ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#102「惨憺たる滅亡」

 

 

 ──気がつけば、世界が地獄に変わっていた。

 

「は? いや……は?」

 

 どうやら頭を打ったのか、ズキリと不快な頭痛のせいで、状況がイマイチ理解しきれない。

 視界もフラフラと回っていて、焦点もボヤけたり定まったり。

 仮面の内側で額でも切ったのか、ヌラヌラとした生温かさが左の頬を濡らしている。

 口の中には鉄の味。

 と、そこまで把握できたところで、俺はようやく自分の体が瓦礫に塗れているコトを自覚した。

 

「熱い……なんだ、これ」

 

 破片を払い落とし、喉の乾きを覚えて上体を起こす。

 辺りはひどい有り様だった。

 見渡す限り、どこもかしこも空襲にでも遭ったみたいに焼けている。

 燃える街並み。焚き火なんかとは比べ物にならない煙の悪臭。どういうことだ。

 

「生き物の焼ける匂い……ハ、ハハハ──」

 

 アレクサンドロを思い出す。

 だが、状況はどう考えても感傷に浸っている場合じゃない。

 俺が最後に覚えているのは、馬車に乗って王宮に向かっていたコト。

 夜黒王種(ベルセ)に引かれ、セドリックに御者をお願いしていた。

 

(そうしたら、急にフィロメナの声が外から聞こえてきて──そうだ。セドリックは……!?)

 

「セドリックッ!」

「ぐっ、ごホッ……」

「そこか! なあっ、何が起きた!? 地震でも起きたの……オマエ」

「──ああ、よかっ、た……ご無事みたい、ですね」

「喋るな! クソ……!」

 

 俺は慌ててセドリックの元へ駆け寄った。

 横転した馬車。

 絶命した馬たち。

 崩れ落ちた建屋の下敷きになり、セドリックは身体を挟まれ、身動きが取れない状況に陥っていた。

 それと同時に、俺は最後の記憶を完全に取り戻す。

 

「馬鹿がッ! どうして俺なんか庇った!?」

 

 突如として地上を呑んだ業火の大波。

 唖然とする人々の呆けた様子。

 僅かな猶予しか無かったあの時間、セドリックは御者台から身を翻すと、驚く俺を有無を言わさず外へと放り出した。

 自分が逃げることを優先すれば、たしかに助かっただろう一瞬のチャンスを捨てて。

 見れば顔には、ひどい火傷ができあがってしまっている。

 爛れた肌は、思わず顔を背けたくなる痛ましさだ。

 出血も激しい。この様子だと、内蔵も幾つか潰れているか?

 

「クソッ、ここからじゃ判断つかねぇ……!」

 

 瓦礫の大きさが、ほとんど倒壊した家屋そのものだ。

 下手に動かせば、まだ無事かもしれない重要な臓器を、いたずらに損ないかねない。

 焦る俺に、しかしセドリックは口を開く。

 

「前にも、言った、でしょう? この命に代えても、若様をお守り、する、と──」

「だからって! 本当に自分を犠牲にするヤツがあるか!」

「私には……何よりっ、大切な務めです……」

「いいから! もう喋るなよ! 今こっから、どうするかを考えてる!」

「──それよりも、私の話をッ、お聞きください」

「はぁ!?」

 

 親しい人間が死にそうになってる場面に出くわして、こちとら懸命に助け出す方法を探しているのに、このお人好しは何を……!

 俺がそう思わず反駁しようと、怒鳴り返しそうになった瞬間──

 

「── ()()()()()()()()()

「!?」

 

 セドリックが左腕を伸ばし、俺の足首を掴んだ。

 万力のような力強さだった。

 

「ハァ、ハァ……この通り、私の体力はまだあります。見た目ほど、マズイ状態ではありません。だから、落ち着くのです」

「……ッ」

 

(息も絶え絶えのクセに……!)

