ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#118「斧の死神、男の役割」

 

 

 魔術を使う怪人類とは、これまでも幾度か遭遇した経験がある。

 二年間の小国巡り。

 リンデンでの八年。

 これまで遭ったどの怪人たちも、共通して〝邪教〟としか呼べない信仰基盤を利用していた。

 

 生贄と血の案山子神。

 狂気の共喰い村落。

 呪われた沼の黒水墓地。

 

 記憶に残っているのは、他にも幾つかあるが、比較的記憶に新しいのはこのくらい。

 しかし、いずれも土着の魔物や、その地域の限定的な異界、閉塞的な村社会などが生んだ小規模の信仰基盤。

 魔術の成り立ちとして利用するには、言っては悪いが歴史が浅く、知名度も少なく。

 魔術は星の霊脈──集合的無意識に、どれだけその情報が堆積しているかで、術式強度を変える性質を持っているから、チンケな超常現象しか起こせなかった。

 

(そうだな。アレらはどんなに高く見積もったとしても、せいぜいが〝土着信仰〟レベル)

 

 その土地を離れれば効力を失い、時間が経てばたやすく誰もに忘れ去られる貧弱な〈領域(レルム)

 第三級の中でも、最も下級に位置する信仰基盤に拠った魔術では、発動される超常現象もどうしたってタカが知れた結果になるし、存在としての外殻も脆くなる。

 暗黒の御伽噺(ベアトリクス)を取り込んだ俺にとって、そういう魔術は大抵が意味を為さない。

 皮膚に当たる瞬間、干渉される刹那に、空疎な形骸と化して向こうの魔力が離散してしまう。

 

(……この事実に気がついたのは、メラネルガリアを出てからだったけどな)

 

 まるでベアトリクスが、今でも俺を守ってくれているみたいで、嬉しく思ったのを覚えている。

 もちろん、

 

(分かってる。そんなのは錯覚だ。未練たらしい感傷に過ぎない)

 

 十年以上経っても、まだ引きずっている。

 失ったモノは戻らないし、過去が覆るコトもない。

 だからこそ、ではあるのだろうが。

 旅をしていると、時折り無性な孤独感に包み込まれるコトもあるので、これはもう一生物の付き合いだと思って受け入れている。

 喪失の痛みは穏やかな幸福と鏡合わせだ。

 焚き火の揺らめきや、お茶を飲んだ時の温かさ。

 有り得たかもしれない〝無数のもしも〟の裏側に、〝遠いいつか〟を想像してしまうから。

 ゆえにこそ、俺は怪人類が嫌いなのである。

 コイツらは嬉々として、躊躇いもなく悪逆を撒き散らす。

 悲劇を生まない怪人類なんて、俺はこれまで見たためしが無い。

 

突風は槌のごとしッ」

石の重さ拳打よりもッ」

菌雷の悪夢に眠れッ」

「無駄だ」

 

 霧散する衝撃波。

 ほつれて消える石の棍棒。

 麻痺毒を含んだ魔術霧も、風のように掻き消える。

 

「どうした。もう終わりか?」

「オ、オマエ、なんで……!」

「斧の死神だッ、噂は本当だったんだッ!」

「ゆ、ゆるじてくれェェッ!」

「八つ。次」

 

 踏み込みと同時に斧を振るい、トロールの腕を落とした。

 そこからすかさず、今度は横薙ぎに斧を回して、膝から下を二本とも奪う。

 カラダの勢いは殺さない。

 遠心力に従って、そのまま二連撃目をクソ野郎へと叩き込んだ。

 

 そら、だるま落とし。

 

 三連撃目。

 胴を抜かれて細切れになったトロールの頭が、いい位置に降りてきたので、仕上げとばかりに首を刎ね飛ばす。

 

「──イッ、イヤだあぁァァぁッ!」

「九つ。次」

 

 断末魔じみた半濁音。

 霜の石巨人(フロスト・トロール)の野盗魔術師たちは、戦闘が始まって数分、早くもその数を四体にまで減らしていた。

 逃げ惑う醜怪な石塊。

 俺は丁寧に、確実に、首を落としていく。

 

「ああ、分かるよ。オマエたちの気持ち」

 

 理不尽だよな。

 不条理だよな?

