ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
俺は周囲に人気の無いコトを確認すると、さりげなく道を外れ、近くの木立の奥へと入り込む。
おっと。
勘違いしないで欲しいが、別に小用を催したワケではない。
人目を気にしたのは、ただ単に死霊術を使おうと思ったからだ。
「……」
銀のタリスマンを服の内側にしまい、意識を集中させる。
すると、指先から次第にひんやりとした空気が溢れ出て、手甲付きの手袋に、サァァ……! と氷霜が立った。
辺りの気温もガクッと下がり、木陰の端や岩陰から、次第に靄のような影も現れ出す。
人目についたら、一発で騒ぎになってしまうだろう。
だから、死霊術を使う時はこうやって、出来る限り人目を忍ぶ必要があった。
周囲に人影が無いからといって、警戒を怠ってはいけない。
「よぉ、オマエたち。仕事の時間だ」
「──」
「ああ、そうだ。探してきてくれ」
「──」
「条件はいつも通り。きちんと働いてくれれば、自由を約束する」
「──」
「もちろん。でも、悪さはするなよ? もし悪さをした時は、分かってるよな?」
「──」
「そうだ。忘れるな。この
「──……」
亡者の念が、命令を受諾して仕事を開始した。
腕の魔女化を解く。
途端、服の内側からブルブルとタリスマンが警告を発するが、俺は近くの木に背中を預け、そのまましばし亡者の念たちの帰りを待った。
この手のやり取りは、初めてじゃない。
失せ物探しや迷い人の捜索。
人里から離れれば、死霊術を使って人海戦術を取るのも毎度のコト。
死者を顎で使うようでちと胸は痛むが、代わりに報酬は与えている。
魔女の
俺はあまり、死者やそれに類するモノを、鎖で縛り付けて、奴隷のように働かせる真似はしたくない。
彼らにも生前があり、どんな生涯を送ったにしても、死後の自由を奪われるのは
なので、こうやって時折り仕事を振っては、見返りとして死霊術支配からの解放をやっていた。
もっとも、
(亡者の念なんて、基本的には世界にとっちゃ〝よくないもの〟だからな……)
基本的に無力に等しい残留思念みたいなものではある。
だが、書物によっては亡者の念を、地上をさすらう〝澱〟だなんて表現している物もあるし、大半の人々にとっては死霊の予備軍のようなものだ。
放置しておけば、いずれ人界に悪さを働くコトもあるかもしれない。
ひどい時には、存在力を蓄え魔物化してしまう場合もあるだろう。
なるべく話の通じる、マシなヤツらに限定して召喚しているつもりだが、五割くらいの確率で再び支配下に置くのもいつもの流れだ。
世間的には、俺の行いはただの偽善だろう。
(あるいは自己満足か)
けれども。
(ま、人様に本格的な迷惑をかけない内は、やめるつもりも一切ないんだけどな……)
死界の王の加護とベアトリクスの手。
逃がしたコトは一度も無いし、一度悪さをした連中は、二度と支配下から解放しない。
俺は死者に同情的ではあるが、死者が生者の足を引っ張るコトは、断固として認めない死霊術師だ。
解放したらマズイのには、そもそも一度としてチャンスを与えていないしな。
さすがにそれくらいの分別はある。
特に、名持ちの連中とか、絶対に無責任に放り出せない。
(ベアトリクスはよく、支配下に置けたよな……)
俺は彼女の〝すべて〟を引き継いだが、十年以上経とうと未だに底を見通せない。
人の身には、まさに余るってヤツを日々実感している。
死霊術それそのものも、俺の神経では亡者の念に〝おつかい〟を頼み込むのがせいぜい。
それ以外の用途では、とても気楽に死霊術を使えない。
テンションに身を任せて暴れたら、本当にとんでもないコトになる。
(戒めねば……)
でも、実際死霊術は、便利ではあるんだよな。
単純に人手が増えて、ひとりでは難しいコトが短時間で出来たりする。
もちろん、人里を離れているのが大前提ではあるが。
ちょうど今みたいに、ひとりで外に出ているときは、せっかく使える選択肢を自ら封じるつもりは無い。
先日の『行商殺し』だったかも、だから短時間で補足して首を落とすコトができた。
