ザフトの精鋭部隊、クルーゼ隊の母艦ヴェサリウスはアルテミス戦後、宇宙を潜るように単艦での慣性航行で進んでいた。
僚艦のガモフを緒戦で失い、奪取したG兵器もイージスを除いて予備パーツを一式使い尽くし、戦いの中でその戦力は大幅にダウンしたことで、
「ブリッツは両腕部を損傷か。まさか、あの獣が現れるとは」
アルテミスでの顛末を受けて隊長のラウの口から出てきた言葉に、アスランはその指す相手を尋ねた。
「獣、というのは青いGの?」
「グリマルディ戦線最終盤、ザフトの月面部隊が損害を受けて撤退した話は知っているかい?」
アスランは頷いた。
あの顛末は連合が盛大にプロパガンダとして吹聴しているのだ、ザフト側も嫌というほど耳にしている。
ラウはファイリングされた資料から連合軍の官報の要約を見せた。
前半こそよく知る連合の勝利と立役者『エンデュミオンの鷹』を称える文章だが、後半にはパイロットの名前が二つ名とともに記されている。
「『月の野獣』?」
「ザフトだけでなく、味方であるはずの連合艦隊にも襲い掛かった青いMS。その見境のなく戦いを求める姿を象っているのだろう」
「MS? 連合がすでにMSを?」
連合のセンスを皮肉ったラウをよそにアスランは驚愕した。
無理もない。連合のMSといえば彼らが強奪したG兵器、そしてジンの改造機でそのいずれもヘリオポリス襲撃に端を発する一連の中で明るみになったことだ。
G兵器が初のMS開発計画というのがクルーゼ隊の得ていた情報のはず。
それよりも前からMSが存在したことを隊長のラウは知っていた。
「私も月で遭遇したのだが、君の御父上たちからの箝口令でね」
「父の?」
ザフトの実質トップである父、パトリック・ザラが自分たちへの脅威を伏せたことにアスランは意図を読めず眉を顰める。
上層部は連合が自軍のMSの行いを隠ぺいしたのを良いことに、コーディネイターの力の象徴が覆されたことを認めず、その優位性を誇示し続けることを選んだ。
まさか国防委員長である父親が、ナチュラルの脅威よりも、士気高揚を煽ることと何よりもコーディネイター至上主義者のプライドを優先したとは思い至らなかったらしい。
そのことに気が付かない御子息にラウは仮面の奥から皮肉めいた視線を向けるが、デスクの上の官報に複雑な面持ちで目を向けていたアスランには見えなかった。
「友人が心配なようだね」
「そんな奴にキラが利用されている。それが許せないだけです」
野蛮を体現したようなナチュラルにMSパイロットとして利用されている。
そんな図式を想像したであろうアスランにラウは確かめるように言う。
「アルテミス戦前にも言ったが、君が友人を説得することは認めよう。だが、まずは『月の野獣』を討たなければその余裕もないだろうな」
ブリッツが圧倒されるのも当然だろうとラウには然したる驚きはなかった。
クルーゼ隊にとってもアスラン個人として最大の敵である獣。
狩るためには追撃を止めてでも準備が必要だ。
「増援部隊との合流を待って部隊を分ける。ヴェサリウスは足つきと増援の合流阻止に動くが、君には足つきの追撃に向かってもらいたい」
「了解いたしました。獣は私たち、いえ私が狩ります」
アルテミスでは満足な補給を受けられなかった獣とその母艦が頼みにするであろう月からの迎えを潰しながら、G兵器で追撃を行う。
その意味を得心したアスランはラウに敬礼すると覚悟した様子で部屋を辞した。
一人になった部屋。
デスクに置かれたままの官報へ視線を落とし、仮面の中でラウは複雑な表情を浮かべた。
「……異邦の獣と彼。果たしてどう転ぶのか」
愛しさ憎しみが込められた呟きは当人にしか聞こえない。
数日後、クルーゼ隊は戦力を再編した直後に連合の艦隊を補足することになる。
―――――
『ヴァースキ大尉、フィーリウス中尉。お守りの準備は?』
『ヴァースキ隊、問題ない。前方にて警戒を続ける』
『フィーリウス隊、同じく問題ありません』
『艦隊は本宙域で停止、ラクス・クライン嬢の移乗準備に入る』