 そっちの攻撃は効かないのに、こっちの攻撃は嘘みたいに通る。

 きっと、さぞや得体が知れずに恐怖しているのだろう。

 

「でも、だからって許したりはしないよ」

 

 鍋の中には、子どもと思しい人骨もあった。

 生かしておく理由は無い。

 死霊にすらさせはしない。

 骨の欠片、肉の一片まで、この世からコイツらの存在した痕跡をことごとく消し尽くす。

 

「十、十一、十二」

 

 トロールたちが血煙を撒き上げ地に沈んだ。

 最後の一匹は、仲間の血や臓物を浴びて、すっかり腰が抜けてしまっている。

 うつ伏せに倒れ込み、精一杯この場から逃げ出そうと地面を這いずっているが、恐怖のあまり足に力が入っていない。

 虫みたいに藻掻いている。

 

「ぁあぁあ、あぁあぁあっ」

「言葉も失ったか?」

 

 斧を振り落とし、背骨ごと人中を破壊する。

 十三体目。

 霜の石巨人(フロスト・トロール)の野盗は、全員殺し終わった。

 

「……チッ」

 

 数が多いので、( イグニス) を唱える。

 これだけの死骸を燃やすには、手持ちの燃料(オイル)では量が足りない。

 斧についてしまった血や臓物の破片も、ブンッ! と払って綺麗に焚べる。

 魔法の火は意図した通りに対象だけを燃やすので、火事は起きない。

 だが、

 

「……」

 

 広場は惨憺たる状態に変わってしまった。

 不快な悪臭と、胸の内に広がる嫌悪感。

 ……だから嫌なのだ。

 

「こんなのの、何処が楽しい」

 

 圧倒的な力で弱者をいたぶって、生殺与奪の権利を愉悦と一緒に握る?

 鬼畜の所業だ。反吐が出る。

 なのに、そんな心の奥底で、微かに燃えてもいる仄暗い喜び。

 

 ……俺は俗物だ。

 

 心底からうんざりして、深く息を吸う。

 

「────よし」

 

 気分を切り替えよう。

 この場所にはまだ、助けるべき子どもたちと新人がいる。

 まずは優先度の順位付けだ。

 

「子どもたちは……」

「っ」

「……大丈夫。怖いことはもうしないよ」

 

 近くにいた男の子が、ゾッと青ざめた顔でこちらを見上げていたので、ゆっくり片膝を着く。

 見知らぬダークエルフなんて、この子たちからしたら、トロールと同じくらい恐ろしい存在かもしれないが。

 フードを取って顔を見せ、耳をピクピク動かしてみせて、視線を合わせた。

 

「ぁ……」

「痛いところはない? 立てるかな?」

「……うん」

「偉いぞ。オジサンはメランって名前だ。キミの名前は?」

「……」

「オジサンはここから少し歩いた、リンデンって場所から来た。刻印騎士団、って知ってるかな?」

「! お兄ちゃん、刻印騎士なの……?」

「嘱託だけど、一応ね」

 

 ほら、とルカから貰った仮の徽章も見せる。

 途端、効果は凄まじく絶大だった。

 刻印騎士団の名前は、この国なら子どもでも知っている。

 

「……おれ、アレス」

「アレス? そうか、強くて良い名前だね」

「……おれ、つよくないけど」

「そんなコトはないさ。霜の石巨人(フロスト・トロール)に囲まれて、泣きもせず立ってたのを見た。大人でもできるヤツは、そういない」

「……でも、おれ」

「ん?」

「だれも、まもれなかった」

 

 アレスはそこで、顔をくしゃりと歪めて涙を流す。

 

(……驚いた)

 

 なんて強い子だろう。

 見たところ年齢は、恐らく二桁にも届いていない。

 なのに、この歳ですでに一端に、〝男の役割〟を自覚している。

 

(……そうだよな)

 

 男なら、誰かを守るために強くならなくちゃ、ダメだもんな。

 けど、

 

「アレス。何も(うつむ)く必要は無いだろ?」

「だって!」

「泣いたっていい。でも、男なら立って、前を向いて泣くんだ。

 誰かを守れなかった後悔も、いずれ強さに変えて戦うために」

「……つよさに、かえて?」

「ああ。だって、悔しいだろ? ふざけんなって、腹が立つじゃないか」

 

 諦めて下を向けば、本当の意味で負けてしまう。

 

「だからさ、アレス。男なら泣いてもいい。転んでもいい。泣いた後、転んだ後で、また必ず立ち上れば。それが出来れば、男は実は皆んな英雄なんだぜ?」

 

 いま、キミは立ってるよな?