「──そろそろかな」
タリスマンのせいで多少霞んで視えるが、足の早いヤツが早速こちらへ戻って来た。
どうやら怪しい〝なにか〟を見つけたらしい。
方角を聞き、真っ直ぐその場所へ向かう。
木立から
木と木の間を縫うように隠れ歩きながら、静かに半刻ほど進む。
国道からそれほど離れているワケではないが、さりとて人目に付きやすいという雰囲気でもない薄暗な物陰。
なるほど。いかにも野盗の好みそうな環境である。
「……荷馬車?」
しばらくすると、木立の中に不自然な荷馬車があった。
横転していて、車輪も外れている。
辺りを警戒しながら、慎重に御者台や中を検分したが、死体も無ければ荷も積まれていない。
「……奪われた後か。だが、乗っていた人間がいないのは気になるな」
散開していた亡者の念を、一斉に呼び戻す。
「ここを中心に、付近を浚ってくれ」
状況から考えて、誰かがここで襲撃に遭ったのは間違いない。
今日はまだ一度も雪が降っていないので、雪の積もっていない荷馬車は確実に今日、ここでひっくり返った。
であれば、多少の痕跡はどこかに転がっているはずだ。
「──」
「見つけたか」
目敏いのがすぐさま報告してくる。
ついていくと、横転した荷馬車から少し離れた地面に、不自然な『跡』が続いていた。
「……足跡を隠そうとして、かえって
頭はそれほどよろしくない。
しかし、轍の大きさから、見慣れた怪人類の気配が一気に濃厚になった。
それも、三体はいるか。
ゲール爺さんの話じゃ、魔術師かもしれないって話だったが、遠隔から御者に暗示でもかけて、荷馬車を木立に引き込んだ後で、馬と一緒に荷物を奪った?
流れとしては、そんな感じか?
「新人が乗ってたかどうかは……分からないな」
刻印騎士が乗っていたなら、途中で異変に気づき、このあたりで一戦構えていてもおかしくはない。
しかし、それらしい痕跡は荷馬車が倒れているだけで、辺りには流血の様子が無かった。血痕のひとつも無い。
まさか、抵抗をしていないのか?
「ふむ」
亡者の念に息を潜めるように合図を出す。
とりあえず、痕跡を見つけた以上、ここからはこの轍を追って行こう。
鼻のいいトロールなら、俺の加護を嗅ぎつけて、こちらの存在に気がついていても不思議は無い。
食人種族だ。
よもやご馳走の匂いを前に、逃げ出すってコトは無いだろう。
なので特に姿を隠すこともなく、堂々と轍を進んでいく。
そうしていくと、やがて段々と木立は開けた場所へ変わっていった。
木でできた粗雑な柵に、野ざらしで組まれた檻。
檻の中には、数人の子どもがいて首輪を嵌められている。
広場には焚き火と、グツグツと煮立つ大きな鍋。
獣骨と人骨の散乱した食い散らし。
ローブ姿のクズどもが、ゲラゲラと笑いながら子どもたちに酌をさせたり、小突き回りながら遊んでいた。
思っていたより数は多い。
俺の接近には、どいつも気づいていない。
血の酒に酔ってやがる。
(十、十一、十三……)
地面にはひとり、中年の男性が無惨な格好で倒れている。
頸の骨を折られたのだろう。
すでに息はしていない。
そして、そのすぐそばでは、刻印騎士団の制服にマントを羽織った女の子が、猿ぐつわをされて後ろ手を縛られていた。
状況は察してあまりある。
こうなった経緯も、手に取るように把握できる。
猿ぐつわを嵌めたのは、呪文を唱えられないようにするため。
少女が大人しく拘束されているのは、子どもたちを人質に取られたからだろう。
(ははーん?)
トロールらしい、実に狡知に長けたやり方じゃないか。
もしかして、荷馬車近くに残されていたあの轍も、わざと残されていたものなのか?
魔術師ともなると、罠のひとつやふたつは用意していてもおかしくない。
だが、コイツらの細かい手練手管なんて、どうでもいい。
大事なのは、いまこうして目の前にある現実。
「──よぅ。お楽しみのところ悪いが、ちょっといいか?」
「んん?」
「まずはひとつ」
「カッ──は──!?」
「! 兄弟!?」
「慌てるな。順に殺してやる」
さあ、駆除の時間だ。