ココノエ艦長の命に従い、二隻の艦隊が停止しその周りをMSが警戒している。
その様子をキラはストライクのコクピットで複雑そうに眺めていた。
『人の心配している余裕はないぞ、ヤマト』
ストライクの隣で警戒するグリプスの手が接触し、強面がモニタに映る。
『
「わかりました」
キラは頷くとスラスターを焚かず四肢の動きで機体の向きを変えながら周囲を見回す。
『しっかし、合流する先遣艦隊にブルーコスモス寄りのお偉いさん。それも嬢ちゃんの父親がいるとはね』
同じく警戒しているメビウス・ゼロから聞こえたムウの声にキラの表情が曇る。
彼が言うお偉いさんとは、嬢ちゃんことフレイの父、ジョージ・アルスター。
大西洋連邦の外務事務次官であり公言してはいないがブルーコスモスよりの思想の持ち主とされる。
先遣艦隊に同乗していることが分かったのは映像を介した通信ができるようになったときだった。
言動から察してはいたキラだが、憧れを抱いていた少女の父親がブルーコスモスよりの人間だと知るのは少しつらかった。
『実質ブルーコスモスから姫さんを匿うんだから、お前さんのところの艦長もやるねぇ』
『ここは作戦中の艦隊だぞ? 官僚に嘴を挟まれたくないのは当然だろう』
『そりゃあ、そうだが。あの艦長がいまだに大佐な理由がなんとなくわかったぜ』
老紳士といった風貌なココノエ艦長を思い出し、きっと生真面目なのだろうとキラは思った。
『引き揚げてもらえない、というのは
「……?」
『おそろしいねぇ』
ヴァースキの言葉はフォローのようで、ムウの言葉を否定するような響きがあった。
軍歴の長い彼は納得したようだが、キラはその意図までは察せなかった。
それでもラクスをブランリヴァルに移乗させればブルーコスモスに引き渡されることはないと、二人の会話から少女の身の安全について、安心できることは分かった。
とにかく作業中にザフトに襲撃されないようキラはストライクで警戒を続ける。
『ヤマト、どうか?』
「異常は……あれ?」
望遠カメラに映る先、デブリの向こうで光が見えた。
『どうした、坊主』
「ムウさん、ヴァースキさん……!」
『見えたな、ヤマト』
同じ方向を見ていたらしいヴァースキも気づいたようだ。
ほんの微小な光が、流れ星のように走っていく。
『フラガ、4時方向上方。おそらく艦艇の推進光だ』
『おい、ヴァースキ。この方角で艦艇の軌道が見えるってことは』
ヴァースキから光の分析結果を聞き、ムウの声に緊張感がこもる。
こちらに向かってくる動きではないことはキラにも分かる。
それでも二人が警戒するということは。
「もしかして、狙いは先遣艦隊なんですか?」
『その通りだ、ヤマト』
モニタの先で左手でコンソールを操作しているヴァースキ。
グリプスから送られるのはブランリヴァルを介して行っている断続的に走る光の解析データ。
彼らの想像通り、ザフトの艦艇が合流する予定の先遣艦隊に向かっていると判定したらしい。
『こうなるとこちらも補足されるかもしれん。姫の移送は中止だ』
「!? それだと、ラクスさんは?」
『言っただろう、ヤマト。何かが起きんようにするのが索敵だとな』
『心配するな坊主、他のタイミングでもできるさ』
「……わかりました」
キラは頷いたが表情は浮かない。
ブルーコスモスに接触する前にグラナダ基地派に匿ってもらうつもりが、もしこのまま先遣艦隊と一緒にザフトと戦うことになればその機会は無くなってしまうのではないか。
ヴァースキのことを信頼しているが、それでもラクスのことが心配だった。
直後、ブランリヴァルから正式に移送の中止と、アークエンジェルへの帰投が命じられた。
―――――
移送中止でアークエンジェルに残ったラクスは警護されながら小型艇から降りると、MSが数機着艦するのが見えた。
「バレンスタイン、カワセ! 隊のMSの武装と推進剤を確認し、待機だ。ヤマト、姫を部屋までお送りしろ。オレはブリーフィングに上がる」
