ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#011「ブッシュクラフト」

 

 

 カッ、トン。

 カッ、トン。

 カッ、カッ、トン。

 

 雪林に軽快な音が谺響(こだま)する。

 石斧を振るい、木を刻み、一定のリズムの後、次第にミシミシという倒壊の兆し。

 途中で「お、いけそうだな」と感じたところで蹴りを入れれば、あとはギシギシギシッ! と木は伐採された。

 今日もまた、たくさんの木材を入手したぜ。

 

「要は、奥まで行かなきゃいいんだろ?」

 

 切り倒した木を引きずって、いつものように所定の木材置き場へ運んでいく。

 バケモノツリーと遭遇したばかりで、さすがにちょっと、いや、かなりおっかなびっくりなところはあるけれど、生きるためには資材を集めないとやってけない。

 

 単純な燃料。

 基地を作る建材。

 

 本格的な冬が、氷点下いくつまでいくのか分からないが、地球には日によって、マイナス八十度をも超える地域があったはずだ。

 このあたりがそうならないとは思えない。

 とにかく、大量の木がないとダメだろう。

 

 焚き火の形も、いままでの放射状の星形から、縦に長い並列型に変えて、火が端から端まで、全体を燃えるように工夫するつもりだ。

 このやり方は短時間で大量の薪を消費するやり方だが、より広い熱気と暖かさを得るためには仕方がない。

 焚き火で作った熱を逃さないよう、大きな壁も作って風を遮らないと。

 雪壁もいいが、雪はやっぱり雪。

 雪洞で慣れたとはいえ、近づくとひんやり冷たい空気が漂う。

 

 なので、俺は思い切って木造建築を試みていた。

 

 キツツキのようにコンコンとノック。

 何も反応がなければ、最終確認のパンチ。

 すかさず距離を取って、それでも何も起こらなそうだったら、ようやく「ふぅ」と胸を撫で下ろして石斧を叩き込む。

 

 こんな感じで、一応の警戒とともに伐採作業を続けている。

 

 傍目に見たら、相当におかしいヤツだろう。

 けど、周囲には誰もいないので関係ない。

 林の外側であれば、だいぶ安全だと分かってきた。

 

「ッ、くそ。また降ってきやがった」

 

 ふわふわと風に踊る粉雪。

 窓の内側から眺める分には、たいそう心和む光景かもしれない。

 だが、寒さに震えひたすら斧を振るっているいま、冬の風物詩には鬱陶しさと焦りを覚える。

 

 まだ横腹が、ジクジク痛むせいかもしれない。

 

 それか、今朝の食事で、ちょうど手持ちの肉を食い切ってしまったことによる苛立ちだろうか。

 罠は地道に増やしているが、イタジリスのヤツら、意外とバカじゃないらしい。

 低木に生っているベリーは、そろそろ完全にダメになりつつあるので(この寒さでなんで腐るんだよ)、乾燥させてドライフルーツにしたものを餌に変えてみたが、成果はゼロだった。贅沢な栗鼠畜生ども。

 ヤツらも来る冬眠に備えて、今頃はできるだけ体重を増やしておきたいはずだと予想したが……匂いとかで警戒されるのかな。

 

「標的をキツネモドキに変えるか?」

 

 イタジリスに比べると、あの四足獣は体も大きいし毛皮も魅力的だ。

 けれど、大きくなるということは捕まえにくくもなるということで、現状の手札ではかなり捕獲が難しいだろう。

 同じ獲物を狙っているライバルでもある。

 噛みつかれたら普通に血を流しそうだ。

 キツネっぽい見た目なので、エキノコックス的な寄生虫も心配である。

 不用心な手出しは、なるべく避けたい。

 

「イタジリス。おお、イタジリス。オマエはなぜあんなに美味いのか」

 

 ほのかに木の実の香りのする肉なんて、まともな調味料もない生活じゃ病みつきになるに決まってる。

 ベリー以外にも、何か使えそうな木の実を探してみるのが良策かな。

 