 肩に手を置いて、「違うか?」と問いかける。

 

「ちがわない……」

「だろう? よく頑張った」

 

 頭を撫でて、ニヤリと賞賛する。

 アレスの涙は止まった。

 

「よし。アレス、頼みを聞いてもらってもいいか?」

「……なに?」

「他の子たちを助けるのを、手伝って欲しい。オジサンが声をかけるより、きっと歳の近いキミから声をかけられた方が、他の子たちもすんなり安心すると思うんだ」

「……わかった」

「ありがとう。それじゃ、頼む。オジサンはまず、縛られてる子たちを解放していくから、アレスは順に、その子たちを一箇所に集めておいてくれ」

「うん」

「いい子だ。助かるよ」

 

 話はまとまった。

 勇敢な男の子(アレス)がいてくれたおかげで、救助もこれで格段に楽になる。

 俺は早速、子どもたちの解放に着手した。

 状態の良くなさそうな子どもから優先して、縄や麻紐を黒曜石の短刀で切る。

 丸太でできた檻は、素手で破壊して子どもたちを自由にした。

 

(……多いな)

 

 数はだいたい、二十人くらいだろうか。

 どの子もひどく怯えているが、幸いにも捕らえられてから、それほど時間は経っていない。

 恐らく、長期間捕まっていた子どもや他の人間は、とっくに食われているからだろう。

 

(……)

 

 内心の怒りを堪えながら、子どもたちに微笑みかけるのは、少しだけ難しかった。

 しかし、

 

「……まいったな」

 

 子どもたちの中には意識を失った者。

 あるいは、カラダに痺れを訴える者が数人いた。

 思い当たるのは、魔術で霧を出してきた先ほどのトロール。

 刻印騎士団の新人と思われる女の子も、何かしらの麻痺毒を食らわされていたのか、意識はあるが気を失っていないだけ。

 カラダはぐったりと、筋肉が弛緩してしまっている状態である。

 ちゃんとした治療を受けさせるには、リンデンの薬屋に向かう必要があった。

 問題は、これだけの人数をどうやってまとめてリンデンに連れていくか……

 

「荷馬車は壊されてたし……」

「あ、あの、兄ちゃん」

「ん? どうしたアレス」

「馬が、あそこ……」

「馬?」

 

 言われて見ると、アレスの言った通り馬がいた。

 広場の端に二頭。

 どちらも 厚栗小種(マロン)のようだが、体格に優れる健康そうな馬。

 

(そうか)

 

 荷馬車があったのだから、付近に馬がいても不思議はない。

 

霜の石巨人(フロスト・トロール)が死んだのを察知して、戻ってきたのか」

 

 素晴らしい馬だ。

 逃げて生き延びていたのは、単純に足腰が強くて体力が豊富なのだろう。

 危険がなくなれば人間のもとへ戻ってくるなど、忠実さにも信頼が置ける。

 これならば、荷馬車を解体して急造の(そり)を何個か作り、どうにか全員を運んでいける。

 

「ホントは空を飛べる魔法でも、使えたらいいんだが」

 

 あいにくと、人間に空は飛べない。

 理解できない事柄は、魔法でも実現し得ない。

 荷馬車の木板を何個か切り分け、ロープで結んで小分けの舟を作る。

 意識の無い子どもたちと新人を載せ、歩けはするが状態が良くない子どもは馬に。

 後は、自力で歩けそうな子どもには頑張って歩いてもらい、俺はロープを腕に巻き付け、タイヤ引きトレーニングの要領で作った橇を引いていく。

 

「に、兄ちゃん、重くないの……?」

「オジサンは力持ちなんだ」

 

 アレスの唖然とした顔に思わず笑いつつ。

 リンデンへはこれで、ゆっくりと帰ろう。

 帰りはもちろん、三叉槍の道(トライデント・ロード)を使う。

 途中でリンデン行きの馬車に出くわしたら、遠慮なくヒッチハイクできるからな。

 

(頼むから、ドラゴンだけは降ってくるなよ……?)

 

 チラリと空を警戒しつつ、俺はなるべく急ぎ足で、けれど子どもたちに負担がかからない範囲で帰路を歩いた。

 

 

 

 





tips:信仰基盤

 宗教基盤とも。
 その土地で広く信じられている常識や価値観。
 〈領域〉または〈界〉としては第三級に分類され、魔術と密接な関係を持つ。

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