ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#117「死霊術による追跡」

 

 

 三叉槍の道(トライデント・ロード)を進み始め、小一時間ほど歩くと、人の往来もある程度疎らになった。

 俺は周囲に人気の無いコトを確認すると、さりげなく道を外れ、近くの木立の奥へと入り込む。

 おっと。

 勘違いしないで欲しいが、別に小用を催したワケではない。

 人目を気にしたのは、ただ単に死霊術を使おうと思ったからだ。

 

「……」

 

 銀のタリスマンを服の内側にしまい、意識を集中させる。

 すると、指先から次第にひんやりとした空気が溢れ出て、手甲付きの手袋に、サァァ……! と氷霜が立った。

 辺りの気温もガクッと下がり、木陰の端や岩陰から、次第に靄のような影も現れ出す。

 人目についたら、一発で騒ぎになってしまうだろう。

 だから、死霊術を使う時はこうやって、出来る限り人目を忍ぶ必要があった。

 周囲に人影が無いからといって、警戒を怠ってはいけない。

 

「よぉ、オマエたち。仕事の時間だ」

「──」

「ああ、そうだ。探してきてくれ」

「──」

「条件はいつも通り。きちんと働いてくれれば、自由を約束する」

「──」

「もちろん。でも、悪さはするなよ? もし悪さをした時は、分かってるよな?」

「──」

「そうだ。忘れるな。この()()を。分かったら、行け」

「──……」

 

 亡者の念が、命令を受諾して仕事を開始した。

 腕の魔女化を解く。

 途端、服の内側からブルブルとタリスマンが警告を発するが、俺は近くの木に背中を預け、そのまましばし亡者の念たちの帰りを待った。

 

 この手のやり取りは、初めてじゃない。

 

 失せ物探しや迷い人の捜索。

 人里から離れれば、死霊術を使って人海戦術を取るのも毎度のコト。

 死者を顎で使うようでちと胸は痛むが、代わりに報酬は与えている。

 

 魔女の(くびき)からの解放。

 

 俺はあまり、死者やそれに類するモノを、鎖で縛り付けて、奴隷のように働かせる真似はしたくない。

 彼らにも生前があり、どんな生涯を送ったにしても、死後の自由を奪われるのは()()と思うからだ。

 なので、こうやって時折り仕事を振っては、見返りとして死霊術支配からの解放をやっていた。

 もっとも、

 

(亡者の念なんて、基本的には世界にとっちゃ〝よくないもの〟だからな……)

 

 基本的に無力に等しい残留思念みたいなものではある。

 だが、書物によっては亡者の念を、地上をさすらう〝澱〟だなんて表現している物もあるし、大半の人々にとっては死霊の予備軍のようなものだ。

 放置しておけば、いずれ人界に悪さを働くコトもあるかもしれない。

 ひどい時には、存在力を蓄え魔物化してしまう場合もあるだろう。

 なるべく話の通じる、マシなヤツらに限定して召喚しているつもりだが、五割くらいの確率で再び支配下に置くのもいつもの流れだ。

 世間的には、俺の行いはただの偽善だろう。

 

(あるいは自己満足か)

 

 けれども。

 

(ま、人様に本格的な迷惑をかけない内は、やめるつもりも一切ないんだけどな……)

 

 死界の王の加護とベアトリクスの手。

 逃がしたコトは一度も無いし、一度悪さをした連中は、二度と支配下から解放しない。

 俺は死者に同情的ではあるが、死者が生者の足を引っ張るコトは、断固として認めない死霊術師だ。

 解放したらマズイのには、そもそも一度としてチャンスを与えていないしな。

 さすがにそれくらいの分別はある。

 特に、名持ちの連中とか、絶対に無責任に放り出せない。

 

(ベアトリクスはよく、支配下に置けたよな……)

 

 俺は彼女の〝すべて〟を引き継いだが、十年以上経とうと未だに底を見通せない。

 人の身には、まさに余るってヤツを日々実感している。

 死霊術それそのものも、俺の神経では亡者の念に〝おつかい〟を頼み込むのがせいぜい。

 それ以外の用途では、とても気楽に死霊術を使えない。

 テンションに身を任せて暴れたら、本当にとんでもないコトになる。

 

(戒めねば……)

 

 でも、実際死霊術は、便利ではあるんだよな。

 単純に人手が増えて、ひとりでは難しいコトが短時間で出来たりする。

 もちろん、人里を離れているのが大前提ではあるが。

 ちょうど今みたいに、ひとりで外に出ているときは、せっかく使える選択肢を自ら封じるつもりは無い。

 先日の『行商殺し』だったかも、だから短時間で補足して首を落とすコトができた。

 

「──そろそろかな」

 