 とはいえ、今日のところは基地作りに専念しよう。

 

 集めた木はとりあえず四十本ちょい。

 こっから枝を落とし、樹皮に切りこみを入れて削り剥いでいく作業をしないと、まともな建築は始められない。

 

 トウヒっぽい木、モミっぽい木、あとはたまにマツっぽい木。

 

 木の種類なんて、実際にはまったく見分けられないけど、前世のイメージからなんとなく「これはいいクリスマスツリーになりそうだ」なんて呟き手を動かす。

 本職の木樵(きこり)ってのは、めちゃくちゃ大変な仕事なんだろうな……

 素人ながらに深く実感する。

 

 ワンデイ・ワンタスク。

 

 一日かけて、すべての枝とおよその樹皮を取り除いた。

 

 

 

 

 

 

「はっ! ──くしょん!」

 

 翌朝、俺はドライベリーで手早く朝食を済ませると、いそいそと昨日の作業の続きに取り掛かった。

 今日は裸になった木を用途ごとに切り分け、基地の組み立てに着工する予定だ。

 だがその前に、肝心の完成図を構想しなくちゃいけない。

 

「……まず、四角形はダメだな。こう雪が頻繁に降っちゃ、絶対に重くて崩れちまう。そうなると、やっぱり三角形がベストか?」

 

 限られた時間と資源( リソース )

 考えたのは、壁と屋根を同時に用意できるテント形式の基地である。

 支柱となる軸木を何本か地面に突き立て、そこに両側からちょうどよいバランスで細めの丸太を立てかけていく。

 もちろん、ただ立てかけただけだと簡単に崩れてしまうので、昨日剥がしておいた樹皮をヒモ状に裂いて結んでいくのも忘れない。

 チマチマと時間のかかる作業だが、こればっかりは手を抜いたらダメだ。

 

「冬越えのための、大事な拠点だからな……」

 

 雪と風と雨と氷と。

 北の悪魔どもから身を守るため、俺は三匹の子豚になったつもりで建築をしていく。

 豚ごときに家を作れたなら、俺だって余裕のはずだ。

 もっとも、利口な弟豚の煉瓦の家には負けてしまうが……

 

 ──数刻後。

 

「よし!」

 

 夜になり完全な暗闇が訪れた頃には、我ながらまぁまぁな出来の立派な基地(基礎だけ)が完成していた。

 アドレナリンが出ているのか、気持ち的に余裕はあったが、無理をしてはいけない。

 続きはまた明日である。

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます!」

 

 次の日、俺は罠を確認しにいき意気揚々と作業場へ戻った。

 なんと今日は、五つの罠の内、二つで成果があった。

 獲物がきちんと、石の下敷きになって死んでいたのである。

 イタジリスどもも、ようやくドライベリーの魅力に気づいたらしい。

 

(あるいは、ヤツらもとうとう、餌の選り好みをしている余裕が無くなってきたのかも……?)

 

 ゾクリと震えつつ、さっそく毛皮を剥いで、内臓を取り出し、焚き火の上で加熱していく。

 調理の仕方は、燻製。

 食欲的には、無論今すぐ焼いてさっさとむしゃぶりつきたいところだったが、こんな幸運は決して繰り返し訪れるものじゃない。

 長い冬の厳しい飢えに備えて、保存食はなるたけ多く用意せねば。

 

 干物、燻製、冷凍。

 

 保存方法として、どれが最良の選択肢か。

 これまでも長いことウンウン唸って考え込んできたが、個人的に最も信頼を置けたのは、一番手間暇のかかる『燻製』だった。

 

 干物はただ放置して乾かすだけ。

 しかし、どうしても時間をかけなければならない。

 そして、時間をかけたらかけた分、きちんとリターンが見込めるかというと、そうでもないのがケチのつけどころ。

 

 干してるあいだ、貴重な食糧を野生動物に横取りされるリスクと、陽射しも少ないから「これ本当にちゃんとできてる?」と待ってるあいだかなり不安に駆られる精神的ストレス。

