ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

126 / 344
#126「迷家の樹界人」

 

 

 ノエラと会ったのは、リンデンに来て最初の頃だった。

 

(というか、最初に来たのがこっちの森の方で……)

 

 リンデンという城塞都市に辿り着いたのは、実はこの森を抜けた後でのコトである。

 〈大雪原〉を南下して、デドン川の下流をしばらく辿ると、ムルデア村なる実に寂れた寒村があるのだが。

 そこをさらに南へ下り、辛うじて道と言えなくもない道を進んで遥か彼方。

 三つの廃村と二つの物見塔、一つの廃小屋を超えてもうしばらく。

 銀冬菩提樹と丸酸塊の森は、まるで天の救いか悪魔の罠かのようにして、旅人の前に広がる。

 なので、

 

(八年前、当然、森の恵にあやかろうと思った俺は……)

 

 天の救いではなく、悪魔の罠の方に自ら入り込んでしまった。

 分かりやすく言うと、深入りしすぎて迷子になった。

 これは二年間の旅の中で、特に問題もなく、ひとりで生きてこられた弊害でもあったのだろう。

 当時の俺は、いささか自分でも気づかぬうちに自信過剰になっていた。

 短絡的な思考と楽観視。

 見知らぬ森であろうとも、成長した自分なら抜けられる。

 そんなふうに、タカを括って油断慢心していた。

 結果、夜になった途端うぞうぞ蠢き出した森林歩き(フォレストウォーカー)、飢えたダイアウルフの群れ、ギガンティスエルクの強烈な蹴り足、凶暴極まる地竜。

 森の恵みそのものは、幸いにも非常に豊富で食うには困らなかったが、気がつけば完全にトラブル続きで、半月近くは同じようなところをグルグルしてしまっていた。

 

 で、そんな折りに。

 

(……いいかげん、風雨をマトモに凌げる壁と屋根と、柔らかいベッドが恋しくてたまらなくなった頃……)

 

 まるで霧が、そこだけ晴れるかのように。

 目の前に突然、『家』としか呼べないモノが、パッ! と出現したのである。

 

 第一印象は、童話の森の魔女の家。

 

 瓦屋根と石漆喰が、巨大な菩提樹に半ば呑み込まれかけながらも、燈會(ランタン)などを枝に吊るして共生している不思議な姿。

 玄関の前には、小人の通り道としか思えない狭い階段と、疎らな石畳。種々のハーブを植えたガーデン。

 申し訳程度に立てられた木柵は、腰が低くて丸みを帯びている。

 童話であれば、優しい魔女の棲む〝隠れ家〟だと誰もが思うだろう。

 そこに。

 

「──こんばんわ、佳い夜だね少年」

「こんばんわ、ノエラ」

 

 透けるように軽い銀の長髪。

 花のように薄い赤と青の虹彩。

 湿った楡木色の肌。

 縦に長い馴鹿の角。

 薄黒い森のドレスに、花と苔のヴェールを纏った異様な長駆。

 〈第四円環帯(ドリュタニィ)〉系種族、樹界人(ドルイディアン)のノエラは、妖しく密やかに暮らしている。

 

「今夜も()()()のかい?」

「ああ」

「物好きな少年だ。まぁいい」

 

 ノエラは「這入りたまえ」と扉を開けた。

 こうやって訪れるのは、初めてのコトじゃない。

 

 迷家神の祝福。

 

 ノエラは俺と同じで、祝福の保持者だ。

 自身の棲まう家を、『迷家』へと変えてしまう神のノロイ。

 迷家というのは、ザッと説明すれば竜宮城のようなモノで、訪れた者に「富」ないし「罰」を与えるあやかしの家のコト。

 家の主人に誠実で、無欲であれば「富」を授け、その逆であれば「罰」を与える。

 昔からよくある、寓話じみた特性を宿した小さな異界。

 迷家の名の通り、訪れるには周辺を迷うしかない。

 が、逆に言えば、迷いさえすれば必ず目の前に現れる特殊な法則を持っている。

 同じ祝福持ちというコトもあって、互いに多少のシンパシーを感じてもいるのだろう。

 俺は度々、折りを見てはノエラを訪問していた。

 ノエラもまた、このように出迎えてくれる。

 

 ただし、ここに来た際の決まりとして、迷家のルールには従わなければならない。

 

(ま、それは別に、客側に何の悪意もなければ問題ないんだけど)

 

 ノエラが望むと望まずに拘わらず、迷家は客に審判(ジャッジ)を下す。

 判定は帰り際、玄関扉を背中にした時に。

 富と罰。

 どちらであろうとも、玉手箱(贈り物)という形で必ず結果を教えてくれる。

 俺の場合はそうだな。

 過去に薬や、地図などをポッケに入れてもらった。

 だが、ひどい場合は臓物や汚物、ゴミなどが、代わりに入れられているらしい。

 不思議で奇妙で、やや恐ろしい。

 迷家とはそういう〝お話(異界)〟なのである。

 

 ともあれ。

 

「ハーブティーでも淹れようか?」

「ありがとう。頼む」

「なに、構わないさ。知っての通り、客をもてなす機会には飢えている」

 

