。

 

―――――

 

「デブリベルトから水を?」

 

 アークエンジェルの居住区画にある食堂に集められたのは、艦の運用に協力の意思を示してくれたヘリオポリスの学生たち。

 彼らを代表するように、ムウの言葉をキラが聞き返す。

 

「ああ。向こうの艦長とも話をつけた。ユニウスセブンの残骸から流れて着いている氷を回収する。これで水不足は解消できる」

「氷の確保はMSが担当するわ。あなた達には、切り分けた氷の運搬の船外活動と、貯蔵作業を手伝ってもらいたいの」

「でも、それはデブリを漁るってことですよね?」

「しかも、ユニウスセブンって……たしかまだ人が……」

 

 マリューの提案に、学生たちはすぐに頷くことができないらしい。

 キラ含め彼らは一様に複雑な表情をしている。

 無理もないとアークエンジェルクルーは察していた。

 ユニウスセブンは連合軍とザフトの戦火が一気に拡大することになったコロニー。

 血のバレンタインによって崩壊した農業プラントであり、27万人もの住人が犠牲となり、今もなお多くの人々がデブリとともに凍えている。

 そこから明日のために人々が使おうとしていた氷を取るのだ。

 プラントと敵対する連合軍の人間でも嫌悪感を抱く行為だ、学生たちが強い忌避感を覚えても無理ない。

 

「なんだ、貴様ら。悩んでいるのか」

 

 沈黙していた食堂の一角から男の声が上がる。

 

「ヴァースキさん」

 

 パイロットスーツの上半身を脱ぎ、上半身裸で食事をとっているヴァースキだ。

 彼はかぶりついていたパンを食いちぎって飲み込むとジロリと学生たちを一瞥する。

 金髪オールバックのリーゼント、眉に毛のない厳つい風貌に胸元の入れ墨とアウトロー全開な見た目に良いところの学生さんたちは視線をそむけてしまうが、キラだけは彼を見返している。

 その背後では彼が誰なのかとこそこそと小声で会話している。

 

「あの人は?」

「ヴァースキ大尉よ。MS隊の隊長をしているの」

「え? それってコーディネイターってこと?」

 

 赤髪の少女が露骨に嫌悪感を見せるが、管制官として何度かヴァースキと話した経験のある少女が首を振る。

 

「それが違うらしいの。キラ以外のMSパイロットはナチュラルなんだって」

「本当?」

「でもストライクと同じMSと、ザフトのMSだろ? 動かせるものなのか?」

 

 コーディネイターだのナチュラルだの騒がしい学生たちを無視し、ヴァースキはキラを諭す。

 

「こいつは決定事項だ。貴様らが反対しようが作業は行う」

「おいおい、ヴァースキ」

 

 身も蓋もない物言いにムウが声を上げる。

 確かにMSの数は十分だ、時間はかかるが氷の回収までは可能だ。

 最悪、艦内の氷の貯蔵だけ手を貸してくれればいい。

 それでもそう言わなかったのは、学生の心情を察していたマリューやムウらの誠意のつもりだった。

 台無しにしたヴァースキの声はどことなく静かな声音だ。

 

「オレとて民間コロニーの虐殺現場からモノをすくねる真似なんざ好まん。だがな、このままでは俺達もみじめな生活の果てにミイラとなってデブリの仲間入りだ。生きるためにはジャンク屋まがいのこともしなきゃならんのだ」

 

 厳しく現実を突きつけるヴァースキだが、威圧的な雰囲気が霧散し、その表情は苦々しい何かを思い出しているようだった。

 学生があっけにとられる中で、ムウとマリューも驚いている。

 言い方はともかく彼なりの苦労があったのだろうと、全員が察した。

 

「みんなの気持ちもわかるし、私たちも辛いわ。でも、みんなが苦しい思いをしないためには、明日を生きるために必要なものを分けてもらわないといけないの。それだけは覚えておいてちょうだい」

 

 優しくマリューも諭すことで学生たちも了承し、作業の手伝いをすべく準備にとりかかる。

 

「ヤマト、貴様はこっちだ」

 

 キラも席を立とうとして、ヴァースキに呼び止められた。

 その表情はいつもの野性味ある不敵な笑みが浮かんでいた。

 

―――――

 

 推進光を出さない慣性飛行でデブリベルトの隙間を縫うように進む青いMS。

 その後ろを少し大回りにデブリを潜りながら白を基調とするMSが追う。

 

『そうだ、デブリをはじけば察しのいい敵にバレる。デブリの先を予想して動け、避けられるなら大回りでも構わん』

 

 ストライクを操縦するキラにヴァースキが声をかける。

 訓練を兼ねて二人は母艦を離れ、氷の調査と哨戒任務に出ていた。

 今頃、二隻の艦隊はデブリの広がる宙域外縁で二人が発見した氷を回収していることだろう。

 そんなアークエンジェルたちが襲われないようレーダーを視界の端に入れながらキラは先を行くヴァースキ機に食らいついていく。

 