 (ボゥ)っと足元を見下ろしているのもやめて、顔を上げる。

 タリスマンのせいで多少霞んで視えるが、足の早いヤツが早速こちらへ戻って来た。

 どうやら怪しい〝なにか〟を見つけたらしい。

 方角を聞き、真っ直ぐその場所へ向かう。

 木立から三叉槍の道(トライデント・ロード)へ戻る必要は、無いみたいだ。

 木と木の間を縫うように隠れ歩きながら、静かに半刻ほど進む。

 国道からそれほど離れているワケではないが、さりとて人目に付きやすいという雰囲気でもない薄暗な物陰。

 なるほど。いかにも野盗の好みそうな環境である。

 

「……荷馬車?」

 

 しばらくすると、木立の中に不自然な荷馬車があった。

 横転していて、車輪も外れている。

 辺りを警戒しながら、慎重に御者台や中を検分したが、死体も無ければ荷も積まれていない。

 

「……奪われた後か。だが、乗っていた人間がいないのは気になるな」

 

 散開していた亡者の念を、一斉に呼び戻す。

 

「ここを中心に、付近を浚ってくれ」

 

 状況から考えて、誰かがここで襲撃に遭ったのは間違いない。

 今日はまだ一度も雪が降っていないので、雪の積もっていない荷馬車は確実に今日、ここでひっくり返った。

 であれば、多少の痕跡はどこかに転がっているはずだ。

 

「──」

「見つけたか」

 

 目敏いのがすぐさま報告してくる。

 ついていくと、横転した荷馬車から少し離れた地面に、不自然な『跡』が続いていた。

 

「……足跡を隠そうとして、かえって(わだち)を作っちまったのか?」

 

 頭はそれほどよろしくない。

 しかし、轍の大きさから、見慣れた怪人類の気配が一気に濃厚になった。

 霜の石巨人(フロスト・トロール)

 それも、三体はいるか。

 ゲール爺さんの話じゃ、魔術師かもしれないって話だったが、遠隔から御者に暗示でもかけて、荷馬車を木立に引き込んだ後で、馬と一緒に荷物を奪った?

 流れとしては、そんな感じか?

 

「新人が乗ってたかどうかは……分からないな」

 

 刻印騎士が乗っていたなら、途中で異変に気づき、このあたりで一戦構えていてもおかしくはない。

 しかし、それらしい痕跡は荷馬車が倒れているだけで、辺りには流血の様子が無かった。血痕のひとつも無い。

 まさか、抵抗をしていないのか?

 

「ふむ」

 

 亡者の念に息を潜めるように合図を出す。

 とりあえず、痕跡を見つけた以上、ここからはこの轍を追って行こう。

 鼻のいいトロールなら、俺の加護を嗅ぎつけて、こちらの存在に気がついていても不思議は無い。

 食人種族だ。

 よもやご馳走の匂いを前に、逃げ出すってコトは無いだろう。

 なので特に姿を隠すこともなく、堂々と轍を進んでいく。

 

 そうしていくと、やがて段々と木立は開けた場所へ変わっていった。

 

 木でできた粗雑な柵に、野ざらしで組まれた檻。

 檻の中には、数人の子どもがいて首輪を嵌められている。

 広場には焚き火と、グツグツと煮立つ大きな鍋。

 獣骨と人骨の散乱した食い散らし。

 ローブ姿のクズどもが、ゲラゲラと笑いながら子どもたちに酌をさせたり、小突き回りながら遊んでいた。

 思っていたより数は多い。

 俺の接近には、どいつも気づいていない。

 血の酒に酔ってやがる。

 

(十、十一、十三……)

 

 地面にはひとり、中年の男性が無惨な格好で倒れている。

 頸の骨を折られたのだろう。

 すでに息はしていない。

 そして、そのすぐそばでは、刻印騎士団の制服にマントを羽織った女の子が、猿ぐつわをされて後ろ手を縛られていた。

 状況は察してあまりある。

 こうなった経緯も、手に取るように把握できる。

 猿ぐつわを嵌めたのは、呪文を唱えられないようにするため。

 少女が大人しく拘束されているのは、子どもたちを人質に取られたからだろう。

 

(ははーん?)

 

 トロールらしい、実に狡知に長けたやり方じゃないか。

 もしかして、荷馬車近くに残されていたあの轍も、わざと残されていたものなのか?

 魔術師ともなると、罠のひとつやふたつは用意していてもおかしくない。

 だが、コイツらの細かい手練手管なんて、どうでもいい。

 大事なのは、いまこうして目の前にある現実。

 

「──よぅ。お楽しみのところ悪いが、ちょっといいか?」

「んん?」

「まずはひとつ」

「カッ──は──!?」

「! 兄弟!?」

「慌てるな。順に殺してやる」

 

 さあ、駆除の時間だ。

 

 

 





tips:死霊術

 死霊を支配し操る術のコト。
 魔法魔術等手段は問わない。
 それが死者ないしそれに類するモノを召喚し、従える業であれば、総じて死霊術と呼ばれる。
 〈第八円環帯〉を除けば、〈渾天儀世界〉では〈壊れた星の紀〉以降に発生したと云う。
 ネクロマンス、ネクロマンシーとも。

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