 

 セドリックは動揺する俺に気を遣い、微笑みかけるほどの空元気を演じている。

 俺は「ッ」と息を飲み込み、硬直してしまった。

 この男、いったいどこまで──

 

「……そう。それでいい。私の話を、聞いてくださいますね?」

「ああ……」

「よし。では、まずは状況からですが……」

 

 端的に言って、国家転覆の危機のようです。

 セドリックは片目を瞑り、苦しそうに呻きながら先を続ける。

 

「私も、詳しい状況を理解しているワケでは、ありません、が……先ほどの()()から、ナハト・アダマスが暴走したコトは推測ができました」

「……暴走?」

「国に火をつけ……魔物を喚び、大勢の命を奪っています……」

「! じゃあ、これはナハトがやったことなのか……?」

「恐らく」

 

 肯定を返すセドリックに「嘘だろ」と戸惑いつつ、俺はワケが分からず混乱した。

 あの少年王太子が、どんな理由があってこんな暴挙に訴え出たのか。

 ここまでするだけの想いと苦悩。

 思い当たる可能性はひとつだけあるが、だからと言って本当にそうなのか? と疑問もよぎる。

 だが、俺個人の違和感など関係なく、メラネルガリアは現在進行形で地獄絵図を描き続けていた。

 そう遠くない何処かの区画で、ガラガラと轟音を立てる建築物の倒壊音。

 爆発と悲鳴。巻き上がる火炎と死体。

 

「──若様」

「……」

 

 俺はセドリックが、次に何と言うつもりなのか、なんとなく察してしまった。

 

「ここは危険です。私のことは気にせず、どうか安全なところへお逃げください」

「……素直に従うと、まさか本気で思ってるのか?」

「フフ、ハハ……従っていただけないなら、なに、私は自らこの命を断ちましょう」

 

 ギリッ、と奥歯を強く噛み締める。

 そう言うと分かっていた。

 虚仮威しでも何でもなく、本当にやりかねないコトも思い知らされたばかり。

 なので、ここは頷くしかない。

 どんなに腹立たしくとも、恩人をこの手で殺すワケにはいかないからだ。

 

「分かった。言う通りにするッ」

「──ありがとう、ございます」

 

 セドリックは嬉しそうに笑った。

 だが、次の瞬間、セドリックは再度顔を歪ませると、

 

「グッ、がフッごホッ!」

「お、おい!」

「……すみません。お許しを。私は今から、誓いを破ります」

「ち、誓い……?」

 

 今度は徐に、真剣な顔に変わる。

 

「これから話すのは、若様のお母上……ルフリーネ様に口外を禁じられていた真実……」

「──なん、だって?」

「若様に悟られることも、疑いを持たせることも……決してあってはならないと厳命されていましたが……お許しを」

 

 私はやはり、若様に知っていただきたい。

 

「なんだ。何の話をしてる!」

「どうかルフリーネ様を……彼女をお救いくださいッ、若様……!」

 

 セドリックは血反吐を零しながら告げる。

 

「貴方のお母上はッ、貴方が帰ってきていることをッ、とっくにご存知なのです……!」

「──!?」

「いや、それを言うなら最初から……最初から知っていたッ!」

 

 なぜなら、他ならぬセドリック自身が、ルフリーネに報告している。

 スピネルの屋敷に身を預けるコトになったあの日あの時から、ルフリーネ・アダマスは息子の帰還を完全に把握していた。

 

「なっ、は……!? だったら、何で……!?」

「ルフリーネ様はッ、若様に()()()()()()とお考えになられました……」

「!」

 

 メランズール・アダマスは、母国のコトを何も覚えていなかった。

 自身の境遇も、名前さえも知らず、まったく違う環境で、まったく違う誰かに保護され。

 ラズワルドという名前と教育を与えられ、メラネルガリアでは生涯育む機会のなかったであろう稀少な価値観まで成長させて。

 

 ──どちらが幸せなのでしょうね……

 

「メラネルガリアの王族、〝メランズール様〟として生きていくか……!