「了解です!」
コクピットハッチが開いていく中、隊長のヴァースキの指示が格納庫に矢継ぎ早に響く。
そんな中、MSの一機からキラがラクスの前へと降り立った。
警護をしていたブランリヴァルの要員もヴァースキの声を聞いていたのか、特に何も言わずキラに身柄を委ねると二人は格納庫を後にした。
滞在していた部屋へと向かう途中、ラクスは尋ねた。
「キラ様。わたくしはどうなるのでしょうか」
「今は部屋で待機してください。戦闘に巻き込まれてしまうと思いますから」
「戦闘、ですか」
「ザフトはこの船を狙っているんです。だから、合流する予定だった艦隊を襲撃しているみたいなんです」
連合軍をザフトが攻撃している。
戦争中だが、浮世離れしたラクスにとってはつい一週間前まで遠い場所での話だった。
戦没者の追悼慰霊の代表もプラントのパフォーマンスとして選ばれた側面があり、プラント最高議長の娘で歌姫の『ラクス・クライン』が求められた彼女が、個人として戦争を実感する機会がなかった。
それが乗っていたシャトルが撃沈され、身近な人間の死でようやく理解し始めていた。
今も間近で大勢の人が戦い、命を落としている。
目の前の優しい少年も赴くのだろうかと、分かっていても思わず聞いてしまうラクス。
「キラ様も戦われるのですか?」
「僕もヴァースキさんのようにこの船やみんなを守るって決めたから」
「そうですか……」
キラの複雑な心境を察したのかラクスの目に憂いが浮かぶ。
きっと本心から戦いに行きたいわけではなかったのだろう。
話をする中でコーディネイターである彼は、船の中で奇異な目で見られることが多かったという。
それでも戦場に立つことを選び、そこで居場所を得てしまった。
だから立とうとする。
それは穏健派でありながら戦争を激化させた父たちへの皮肉にもラクスは思えてしまう。
部屋に着いた彼女はドアが閉まれば、戦いの場へと向かうであろう少年の背に傷つかないことを祈らずにはいられなかった。
―――――
ヴァースキはブリーフィングルームで艦隊の主な面々と状況を共有していた。
ココノエ艦長と副官が解析結果と先遣艦隊との断続的な通信結果をアークエンジェル側に説明するがその内容は深刻だ。
『大尉の推測通り、先遣艦隊はつい数分ほど前よりザフトと戦闘状態に入っています』
『最後の通信から、ザフトはG兵器を投入しています。おそらく我々を追撃していた部隊が、合流阻止を目的として動いているのでしょう』
「敵の規模は?」
『ジンタイプを少なくとも25機、確認しているそうです。しかしヴァースキ大尉の確認した推進光から推測するとさらにMSを展開できる余裕があると見ている』
「かなり本腰を入れてきていますね……先遣艦隊を撃破しつつ我々に気付けばすぐさま攻撃を仕掛けるつもりではないでしょうか」
ブランリヴァル側の情報からナタルが厳しい顔をする。規模からして先遣艦隊だけを狙ったものではないとの彼女の推測にヴァースキも同意する。
「少尉の言う通りだろうな。敵はオレたちの補給線を潰しつつ、仕留められるなら物量で仕留めるつもりだ」
「そうなると、救援を出そうにも出せないな。むしろそれが狙いの可能性もある」
「考えられる限り最悪な状況ね。モントゴメリからは要請はあったのでしょうか」
歴戦の勇士二人の意見に艦長席のマリューは状況の悪さをこぼしつつココノエに問う。
非常に難しい判断を艦隊は下さなくてはならないが、先遣艦隊がこちらに何を望んでいるのかを確認しなくてはならない。
『モントゴメリからは反転、離脱せよとの打電があった』
「まあ、そうするしかありませんな」
まっとうな判断だとヴァースキは頷く。
ブランリヴァルにしろ第八艦隊にしろ、その本懐はアークエンジェルとストライクを月経由で地球に降下させることだ。
そのために派遣された艦隊のために危険にさらすのは愚かだといえる。
しかし、合流をあきらめるのは人員等の補充を捨てることであり、先遣艦隊側に先回りされているのも状況を難しくしている。