「早い……!」

 

 先ほどからグリプスは主スラスターから光を漏らすことも、デブリをはじくこともなくストライクよりも早く飛んでいる。

 すでにキラはスラスターを幾度も噴かしているにも関わらず、後をついていくのに精いっぱいだ。

 デブリを頭では捉えられているにも関わらず、MSの動きを最適化できていない。

 

『警戒中に相手に気取られるのは間抜けだ。光は最小限、デブリも動かすな』

「了解……!」

 

 そう言いながらもまたヴァースキの後ろから逸れ、思わずスラスター光を引きながら大きく迂回してしまう。

 

『焦るなよ、ヤマト! 遅れても構わん、丁寧に動け!』

「す、すみません!」

 

 叱責を受け、ストライクの動きを緩める。

 距離こそ開くが、それでいい、と声を送ってきた。

 デブリの間隔が広まった空間に出ると、動きを止めたグリプスが待っていた。

 

「ヴァースキさん」

『初めてでよくやった。訓練は終わりだ、索敵を続けながら別のルートで氷を拾って帰投する』

「了解です」

 

 道中、彼と通信を開いていたが、その間にキラの持っていた印象は違うものになっていた。

 初対面こそ、野獣のような怖さを覚えた。

 だがMSに乗る彼は厳しいが、熟すべきこと、やれることを示してくれる。

 話によればもともとは連合でMSの配備が始まった時に備えてパイロットの教導をしていたらしい。

 なんだか厳しい先生みたいだとキラはヴァースキへの苦手意識は薄れていた。

 だから一つ気になっていたことがある。

 

「あの、ヴァースキさん」

『なんだ?』

「どうして、理由を聞かなかったんですか?」

 

 そう、ヴァースキはキラがなぜMSに乗ることを選んだのかを聞いてこなかった。

 戦うか降りるかを選べと言ったにもかかわらず、アルテミス脱出後に格納庫で再会した時には「よく来たな」と一言笑っただけだ。

 そのあとも何も聞かず、今は訓練を兼ねた哨戒任務にキラを連れ出した。

 

『なんだ、聞いてほしいのか?』

「そういうわけじゃないですけど……」

『こっちに事情があるように、そっちにもあるって事だ。俺が知りたいのは貴様が兵士になるかどうかだけだしな。暇なときにでも聞いてやる』

 

 投げやりに聞こえる物言いだが、下手に踏み込んでこないのが彼のスタンスなのだろうか。

 

『さて、帰りは貴様が先行し索敵、オレが荷物持ちだ。索敵で相手の動きを掴むことは、味方を守ることにつながる。つまらん仕事だが貴様には覚えてもらうぞ』

 

 指示を送ってくる声はぶっきらぼうだがどこか配慮のある言葉。

 戦いを続け、人を殺すことに迷っていたことへの慮ってくれたのだろうか。

 違ったとしてもキラはそう思うことにした。

 レーダーの感度を広げるためにモニタを操作していると端に真新しいデブリが映った。

 明らかに周囲の鉱質なデブリとは違う。

 

「ヴァースキさん、あれ」

『どうした、ヤマト』

 

 グリプスがストライクと同じ方向を向くと同じものを見つけたようだ。

 

『ジンの偵察型か?』

 

 デブリを縫い、目的の残骸を確認するヴァースキ。

 ストライクのレーダやセンサーに反応がなく、完全に停止している。

 

「ユニウスセブンのMSですか?」

『いや、ユニウスセブンは農業用コロニーだと聞いている。警備用ならともかくこいつは長距離航行を兼ねた偵察装備だ。しかもコイツは……』

 

 破片を見て何かに気付いたのか周辺のデブリを見回すようにグリプスの頭部が動く。

 何故撃墜されたのか調べているのだろう。

 キラも彼が専念できるようレーダーの感度をあげながら周囲を警戒する。

 

『コクピットがきれいにぶち抜かれている。レコーダーの回収は無理だな』

「アークエンジェルに戻りますか?」

『いや、待て』

 

 何かを見つけたのか、ジンの残骸の奥に機体を滑らすヴァースキ。

 しばらくして戻ってきたグリプスは何かを抱えていた。

 

「救命ポッド?」

『デブリ帯の端を浮いていた。持ち帰って調べるぞ』

「分かりました」

 

 アークエンジェルの方向へまっすぐにデブリ帯に飛び込むよう指示され、ストライクは先行した。

 帰りの索敵は行きで指摘されたように少し緩やかに軌道を描きながら慣性飛行を多用し、操縦に集中するキラ。

 その一方でヴァースキはモニタに映るジンの胸部、外部から溶断(・・・・・・)された跡を口端を歪め睨みつけていた。

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