 この通り、ノエラ当人は悪いヤツではない。

 見た目は人外で、明らか妖物魔物に思われてしまうが、種族的には人界の亜人道。

 言葉も通じるし、誰彼構わずひとを襲ったりもしない。

 普通にマトモである。

 

 ただ、〈第四円環帯(ドリュタニィ・リングベルト)〉は、精霊と妖精の御伽の星。

 

 精霊郷、妖精郷、異郷秘郷の緑星で、魔物とはまた違うものの、そこに連なる種族は天性の〈領域〉持ちとして知られている。

 しかも、樹界人(ドルイディアン)は精霊──地精霊が零落した姿。

 肉の(えな)を得て受肉し、わざわざ人の身へと転じているが、価値基準は精霊時代のそれとほとんど変わらない。

 大半の人々には、『半精霊』だの『半妖』だのと云われて、遠巻きにされている。

 ノエラと接していると、「それもまぁ仕方がないかもなぁ……」という部分はままあった。

 たとえば、

 

「数日ぶりだけど、最近はどうだ?」

「森の声に変わりはない。ただ、最近は少し獣どもの暴虐が目に余るな」

「獣ども? 地竜(ヴァイス)だけじゃなくてか?」

「ああ。狂乱の病にでもかかったか、狼たちに少し変調が起きているようだ」

「マジか。そりゃ気をつけないと──でも、今のは別に森じゃなくて、ノエラについての質問だったんだぜ?」

「……?」

「あくまで、ノエラ個人の近況を尋ねたんだよ」

「……すまない、よく分からない」

「ええ?」

「少年は()について訊ねた。だから、()()の近況を答えたつもりだったんだが……」

 

 人界は難しいな、とノエラは苦笑する。

 俺には何が何やら。

 しかし、種族が違えば価値観も異なる。

 同じ人間同士ですら、国や文化、育った環境が違ってしまえば、相手が何を考えているのかまったく分からなくなるもの。

 異種族同士ならなおさらだ。

 だって、死生観からして土台が異なる。

 こういうすれ違いは、〈渾天儀世界〉では往々にしてよくある話。

 ノエラの場合は、なんだろうな? 視座が違うのかな?

 

「まあ、いいよ。お茶、ありがとう。美味しかった」

「そうか? であれば、どういたしまして」

 

 微笑むノエラにティーカップを返しつつ、特徴的な角につい目を奪われながら、「さて」と椅子に(もた)れ掛かる。

 冬の夜を歩き回りっぱなしだったからか、温かなハーブの潤いが、ポカポカと身体に優しかった。

 

「んじゃ、そろそろ()()()()いいか?」

「せっかちだな。もうやりたいのか?」

「いいだろ? 俺とノエラの仲じゃないか」

「私としては、願ってもない話だが」

 

 やれやれ、とノエラが少し困った様子で肩を竦ませる。

 流し目が妙に艶めいているのは、期待に淡く興奮が迸っているからか。

 滑莧(ポーチュラカ)瑠璃唐草(ネモフィラ)

 樹界人(ドルイディアン)は虹彩が独特で、花のように美しいのも特徴だ。

 

 しかし、ノエラは普通の樹界人(ドルイディアン)とはいささか違う。

 

 〈第四円環帯(ドリュタニィ)〉系種族の大半は、北方大陸(グランシャリオ)ではなく東方大陸(フォルマルハウト)、自然豊かな大樹海に棲むと云われている。

 植物系の地精霊にとっては、まさに楽園とも言える場所だ。

 なのに、ノエラはそこから、敢えてここ北方大陸まで移動してきた変わり者。

 

 ──否。

 

 第四の理にありながら、第八の理に傾倒してしまったため、精霊(仲間)たちから異端と追放された背景を持っているらしい。

 受肉して樹界人になったキッカケも、精霊のままでは人界に受け入れられないため、仕方なく零落するしかなかったと云う「え、それちょっと、どうなの?」な女なのである。

 なお、性別は受肉時に決まったとか。

 

「では、始めようか」

「ああ」

 

 ノエラが顔を近づけ、俺と額をくっつける。

 これから行われるのは、双方合意のもとに行われる一種の精神同調。

 樹界人(ドルイディアン)であるノエラは、森林会話という特殊な精神感応能力を持っている。

 本来なら、人間である俺との精神感応など無理。

 だが、俺の魂にはニドアの林の妖木。

 ベアトリクスだけでなく、あのオバケツリーも取り込まれていた。

 そのため、元地精であるノエラとは、こうして肉体的な接触を介するコトで、ごく一時的ながらも精神(ココロ)の境を曖昧にできる。

 

 ──要するに。

 

「準備はいいか?」

「……ああ、いつでも」

「では、ともに向かおう。魔法の深淵へ」

 

 俺たちは八年間、こうやって精神世界で魔法の訓練、修行をしていた。

 暗き夜が、いつかの世界へ置き換えられる──

 

 

 

 





tips:〈第四円環帯〉

 ドリュタニィ・リングベルト。
 精霊と妖精の御伽の星。
 花と緑、童話と詩、雨と神秘の楽園。
 現在その住人は、東方大陸に多く暮らしている。
 精霊郷、妖精郷、異郷秘郷の混沌。
 魔物と違い、先にあるのはあくまで〈領域〉

【評価】
【感想】
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。