「とはいえ大佐。ここで反転すると月への最短航路を抑えられかねませんが」
『そのとおりだ、フラガ大尉。そこで諸君らに指示を下す』
ココノエ艦長は艦隊司令として命令を下した。
『本艦隊はアークエンジェルの離脱を優先し行動する。しかし――』
副長が宙域図を操作し艦隊の航路を映し出す。
先遣艦隊とザフトの戦場を右舷に見ながら前進する動きだ。
『艦隊は前進する。戦場に対し、ブランリヴァルを盾にするように艦隊の並びを変更する』
「先遣艦隊への支援は?」
『艦砲による支援は航路が重なり次第行う。ヴァースキ大尉とフラガ大尉には敵MS隊の攪乱とG兵器の足止めをお願いしたい』
先遣艦隊への最低限の支援射撃と撤退の障害となる敵MSの攪乱。
そのうえで自力で撤退しろというのが彼の考えだった。
『我々の戦力で可能な支援はここまででしょう。大尉、可能であれば旗艦モントゴメリと通信可能範囲まで接近していただきたい』
「了解した」
方針は決まったあとは行動の早さがものをいう。
しかしそこでアクシデントが起きた。
「パパの船が襲われているって、本当なの!?」
「待って、フレイ!」
ドアが開き、サイとミリアリアの制止を振り切ってフレイが飛び込んできた。
少女は大人たちを見回しながら今にも詰め寄らんばかりの剣幕で口を開いた。
「ねぇ、何しているの? 早くコーディネイターからパパの船を――」
「貴様、ブリーフィング中だぞ!」
ひっ、と縮こまるフレイ。
ヴァースキが一喝したのだ。
「軍人でもないのに無断で入るとは何事か!」
涙目になりながらも強面軍人を睨み返すと少女は飛び出していった。
「あ、フレイ!」
宥めようとした少年の手を振り払い、通路を脇目もふらずに行ってしまった。
事情を察したムウが諫めようとするが当然の事だとナタルが支持し、話がややこしくなる前にココノエとマリューがその場を宥めることで収まった。
『艦長、レーダーに反応有、MSです!』
『……気づかれたようですな。全艦、戦闘用意。各位の奮戦を期待する』
「了解いたしました。各位、戦闘用意!」
ココノエ艦長とマリュー艦長の命令の元、各艦の戦闘要員、機関要員が行動に移る。
いち早くブリッジから動いたヴァースキは途中で一旦ムウと別れ、格納庫へと通路を進んでいると、戦場に似つかわしくない光景に出くわした。
「何をやっている、貴様ら! 戦闘配備だぞ!」
「ヴァ、ヴァースキさん!?」
赤髪の少女を抱きしめていた少年は慌てたように離れた。
初心なのか見られた羞恥心からか、キラは顔を赤くし壁に張り付いた。
対する少女はバツが悪そうにヴァースキから視線をそらしている。
ブリーフィングルームに乗り込んできて喚いていたのを一喝してやったばかりだから無理もない。
「行くぞ、ヤマト! 逢瀬は終わってからにしろ!」
「は、はい!」
二人の間をズイッと無粋に通過する上官を見送ると、キラはもう一度、フレイ・アルスターにぎこちなく微笑む。
「大丈夫だよ」
それだけ言い残し慌ててヴァースキの後を追った。
キラが格納庫に着くとすでにストライクのユニット交換がすんでいた。
事前にマードック軍曹にヴァースキが指示を出していたからだが、そのヴァースキがパイロットたちをグリプスの足元に集めていた。
「俺がフラガと、バレンスタインとカワセで組む。ヤマト、貴様は航路が定まり次第、先導を――」
「あの、ヴァースキさん。僕も連れて行ってください」
言葉を遮られギロリとヴァースキが睨む。
勝手な発言をしているとキラも分かっている。
それでも言いたかった。
「約束したんです、フレイと。お父さんが乗っている船を助けるって」
「……」
鋭い目、殺気すら籠ったヴァースキの視線をなんとか見つめ返す。
頼ってくれたフレイに応えたいとその目が物語っていた。
今にも殴りそうな勢いで近づいてくるのを身構えて待つキラ。
走馬灯なのか、厳しい先生に宿題を忘れて怒られたのを何故か思い出していた。
……そして、股間に衝撃が走った。