ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
魔術を使う怪人類とは、これまでも幾度か遭遇した経験がある。
二年間の小国巡り。
リンデンでの八年。
これまで遭ったどの怪人たちも、共通して〝邪教〟としか呼べない信仰基盤を利用していた。
生贄と血の案山子神。
狂気の共喰い村落。
呪われた沼の黒水墓地。
記憶に残っているのは、他にも幾つかあるが、比較的記憶に新しいのはこのくらい。
しかし、いずれも土着の魔物や、その地域の限定的な異界、閉塞的な村社会などが生んだ小規模の信仰基盤。
魔術の成り立ちとして利用するには、言っては悪いが歴史が浅く、知名度も少なく。
魔術は星の霊脈──集合的無意識に、どれだけその情報が堆積しているかで、術式強度を変える性質を持っているから、チンケな超常現象しか起こせなかった。
(そうだな。アレらはどんなに高く見積もったとしても、せいぜいが〝土着信仰〟レベル)
その土地を離れれば効力を失い、時間が経てばたやすく誰もに忘れ去られる貧弱な〈
第三級の中でも、最も下級に位置する信仰基盤に拠った魔術では、発動される超常現象もどうしたってタカが知れた結果になるし、存在としての外殻も脆くなる。
皮膚に当たる瞬間、干渉される刹那に、空疎な形骸と化して向こうの魔力が離散してしまう。
(……この事実に気がついたのは、メラネルガリアを出てからだったけどな)
まるでベアトリクスが、今でも俺を守ってくれているみたいで、嬉しく思ったのを覚えている。
もちろん、
(分かってる。そんなのは錯覚だ。未練たらしい感傷に過ぎない)
十年以上経っても、まだ引きずっている。
失ったモノは戻らないし、過去が覆るコトもない。
だからこそ、ではあるのだろうが。
旅をしていると、時折り無性な孤独感に包み込まれるコトもあるので、これはもう一生物の付き合いだと思って受け入れている。
喪失の痛みは穏やかな幸福と鏡合わせだ。
焚き火の揺らめきや、お茶を飲んだ時の温かさ。
有り得たかもしれない〝無数のもしも〟の裏側に、〝遠いいつか〟を想像してしまうから。
ゆえにこそ、俺は怪人類が嫌いなのである。
コイツらは嬉々として、躊躇いもなく悪逆を撒き散らす。
悲劇を生まない怪人類なんて、俺はこれまで見たためしが無い。
「突風は槌のごとしッ」
「石の重さ拳打よりもッ」
「菌雷の悪夢に眠れッ」
「無駄だ」
霧散する衝撃波。
ほつれて消える石の棍棒。
麻痺毒を含んだ魔術霧も、風のように掻き消える。
「どうした。もう終わりか?」
「オ、オマエ、なんで……!」
「斧の死神だッ、噂は本当だったんだッ!」
「ゆ、ゆるじてくれェェッ!」
「八つ。次」
踏み込みと同時に斧を振るい、トロールの腕を落とした。
そこからすかさず、今度は横薙ぎに斧を回して、膝から下を二本とも奪う。
カラダの勢いは殺さない。
遠心力に従って、そのまま二連撃目をクソ野郎へと叩き込んだ。
そら、だるま落とし。
三連撃目。
胴を抜かれて細切れになったトロールの頭が、いい位置に降りてきたので、仕上げとばかりに首を刎ね飛ばす。
「──イッ、イヤだあぁァァぁッ!」
「九つ。次」
断末魔じみた半濁音。
逃げ惑う醜怪な石塊。
俺は丁寧に、確実に、首を落としていく。
「ああ、分かるよ。オマエたちの気持ち」
理不尽だよな。
不条理だよな?
そっちの攻撃は効かないのに、こっちの攻撃は嘘みたいに通る。
きっと、さぞや得体が知れずに恐怖しているのだろう。
「でも、だからって許したりはしないよ」
鍋の中には、子どもと思しい人骨もあった。
生かしておく理由は無い。
死霊にすらさせはしない。
骨の欠片、肉の一片まで、この世からコイツらの存在した痕跡をことごとく消し尽くす。
「十、十一、十二」
トロールたちが血煙を撒き上げ地に沈んだ。
最後の一匹は、仲間の血や臓物を浴びて、すっかり腰が抜けてしまっている。
うつ伏せに倒れ込み、精一杯この場から逃げ出そうと地面を這いずっているが、恐怖のあまり足に力が入っていない。
虫みたいに藻掻いている。
「ぁあぁあ、あぁあぁあっ」
「言葉も失ったか?」
斧を振り落とし、背骨ごと人中を破壊する。
十三体目。
「……チッ」
数が多いので、“
これだけの死骸を燃やすには、手持ちの
斧についてしまった血や臓物の破片も、ブンッ! と払って綺麗に焚べる。
魔法の火は意図した通りに対象だけを燃やすので、火事は起きない。
だが、
「……」
広場は惨憺たる状態に変わってしまった。
不快な悪臭と、胸の内に広がる嫌悪感。
……だから嫌なのだ。
「こんなのの、何処が楽しい」
圧倒的な力で弱者をいたぶって、生殺与奪の権利を愉悦と一緒に握る?