 ちっせぇ果物程度なら、まだ気にもならないが、タンパク質が豊富な肉となると、いまいち気が進まない。

 

 では、冷凍はどうか? と考えもしたが。

 こちらは保存可能な期間に最も期待をかけられるのに比べて、いざエネルギー摂取しようと思ったときが難点。

 保存の仕方が確実に楽で、外に置いとくだけでできる素敵なメリットがあるものの、電子レンジが存在しない。

 あまりこういうことは考えたくないが、もしもオバケツリーが林を飛び出して俺を襲ってくるようなことがあった場合、俺は基地を追いやられ、どこかへと逃げなくてはならないだろう。

 そんなとき、簡単に持ち運べて、速やかに食事が取れる備えがあるのと無いのとじゃ、気の持ちようがまったく違う。

 え、火が焚けるんだから解凍できるだろって?

 バカめ! 火がいつでも簡単に焚けると思うなよ!

 

 ってワケで、燻製を選んだ。

 

「今日もまたドライベリーちゃんで十秒チャージ。そんでお仕事」

 

 気分はまさに、ブラック企業勤めの会社員。

 だが基地作りは、今日こそ終わらせる。

 すでにおおよその土台はでき、あとは寒さを凌ぐための最後の詰め。

 雪の下の大量の苔カーペットを、地面ごと引き剥がして壁に被せていく。

 こうすることで、大量の隙間風をなくし、非常に密閉されたシェルターを作ることができるのだ。

 さらに一昨日切り落としたたくさんの枝。

 これにくっついている葉っぱも風除けにはちょうどいい。

 

「よいしょ、よいしょ」

 

 丸太だけだった三角基地に、苔のカバーと枝葉の装飾が施される。

 重厚感がだいぶ増したが、まぁ、このくらいは想定の内だ。

 雪が積もってさらに重くなっても、斜めの構造のため早々崩れることはあるまい。

 そして、

 

「入口側には、並列型の焚き火をセットする、と……」

 

 余った丸太をいい塩梅に切り分け、横長の薪を平均台のように積み上げた。

 そこに、最初の焚き火から何本かの燃える枝を乗っけて、やがて火が全体に行き渡るようにする。

 

「……さすがに、一気には燃えてくれないな」

 

 もともとの乾燥が、十分でないのが原因だろう。

 丸太を薪にするには、きちんと乾燥するのを待ってからの方が良かった。

 だが、木の乾燥には本来、年単位の時間を要する。

 サバイバーは手持ちの手札で最善を尽くさなければ。

 火が灯っていることに変わりない。

 少し離れた後ろに、雪の壁を盛り上げ、焚き火の熱が基地に向かうよう風避けも整える。

 あとは基地自体が、もう一つの壁のようなものなので、雪壁と基地の間にはほんのりと暖かな空気が閉じ込められるはずだ。

 怖いのは、雨が降ってきた場合だが……それも焚き火に、雨除けの屋根を拡張してやればどうにかなる。

 最初の焚き火でも、それはたしかに実証済みだ。

 

 しばらくして、

 

 

「完成だあ──!!」

 

 

 俺はようやく、自らの手で冬越えの拠点を作り終えた。

 これがもしゲームだったら、ブッシュクラフトビギナーのトロフィーか何かを獲得したに違いない。

 まあ、そんなもん、ここでは何の役にも立たないが。

 

「頼むぜ……? マイ・ホーム一号」

 

 どうかオマエが、冬越えに耐えうる十分な防衛拠点であることを、切に祈る。

 

 

 





tips:蠢く樹木

 植物とは通常、動物のようには動かないものだ。
 だが、〈渾天儀世界〉の植物の中には尋常の枠組みから外れた変わり種も割かし存在していて。
 ニドアの林に潜む大樹もまた、その内の一つとして数えられる。
 ちなみに、今回メランズールが遭遇したのはトレントではない。

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