 それとも、外の世界で類稀な幸運とともに手にした、〝ラズワルド様〟として生きていくか……!」

 

 ルフリーネ・アダマスは、本人に選んで貰うべきだと決断した。

 命を救うためとはいえ、一度手放し、国の外に追いやるしかなかった己と。

 実際に救いを与え、親の務めを果たした顔も知らぬ誰か。

 母親として、どちらが子のためになったのであろうか。

 

「あの御方は……ッ、この世で間違いなく、一番に若様を愛しておられるのに!」

「っ」

「自らの幸福でなく! 若様の幸福を想えばこそ! ルフリーネ様は敢えて身を引くことを選ばれました……!」

 

 息子が帰ってきたことなど知らない。

 息子本人にも、知られたことを知らせるな。

 賢しらに言葉を手繰り、囲って縛って、無理やり元の台座に据えようとするなど、絶対にあってはならない。

 だからこそ、いつ何時(なんどき)どこに消えようとも問題ない身分と名前。

 奇矯な振る舞いも粗野な身なりも、当人の好きにさせる。

 ただ、完全に手を離してしまえば、最低限の身の安全、この国にいる間の庇護ができない。ゆえの──

 

「……ラズワルド・スピネル、なのか」

「お願い、します。ルフリーネ様はきっと、まだ王宮でご無事でいらっしゃる……どうか、どうか……!」

 

 足首を掴む男の力。

 

「──もういい。分かった。無理して喋るな、セドリック……」

 

 俺は片膝を着いて、セドリックの左手をほぐすように握りこんだ。

 

「どっちみち、今日はもともと王宮に行く予定だった。

 ……多少予定は狂わされちまったみたいだけど、血の繋がった母親と、一言も喋らないまま帰る気なんて、最初(はな)から無かったさ」

 

 だから安心しろ、と。

 この地上で最も信頼のおけるダークエルフへ、俺は約束をする。

 

「で、では……?」

「ああ。話してくれて、ありがとう。──行ってくるよ」

「! っあ、ありがとう、ございます……!」

「だからオマエも、死ぬんじゃないぞ」

「はい……!」

 

 背中を向け、王宮の方角を見上げる。

 街の建物があちこち崩れているおかげで、すっかり見晴らしが良い。

 腰に提げていた携帯用の暖気灯(ランタン)を置いて、真っ直ぐ歩き出す。

 燃え盛る炎、吹き荒れる破壊と絶望、下種な魔物が悪夢を振りまき、鐘の音が狂ったように復活を唄う。

 弾ける雷鳴、空を貫く黒炎の柱……アレは剣か?

 

(なるほど……)

 

 来歴は不明だが、たしかにいるようだ。

 得体の知れない強大な存在。

 恐らくは、セプテントリア時代にゆかりを持つもの。

 

(まあ、そんなことはどうでもいい……)

 

 なんであれ、重要なのは、

 

「──そんなもん振り下ろされたら、いったい何人死ぬと思ってんだ……」

 

 ふざけんじゃねえぞ。

 王宮から空へとのぼる一条の炎閃。

 ゆっくりと動き出した、その切先の行方を須臾(しゅゆ)、察してしまい、俺は短く「クソが」と吐き捨てる。

 もう、なりふり構っていられない。

 

「開け」

 

 錠にガチリ、鍵を挿し込んだ。

 門扉を越える。

 

 

 





tips:文明基盤の破壊

 メラネルガリアにおいて、文明の基盤とは何を置いても大魔術式『黒石玲瓏晶瑩國體』
 ダークエルフを一種の貴石と見立て、鉱物・宝石の形成過程から地上──国土を温暖化させるコレは、しかし、象徴としてあまりに強すぎる記号を受け入れると、一転して熱暴走というカタチで国家を破滅に追いやる。
 今回、それはダークエルフが、長年にわたり崇め奉り続けたアダマスの初代王。
 救世の英雄であり、最も初めに黒炎の恵みをもたらしたとされる父祖の霊の復活によって、強引に引き起こされた。
 大地の赤熱化と焦土の地割れ。
 国を飲み込む業火の波濤は、まさにこれが原因である。

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