鬼畜の所業だ。反吐が出る。
なのに、そんな心の奥底で、微かに燃えてもいる仄暗い喜び。
……俺は俗物だ。
心底からうんざりして、深く息を吸う。
「────よし」
気分を切り替えよう。
この場所にはまだ、助けるべき子どもたちと新人がいる。
まずは優先度の順位付けだ。
「子どもたちは……」
「っ」
「……大丈夫。怖いことはもうしないよ」
近くにいた男の子が、ゾッと青ざめた顔でこちらを見上げていたので、ゆっくり片膝を着く。
見知らぬダークエルフなんて、この子たちからしたら、トロールと同じくらい恐ろしい存在かもしれないが。
フードを取って顔を見せ、耳をピクピク動かしてみせて、視線を合わせた。
「ぁ……」
「痛いところはない? 立てるかな?」
「……うん」
「偉いぞ。オジサンはメランって名前だ。キミの名前は?」
「……」
「オジサンはここから少し歩いた、リンデンって場所から来た。刻印騎士団、って知ってるかな?」
「! お兄ちゃん、刻印騎士なの……?」
「嘱託だけど、一応ね」
ほら、とルカから貰った仮の徽章も見せる。
途端、効果は凄まじく絶大だった。
刻印騎士団の名前は、この国なら子どもでも知っている。
「……おれ、アレス」
「アレス? そうか、強くて良い名前だね」
「……おれ、つよくないけど」
「そんなコトはないさ。
「……でも、おれ」
「ん?」
「だれも、まもれなかった」
アレスはそこで、顔をくしゃりと歪めて涙を流す。
(……驚いた)
なんて強い子だろう。
見たところ年齢は、恐らく二桁にも届いていない。
なのに、この歳ですでに一端に、〝男の役割〟を自覚している。
(……そうだよな)
男なら、誰かを守るために強くならなくちゃ、ダメだもんな。
けど、
「アレス。何も
「だって!」
「泣いたっていい。でも、男なら立って、前を向いて泣くんだ。
誰かを守れなかった後悔も、いずれ強さに変えて戦うために」
「……つよさに、かえて?」
「ああ。だって、悔しいだろ? ふざけんなって、腹が立つじゃないか」
諦めて下を向けば、本当の意味で負けてしまう。
「だからさ、アレス。男なら泣いてもいい。転んでもいい。泣いた後、転んだ後で、また必ず立ち上れば。それが出来れば、男は実は皆んな英雄なんだぜ?」
いま、キミは立ってるよな?
肩に手を置いて、「違うか?」と問いかける。
「ちがわない……」
「だろう? よく頑張った」
頭を撫でて、ニヤリと賞賛する。
アレスの涙は止まった。
「よし。アレス、頼みを聞いてもらってもいいか?」
「……なに?」
「他の子たちを助けるのを、手伝って欲しい。オジサンが声をかけるより、きっと歳の近いキミから声をかけられた方が、他の子たちもすんなり安心すると思うんだ」
「……わかった」
「ありがとう。それじゃ、頼む。オジサンはまず、縛られてる子たちを解放していくから、アレスは順に、その子たちを一箇所に集めておいてくれ」
「うん」
「いい子だ。助かるよ」
話はまとまった。
勇敢な
俺は早速、子どもたちの解放に着手した。
状態の良くなさそうな子どもから優先して、縄や麻紐を黒曜石の短刀で切る。
丸太でできた檻は、素手で破壊して子どもたちを自由にした。
(……多いな)
数はだいたい、二十人くらいだろうか。
どの子もひどく怯えているが、幸いにも捕らえられてから、それほど時間は経っていない。
恐らく、長期間捕まっていた子どもや他の人間は、とっくに食われているからだろう。
(……)
内心の怒りを堪えながら、子どもたちに微笑みかけるのは、少しだけ難しかった。
しかし、
「……まいったな」
子どもたちの中には意識を失った者。
あるいは、カラダに痺れを訴える者が数人いた。
思い当たるのは、魔術で霧を出してきた先ほどのトロール。
刻印騎士団の新人と思われる女の子も、何かしらの麻痺毒を食らわされていたのか、意識はあるが気を失っていないだけ。
カラダはぐったりと、筋肉が弛緩してしまっている状態である。
ちゃんとした治療を受けさせるには、リンデンの薬屋に向かう必要があった。
問題は、これだけの人数をどうやってまとめてリンデンに連れていくか……
「荷馬車は壊されてたし……」
「あ、あの、兄ちゃん」
「ん? どうしたアレス」
「馬が、あそこ……」
「馬?」
言われて見ると、アレスの言った通り馬がいた。
広場の端に二頭。
どちらも
(そうか)
荷馬車があったのだから、付近に馬がいても不思議はない。
「
素晴らしい馬だ。
逃げて生き延びていたのは、単純に足腰が強くて体力が豊富なのだろう。
危険がなくなれば人間のもとへ戻ってくるなど、忠実さにも信頼が置ける。
これならば、荷馬車を解体して急造の
「ホントは空を飛べる魔法でも、使えたらいいんだが」
あいにくと、人間に空は飛べない。
理解できない事柄は、魔法でも実現し得ない。
荷馬車の木板を何個か切り分け、ロープで結んで小分けの舟を作る。
意識の無い子どもたちと新人を載せ、歩けはするが状態が良くない子どもは馬に。
後は、自力で歩けそうな子どもには頑張って歩いてもらい、俺はロープを腕に巻き付け、タイヤ引きトレーニングの要領で作った橇を引いていく。
「に、兄ちゃん、重くないの……?」
「オジサンは力持ちなんだ」
アレスの唖然とした顔に思わず笑いつつ。
リンデンへはこれで、ゆっくりと帰ろう。
帰りはもちろん、
途中でリンデン行きの馬車に出くわしたら、遠慮なくヒッチハイクできるからな。
(頼むから、ドラゴンだけは降ってくるなよ……?)
チラリと空を警戒しつつ、俺はなるべく急ぎ足で、けれど子どもたちに負担がかからない範囲で帰路を歩いた。